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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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191 アルデバラン王国の総意

アイクは五十カ国調査の続きを開始した。


独裁国家、略奪国家、選民思想国家。


先日の調査で四カ国を終えている。


残り四十六カ国。


アギトたちが上げた成果は凄まじかった。


同時に、若手騎士に実地経験を積ませるという目的でも大きな成果があった。


現地で索敵し、鑑定し、自分たちで考える。


判断に迷えば相談する。


必要な人員が足りなければ応援を求める。


ならば今回も若手を中心に組織する。


ただし、前回と同じ人数で始める必要はない。


アイクは最初から応援三万人を付けることにした。


新たに選ばれた若手女性騎士は十人。


ポリー、スカーレット、レベル。


三人を第一班。


アメリア、アドリアーナ、クリスティ。


三人を第二班。


フェビー、レキシー、アビー、イザベラ。


四人を第三班とした。


各班に一万人ずつ先輩騎士が付く。


三つの組織を同時に動かし、並行して調査を進める。


最初の対象はシトラルド王国、キーシル王国、ウジフラン王国。


その後にはヘコサ王国、フネルジア王国、ジキブス王国が控えていた。


シトラルド王国。


人口二千万人。


周辺国への侵略を繰り返す略奪国家であり、覇権国家でもある。


征服した国の民は奴隷商へ売り飛ばす。


金銀財宝、食料、家畜も奪う。


ただし、すべてを奪うわけではない。


住民が再び生活と生産を始められる最低限のものだけは残す。


領土そのものを支配することには興味がなく、先住民へ返す。


さらに再び生産できるようになるまで統治を支援する。


育て直させるためだった。


そして豊かになれば、また奪う。


キーシル王国。


人口二千万人。


独裁国家であり、侵略を繰り返す軍事国家。


征服した国の民は奴隷兵として自国へ連れ帰る。


職人も連れ帰り、自国の武器産業へ組み込む。


金銀財宝、食料、家畜を最低限だけ残して没収する。


占領した国には代官を置く。


生産と統治が安定すれば先住民へ返す。


こちらも領土が欲しいわけではない。


再び利用できる状態にするためだった。


ウジフラン王国。


人口千五百万人。


選民思想を持ち、侵略を繰り返す軍事国家だった。


自分たちこそ世界で最も優れた民だと信じている。


宗教国家ではない。


それでも選民思想は国全体へ深く浸透していた。


征服した国の民は奴隷商へ売る。


有用な職人は自国へ連れ帰り、武器産業へ組み込む。


金銀財宝、食料、家畜を奪う。


その後は代官を置いて統治を支援し、生産が回復すれば先住民へ返す。


三カ国とも方法は少しずつ違う。


だが、他国の民を自国のために利用するという点では変わらなかった。


調査隊が動き始めた頃。


王宮ではオーキスが対策会議を開いていた。


招かれたのは、人民保護にあたった騎士たちの代表十人。


二十人の新興貴族冒険者。


二十七人の貴族冒険者。


さらに宰相クレイン、アイク、アッシュ、ロックウェルら王国中枢の者たちも出席している。


オーキスは集まった者たちを見渡した。


「報告は読んでいる。結果も上々だ」


一度言葉を切った。


「だが、現場に負担をかけて申し訳ないと思っている。正直、人類の敵国家がこれほどあるとは想定しておらなんだ」


誰も口を挟まない。


「余の個人的な感情としては、滅亡させたい」


オーキスは率直に言った。


「しかしアルデバラン王国が国として表に出るのはまずい。他国への侵攻になる。皆の意見を聞かせてくれ」


アイクが答えた。


「アルデバラン王国として前面に出れば、侵略、侵攻になりますぞ。個人的には陛下のお考えに賛同いたしますが……」


アッシュも頷く。


「私も同意見です」


ロックウェルも続いた。


「私もです」


オーキスは再び全員を見渡した。


「滅亡に反対の者はおるか?」


誰も手を上げなかった。


「では、滅亡に賛成の者はおるか?」


一斉に手が上がった。


この場にいる全員だった。


オーキスはその光景を確認してから問う。


「何かいい方法はないか?」


ガイルが手を上げた。


「騎士たちに冒険者へ変装させてはいかがでしょう。冒険者による強襲に見せればよいかと」


続いてアレクサンドが口を開いた。


「人類の敵国家は、正直、害以外の何物でもありません」


オーキスがもう一度全員を見る。


