188 ヴァレキフ王国
娼婦たちの保護が終わった。
最終的な人数は、およそ十万人。
俺は端末に表示された数字を見る。
「三百万人の国にしたら少ないな」
ヴァレキフ王国には正規兵が四十万人。
傭兵崩れが二百五十万人。
それに民間人が十万人ほどいる。
ほとんどが奪う側の人間だった。
だからこそ、他に保護すべき人が残っていないか気になる。
俺はもう一度、国全体へ広域索敵をかけた。
王都。
地方都市。
国境。
山間部。
森。
街道。
傭兵たちの集落。
小さな村まで範囲を広げていく。
さらにリモート・ビューイングも使い、気になる反応を確認する。
だが、それらしい集団は見つからなかった。
ジェームソンへ念話を送る。
『全国を索敵したが、もういないようだ』
すぐに返事があった。
『こっちもだ』
他の班も同じように索敵している。
これ以上は見つかりそうにない。
「一度戻ろう」
俺たちは森の拠点へ転移した。
全員へ念話を送る。
『班長会議をしましょう』
若手二十人。
先輩たちの班長百人。
すぐに集まった。
俺は端末を操作し、ヴァレキフ王国での結果を表示する。
「まず馬です。百二十万頭を保護しました」
かなりの数だった。
正規軍だけではなく、傭兵崩れも大量の馬を使っていた。
近隣諸国へ侵入して略奪するには必要だったのだろう。
森へ隠された馬もいた。
山へ移された馬もいた。
小さな集団に分散させていた者もいた。
それらも広域索敵で見つけ、保護空間へ入れている。
「武器については?」
マイク先輩が尋ねる。
「ほぼ回収できています」
剣。
槍。
弓。
斧。
盾。
鎧。
兜。
武器庫にあった予備装備。
地下や洞窟へ隠された武器も回収した。
俺は次の記録を表示する。
「亡命希望者は娼婦、約十万人です」
ただし、娼婦なら誰でも保護したわけではない。
一人ずつ鑑定した。
念話で本人の意思を確認した。
その中には、少数ながら亡命資格なしと判断された者もいた。
だから正確には、鑑定を通り、本人が亡命を希望した者がおよそ十万人ということになる。
「その他は?」
「ゼロです」
正規兵。
傭兵崩れ。
民間人。
鑑定したが、保護して亡命させる対象となる者はいなかった。
俺は先輩たちを見る。
「これで終わりですかね?」
マイク先輩が腕を組んだ。
「武器もほぼ回収したし、馬は百二十万頭だろ。いいんじゃないか」
他の班長たちも頷いた。
「十分だろう」
「俺も賛成だ」
「これ以上やることもないな」
若手の仲間たちからも異論は出なかった。
俺は少し考える。
「他国に攻め入ったりしませんよね」
マイク先輩が笑った。
「無理じゃねえか?」
「ですよね」
武器がない。
馬もいない。
予備の武器までほとんど回収した。
近隣諸国へ大規模な略奪に出る手段は失われている。
それでも、一つだけ気になった。
「ただ、気になりますよね」
俺は端末を見る。
「武器と馬がないとはいえ、犯罪者が二百九十万人も野放しなんて」
正規兵四十万人。
傭兵崩れ二百五十万人。
合わせて二百九十万人。
国境を越えて強盗、略奪、拉致、殺人を繰り返してきた連中だ。
武器を奪ったからといって、人間そのものが変わったわけではない。
「そこは報告して判断を仰ごう」
マイク先輩が言った。
「そうですね」
俺はアイク団長へ念話をつないだ。
『アイク団長、アギトです。ヴァレキフ王国の調査と作戦が完了しました』
四カ国目。
最後の調査国、ヴァレキフ王国での任務はひとまず完了した。
『アイク団長、アギトです。ヴァレキフ王国の調査と作戦が完了しました』
『聞こう』
俺は端末を見ながら報告する。
『人口約三百万人。正規兵四十万人、傭兵崩れが二百五十万人、民間人約十万人です。国内に奴隷はいませんでした』
『続けてくれ』
『武器、防具、鎧、兜はほぼ回収しました。馬は百二十万頭を保護しています』
少し間があった。
『百二十万頭か』
『はい。かなり多かったです』
国民のほとんどが、略奪に関わっている国だ。
近隣諸国へ移動するためにも大量の馬が必要だったのだろう。
俺は次の記録を見る。
『亡命希望者は娼婦がおよそ十万人です。一人ずつ鑑定と意思確認を行いました。亡命資格のない者も何人かいたので、その者たちは保護していません』
『他には?』
『いません』
正規兵。
傭兵崩れ。
民間人。
弱者がいないか国中を調べた。
最後には広域索敵もやり直した。
それでも保護対象となる者は見つからなかった。
『分かった』
俺は少し迷ってから続ける。
『団長、一つ気になることがあります』
『なんだ?』
『二百九十万人です』
アイク団長は何も言わず、続きを待っている。
『正規兵四十万人と傭兵崩れ二百五十万人。武器と馬は奪いました。でも、この国が近隣諸国への略奪で成り立っていたことは変わりません』
武器を奪った。
