186 ダメだこりゃ
ヴェロン王国での保護作戦は続いた。
俺たち一万十五人は朝から各地へ散り、奴隷の保護を進めている。
端末に集まった数字を確認した。
亜人奴隷、百五十万人を保護。
人間奴隷、七十万人を保護。
回収した馬は四十万頭。
ヴェロン王国には、亜人奴隷が約二百万人、人間奴隷が約百万人いる。
「あと八十万人か」
俺が言うと、ポールが頷いた。
「まだ結構いるな」
「まず奴隷を全員調べよう」
奴隷兵。
農地。
鉱山。
工房。
商店。
貴族屋敷。
これまで様々な場所から保護してきた。
だが国中には、まだ奴隷の反応が残っている。
それを先に片付ける。
その後で娼婦など、奴隷ではない弱い立場の人たちを調べればいい。
「一般の民間人はどうする?」
チェースが聞いた。
「一応、鑑定しよう」
そう答えたものの、俺はあまり期待していなかった。
ここは選民思想国家だ。
人口の四分の三を奴隷として使っている。
亜人を自分たちより下だと考え、それを当然のこととして暮らしてきた国だ。
それでも決めつけるわけにはいかない。
調べてみればいい。
俺たちは再び転移した。
広域索敵で奴隷の位置を探す。
大規模な収容施設はほとんど残っていない。
今度は小さな集団を拾っていく。
十人。
五十人。
百人。
農村の一角に数百人。
山間部の鉱山に数千人。
見つけるたびに転移する。
鑑定。
念話。
意思確認。
『ここを出たいか?』
『出たい』
保護。
それを一万十五人で繰り返した。
奴隷の残数が急速に減っていく。
五十万人。
四十五万人。
そして四十万人を切った。
その頃には、人間奴隷の保護が完了していた。
「人間奴隷は終わったぞ」
ブレンドンから念話が届く。
『再索敵は?』
『済ませた。大きな反応はない。小規模なところも確認した』
『了解』
残るのは亜人奴隷だ。
こちらも一万十五人で範囲を細かく分けて探した。
やがて残り二十万人。
さらに減る。
十万人。
五万人。
最後は一人、二人という単位まで探した。
何度か広域索敵をやり直す。
『奴隷の反応なし』
各班から同じ報告が届いた。
奴隷の保護は完了した。
次は民間人だ。
奴隷でも軍人でもない自由民は、およそ三十万人。
俺たちは分担して鑑定を始めた。
最初の一人。
対象外。
次。
対象外。
さらに次。
対象外。
俺は端末へ結果を記録していく。
十人。
百人。
千人。
人数が増えても状況は変わらなかった。
亜人を人間より下だと考えている。
奴隷として扱うことにも疑問を持っていない。
中には自分で奴隷を所有していた者もいる。
別の班から念話が届いた。
『こっちは保護対象なし』
『こちらも同じ』
『こっちもだ』
俺は思わず呟いた。
「ダメだこりゃ」
ポールが苦笑する。
「本当にいないな」
「ああ。差別主義者しかいない」
三十万人を調べても状況は変わらなかった。
「当該資格なしでいいだろう」
誰からも異論は出なかった。
ただし、まだ調べていない場所がある。
娼婦街だ。
俺たちは転移した。
索敵すると十万人ほどの女性がいる。
鑑定する。
「奴隷じゃないな」
アーウェンが言った。
「ああ。民間自由人扱いみたいだ」
だからといって、保護対象ではないとは限らない。
一人ずつ鑑定する。
念話で本人へ尋ねる。
『ヴェロン王国を出たいか?』
返事は早かった。
『出たいです』
『アルデバラン王国への亡命を希望するか?』
『お願いします』
保護する。
次の女性も同じだった。
その次も。
一万十五人で意思確認を続ける。
やがて娼婦街から十万人を保護した。
俺は端末に数字を記録する。
奴隷の保護は完了。
一般民間人、保護対象なし。
娼婦、十万人保護。
選民思想国家ヴェロン王国。
調べれば調べるほど、最初に抱いた印象が悪くなっていった。
娼婦十万人の保護を終えた。
俺たちは一度、森の拠点へ戻った。
三班十五人と先輩たちの班長百人が集まり、端末の記録を確認する。
「奴隷は?」
マイク先輩が聞いた。
「保護完了です。再索敵もしています」
亜人奴隷、約二百万人。
人間奴隷、約百万人。
合わせて約三百万人。
見つけた者には一人ずつ意思を確認し、ヴェロン王国を出ることを望んだ者を保護した。
さらに娼婦十万人。
こちらは奴隷ではなく民間自由人として扱われていたが、鑑定と念話で確認すると全員が亡命を希望した。
「正規軍はどうなってる?」
チェースが端末を操作した。
「武装解除はかなり進んでる。馬も四十万頭まで回収した」
正規軍は七十万人。