「皆、それでよいか?」


異議は出なかった。


国王だけの意思ではない。


騎士だけの意思でもない。


この場に集められた者たちの意見は一致した。


この日。


アルデバラン王国の総意が決定した。




方針は決まった。


だが、何をしてもいいという話ではない。


オーキスは集まった者たちを見渡した。


「確認しておこう。国を滅ぼすことが目的ではない」


アイクが頷く。


「まずはこれまで通りですな」


「うむ」


アギトたちが行った四カ国の調査方法は、そのまま使う。


ステルスで接近する。


必要ならアボートで武器、防具、鎧、兜を回収する。


馬も保護する。


索敵で人を探し、鑑定する。


保護対象なら念話で意思を確認する。


奴隷や弱者も探す。


見落としがないように何度も索敵する。


ここまでは何も変わらない。


変わるのは、その後だった。


アイクが言った。


「保護すべき者を残したまま攻撃することは認められませんな」


「当然だ」


オーキスが答える。


善人を巻き込まない。


弱者を巻き込まない。


奴隷を巻き込まない。


本人が亡命を希望するなら先に保護する。


徹底して対象を選別する。


アッシュが腕を組んだ。


「問題は、最後に残った者たちです」


誰も反論しなかった。


ヴァレキフ王国では、それが問題として残った。


武器を奪った。


馬も奪った。


保護できる者は保護した。


それでも、膨大な数の犯罪者が残った。


その時点では調査と保護が任務だった。


それ以上のことはできなかった。


だが今回からは違う。


オーキスが言った。


「鑑定の結果、人類の敵と判断できる者については排除を認める」


重い言葉だった。


それでも異議は出ない。


アギトが手を上げた。


「陛下。一つよろしいでしょうか?」


「申せ」


「善人でも、亡命を希望しない人はいると思います」


実際にいた。


ヴェロン王国の正規兵を鑑定したとき、極めて少数ながら保護対象となる者が見つかった。


念話で亡命の意思を尋ねた。


だが彼らは残ることを選んだ。


本人の意思だ。


強制はしなかった。


「そういう人まで巻き込むのは違うと思います」


「もっともだ」


オーキスは即答した。


「残留を望む善人も保護対象と同様に扱え。攻撃してはならぬ」


「ありがとうございます」


アギトが頭を下げた。


クレインが確認する。


「つまり今回の方針は、国家に所属しているか否かでは判断しないということですな」


「そうだ」


王だから殺す。


兵士だから殺す。


敵国民だから殺す。


そういう判断ではない。


一人ずつ鑑定する。


その者が何をしてきたのかを見る。


それから判断する。


途方もない手間だった。


だが今のアルデバラン王国には、それを実行できる力がある。


ガイルが言った。


「なら、冒険者に扮した騎士たちが先に保護を完了させ、その後に残った対象を処理する。それでよろしいかと」


アレクサンドも頷いた。


「賛成です。順序を逆にしてはいけません。先に救える者を救うべきでしょう」


「うむ」


オーキスも頷いた。


占領するつもりはない。


領土を奪うつもりもない。


財宝を持ち帰る必要もない。


アルデバラン王国の制度を押しつけるつもりもなかった。


国家として前面に出ることもしない。


ただし、他国へ侵攻し、略奪し、人を奴隷として売り、何度でも同じことを繰り返す者たちは放置しない。


「もう一つ」


ロックウェルが口を開いた。


「対象を処理した後、その土地をどうします?」


オーキスは少し考えた。


「そこに残った者たちが決めればよい」


簡単な答えだった。


「我が国が統治する理由はない。新しい国を作るなら作ればよい。町ごとに自治するなら、それでもよい」


クレインが頷く。


「支援を求められた場合は?」


「そのとき考えればよい。少なくとも領土にはせぬ」


そこも決まった。


アギトは黙って話を聞いていた。


前回とは違う。


救える者を探すところまでは同じだ。


だが、その後が違う。


武器を取り上げて終わりではない。


残された者たちが再び武器を持ち、同じことを始める可能性まで考える。


ヴァレキフ王国で感じた引っ掛かりへの答えが、ようやく出た。


オーキスは最後に全員へ確認した。


「救うべき者は救う。残ることを望む善人も巻き込まぬ。その上で、人類の敵となる者は排除する。領土は取らぬ。統治もせぬ」


全員が頷いた。


「よし。それで進めよう」


方針は決まった。


アルデバラン王国は他国を征服するつもりはなかった。


