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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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194/311

194 労い

アルデバラン王国王宮。


オーキスは主要な者たちを会議室へ集めていた。


宰相クレイン。


騎士団長アイク。


魔導騎士団長アッシュ。


近衛騎士団長ロックウェル。


ガイル。


筆頭情報官エミリー。


エミリア。


アレクサンド。


イプシオ。


アリシア。


そしてイメルダ夫人。


バイオレットとマーガレットも同席している。


全員が揃ったことを確認すると、オーキスはすぐに口を開いた。


「クレイン。行政官を十倍の六十万人にしろ」


いきなりだった。


だが、クレインは驚かなかった。


アルデバラン王国の人口は急激に増えている。


さらに今回、ヘコサ王国、フネルジア王国、ジキブス王国から一億三千三百万人もの保護者が出た。


全員を受け入れるだけの余力はある。


それでも、行政を担う人間が今のままでいいはずがなかった。


「承知いたしました。教導を活用して育成いたします」


「頼む。アイク」


「はっ」


「騎士団も十倍だ。百十万人にしろ」


今度はアイクが僅かに目を見開いた。


五十カ国調査はまだ十カ国しか終わっていない。


残り四十カ国。


そして、三万人の騎士たちには実際に疲弊が出ている。


同じ者を続けて送り出す必要はない。


人数を増やせば、一人一人の負担を減らせる。


「承知いたしました」


オーキスはすぐに次へ移った。


「エミリア」


「はい」


「筆頭情報官エミリーの部下になれ。卿の能力は情報部門で生かせ」


エミリアがエミリーを見る。


エミリーも軽く頭を下げた。


フネルジア王国から持ち帰られた帳簿だけでも膨大な量だった。


今後の四十カ国調査でも、新しい情報が増える可能性が高い。


エミリアは答えた。


「承知いたしました」


「エミリー、頼むぞ」


「はい。お預かりします」


次はアレクサンドだった。


「アレクサンド」


「はい」


「ミストバルカス公国のライラ女王と協議してくれ。保護者の一部を受け入れてもらえるか聞いてほしい」


「条件はございますか?」


「希望者だけだ。そして教導を終え、自立できる者に限る」


「承知しました」


オーキスは大きく息を吐いた。


「いきなり一億三千三百万人だ。受け入れられぬわけではない。だが、多すぎる」


クレインも頷いた。


土地がないわけではない。


食料が足りないわけでもない。


仕事も作れる。


それでも一つの国へ際限なく人口を集中させる必要はない。


本人が望み、生活できる力を身につけた後なら、友好国へ移ることも選択肢になる。


オーキスは再びクレインを見る。


「クレイン」


「はい」


「イプシオ卿、アリシア卿と協議して、二人の領地に騎士団の保養所を作れ」


イプシオとアリシアが顔を上げた。


「今回の任務に就いた騎士たちを休ませる場所だ。身体だけではない。心も休ませられる施設にしろ」


「承知いたしました」


二人が答える。


「大聖堂も活用しろ」


神官貴族領には、それぞれ大聖堂がある。


祈りたい者は祈ればいい。


神官に話を聞いてもらいたい者は話せばいい。


誰とも話したくない者は、静かに過ごせばいい。


騎士によって必要な休み方は違う。


「費用を惜しむな。予算は国庫から出せ」


「御意」


ここまでオーキスはほとんど休まず話していた。


行政官を増やす。


騎士団を増やす。


情報部門を強化する。


保護者の受け入れ先を増やす。


そして疲弊した騎士たちのために保養所まで作る。


それでも、まだ終わらなかった。


オーキスは最後にイメルダ夫人を見た。


「イメルダ」


「はい」


「騎士団員の疲弊している者から結婚させろ」


会議室が静かになった。


アイクがオーキスを見る。


アッシュも見る。


ロックウェルも何とも言えない顔をしていた。


だが、イメルダ夫人だけは平然としている。


「承知いたしました」


即答だった。


バイオレットとマーガレットは顔を見合わせ、微笑んでいた。


オーキスは、なんとしても騎士団員たちを労ってやりたかった。


思いついたことを次々と口にした結果が、これだった。


その気持ちは、この場にいる全員に伝わっている。


