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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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190 五回表彰されたグラマスと二回表彰された聖騎士

アギトとバルセロナが付き合うようになって、しばらく経った。


アギトが仕事を終えると酒場へ顔を出す。


バルセロナの仕事が終われば一緒に食事をする。


休みが合えば王都を歩くこともあった。


二人の関係は穏やかだった。


特に急ぐ理由もない。


アギトもバルセロナも、それでいいと思っていた。


そんな二人の前に、ある日イメルダ夫人がやって来た。


「あなたがバルセロナね?」


いきなり名前を呼ばれ、バルセロナが目を丸くする。


「はい」


「そう」


イメルダ夫人はバルセロナを見る。


そして一度頷いた。


「いいじゃない」


「何がですか?」


アギトが聞いた。


「あなたには聞いてないわ」


「はい……」


アギトは黙った。


バルセロナが小声で尋ねる。


「アギト様、この方は?」


「イメルダ夫人。結婚斡旋ギルドのグランドマスターだよ」


「えっ?」


バルセロナの背筋が伸びた。


名前は知っている。


王都で暮らしていれば、結婚斡旋ギルドのグランドマスターであるイメルダ夫人の名前を耳にする機会は多い。


しかも国王から五回も表彰された人物だ。


だが当の本人は、そんな肩書きを気にする様子もなく二人の前に座った。


「ところで、あなたたち付き合ってるのよね?」


いきなり本題だった。


「はい」


バルセロナが答える。


「そうですけど」


アギトも答えた。


「なら話は早いわ」


何の話だろう。


アギトには分からない。


イメルダ夫人は当然のように言った。


「五回も陛下から表彰されたグランドマスターが仲人をして、二回表彰された聖騎士が結婚するのよ。こんな縁起のいい話、他にないでしょう」


「何の縁起ですか?」


「知らないわよ。とにかく結婚なさい」


「知らないんですか……」


自分で言い出したのに知らないらしい。


イメルダ夫人はまったく気にしていなかった。


そしてバルセロナを見る。


「あなた、アギトが好きなの?」


「はい」


即答だった。


今度はアギトを見る。


「アギト、あなたは?」


「好きですけど」


「決まりね」


「何がですか?」


「結婚よ」


「話が早すぎませんか?」


「遅いくらいよ」


アギトは困った。


付き合っている。


バルセロナのことは好きだ。


そこに嘘はない。


だが、なぜ数回の質問だけで結婚まで決まったことになるのか。


「いや、イメルダ夫人」


「何?」


「結婚って、もう少し二人で話してから決めるものじゃないですか?」


「なら話しなさい」


「今ですか?」


「今よ」


イメルダ夫人がバルセロナを見る。


「あなた、アギトと結婚したい?」


バルセロナの顔が赤くなった。


少しだけ間があった。


「……はい」


「ほら」


「ほらって……」


「次、アギト」


「俺も聞くんですか?」


「当たり前でしょう」


アギトは隣のバルセロナを見る。


バルセロナもこちらを見ていた。


「バルセロナと結婚したい?」


今まで真剣に考えたことはなかった。


嫌だからではない。


付き合い始めてまだそれほど経っていない。


一緒に食事をする。


話をする。


彼女の仕事が終わるのを待つ。


それが楽しかった。


これからも一緒にいたいかと聞かれれば、答えは決まっている。


「まあ……はい」


「決まり」


「だから早いですって」


イメルダ夫人は呆れたようにアギトを見る。


「二人とも結婚したいのに、何を待つのよ」


「何をって……」


言われてみると分からない。


バルセロナが横で笑っている。


「バルセロナまで笑わないでよ」


「だって」


「だって何?」


「私、嬉しいです」


そう言われると弱い。


アギトは何も言えなくなった。


イメルダ夫人が満足そうに頷いた。


「はい。これで決まりね」


「本当に決まったんですか?」


「決まったわよ」


「誰が決めたんです?」


「あなたたち二人よ」


アギトは黙った。


確かにそうだった。


イメルダ夫人は質問しただけだ。


好きなのか。


結婚したいのか。


二人とも自分で答えた。


いつの間にか話だけが進んでいる。


「じゃあ次ね」


「まだ何かあるんですか?」