だが、見つけてしまった人類の敵を放置するつもりもなかった。




方針が決まった翌日。


王国騎士団の訓練場には十一万人の騎士が集められていた。


これから五十カ国調査に関わる可能性のある者たちだった。


壇上には三人の団長が立っている。


騎士団長アイク。


魔導騎士団長アッシュ。


近衛騎士団長ロックウェル。


十一万人を前にしても、三人はいつもと変わらなかった。


勇ましい言葉を並べるつもりはない。


敵への憎悪を煽るつもりもなかった。


アイクが一歩前へ出た。


「今回の方針については、すでに聞いていると思う」


訓練場が静まり返る。


「これまでと同じく、保護対象を最優先とする。ステルス、アボート、索敵、鑑定、念話。使えるものは使え。奴隷、弱者、亡命希望者を先に保護する」


騎士たちは黙って聞いている。


「亡命を希望しない善人もいる。その者たちを巻き込むな。鑑定を怠るな」


ここまでは、これまでと変わらない。


だが、その先が違う。


「保護を終え、対象を確認した後、人類の敵と判断された者を排除する」


アイクはそこで言葉を切った。


十一万人を見渡す。


そして聞いた。


「この中で、人を屠ったことのない者は?」


手が上がった。


一斉だった。


前方から後方まで、ほとんどの騎士が手を上げている。


十一万人のうち、およそ十万八千人。


手を上げなかった者は二千人ほどしかいなかった。


魔物を屠った経験ならある。


盗賊を捕縛した経験もある。


犯罪者を制圧したこともある。


だが、人を屠ったことのない騎士が圧倒的多数だった。


アイクはその光景をしばらく見ていた。


「分かった」


それだけ言って、続ける。


「人を屠れば必ず疲弊する」


静かな声だった。


「無理はするな。慣れろとも言わん。ただ忘れるな」


手を上げていた騎士たちが、ゆっくりと手を下ろす。


アイクは続けた。


「今回、十一万人全員が人を屠る必要などない。できないと思ったら下がれ。手が震えたなら代われ。吐き気がしたなら休め」


誰も動かない。


「それを臆病とは言わん」


アイク自身、人を屠ることが何を意味するのか知っている。


命を奪う相手が悪人なら何も感じない。


そんな単純なものではない。


「対象が人類の敵であることと、お前たちが人を屠って何も感じないことは別の話だ」


次にアッシュが前へ出た。


「迷ったら鑑定しろ」


アッシュは端的に言った。


「一度で足りないと思えば、もう一度やれ。それでも迷うなら周囲に聞け」


十一万人いる。


一人で判断する必要はない。


「誰かが攻撃したから自分も攻撃する。それはやめろ。自分で確認しろ」


アッシュは少し間を置いた。


「間違って善人を屠るくらいなら、何もしない方がいい」


今回の目的は殺すことではない。


保護できる者を先に保護する。


その原則だけは変わらない。


最後にロックウェルが前へ出た。


「任務から帰った後の話をしておく」


騎士たちの視線が集まる。


「眠れない。食欲がない。屠った相手の顔を思い出す。気分が悪くなる」


淡々と並べる。


「そうなったら報告しろ」


ロックウェルは十一万人を見渡した。


「隠す必要はない」


騎士だから耐えろとは言わない。


聖騎士だから平気でいろとも言わない。


「一人で抱えるな。仲間に話せ。上官に話せ。休みたければ休め」


アイクが再び前へ出た。


「我々は、お前たちを人を屠ることに慣れさせたいわけではない」


十一万人が静かに聞いている。


「必要だから任務として命じる。だが、心まで捨てろとは命じない」


アイクはそこで言葉を切った。


「今回の調査は四十六カ国残っている。長い任務になる」


そして十万八千人の、人を屠った経験のない騎士たちを見る。


「無理はするな。できる者がやればいい。仲間は十一万人いる」


アッシュとロックウェルも頷いた。


誰か一人に背負わせる必要はない。


誰か一人が無理をする必要もない。


アイクは最後に言った。


「生きて帰れ。それから、自分を壊して帰ってくるな」


「はい!」


十一万人の声が訓練場に響いた。


人類の敵を屠る。


その方針は決まった。


だが、人を屠ることを軽く扱う者は、この場には一人もいなかった。




訓話が終わっても、十一万人の騎士たちはすぐには動かなかった。


アイクの言葉が、それぞれの中に残っていた。


人を屠った経験がない者は、およそ十万八千人。


これまで騎士として訓練を積んできた。


魔物とも戦ってきた。


盗賊や犯罪者を捕縛した経験を持つ者もいる。


だが、命を奪うところまで踏み込んだ者は少なかった。


今回、それが変わるかもしれない。