馬も奪った。
今すぐ大軍を編成して他国へ侵攻することは難しい。
だが二百九十万人もの人間が消えたわけではない。
『武器と馬がなくても、歩いて国境を越えることはできます。棒でも石でも持てます。犯罪者が二百九十万人も残っているのが気になります』
アイク団長が答える。
『分かった。そこは王国へ持ち帰る。お前たちだけで判断する必要はない』
『はい』
それでいい。
俺たちに与えられた任務は調査だ。
国民の亡命を促し、可能なら武力を使わず国家の自滅を促す。
ヴァレキフ王国では、略奪に必要な武器と馬をほぼ失わせた。
保護対象も調べた。
ここから先をどうするかは、俺たちだけで決めることではない。
『四カ国の調査はこれで終了か?』
『はい』
俺は端末を確認する。
ガルテェニカ王国。
サンマウ王国。
ヴェロン王国。
ヴァレキフ王国。
最初に二十人が四班へ分かれて入った四カ国。
全部終わった。
『記録はすべて端末に残しています』
『よし。よくやった』
『ありがとうございます』
念話を切った。
俺は皆の方を見る。
「アイク団長への報告、終わりました」
マイク先輩が聞く。
「二百九十万人の件は?」
「王国へ持ち帰るそうです。俺たちだけで判断する必要はないと」
「それがいいな」
俺もそう思う。
二百九十万人をどうするかなんて、俺に聞かれても困る。
俺たちは保護すべき人を探した。
武器を奪った。
馬を奪った。
記録も残した。
まずはそれで十分だ。
ジェームソンが端末を閉じた。
「これで四カ国全部終わったな」
「ああ」
最初にガルテェニカ王国へ五人で入ったときは、こんな規模になるとは思っていなかった。
奴隷を五百三十人保護した。
そこから先輩たち一万人が来た。
二千五百万人を保護した。
サンマウ王国では軍人を削り、弱者を保護した。
ヴェロン王国では奴隷三百万人を保護した。
そして最後のヴァレキフ王国。
保護したのは娼婦約十万人。
武器と馬を奪って終わった。
四カ国とも全然違った。
「帰りますか」
俺が言うと、マイク先輩が頷いた。
「そうだな」
若手二十人。
先輩たち一万人。
一万二十人で帰還の準備を始める。
最後に俺は広域索敵を使った。
保護すべき者を見落としていないか。
もう一度だけ確認する。
大きな反応はなかった。
「よし」
俺は皆へ念話を送った。
『帰りましょう』
ヴァレキフ王国での任務は終わった。
そして俺たち二十人に与えられた、最初の四カ国の調査も終了した。
帰還の準備をしている途中、アイク団長から念話が入った。
『アギト、まだヴァレキフ王国にいるか?』
『はい。これから帰還するところです』
『少し待ってくれ』
『分かりました』
念話が切れた。
俺は皆に帰還を少し待つよう伝える。
「何かあったのか?」
ポールが聞いてきた。
「分からない。団長から待ってくれって」
「じゃあ待つか」
俺たちは拠点で待機することにした。
やることもないので、これまでの記録を整理する。
しばらくして、再びアイク団長から念話が入った。
『待たせたな』
『いえ』
『二百九十万人の件だ。王と宰相にも報告した』
やはり、その話だった。
『どうなりました?』
『お前たちの判断でいい』
俺は少し困った。
『俺たちの判断ですか?』
『そうだ。現地を見て、鑑定したのはお前たちだ。追加で何かする必要があると思えばやれ。必要ないと思えば帰ってこい』
なるほど。
命令ではないらしい。
俺は端末に表示された数字を見る。
正規兵四十万人。
傭兵崩れ二百五十万人。
合計二百九十万人。
『分かりました。皆と相談します』
『そうしてくれ』
念話が切れた。
俺は立ち上がる。
「もう一度、班長会議をしましょう」
先輩たちの班長百人と若手二十人が集まった。
「アイク団長からです。二百九十万人について、追加で何かするかどうかは現地の判断でいいそうです」
マイク先輩が腕を組む。
「追加で何かすると言ってもな」
「そうなんですよね」
武器はほぼ回収した。
馬も百二十万頭を保護した。
奴隷はいない。
弱者を探した。
娼婦約十万人は保護した。
民間人も調べた。
俺たちが当初考えていた作業は終わっている。
ジェームソンが聞いた。
「もう一度、正規兵と傭兵を鑑定するか?」
「それはやってもいいと思う」
一度調べてはいる。
だが人数が多い。
最後にもう一度、広く確認しておくのも悪くない。
「亡命対象がいたら?」
「本人に聞く。それだけだろ」
マイク先輩が答えた。
俺も頷いた。
いつもと同じだ。
鑑定。
念話。
意思確認。
対象でなければ何もしない。
対象でも本人が残ると言えば残す。
「じゃあ最後にやりましょう」
一万二十人が再び動いた。
広域索敵で正規兵と傭兵崩れの位置を確認する。
転移。
ステルス。
鑑定。
俺は傭兵崩れが集まっている場所へ向かった。