剣、槍、弓、盾、鎧、兜。
見つけた装備はアボートで回収してきた。
武器庫も調べている。
ただ、まだ国全体を完全に調べ終えたわけではない。
俺は別の記録を見る。
「正規軍も最後まで調べよう」
「亡命希望者もか?」
「ああ。本人が出たいなら保護する」
サンマウ王国と同じだ。
軍人だから残すという理由はない。
悪人は対象から外す。
それ以外は本人に聞く。
「それと、他に弱い立場の人がいないか再索敵したい」
アーウェンが言った。
俺も頷く。
奴隷は終わった。
娼婦も保護した。
だが、この国にそれ以外の弱者がいないとは限らない。
「じゃあ二つ同時にやろう」
先輩たちを分けることになった。
正規軍の調査を続ける班。
国内の弱者を探す班。
俺たち十五人もそれぞれ分かれて動く。
俺は正規軍の方へ向かった。
広域索敵。
大きな軍の反応を見つける。
転移。
ステルス。
目の前には数万人の兵士がいた。
以前とは違い、奴隷兵の姿はない。
すでに保護されているからだ。
正規兵だけが残っていた。
兵士たちは明らかに混乱している。
「奴隷兵はどこへ行った!」
「農地の奴隷も消えたらしいぞ!」
「鉱山もだ!」
情報が広がっている。
当然だろう。
この国では人口四百万人のうち三百万人が奴隷だった。
それがいなくなった。
俺は一人の兵士を鑑定した。
対象外。
次。
対象外。
さらに次。
ようやく問題のない兵士が見つかった。
念話を送る。
『聞こえるか?』
男が周囲を見た。
『アルデバラン王国の騎士だ。この国を出る意思はあるか?』
『……奴隷を消したのはお前たちか?』
『本人に聞いて、出たいと言った者を保護した』
男は黙った。
やがて尋ねてきた。
『俺も行けるのか?』
『お前が望むならな』
『行きたい』
保護する。
別の兵士を鑑定する。
今度は対象外。
その次も対象外だった。
サンマウ王国とは明らかに違う。
亡命以前に、鑑定で弾かれる兵士が多い。
長い間、この国の仕組みを当然だと思ってきた者たちだ。
それでも調査は続ける。
一人ずつ見る。
決めつけない。
対象になる者には必ず聞く。
それが俺たちのやり方だ。
その頃、弱者を探していた班から念話が入った。
『アギト、確認してほしい場所がある』
『何があった?』
『子供がかなりいる』
俺は少し考えた。
当然だ。
奴隷。
娼婦。
軍人。
自由民。
そればかり見ていた。
だが、この国には子供もいる。
『分かった。そっちへ行く』
ポールたちへ連絡し、俺は転移した。
まだ調査は終わっていない。
奴隷を全員保護したから終わりではなかった。
ヴェロン王国に残された者を、もう一度きちんと見る必要がありそうだった。
俺は弱者の調査をしていた先輩たちのところへ転移した。
ステルスを維持したまま、周囲を確認する。
場所は王都の外れだった。
古びた建物が並んでいる。
その周辺に子供の反応が多い。
「どれくらいいる?」
先輩の一人が端末を見せてくれた。
「ここだけじゃない。国中に散らばってる」
俺も広域索敵を使った。
王都。
地方都市。
小さな町。
農村。
かなりの数の子供がいる。
鑑定する。
親がいる子供も当然いる。
そういう子供を保護する理由はない。
問題は孤児だった。
「五万人くらいいるな」
「ああ。そのくらいだ」
俺はリモート・ビューイングで何カ所か確認した。
路地裏で暮らしている子供。
廃屋に集まっている子供。
市場の裏で残飯を探している子供。
孤児院らしい建物もあるが、環境がいいとは言えない。
奴隷ではない。
だが、明らかに保護が必要だった。
「保護しよう」
「了解」
一万十五人へ情報を共有する。
正規軍の調査を続ける者はそのまま。
手の空いている者で孤児を保護していくことになった。
俺は路地裏へ向かった。
子供が六人いる。
一番大きな子でも十歳くらいだろう。
俺はステルスを解除した。
突然声だけ聞こえたら怖がらせるかもしれない。
子供たちが一斉に俺を見る。
警戒している。
「大丈夫だ。何もしない」
誰も答えない。
俺は少し離れた場所でしゃがんだ。
「腹減ってるか?」
一人の小さな男の子が頷いた。
アイテムボックスから酵母パンを取り出す。
自分で一口食べてから、子供たちの前へ置いた。
「食べていいぞ」
それでも最初は動かなかった。
やがて一人がパンを手に取った。
それを見て、他の子供たちも食べ始める。
俺は待った。
急ぐ必要はない。
食べ終わった頃に尋ねる。
「親はいるか?」
全員が首を振った。
鑑定結果とも一致する。