「当たり前でしょう」


イメルダ夫人は立ち上がった。


「結婚は決まったんだから、次は結婚式よ」


アギトは思った。


この人を止められる気がしない。




「結婚は決まったんだから、次は結婚式よ」


イメルダ夫人は当然のように言った。


アギトはまだ納得しきれていない。


いや、バルセロナと結婚することが嫌なのではない。


むしろ嬉しい。


ただ、話があまりにも早い。


「ちょっと待ってください」


「何よ」


「今日、結婚するつもりでここに来たわけじゃないんですけど」


「私もよ」


バルセロナが小さく言った。


「でしょう?」


アギトが同意を求める。


「でも、アギト様と結婚できるのは嬉しいです」


「……そうなんだ」


「はい」


逃げ道がなくなった。


イメルダ夫人が満足そうに頷く。


「じゃあ問題ないわね」


「問題というか、心の準備というか」


「何の準備が必要なのよ」


アギトは答えられなかった。


確かに、何の準備だろう。


「住む場所は?」


イメルダ夫人が聞く。


「俺の家でいいと思います」


「バルセロナは?」


「私は構いません」


「仕事は?」


「続けたいです」


「アギトは?」


「本人が続けたいなら、それでいいです」


「お金は?」


「騎士の給金があります」


「バルセロナも働いてるわね」


「はい」


イメルダ夫人が指を折る。


「住む場所あり。仕事あり。収入あり。二人とも結婚したい。何が問題なの?」


「……ないですね」


「でしょう?」


おかしい。


何かがおかしい気がする。


だが、どこがおかしいのか説明できない。


バルセロナは隣で楽しそうに笑っている。


「それで式はどうするの?」


「そこまで今日決めるんですか?」


「決められることは決めればいいでしょう」


イメルダ夫人は本当に止まらなかった。


「大きな式がいい? 小さな式がいい?」


アギトはバルセロナを見る。


「どうしたい?」


「私は小さな式で十分です」


「俺もそれでいい」


「はい、決まり」


また一つ決まった。


「日取りは私が候補を出すわ」


「そこは俺たちで決めても」


「候補を出すだけよ。選ぶのはあなたたち」


「なら……お願いします」


「最初から素直にそう言えばいいのよ」


アギトは何とも言えない気分になった。


四カ国の調査では、これほど困ったことはなかった。


ガルテェニカ王国では二千五百万人を保護した。


サンマウ王国では二百七十万人。


ヴェロン王国では三百万人を超えた。


ヴァレキフ王国では約十万人。


合わせれば三千万人を大きく超える。


そのときにやったことは単純だった。


鑑定する。


念話を送る。


『亡命を希望しますか?』


答えを聞く。


希望するなら保護する。


僅かな質問だった。


それを何千万人にも繰り返した。


本人の意思を確認するだけでよかった。


ところが今は逆だった。


「アギト」


「はい」


「バルセロナが好き?」


「好きです」


「結婚したい?」


「はい」


「一緒に暮らす?」


「はい」


「小さな式でいい?」


「はい」


質問される。


答える。


次が決まる。


また質問される。


答える。


また決まる。


アギトは途中で気づいた。


「……あれ?」


「何よ」


「俺がやってたことと似てません?」


イメルダ夫人が首を傾げる。


「何が?」


「亡命の意思確認です」


「知らないわよ」


「また知らないんですか」


バルセロナが笑い始めた。


アギトも笑うしかなかった。


三千万人を僅かな質問で亡命させた騎士は、イメルダ夫人の質問には逆らえなかった。


いや、違う。


逆らえないのではない。


質問されたことに正直に答えると、全部同じ方向へ進んでしまうのだ。


好きか。


好きだ。


結婚したいか。


したい。


一緒に暮らしたいか。


暮らしたい。


なら結婚すればいい。


それだけだった。


イメルダ夫人は満足そうに立ち上がった。


「じゃあ、日取りの候補が決まったら知らせるわ」


「本当にやるんですね」


「何を言ってるの。私を誰だと思ってるのよ」


アギトは答えた。


「五回表彰された結婚斡旋ギルドのグランドマスター」


「分かってるじゃない」


そこだけは妙に誇らしげだった。


イメルダ夫人はそのまま帰っていった。


残されたアギトとバルセロナは、しばらく黙っていた。


先に口を開いたのはバルセロナだった。


「結婚するんですね」


「するみたいだね」


「嫌ですか?」


「まさか」


