187 盗賊国家
ヴェロン王国での任務を終えた俺たちは、最後の調査国へ向かった。
ヴァレキフ王国。
先に入っているのは、ジェームソン、シェーン、コルネリズ、ケイトリン、ギーナの五人だ。
俺たち三班十五人と先輩たち一万人。
一万十五人が転移し、森の中に作られた拠点へ到着した。
これで最初に派遣された若手二十人が全員揃ったことになる。
「アギト、待ってたぞ」
ジェームソンが端末を差し出した。
「先に言っておく。ひどい国だ」
「またか」
俺は端末を受け取り、調査記録を開いた。
ヴァレキフ王国。
人口、およそ三百万人。
最初の分類では略奪国家とされていた。
だが記録を読み進めると、それだけでは足りない気がしてきた。
「これ、略奪国家というより盗賊国家じゃないか?」
「俺たちもそう思った」
近隣諸国へ押し入り、食料を奪う。
金品を奪う。
若い女性を攫う。
連れ帰った女性は奴隷商へ売る。
抵抗する者は殺す。
国境を越えて、それを繰り返している。
軍事行動というより強盗だった。
「人類の敵国家だな」
俺は次の記録を見る。
正規兵、約四十万人。
ここまでは分かる。
問題はその次だった。
「傭兵、二百五十万人?」
「ああ」
シェーンが頷いた。
「ただ、傭兵と呼んでいいのかは怪しい」
普段は国の正規軍に所属していない。
他国へ攻め込むときに国から雇われる。
報酬を受け取り、国境を越えて略奪する。
それ以外の時も似たようなことをして暮らしている者が多いらしい。
「傭兵崩れの盗賊じゃないか」
俺が言うと、コルネリズが頷いた。
「実態はそれに近い」
正規兵四十万人。
傭兵崩れ二百五十万人。
民間人、十万人。
合計三百万人。
「奴隷は?」
「いない」
ケイトリンが答えた。
俺は少し意外に思った。
これまでの三カ国では、大量の奴隷や弱者がいた。
だがヴァレキフ王国内に奴隷はいない。
攫ってきた人間を自国内で働かせるのではなく、奴隷商へ売ってしまうらしい。
さらに調査記録を読む。
農業。
ほとんどない。
工業。
まともなものはない。
食料生産も足りていない。
生活に必要な物資の多くを、自分たちで作っていない。
「じゃあ、三百万人はどうやって食ってるんだ?」
答えは記録に書いてあった。
近隣諸国から奪う。
食料が足りなければ奪う。
金が欲しければ奪う。
物が必要なら奪う。
人間まで奪って売る。
俺は端末を閉じた。
「班長会議をしましょう」
先輩たちの班長百人を集める。
若手二十人も全員参加した。
ジェームソンたちが集めた情報を共有する。
人口三百万人。
正規兵四十万人。
傭兵崩れ二百五十万人。
民間人十万人。
奴隷なし。
産業はほとんど存在しない。
生活に必要な物資は、近隣諸国への略奪に依存している。
一通り説明が終わったところで、マイク先輩が俺を見た。
「アギトはどうしたい?」
俺は少し考えてから答えた。
「個人的には、武器と馬を没収して終わりがいいですね」
何人かが頷いた。
「この国の人間は、あまり保護したくないですね」
ガルテェニカ王国とは違う。
サンマウ王国とも違う。
ヴェロン王国とも違う。
ここでは人口のほとんどが、奪う側にいる。
「もちろん弱者がいれば保護します。そこはきちんと調べましょう」
決めつけるつもりはない。
鑑定すればいい。
弱者がいるなら保護する。
だが、それ以外は別だ。
俺は端末に表示された二百五十万人という数字を見た。
傭兵。
そう呼ばれている。
でも、やっていることは盗賊と変わらない。
「武器と馬を奪えば、少なくとも近隣諸国へ強盗には行けなくなります」
マイク先輩が頷いた。
「まずはそれでいいだろう」
最後の国での方針が決まった。
武器を奪う。
馬を回収する。
弱者がいないか調べる。
それ以上のことは、その結果を見てから考えればいい。
ヴァレキフ王国での調査が始まった。
翌朝。
俺たちは拠点を出た。
若手二十人。
先輩たち一万人。
合計一万二十人。
まずは広域索敵を使う。
正規兵四十万人。
傭兵崩れ二百五十万人。
これだけの人数がいるだけあって、国中に大きな反応が広がっていた。
軍事施設だけではない。
街。
集落。
街道沿い。
森の中。
国境付近。
様々な場所に武装した人間がいる。
「多いな」
ポールが呟いた。
「ああ」
だが人数が多いだけなら、これまでと変わらない。
俺たちは担当区域を決めて散開した。
ステルスを使い、最初の集団の近くへ転移する。