「俺たちはアルデバラン王国の騎士だ。ここを出たいなら、安全なところへ連れていける」
一番年上らしい女の子が俺を見る。
「みんな一緒?」
「ああ。一緒でいい」
女の子は他の子供たちを見る。
小さな子供がその服を握っていた。
「行く」
「分かった」
六人を保護空間へ入れる。
次の場所へ向かった。
同じような子供たちが、この国のあちこちにいた。
孤児院にいる子供には、鑑定と念話で確認する。
路上生活をしている子供には、必要に応じて姿を見せて話をする。
年齢の低い子供については、周囲の状況や鑑定結果も確認した。
一人だけを連れていくこともしない。
兄弟がいれば一緒に保護する。
一万人以上で動いているため、保護は速かった。
一万人。
二万人。
三万人。
各地から報告が届く。
『こちら二百十三人、保護完了』
『孤児院を確認。四百八十人』
『兄弟がいる。まとめて保護する』
『了解』
俺は端末で数字を確認した。
四万人を超える。
まだいる。
広域索敵を繰り返し、地方の小さな集落まで確認する。
そして保護人数は五万人ほどになった。
最後にもう一度、全土を索敵した。
大きな孤児の集団は見つからない。
小規模な反応についても各班が確認していく。
「これで大体終わったな」
ポールが言った。
「ああ」
俺は端末へ記録する。
孤児、約五万人保護。
これでヴェロン王国から保護した弱者はさらに増えた。
奴隷。
娼婦。
孤児。
最初はサンマウ王国と同じ方法でいいと思っていた。
実際、基本は同じだった。
だが国が違えば、見つかるものも違う。
俺は端末を閉じた。
「まだ正規軍が残ってるな」
「ああ。そっちも最後までやろう」
保護するべき者を見落とさない。
そのために一万人以上いる。
ヴェロン王国の調査は、もう少し続きそうだった。
孤児の保護を終えた。
残るのは、正規軍の最後の鑑定だ。
正規軍については、これまでにも武装解除と並行して鑑定を進めている。
その中には亡命を希望し、すでに保護した者もいた。
だが、まだ鑑定を終えていない部隊が残っている。
「最後までやろう」
俺たち一万十五人は担当区域を分けた。
広域索敵で残っている正規軍の位置を確認する。
王都。
地方都市。
国境の砦。
兵舎。
軍事施設。
場所を確認したら転移する。
ステルスを使い、姿を隠したまま一人ずつ鑑定していく。
最初の兵士。
対象外。
次。
対象外。
その次も対象外。
俺は端末へ結果を記録する。
十人。
百人。
千人。
数を重ねても、ほとんど変わらない。
『アギト、こっちは対象外ばかりだ』
ポールから念話が届いた。
『こっちも同じだ』
俺は目の前の兵士を鑑定する。
対象外。
次も。
さらに次も。
亜人は人間より劣っている。
亜人を奴隷として使うのは当然。
奴隷兵を戦場へ送ることにも疑問を持っていない。
ほとんどが、この国の選民思想をそのまま受け入れていた。
「すごいな」
俺は思わず呟いた。
もちろん、全員が同じではない。
かなりの人数を鑑定していると、極めて稀に亡命対象となる人材が見つかる。
俺も一人見つけた。
念話を送る。
『聞こえるか?』
男が周囲を見回した。
『アルデバラン王国の騎士だ』
『……何だ?』
『この国を出たいか? 望むならアルデバラン王国へ亡命できる』
男はしばらく黙っていた。
やがて答える。
『いや、俺は残る』
『分かった』
それで終わりだ。
本人が残ると決めた。
強制する理由はない。
別の場所からも報告が届く。
『亡命対象になる兵士を一人確認』
『本人の意思は?』
『残るそうだ』
『了解』
さらに別の班からも似た報告が入った。
対象となる人材そのものが珍しい。
そして見つかった者に聞いても、残ると答える。
だからといって連れていくことはしない。
俺たちは亡命を促すことはあっても、強制するために来たわけではない。
本人が選べばいい。
鑑定は続いた。
王都周辺が終わる。
地方都市が終わる。
国境の砦も終わる。
各班から完了報告が届き始めた。
『西部、鑑定完了』
『北部も終了』
『南部、残りなし』
俺たちは念のため広域索敵を繰り返した。
まだ鑑定していない部隊がないか確認する。
小さな駐屯地が見つかれば転移する。
一人ずつ鑑定。
対象外。
対象外。
また対象外。
最後に残った部隊も終わった。
俺たちは拠点へ戻った。
三班十五人と先輩たちの班長百人で記録を照合する。
これまでの調査では、正規軍から亡命を希望して保護された者もいる。