全員が揃って頭を下げた。


「仰せのままに」




会議が終わると、それぞれがすぐに動き始めた。


クレインが最初に着手したのは行政官の増員だった。


現在約六万人。


これを六十万人まで増やす。


人口が急激に増えた以上、行政組織もそれに合わせて大きくする必要がある。


住民登録。


住居。


仕事。


食料の流通。


教育。


衛生。


新しく保護された人々が生活を始めれば、行政の仕事も一気に増える。


クレインは各地へ指示を出した。


「希望者を募ってください。適性を確認し、教導を使って育成します」


行政官になることを強制する必要はない。


希望する者を育てればいい。


十倍という数字だけなら途方もない。


だが、教導が普及した今のアルデバラン王国なら不可能ではなかった。


アイクも騎士団百十万人への増員に動いた。


アッシュ、ロックウェルと三人で協議する。


「百十万人もいれば、同じ者を何度も国外任務へ出す必要はありませんな」


アッシュが言った。


ロックウェルも頷く。


「今回のような任務が無理な者は国内へ回せばいいでしょう」


「そうしよう」


アイクも同意した。


人を屠れることを騎士の条件にはしない。


国内警備。


魔物討伐。


災害救助。


護衛。


街道や橋の整備。


騎士にできる仕事はいくらでもある。


人数が増えれば、疲弊した者を躊躇なく休ませることもできる。


三団長が話し合っている頃、エミリアは筆頭情報官エミリーの執務室へ入っていた。


部屋にはフネルジア王国から回収された大量の帳簿が積まれている。


「エミリー、今日からあなたの部下になったわ」


「聞いてる。助かるわ」


エミリアは帳簿の山を見た。


「すごい量ね」


「フネルジアだけでこれよ。まだ四十カ国残ってるわ」


「もっと増えそうね」


「たぶんね」


エミリアは一冊を手に取った。


仕入先。


売却先。


取引人数。


運搬経路。


関係した組織。


関係した国家。


人間を商品として扱ってきた記録が詳細に残されている。


「どこからやる?」


「順番に」


エミリーは即答した。


「五十カ国調査は予定通り進めてもらうわ。私たちは届いた情報を整理して蓄積する」


「分かった。じゃあ私はこっちから見るわ」


「お願い」


役職上は筆頭情報官とその部下になった。


だが、二人の関係まで変わったわけではない。


ダークライト魔導公国から来て、冒険者として活動してきた者同士。


今では二人とも男爵だった。


立場が変わっても、普段通りでよかった。


一方、アレクサンドはミストバルカス公国のライラ女王へ念話を送っていた。


『一億三千三百万人ですか……』


ライラの声には驚きがあった。


「はい。今回の三カ国から保護された人数です」


少し間があった。


『それほど多くの方々を……。アレクサンド様、私にできることでしたら、お申し付けください』


「ありがとうございます。保護した方々の一部を、ミストバルカス公国で受け入れていただけないかと思いまして」


『もちろんです』


返事は早かった。


アレクサンドは条件を説明した。


移住を希望する者だけ。


教導を終えていること。


自分で仕事を選び、自立できること。


そして、ミストバルカス公国側にも無理をさせないこと。


『承知しました。受け入れられる人数を確認いたします』


「無理はなさらないでください」


『はい。ですが、私たちも多くのものをいただきました。今度は私たちがお力になれるのでしたら、嬉しく思います』


「では、お願いします」


『はい。アレクサンド様』


念話を終えたアレクサンドは、すぐに王宮へ結果を伝えた。


保護された人々に、新しい選択肢が一つ増えた。


その頃、クレインはイプシオ、アリシアと保養所について協議していた。


「まずは静かに休める場所が必要でしょうな」


クレインが言う。


イプシオが頷いた。


「個室は多めに用意しましょう」


アリシアも続ける。


「浴場と食堂、それに庭も必要ですね」


誰かと話したい者。


一人でいたい者。


身体を動かしたい者。


何もしたくない者。


休み方は人によって違う。


神官貴族領にある大聖堂も活用する。


祈りたい者は祈ればいい。


神官に話を聞いてもらいたい者は話せばいい。


ただ静かに過ごすだけでもいい。


無理に何かをさせる場所にはしない。


話はすぐにまとまった。


そして同じ頃。


イメルダ夫人も騎士団本部へ向かっていた。


「疲れている独身者の名簿をちょうだい」


