185 さぁ始めよう。
サンマウ王国での任務を終えた俺たちは、次の国へ向かった。
選民思想国家、ヴェロン王国。
先に調査へ入っているのは、チェース、ブレンドン、リア、アンナ、シンディの五人だ。
俺たち十人と先輩たち一万人も一緒に転移した。
森の中に作られた拠点へ到着すると、チェースたち五人が待っていた。
「アギト、待ってたぞ」
「状況は?」
「端末にまとめてある。見てくれ」
チェースから記録を受け取り、確認していく。
ヴェロン王国。
人口はおよそ四百万人。
人間を上位に置き、獣人、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、魔族などの亜人を見下している選民思想国家だった。
ただし、宗教国家ではない。
神や教会の教義によって亜人を差別しているわけではなく、人間というだけで他種族より優れていると考えているらしい。
「よく分からんな」
俺は端末を見ながら呟いた。
何を根拠に人間が上だと言っているのか。
調査記録を読んでも、俺には理解できなかった。
さらに記録を確認する。
亜人奴隷、およそ二百万人。
「……多いな」
人口の半分だ。
街中にも亜人奴隷がいる。
貴族の屋敷。
商店。
農地。
鉱山。
工房。
様々な場所で働かされている。
そして、その中には武器を持たされている者たちもいた。
「奴隷兵だな」
俺は記録を拡大した。
亜人奴隷の一部を兵士として使っているらしい。
自分たちが見下している相手に武器を持たせ、戦場では戦わせる。
これも俺にはよく分からない。
ところが、それだけではなかった。
「人間の奴隷もいるのか?」
「ああ」
ブレンドンが答えた。
「百万人くらいいるようだ」
俺はもう一度、国の基本情報を見る。
人間は亜人より優れている。
それが、この国の考え方のはずだ。
なのに人間の奴隷が百万人いる。
「……どういう国なんだ?」
誰に聞いたわけでもない。
リアが苦笑した。
「私たちも調べていて同じことを思ったわ」
亜人奴隷が二百万人。
人間奴隷が百万人。
それだけで三百万人だ。
人口四百万人の四分の三が奴隷ということになる。
さらに正規軍がおよそ七十万人。
奴隷兵とは別だ。
俺は端末を見ながら考えた。
ガルテェニカ王国とは違う。
サンマウ王国とも違う。
だが、やることは同じでいい気がする。
「ここもサンマウ王国方式でいいんじゃないか?」
ポールが俺を見る。
「武器を奪うのか?」
「ああ」
正規軍の武器、防具、鎧、兜をアボートで回収する。
馬がいれば馬も回収する。
鑑定して、亡命を希望する者には本人の意思を確認したうえで出てもらう。
奴隷兵については、それとは別に保護対象として調べる。
もちろん、街や農地、鉱山などにいる奴隷も同じだ。
「まず班長会議をしよう」
拠点へ先輩たちの班長百人を集めた。
俺たち三班十五人も加わる。
チェースが調査結果を端末に表示した。
人口四百万人。
亜人奴隷、約二百万人。
人間奴隷、約百万人。
正規軍、約七十万人。
亜人を下位に置く選民思想国家。
「サンマウ王国と同じやり方を基本にしたい」
俺は説明した。
正規軍は武装解除。
奴隷兵は保護。
それ以外の奴隷も索敵して、本人に意思を確認する。
必要なら全土を調べる。
マイク先輩が頷いた。
「それでいいだろう」
他の班長たちからも異論は出なかった。
「了解」
「前と同じように動けばいいな」
「索敵範囲だけ先に分けよう」
話が早い。
二つの国で同じような任務を経験したからだろう。
最初の頃のように細かく手順を確認する必要もなくなっていた。
俺も皆も、だいぶ慣れてきたようだ。
先輩たち一万人。
俺たち三班十五人。
合計一万十五人。
準備はできた。
俺は立ち上がった。
「さぁ始めよう」
一万十五人が動き出した。
俺たち一万十五人は拠点を出た。
全員がステルスを使う。
まずは正規軍からだ。
広域索敵を使うと、各地に大きな軍の反応が見つかった。
王都周辺だけではない。
国境。
砦。
地方都市。
軍事施設。
七十万人というだけあって、かなり広い範囲に分散している。
「担当を分けよう」
俺たちは事前に決めた範囲へ転移した。
俺の班が向かったのは王都近郊の軍事拠点だ。
索敵で確認すると、十万人以上の兵士がいる。
騎兵もいた。
「サンマウと同じだな」
ポールが言った。
「ああ。始めよう」
俺たちはステルスを維持したまま軍へ近づいた。
兵士たちは訓練をしている。
剣を振る者。
槍を構える者。
弓を射る者。
騎兵も走っている。
誰も俺たちには気づいていない。
俺は目の前にいた兵士へアボートを使った。
剣が消える。
続けて盾。
鎧。
兜。
「え?」
男が固まった。
その瞬間、周囲でも同じことが始まった。
剣が消える。
槍が消える。
弓が消える。
盾も防具も次々と消えていく。
「なんだ!」
「武器が消えたぞ!」
「敵襲か!」
兵士たちが騒ぎ始めた。
指揮官が叫ぶ。
「敵を探せ!」
無理だろうな。
俺たちは見えていない。
攻撃もしない。
ただ武装だけを回収する。
騎兵のところへ向かった。
馬もアイテムボックスの保護空間へ入れていく。
突然馬が消え、騎兵たちが地面へ放り出された。
「うわっ!」