アイクは壇上を降りる前に言った。


「もう一つだけ伝えておく」


騎士たちの視線が戻る。


「今回の任務で人を屠らなかった者を、低く評価することはない」


ざわめきは起きなかった。


それでも、その言葉を聞いて表情を変えた者はいた。


「戦えなかった。手が止まった。仲間に代わってもらった。それを理由に人事評価を下げることもない」


アッシュが続ける。


「逆も同じだ。多く屠ったからといって評価が上がるわけではない」


今回の任務で求められているのは、殺した人数ではない。


対象を正しく見極めること。


保護すべき者を保護すること。


必要な仕事を確実に終えること。


それだけだった。


「勘違いするな」


ロックウェルが言った。


「これは競争ではない」


騎士たちは静かに聞いている。


「隣の者ができたから自分もやらなければならない、などと考えるな」


十一万人もいれば、人によって違う。


迷わず動ける者もいるだろう。


一人を屠っただけで動けなくなる者もいるかもしれない。


最初から自分には無理だと判断する者もいる。


それでいい。


アイクは三万人の応援部隊についても触れた。


「先に出る三班には、それぞれ一万人が同行する」


第一班。


ポリー、スカーレット、レベル。


第二班。


アメリア、アドリアーナ、クリスティ。


第三班。


フェビー、レキシー、アビー、イザベラ。


十人の若手女性騎士が、三つの調査隊を率いる。


「先輩だからといって勝手に判断するな。指揮を執るのは若手だ」


何人かの騎士が頷いた。


アギトたちの四カ国調査と同じだった。


若手に経験を積ませる。


先輩は支える。


判断に迷ったときは助言する。


必要なら手を貸す。


だが、仕事そのものを奪わない。


「ただし」


アイクが続ける。


「班長が疲弊していると判断したら止めろ」


若手だから。


指揮官だから。


自分がやらなければならない。


そう考えさせないためだった。


「指揮官も人間だ。代わりはいる」


三万人の応援部隊に向けた言葉だった。


「分かりました!」


返事が返ってくる。


アイクは頷いた。


「では、準備に入れ」


十一万人が動き始めた。


三つの調査隊は先行する。


残る騎士たちは、いつでも応援へ入れるよう待機する。


武器を確認する者がいた。


防具を確認する者もいる。


だが今回、剣を抜く必要があるとは限らない。


アルデバラン王国の騎士たちには魔法がある。


念動もある。


転移もある。


相手を屠る方法はいくらでもある。


だからこそ、アイクたちは方法について細かく指示しなかった。


自分ができる方法を使えばいい。


できなければ、できる者に任せればいい。


訓練場の端では、若い騎士たちが話していた。


「俺、人を屠ったことないんだ」


「私もよ」


「ほとんどそうだろ。さっき見ただろ」


「そうだけど……できるかな」


答えは出なかった。


別の騎士が言った。


「無理なら代われって団長が言ってただろ」


「うん」


「だったら、そのとき考えればいい」


それで話は終わった。


無理に覚悟を決める必要はない。


その頃、三人の団長は訓練場を見下ろしていた。


アッシュが言った。


「十万八千人ですか」


「ああ」


アイクが答える。


「思ったより多かったな」


ロックウェルが騎士たちを見る。


「悪いことではないでしょう」


「もちろんだ」


アイクは即答した。


人を屠った経験がない。


それは騎士として未熟だという意味ではない。


それだけ、この国で騎士が人を屠らずに済んできたということでもある。


だが今は、その力を国外で使うことを決めた。


三人とも、その意味は理解していた。


「後戻りはできませんな」


ロックウェルが言う。


アイクは首を横に振った。


「後戻りする必要はない」


少し間を置く。


「間違ったと思えば、そのとき止めればいい」


アッシュが頷いた。


決めたから続けるのではない。


結果を見る。


問題があれば直す。


必要なら方針そのものを変える。


それがアルデバラン王国だった。


アイクは訓練場から出ていく騎士たちを見送った。


「まずは三カ国だ」


シトラルド王国。


キーシル王国。


ウジフラン王国。


新しい方針による最初の調査が始まろうとしていた。


アルデバラン王国は、人類の敵を放置しないと決めた。


同時に、そのために自国の騎士たちの心を壊すつもりもなかった。





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