担当していた騎士が固まった。


「……何にお使いになるのでしょうか?」


イメルダ夫人は当然のように答えた。


「結婚させるのよ」


オーキスの労いは、それぞれ違う形で動き始めていた。




アルデバラン王国では、今回の三カ国調査についても国民へ報告された。


ヘコサ王国。


フネルジア王国。


ジキブス王国。


三カ国から保護された者は一億三千三百万人。


それだけの人数が短期間でアルデバラン王国の保護下に入った。


先の亡命者や保護者も合わせ、王国の総人口は二億四千万人を超えた。


普通なら国家運営そのものが揺らいでもおかしくない。


だが、アルデバラン王国では大きな混乱は起きなかった。


国民が最も心配したのは、やはり食料だった。


「二億四千万人だろ?」


「食べ物は足りるのか?」


「大丈夫らしいぞ」


「本当か?」


王国から公表された数字を見て、人々は驚いた。


食料充足率。


四百パーセント超。


総人口が二億四千万人を超えてなお、その数字だった。


農地は増え続けている。


魔法による開墾。


ゴーレムによる農地造成。


農業教導。


保存技術。


物流網。


各地の倉庫。


これまで一つずつ積み上げてきたものが、急激な人口増加を受け止めていた。


王都の市場でも品薄は起きなかった。


パンが並ぶ。


肉が並ぶ。


野菜が並ぶ。


魚も届く。


価格も大きく変わらない。


人々にとって、難しい数字より目の前の市場の方が分かりやすかった。


「本当に足りてるな」


「むしろ前より種類が増えてないか?」


そんな声まで出ていた。


新しく保護された人々にも食事が提供された。


だが、いつまでも与え続けるわけではない。


教導を受ける。


仕事を選ぶ。


働く。


自分で生活する。


これまでと同じだった。


農業を選ぶ者。


料理人になる者。


職人になる者。


商人を目指す者。


行政官を希望する者もいた。


騎士を志願する者までいる。


人口が増えれば、必要な仕事も増える。


働く者が増えれば、生産する者も増える。


一億三千三百万人は、ただ養われるだけの人間ではなかった。


王都の酒場でも今回の話題で持ちきりだった。


「陛下、行政官を六十万人に増やすらしいぞ」


「騎士団も百十万人だって聞いた」


「そんなに増やすのか?」


「今までと人口が違うだろ」


「まあ、それもそうか」


別の卓から声が飛ぶ。


「騎士の保養所まで作るそうだぞ」


「今回の任務に行った人たちのか?」


「そうらしい」


そこで酒場の空気が少し変わった。


三カ国で何が行われたのか、詳細まですべて知らされているわけではない。


だが、騎士たちが厳しい任務に就いたことは知られていた。


「休ませてやらないとな」


「そりゃそうだ」


「陛下も気にしてるんだろ」


国民は見ていた。


人口が増えれば行政官を増やす。


騎士の仕事が増えれば騎士団を増やす。


保護者が多すぎれば、本人の希望を確認した上で友好国にも受け入れを相談する。


疲弊した騎士がいれば、保養所を作る。


必要な金は国庫から出す。


問題が起きてから誰かを責めるのではない。


必要になったものを作る。


足りなければ増やす。


国民にとって、それは何より分かりやすかった。


オーキスの支持率は、限りなく百パーセントに近づいていた。


王だから支持されているのではない。


強いからでもない。


暮らしが良くなっている。


食べるものに困らない。


病気になれば治療を受けられる。


仕事を選べる。


子供は学べる。


そして国のために働いた者が疲れれば、国が休ませる。


それを国民は自分たちの生活の中で知っていた。


王宮で報告を受けたオーキスは、支持率の数字を見て首を傾げた。


「また上がったのか?」


クレインが答える。


「上がりましたな」


「余は何もしておらぬぞ」


クレインは少し考えた。


「今回だけを見れば、命令を大量に出されましたが」


「そうであったか?」


バイオレットが笑った。


マーガレットも隣で微笑んでいる。


オーキス本人だけが、なぜ支持されているのかよく分かっていなかった。


彼にとっては当たり前だった。


人が増えた。


ならば支える者も増やす。


働いた者が疲れた。


ならば休ませる。


食料が必要なら作る。


それだけだった。


その当たり前を続けてきた結果。


二億四千万人を超える人々が、同じ王を信頼するようになっていた。




騎士団の保養所は、すぐに建設が始まった。


イプシオ領。