武器を失った男たちが大勢いる。
苛立っている者。
怒鳴っている者。
これからどうするか話している者。
俺は一人目を鑑定する。
対象外。
次。
対象外。
その次も。
対象外。
結果は変わらない。
『こっち、対象外ばかりだ』
ポールから念話が入る。
『こちらもです』
別の班からも報告が届く。
『正規兵側も同じ』
『傭兵側、該当者なし』
俺たちは淡々と続けた。
人数が多い。
だが一万二十人いる。
一人で二百九十万人を見るわけではない。
担当を細かく分け、鑑定結果を端末へ記録していく。
その途中、俺は一人の男で手を止めた。
亡命対象。
珍しい。
念話を送る。
『聞こえるか?』
男が周囲を見る。
『アルデバラン王国の騎士だ。この国を出たいか?』
少し間があった。
『出てどうする?』
『それは自分で決めればいい。望むなら亡命できる』
男は考えた。
やがて答える。
『いや、残る』
『分かった』
それで終わり。
強制はしない。
俺は次の男を鑑定した。
対象外。
夕方まで調査を続け、拠点へ戻った。
各班の記録を合わせる。
結果はほとんど変わらなかった。
極めて稀に亡命対象となる者はいる。
だが、残ることを選ぶ。
俺は端末を閉じた。
「もういいんじゃないですかね」
マイク先輩が頷いた。
「俺もそう思う」
二百九十万人は残る。
武器はない。
馬もない。
それでもこの国に残る。
なら、それも本人たちの選択だ。
俺たちは、そこまで面倒を見るために来たわけではなかった。
最後の確認も終わった。
俺たちは森の拠点へ戻り、帰還の準備を始めた。
建物の中に残した物がないか確認する。
端末の記録も整理した。
ヴァレキフ王国について調べた内容は、最初の調査から最後の鑑定まで残してある。
俺は改めて最終結果を確認した。
人口、およそ三百万人。
正規兵、四十万人。
傭兵崩れ、二百五十万人。
民間人、十万人。
奴隷はいなかった。
保護したのは、亡命資格があり、本人が希望した娼婦およそ十万人。
馬は百二十万頭。
武器、防具、鎧、兜もほぼ回収した。
それ以外の亡命者はいない。
最後の鑑定でも、極めて稀に対象となる者はいた。
だが本人が残ることを選んだ。
「これで終わりだな」
ポールが言った。
「ああ」
俺は端末を閉じた。
正規兵四十万人と傭兵崩れ二百五十万人。
二百九十万人もの犯罪者が残ることには、最後まで引っかかるものがあった。
だが武器はない。
馬もいない。
近隣諸国へ大軍で押しかけ、これまでと同じように略奪することは難しくなった。
それ以上を俺たちが決める必要はない。
この国には産業がほとんどない。
農業もまともに行われていない。
食料も他国から奪っていた。
必要な物も他国から奪っていた。
それができなくなった。
「これからどうするんだろうな」
ボーデンが言った。
俺は少し考えた。
「さあ?」
本当に分からない。
自分たちで畑を耕すのか。
どこかから買うのか。
別の仕事を始めるのか。
それとも何もできずに国が崩れるのか。
そこまで俺たちが考えることではないだろう。
「帰りましょう」
皆が頷いた。
俺はアイク団長へ念話をつないだ。
『アイク団長、アギトです』
『どうした?』
『最後の確認まで終わりました。これ以上の保護対象はいません。帰還します』
『分かった。帰ってこい』
『はい』
念話を切った。
若手二十人が集まる。
最初は五人ずつ四班に分かれていた。
アギト、ポール、ボーデン、アーウェン、ジェーン。
スペンサー、パトリック、ローラ、ビィナ、キラ。
チェース、ブレンドン、リア、アンナ、シンディ。
ジェームソン、シェーン、コルネリズ、ケイトリン、ギーナ。
四つの国を調べるために派遣された二十人。
その二十人が、最後は同じ場所に揃っていた。
先輩たち一万人もいる。
「マイク先輩」
「なんだ?」
「ありがとうございました」
マイク先輩が笑った。
「何言ってんだ。まだ帰るまでが任務だぞ」
「そうでした」
確かにそうだ。
俺たちは一斉に転移した。
景色が変わる。
アルデバラン王国へ帰ってきた。
四カ国の調査が終わった。
ガルテェニカ王国。
二千五百万人を保護した。
サンマウ王国。
軍人二百三十万人と民間弱者四十万人を保護した。
ヴェロン王国。
亜人奴隷二百万人、人間奴隷百万人、娼婦十万人、孤児五万人、正規兵十人を保護した。
そしてヴァレキフ王国。
保護したのは娼婦およそ十万人。
同じ任務だった。
使った能力もほとんど同じだった。
索敵。
鑑定。
念話。
ステルス。
転移。
アイテムボックス。
アボート。
だが、四つの国で結果はまるで違った。
俺は端末に四カ国の調査完了を記録した。
これで俺たちの仕事は終わりだ。
残った国がこれからどうなるのか。
それは、その国に残ることを選んだ人間たちの問題だった。