アギトはすぐに答えた。


バルセロナが笑った。


それを見て、アギトも笑う。


どうやら本当に結婚するらしい。


決まるときというのは、案外こんなものなのかもしれなかった。




翌日。


イメルダ夫人は結婚斡旋ギルドの執務室にいた。


机の上には、アギトとバルセロナの結婚に関する資料が並んでいる。


昨日まで存在しなかった資料だった。


「日取りはこの辺りね」


端末を操作する。


アギトは王国騎士団の聖騎士。


当然、勤務がある。


バルセロナにも酒場の仕事がある。


二人の予定を確認し、都合のいい日をいくつか選んだ。


式は小さくていいと言っていた。


なら、それに合わせればいい。


大勢を呼ぶ必要はない。


必要なのは二人が納得して結婚することだ。


イメルダ夫人は候補日をまとめた。


「これでいいわね」


そこへギルド職員がやって来た。


「グランドマスター、何をされているんですか?」


「結婚の準備よ」


「どなたの?」


「アギトとバルセロナ」


職員が少し考えた。


「あの、先日表彰された聖騎士のアギト様ですか?」


「そうよ」


「もう結婚されるんですか?」


「するわよ」


「婚約されていたんですか?」


「昨日決まったわ」


職員が黙った。


「昨日?」


「そう」


「それで、もう日取りを?」


「本人たちが結婚するって言ったんだから、決められるところから決めればいいでしょう」


何もおかしくないという顔だった。


職員もそれ以上は聞かなかった。


この人に聞いても仕方がない。


その日の夕方。


アギトは騎士団の仕事を終えたところで、イメルダ夫人から念話を受けた。


『アギト』


『はい?』


『日取りの候補が決まったわ』


アギトは足を止めた。


早い。


昨日の今日だ。


『もうですか?』


『何をのんびりしてるのよ』


『いや、昨日決まったばかりですよ』


『だから今日決めたのよ』


やはり意味が分からない。


『候補を送るから、バルセロナと相談して選びなさい』


『分かりました』


端末に候補日が届いた。


いくつかの日付が並んでいる。


どの日も勤務の調整は可能だった。


『ありがとうございます』


『決めたら連絡しなさい』


念話が切れた。


アギトは端末を見る。


本当に結婚するんだな。


昨日も同じことを思った。


そのまま、いつもの酒場へ向かった。


扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


バルセロナがいた。


アギトを見つけると笑う。


「アギト様」


「イメルダ夫人から日取りが来たよ」


「もうですか?」


「俺も同じこと言った」


バルセロナが笑った。


仕事が終わるまで待ち、二人で席についた。


端末を並べて候補日を見る。


「いつがいい?」


アギトが聞く。


バルセロナは少し考えた。


「アギト様は?」


「俺はどの日でも大丈夫。勤務は調整できるから」


「私も店に相談すれば大丈夫だと思います」


二人で日付を眺める。


昨日までは結婚の日取りなど考えたこともなかった。


それなのに今は、本当に選んでいる。


「これにする?」


アギトが一つの日を指した。


「はい」


決まった。


驚くほど簡単だった。


アギトはイメルダ夫人へ念話を送る。


『決まりました』


『どの日?』


日付を伝える。


『分かったわ』


それだけだった。


アギトは念話を切った。


「決まった」


「決まりましたね」


バルセロナが嬉しそうに笑う。


それを見ていると、これでよかったと思えた。


「そういえば、誰を呼ぶ?」


「私は酒場の皆さんを何人か」


「俺は仲間かな」


アギトは考える。


ポール。


ボーデン。


アーウェン。


ジェーン。


四カ国へ一緒に派遣された十九人にも声をかけたい。


マイク先輩たちにも知らせたい。


だが小さな式にするなら、全員を呼ぶわけにもいかない。


「難しいな」


「イメルダ夫人に相談します?」


バルセロナが言った。


アギトは一瞬黙った。


昨日の勢いを思い出す。


相談すれば、また何かが一気に決まりそうな気がする。


だが結婚斡旋ギルドのグランドマスターだ。


こういうことなら専門家でもある。


「……そうしようか」


その頃。


結婚斡旋ギルドでは、イメルダ夫人が次の資料を作っていた。


二人から相談されるより先に。


招待客の候補だった。




結婚式の日を迎えた。


アギトとバルセロナは小さな式を希望していた。


親しい者たちに祝ってもらえれば、それでいい。