数万人規模の傭兵だった。
統一された装備ではない。
剣を持つ者。
槍を持つ者。
斧を担いでいる者。
弓を持つ者。
防具もばらばらだ。
正規軍というより、やはり大規模な盗賊集団に見える。
「始めよう」
アボート。
目の前にいた男の剣が消えた。
続いて鎧。
兜。
隣にいた男の槍も消える。
一万二十人が一斉に動き始めた。
「なんだ!」
「俺の剣が消えた!」
「誰だ!」
あちこちで怒鳴り声が上がる。
だが俺たちの姿は見えていない。
剣。
槍。
斧。
弓。
盾。
鎧。
兜。
次々と回収する。
武器を抱えて逃げようとする男もいた。
転移で先回りする。
アボート。
抱えていた剣が消えた。
男が立ち止まる。
「ふざけるな! 返せ!」
知らない。
俺は次へ向かった。
馬も見つかった。
『軍馬を確認』
念話で周囲へ共有する。
『保護する』
次々と馬をアイテムボックスの保護空間へ入れていく。
騎乗していた男たちが地面へ落ちる。
「馬まで消えたぞ!」
「何が起きてる!」
混乱は一気に広がった。
俺たちは攻撃しない。
怪我をさせる必要もない。
近隣諸国へ強盗に行くための道具だけを回収する。
一つの集団が終われば、次を索敵する。
転移。
ステルス。
アボート。
回収。
また転移。
サンマウ王国で何度もやった。
ヴェロン王国でもやった。
先輩たちも完全に慣れている。
細かく指示しなくても、各班が自分たちで索敵して動いていた。
『北部、約三万人の武装集団を確認』
『お願いします』
『了解』
『西部で馬の大きな反応。約五万頭』
『回収してください』
『了解』
報告だけが次々と入る。
俺は正規軍の駐屯地へ向かった。
こちらは傭兵と違い、装備が揃っている。
だがやることは同じだ。
アボート。
槍が消える。
剣が消える。
盾が消える。
鎧も兜も回収する。
武器庫も探す。
広域索敵で位置を確認。
内部へ転移できる場所なら、そのまま転移する。
難しければ入口へ回り、鍵をテレキネシスや金属魔法で壊す。
中にある予備の武器まで回収していく。
昼を過ぎる頃には、国中で騒ぎが起きていた。
「武器が消える!」
「馬を隠せ!」
「倉庫へ運べ!」
俺はその声を聞きながら次の場所へ転移した。
隠しても索敵すれば見つかる。
倉庫へ入れても回収できる。
地下へ持っていっても同じだ。
夕方まで作業を続け、一度拠点へ戻った。
端末には大量の回収記録が集まっている。
だが、まだ終わっていない。
二百九十万人もの武装した人間がいる国だ。
「明日も続けよう」
俺が言うと、皆が頷いた。
まず武器と馬をなくす。
弱者を探すのは、その後だ。
ヴァレキフ王国から、他国を襲うための手段が少しずつ消え始めていた。
翌日も武器と馬の回収を続けた。
一万二十人で広域索敵を使う。
昨日かなり回収したはずだが、まだ国中に武器の反応がある。
「二百九十万人も武装してたんだから当然か」
俺は端末を確認した。
正規兵四十万人。
傭兵崩れ二百五十万人。
ほとんど国民全体が武装しているような国だ。
俺たちは担当区域へ転移した。
ステルスを使う。
アボート。
武器を回収する。
馬がいれば保護空間へ入れる。
昨日と同じ作業だ。
ただし、相手の動きは変わっていた。
「武器を地下へ隠せ!」
「馬を森へ逃がせ!」
「一か所に集めるな!」
どうやら対策を考えたらしい。
俺は広域索敵を使った。
地下にまとまった反応がある。
「見つけた」
ポールが笑った。
俺たちは地下倉庫の近くへ転移した。
入口には何人もの男が立っている。
もちろん俺たちには気づかない。
扉には大きな金属製の鍵が掛けられていた。
金属魔法で鍵を壊す。
扉を開ける。
中には大量の剣、槍、斧、弓、防具が積まれていた。
「集めてくれたのか」
ボーデンが呟いた。
「回収しやすくなったな」
アボート。
武器が消えていく。
別の場所では森の中へ馬を移動させていた。
索敵すれば位置は分かる。
転移して、一頭ずつ保護空間へ入れていく。
『南部で馬を約三万頭確認』
先輩から念話が届いた。
『回収をお願いします』
『了解』
『東部の洞窟に武器を隠している』
『そちらもお願いします』
『了解』
国中で同じことが繰り返された。
隠す。
見つける。
回収する。
また隠す。
また見つける。
相手からすれば、何をしても意味が分からないだろう。
こちらは姿が見えない。
索敵で場所を探せる。
転移で移動できる。
鍵があれば壊せる。