アリシア領。


二つの神官貴族領で、広い土地が確保された。


建設そのものに時間はかからない。


土魔法。


金属魔法。


教導を受けた職人たちも加わり、建物が次々と形になっていく。


個室。


大浴場。


食堂。


談話室。


広い庭。


散歩道。


一人で静かに過ごせる場所も作られた。


豪華にすることが目的ではない。


休めること。


それだけが優先された。


大聖堂も騎士たちに開放された。


祈る者がいた。


長椅子に座り、何もせず過ごす者もいた。


神官に話を聞いてもらう者もいる。


「眠ると、あの男の顔を見るんです」


一人の騎士が話した。


神官は黙って聞いていた。


「間違っていたとは思っていません。でも……」


言葉が止まる。


神官は答えを急がなかった。


正しかった。


仕方なかった。


忘れろ。


そんなことは言わない。


ただ話を聞いた。


別の騎士は大浴場にいた。


湯に浸かり、何も考えず天井を見ている。


隣に仲間がいる。


会話はない。


それでも一人ではなかった。


庭では数人の騎士が歩いていた。


食堂では久しぶりに食欲が戻った者が食事をしている。


眠れるようになった者もいた。


まだ眠れない者もいる。


誰も急かさなかった。


騎士団百十万人への増員も始まっている。


だから休める。


一週間でもいい。


一カ月でもいい。


今回のような国外任務へ二度と参加しなくてもいい。


騎士を辞める必要もなかった。


国内にはいくらでも仕事がある。


三団長も交代で保養所を訪れた。


ロックウェルは騎士たちに同じことを繰り返した。


「眠れない。食欲がない。屠った相手の顔を思い出す。気分が悪くなる」


騎士たちが聞いている。


「そうなったら報告しろ」


以前と何も変わらない。


アッシュも言った。


「早く戻ろうとする必要はない」


アイクはもっと簡単だった。


「休め」


それだけだった。


そして、もう一つの労いも始まっていた。


イメルダ夫人は騎士団から受け取った名簿を眺めていた。


疲弊している騎士。


その中の独身者。


年齢。


出身地。


趣味。


普段の勤務。


なぜか情報が増えている。


「夫人、これは何でしょう?」


同行していた職員が尋ねた。


「相性を見るのよ」


「保養では?」


「結婚も保養よ」


職員は何も言えなかった。


イメルダ夫人は次の資料を見る。


「この人は静かな人がいいわね」


「分かるのですか?」


「なんとなくよ」


「なんとなく……」


「会わせてみれば分かるでしょう」


あまりにも大雑把だった。


だが、無理やり結婚させるわけではない。


会わせる。


話をさせる。


合わなければ次。


本人が嫌なら終わり。


イメルダ夫人なりに、その線だけは守っていた。


やがて一人の騎士が呼ばれた。


「座りなさい」


「はい」


「独身ね?」


「はい?」


「好きな人は?」


「いませんが……」


「分かったわ」


何が分かったのか、騎士には分からなかった。


イメルダ夫人は別の紙を見る。


「今度、この人と食事をしなさい」


「なぜですか?」


「陛下の命令よ」


「陛下が私に結婚しろと?」


「疲弊している者から結婚させろと仰ったわ」


騎士は固まった。


オーキスの命令に間違いはない。


だが、何かがおかしい。


「嫌なら断っていいわよ」


「いいんですか?」


「当たり前でしょう。嫌な相手と結婚してどうするのよ」


そこは妙にまともだった。


騎士はしばらく考えた。


「食事だけなら……」


「決まりね」


イメルダ夫人は次の名簿を取った。


騎士団員を労いたい。


オーキスが始めたことだった。


行政官を増やした。


騎士を増やした。


情報部門を強化した。


保護者に新しい土地で暮らす選択肢も作った。


保養所を作った。


大聖堂も開いた。


そして、なぜか縁談まで増え始めた。


やり方はそれぞれ違う。


だが、向いている方向は同じだった。


働いた者を使い潰さない。


疲れた者を置き去りにしない。


一人で抱え込ませない。


オーキスが望んだのは、それだけだった。


二億四千万人を超えたアルデバラン王国。


巨大になった国を支えていたのは、強大な魔法だけではない。


人が疲れたときに。


「休め」


そう言える国でもあった。






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