そのつもりだった。


だが式場に入ったアギトは、予想していなかった顔ぶれを見つけた。


貴族冒険者たちだった。


二十七人全員が揃っている。


「どうして皆様が?」


アギトが思わず呟く。


招待した覚えはなかった。


そこへポールがやって来た。


「すごい顔ぶれだな」


「ああ。俺も驚いてる」


事情を聞いて、さらに驚いた。


イメルダ夫人だった。


二十七人全員に招待状を送っていたらしい。


もちろん、伯爵夫人であるイメルダ夫人が侯爵を含む二十七人の貴族へ命令できるはずがない。


招待状の文面は丁寧だった。


ぜひ二人の門出を祝っていただきたい。


そして人生の先輩として、新婚の二人へ一言ずつ助言をいただきたい。


そう書かれていたらしい。


ただし、受け取った二十七人の認識は少し違った。


実質的な強制参加だった。


アギトは、その中にアレクサンド侯爵を見つけた。


「アレクサンド侯爵閣下までいらしてくださったんですか?」


「ええ」


アレクサンドは少し笑った。


「イメルダ夫人から、とても丁寧な招待状をいただいたの」


「そうだったんですか」


「ええ。とても丁寧だったわ」


なぜ二回言ったのだろう。


近くにいた別の貴族冒険者が笑っている。


「私のところにも来たぞ」


「俺にもだ」


「二十七人全員らしい」


アギトはアレクサンドを見る。


「もしかして、断れない感じでした?」


「そんなことはないわよ」


アレクサンドは微笑んだ。


「断ることもできたわ」


「じゃあ、どうして?」


「断ったらイメルダ夫人が直接来そうだったから」


アギトは納得した。


それは来る。


間違いなく来る。


そこへ当のイメルダ夫人が現れた。


「何を話してるのよ。もうすぐ始まるわよ」


アギトが尋ねる。


「イメルダ夫人、二十七人全員に招待状を送ったんですか?」


「そうよ」


「小さな式にするって言いましたよね?」


「二十七人くらい誤差よ」


「誤差なんですか?」


「一億人以上いる国で二十七人増えたくらい、誰が気にするのよ」


話の規模がおかしい。


アレクサンドが笑っていた。


やがて結婚式が始まった。


アギトとバルセロナが並ぶ。


仲間たち。


先輩の聖騎士たち。


酒場の仲間。


そして二十七人の貴族冒険者。


仲人を務めるのはイメルダ夫人だった。


二人が夫婦になる意思を確認する。


アギトが答える。


バルセロナも答える。


今度は誰かに押されたからではない。


二人とも、自分の意思ではっきり答えた。


式が終わると祝宴が始まった。


アギトが料理を食べていると、イメルダ夫人が近づいてきた。


「アギト」


「はい」


「せっかく人生の先輩が二十七人も来てくださったのよ。しっかり新婚の教導を受けなさい」


「新婚の教導って、まだ言ってるんですか?」


「当たり前でしょう」


最初にアレクサンドがやって来た。


「ご結婚おめでとう、アギト」


「ありがとうございます」


「バルセロナも、おめでとう」


「ありがとうございます、侯爵閣下」


アレクサンドは二人を見てから言った。


「私から言えることは一つね。分からないことがあったら、相手に聞きなさい。勝手に答えを決めないこと」


アギトは頷いた。


「はい」


次の貴族冒険者が来る。


「感謝したときは、きちんと言葉にした方がいい」


「はい」


また一人来た。


「喧嘩しても翌日まで引きずるな」


「はい」


「仕事を家庭に持ち込みすぎるな」


「はい」


「一人で決めるな。二人のことは二人で決めろ」


「はい」


一人ずつ違う。


アギトは途中から端末へ記録し始めた。


それを見たバルセロナが笑う。


「アギト様、本当に教導を受けていますね」


「せっかく教えていただいてるからね」


最後まで聞き終えると、端末には二十七人分の助言が並んでいた。


イメルダ夫人が満足そうにそれを見る。


「いい教導になったでしょう?」


「なりましたけど……」


「何よ」


「最初からこれが目的だったんですか?」


「そうよ」


即答だった。


アギトは二十七人の貴族冒険者を見る。


侯爵まで結婚式へ呼び出して、新婚夫婦へ一言ずつ助言させた。


五回表彰された結婚斡旋ギルドのグランドマスターは、やることの規模が少しおかしかった。


だが、二人を祝う二十七人の顔は笑っていた。


アギトもバルセロナも笑っていた。


なら、これでいいのだろう。


少なくともイメルダ夫人は、最初からそう思っていた。





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