見つけた武器はアボートで回収できる。
戦う必要がなかった。
昼を過ぎる頃には、武器の大きな反応がかなり減っていた。
俺は広域索敵を続けながら、別のことも確認する。
人間だ。
昨日の班長会議で決めている。
弱者がいれば保護する。
武器を奪って終わりにするにしても、保護すべき人間を置き去りにはできない。
まず傭兵崩れを鑑定した。
一人目。
対象外。
次。
対象外。
その次も。
対象外。
「まあ、そうだよな」
近隣諸国へ行って食料や金品を奪う。
若い女性を攫う。
抵抗する者を殺す。
それを仕事として繰り返してきた者たちだ。
念のため調査は続ける。
百人。
千人。
さらに鑑定する。
ほとんど結果は変わらなかった。
正規兵も調べる。
こちらも似たようなものだった。
国が命令し、傭兵を雇い、他国へ送り込む。
自分たちも必要に応じて侵攻する。
対象となる者はほとんど見つからない。
『アギト』
アーウェンから念話が届いた。
『民間人の調査を始めてもいい?』
『お願いします。弱者がいれば教えてください』
『了解』
民間人は十万人しかいない。
一万二十人で調べれば、それほど時間はかからない。
俺たちは武器と馬の回収を続けた。
夕方近くになり、各地から報告が集まってくる。
『北部、大規模な武器反応なし』
『西部もほぼ終了』
『軍馬のまとまった反応もかなり減った』
俺は端末に記録していく。
まだ完全ではない。
だが終わりは見えてきた。
そのとき、アーウェンから再び念話が入った。
『アギト、民間人の鑑定が進んだわ』
『どうでした?』
少し間があった。
『一度、みんなで確認した方がいいと思う』
俺は端末から顔を上げた。
どうやら、最後の十万人も簡単には終わらないらしい。
俺たちは一度、森の拠点へ戻った。
若手二十人と先輩たちの班長百人が集まる。
アーウェンが端末に民間人の鑑定結果を表示した。
「十万人、ほぼ調べ終わったわ」
「弱者は?」
俺が聞いた。
「今のところ見つかってない」
やっぱりか。
だが、まだ調査結果を最後まで確認する。
ヴァレキフ王国の民間人は約十万人。
商人。
宿屋。
酒場。
奴隷商。
その他、傭兵や正規軍を相手に商売をしている者たちだ。
「奴隷商も民間人に入ってるのか」
「入ってるわ」
この国には奴隷はいない。
だが、他国から攫ってきた人間を奴隷として売っている。
自分たちで使わず、商品として外へ流しているだけだ。
俺は端末を見た。
「保護対象は?」
「今のところゼロ」
誰も驚かなかった。
サンマウ王国。
ヴェロン王国。
あの二つを見た後だから、俺たちも慣れてしまったのかもしれない。
「最後まで調べましょう」
俺が言った。
決めつける必要はない。
十万人なら、一万二十人で確認すればいい。
俺たちは再び散開した。
民間人を鑑定する。
対象外。
次。
対象外。
その次も対象外。
傭兵が奪ってきた食料を買う。
奪ってきた金品を売る。
攫われてきた女性を奴隷商へ流す。
略奪によって成り立つ国の中で、その仕組みを利用して暮らしている。
もちろん、それだけで全員を同じと決めつけるつもりはない。
だから一人ずつ見る。
だが結果は変わらなかった。
『こちら終了。対象者なし』
『こっちもゼロ』
『こちらも該当なし』
各班から報告が届く。
最後の一人まで鑑定した。
弱者はいなかった。
保護対象もいない。
民間人、該当者ゼロ。
「分かりやすい国だな」
俺は呟いた。
ポールが隣で頷いた。
「やることが減ったな」
確かにそうだ。
保護する人間がいないなら、俺たちがやることは最初に決めた通りになる。
武器と馬を回収する。
それだけだ。
俺たちは国全体の再索敵を始めた。
武器。
防具。
鎧。
兜。
弓。
矢。
槍。
剣。
斧。
軍事利用できる装備を探していく。
地下倉庫。
洞窟。
民家の床下。
森の中。
岩場。
隠した場所まで拾っていく。
まとまった反応を見つければ転移。
必要なら鍵をテレキネシスや金属魔法で壊す。
アボートで回収。
馬も同じだ。
森へ逃がした馬。
山間部へ移動させた馬。
小さな集団に分けた馬。
索敵で見つけて保護空間へ入れていく。
夕方。
大きな武器の反応はほとんど消えた。
俺たちはさらに索敵を続ける。
『北部、終了』
『南部も大規模反応なし』
『西部、馬の確認終了』
『東部も終了』
報告が次々と入る。
俺は最後に自分でも広域索敵を使った。
まだ小さな反応はある。