だが今回、最後に残っていた正規軍の鑑定結果はひどいものだった。
ほぼ全員が対象外。
極めて稀に亡命対象となる者はいたが、本人が残留を選択した。
そして最後の鑑定では、亡命該当者そのものがゼロになった。
俺は端末の結果を見る。
正規軍は、ほぼ選民思想家と差別主義者ばかりだった。
奴隷が三百万人もいた理由が、少し分かった気がする。
この国では、一部の人間だけがおかしかったわけじゃない。
俺は端末を閉じた。
「ダメだこりゃ」
誰に言ったわけでもない。
ただ、そう思った。
ヴェロン王国の正規軍の鑑定は、これで終わった。
正規軍の鑑定が終わった。
俺たちは森の拠点へ戻り、ヴェロン王国での最終結果をまとめることにした。
三班十五人と、先輩たちの班長百人が集まる。
各班が端末に記録した情報を一つずつ確認していく。
「まず保護人数から」
俺は集計結果を表示した。
「娼婦、十万人」
奴隷ではなかった。
民間自由人として扱われていたが、鑑定して念話で意思を確認すると、亡命を希望した。
次。
「亜人奴隷、二百万人」
獣人。
エルフ。
ダークエルフ。
ドワーフ。
魔族。
農地や鉱山、工房、商店、貴族屋敷。
そして奴隷兵として軍事施設に置かれていた者もいた。
国中を何度も索敵し、最後は小規模な集団まで確認した。
保護人数は二百万人。
事前調査で確認していた数と一致した。
「人間奴隷、百万人」
こちらも保護を完了している。
俺は数字を眺めた。
人口四百万人の国から、奴隷だけで三百万人。
改めて見ると、とんでもない国だ。
「正規兵は?」
チェースが聞いた。
「十人」
正規軍は約七十万人いた。
最初の武装解除を始めた頃には、亡命対象となる者も見つかった。
本人へ念話で意思を確認し、亡命を希望した者を保護した。
最終的な人数は十人。
たった十人だった。
後半になると、状況はさらに酷かった。
鑑定しても対象外。
次も対象外。
また対象外。
極めて稀に亡命対象となる者を見つけても、本人が残ると答える。
そして最後の鑑定では、該当者そのものがいなくなった。
「七十万人から十人か」
ポールが言った。
「ああ」
俺はそれ以上何も言わなかった。
本人たちが選んだことだ。
俺たちがどうこう言う話ではない。
次の項目を表示する。
「一般民間人」
俺は一度数字を確認した。
「ゼロ。当該該当者なし」
民間自由人についても鑑定した。
一人や二人ではない。
国中を調べた。
だが保護対象となる者はいなかった。
亜人を見下す。
奴隷として扱う。
それを当然のこととして受け入れている。
この国の選民思想は、一部の権力者だけのものではなかった。
「娼婦は十万人も対象だったのにな」
ブレンドンが言った。
「そういうことなんだろうな」
俺にも、それ以上の説明はできない。
鑑定した結果がそうだった。
だから保護した。
対象でなければ保護しなかった。
それだけだ。
最後に回収物を確認する。
「馬、四十万頭」
軍で使われていた馬を中心に保護空間へ回収している。
武器、防具、鎧、兜も大量に回収した。
武器庫や軍事施設も索敵した。
鍵があればテレキネシスや金属魔法で破壊する。
必要なら転移で移動する。
見つけた武装はアボートで回収した。
マイク先輩が端末を見る。
「これで終わりだな」
「そうですね」
俺は最終結果をもう一度確認した。
娼婦、十万人。
孤児 五万人「。
亜人奴隷、二百万人。
人間奴隷、百万人。
正規兵、十人。
一般民間人、ゼロ。
馬、四十万頭。
合わせれば、三百十五万人と十人がヴェロン王国を出たことになる。
人口四百万人。
その四分の三以上がいなくなった。
しかも奴隷三百万人を失った。
これまで奴隷に任せていた農業も、鉱山も、工房も止まるだろう。
奴隷兵もいない。
正規軍の武装もかなり回収した。
俺はアイク団長へ念話をつないだ。
『アイク団長、ヴェロン王国の調査と保護が終了しました』
『結果を聞こう』
俺は端末を見ながら報告した。
『娼婦十万人。孤児 五万人。亜人奴隷二百万人。人間奴隷百万人。正規兵十人を保護。一般民間人は当該該当者なし。馬四十万頭を回収しました』
少し間があった。
『分かった。ご苦労だった』
『はい』
念話を切る。
俺は端末に最終結果を記録した。
数字だけ見れば、それで終わりだ。
だが人口四百万人のうち、三百万人が奴隷だった国だ。
自由民を調べても保護対象はいなかった。
正規兵七十万人から亡命したのは十人。
俺は記録を見て、もう一度思った。
やっぱり、ダメだこりゃ。