個人が隠し持っている短剣。
家の中の剣。
倉庫の奥に残された弓。
それも回収していく。
徹底的にやる。
この国は近隣諸国から奪うことで成立している。
なら、奪いに行くための道具をなくせばいい。
誰も殺さない。
誰とも戦わない。
国を占領する必要もない。
俺は端末に途中経過を記録した。
民間人十万人。
保護対象、ゼロ。
弱者、ゼロ。
残る作業は武器と馬の回収だけ。
最初に言った通りになった。
個人的には、武器と馬を没収して終わり。
どうやら本当に、それで済みそうだった。
武器と馬の回収を続けながら、俺たちは国全体の再索敵を行っていた。
民間人十万人の鑑定は終了。
弱者、ゼロ。
保護対象、ゼロ。
これなら最初に考えた通り、武器と馬を回収して終わりだ。
そう思っていた。
『アギト』
ケイトリンから念話が届いた。
『どうしました?』
『ちょっと来て。人がかなり集まっている場所がある』
『分かりました』
位置を確認して転移する。
そこは大きな街の一角だった。
通りの両側に宿のような建物が並んでいる。
酒場も多い。
索敵すると、かなりの人数がいる。
「娼婦街か」
ジェームソンが言った。
どうやらそうらしい。
傭兵が二百五十万人もいる国だ。
考えてみれば、こういう場所が大きくなるのも不思議ではない。
俺は広域索敵の範囲を広げた。
この街だけではない。
王都。
地方都市。
傭兵たちが集まる拠点。
国境近くの町。
同じような場所がいくつも見つかった。
「どれくらいいる?」
ケイトリンが端末を操作する。
「国全体なら十万人くらい」
民間人十万人とは別に、これだけいたのか。
「調べよう」
俺たちは鑑定を始めた。
最初の女性。
保護対象。
次。
保護対象。
その次も同じだった。
俺は少し眉をひそめる。
「こっちは違うな」
「そうね」
ケイトリンも鑑定を続けている。
結果は同じだった。
奴隷ではない。
自由民として扱われている。
だが、まともな仕事を選べるような環境ではない。
この国には産業がほとんど存在しない。
農業も工業も育っていない。
国の人口の大半は正規兵と傭兵崩れ。
奪う側に回らない女性たちに残された仕事は、かなり限られていたようだ。
俺は一人の女性へ念話を送った。
『聞こえるか?』
女性が驚いて周囲を見回す。
『アルデバラン王国の騎士だ』
『……騎士?』
『この国を出たいか?』
返事はすぐには来なかった。
俺は待つ。
やがて女性が尋ねてきた。
『出たら、どうなるの?』
『アルデバラン王国へ亡命してもらう。そこで教導を受けることもできる』
しばらく沈黙したあと、返事があった。
『働ける?』
『働く方法は自分で選べる』
『……行きたい』
『分かった』
保護空間へ入ってもらう。
次の女性にも念話を送る。
『この国を出たいか?』
『出たい』
保護。
次。
『亡命を希望するか?』
『お願いします』
保護する。
一万二十人へ情報を共有した。
『娼婦街を確認。約十万人。鑑定では保護対象です』
すぐに各班から返事が届く。
『了解』
『こちらでも確認する』
『担当区域を分けよう』
皆の動きは速かった。
三カ国を回ってきた経験がある。
細かく説明する必要はない。
索敵。
鑑定。
念話。
意思確認。
保護。
それぞれが自分の担当区域へ転移した。
一万人。
二万人。
保護人数が増えていく。
五万人。
七万人。
それでも確認は省略しない。
本人に聞く。
出たいなら保護する。
残りたいなら残す。
俺たちが決めることではない。
夕方までに、保護人数は十万人ほどになった。
最後に広域索敵を繰り返す。
小さな娼館。
酒場の二階。
街道沿いの宿。
見落としがないよう確認していく。
大きな反応はなくなった。
俺たちは拠点へ戻った。
端末の記録を更新する。
民間人、保護対象ゼロ。
弱者として新たに確認。
娼婦、約十万人。
俺は数字を見ながら思った。
最初は、この国の人間を保護したくないと言った。
実際、正規兵も傭兵崩れも民間人も、ほとんど対象にならなかった。
でも、調べてみればいた。
保護すべき人間が。
「やっぱり調べないと分からないな」
俺が言うと、ケイトリンが頷いた。
「そうね」
最初から決めつけなくてよかった。
武器と馬を回収して終わる。
基本方針は変わらない。
ただし、置いていってはいけない人たちはいた。
娼婦十万人。
全員の保護を終えてから、俺たちは最後の武器と馬の回収へ戻った。