「馬が!」
あちこちで同じ声が上がる。
サンマウ王国で何度もやった作業だ。
俺たちも先輩たちも慣れていた。
一人が回収している間に別の者が鑑定する。
問題のない兵士には念話で尋ねる。
『アルデバラン王国の騎士だ。聞こえるか?』
男が驚いて周囲を見る。
『姿を探しても見えない。聞きたいことがある』
『な、なんだ?』
『この国を出たいか?』
男は黙った。
すぐには答えない。
サンマウ王国の後半とは反応が違う。
まだ俺たちの存在も、亡命できることも知られていないからだろう。
『強制はしない。残りたいなら残ればいい』
しばらくして返事があった。
『……出られるのか?』
『望むならな』
男は迷った末に答えた。
『行きたい』
俺は保護空間へ入ってもらった。
次の兵士を鑑定する。
同じように尋ねる。
残る者もいた。
亡命を希望する者もいる。
本人が決めればいい。
俺たちは作業を続けた。
その途中で、索敵に別の大きな反応が引っかかった。
軍事拠点の奥だ。
「なんだ?」
俺はリモート・ビューイングで確認した。
兵士が大勢いる。
だが正規軍とは様子が違う。
装備が粗末だ。
獣人。
エルフ。
ダークエルフ。
ドワーフ。
魔族。
様々な種族が混じっている。
首輪をつけられている者もいた。
「奴隷兵か」
ボーデンが呟いた。
数が多い。
俺は広域索敵の範囲を広げた。
別の軍事拠点にもいる。
さらに別の場所にもいる。
正規軍とは別に、かなりの数の奴隷兵が配置されているようだ。
俺たちはそちらへ移動した。
鑑定する。
やはり奴隷だった。
俺は一人の獣人兵へ念話を送る。
『聞こえるか?』
獣人の男が身体を震わせた。
『俺たちはアルデバラン王国の騎士だ』
返事がない。
警戒しているようだ。
『ここから出たいか?』
しばらく沈黙が続いた。
やがて小さな返事が届いた。
『……出られるのか?』
『出たいなら保護する』
今度は返事が早かった。
『出たい』
俺は男を保護した。
隣の奴隷兵にも聞く。
『ここを出たいか?』
『出たい』
次。
『亡命を希望するか?』
『する』
次々と返事が返ってくる。
俺は端末へ記録しながら周囲を見る。
正規軍七十万人。
それとは別に大量の奴隷兵。
さらに国内には亜人奴隷二百万人と、人間奴隷百万人がいる。
やることは多そうだ。
だが方法はもう分かっている。
見つける。
鑑定する。
本人に聞く。
出たいなら保護する。
俺は皆へ念話を送った。
『奴隷兵の保護を始めよう』
すぐに返事が届く。
『了解』
一万十五人による保護作戦が本格的に始まった。
奴隷兵の保護を始めると、人数は急速に増えていった。
正規軍とは反応がまるで違う。
『ここを出たいか?』
『出たい』
『アルデバラン王国へ亡命する意思はあるか?』
『ある』
ほとんど迷わない。
獣人。
エルフ。
ダークエルフ。
ドワーフ。
魔族。
様々な種族が武器を持たされ、兵士として使われていた。
もちろん一人ずつ鑑定する。
本人の意思も確認する。
それから保護空間へ入ってもらう。
一万十五人が同時に動いているため、保護人数はどんどん増えていった。
十万人。
二十万人。
三十万人。
俺たちは軍事拠点から軍事拠点へ転移していく。
奴隷兵を見つければ保護する。
正規軍を見つければ武装を回収する。
馬がいれば保護空間へ入れる。
サンマウ王国で何度も繰り返した作業だ。
先輩たちも完全に慣れている。
細かな指示を出す必要はなかった。
『西部の軍事拠点、奴隷兵を確認』
『保護をお願いします』
『了解』
『北部の砦、正規軍約三万人』
『武装解除して、鑑定からの意思確認を』
『了解』
次々と報告が入る。
俺は端末で全体の数字を確認しながら、自分の担当区域を回った。
奴隷兵の保護は五十万人を超えた。
まだいる。
六十万人。
七十万人。
「多いな」
ポールが呟いた。
「ああ」
チェースたちの事前調査では、亜人奴隷が約二百万人いることまでは分かっていた。
その中で、どれだけが奴隷兵として使われているのかまでは正確に分かっていなかった。
調べれば調べるほど見つかる。
やがて奴隷兵の保護人数は八十万人を超えた。
それでも反応は残っている。
俺たちは作業を続けた。
一方、正規軍の武装解除も進んでいた。
剣。
槍。
弓。
盾。
防具。
鎧。
兜。
アボートで次々と回収する。
突然武器を失った兵士たちは混乱する。
だが俺たちの姿は見えない。
「何が起きている!」
「敵はどこだ!」
「武器庫から予備を持ってこい!」
その声を聞いた先輩の一人から念話が届いた。
『アギト、武器庫も回収するか?』
『お願いします』
『了解』
索敵で武器庫を探す。
場所が分かれば転移する。
鍵があればテレキネシスや金属魔法で壊す。
中にある武器や防具もアボートで回収する。
予備を取りに来た兵士が、空になった武器庫を見て立ち尽くしていた。
俺はその横を通り過ぎる。
次は鑑定だ。
正規兵にも亡命の意思を確認していく。
『この国を出たいか?』
『……なぜ俺に聞く?』
『出たいなら保護する。それだけだ』
『残ると言ったら?』
『残ればいい』
しばらくして男は答えた。
『なら、俺は残る』
『分かった』
それで終わりだ。
次の兵士へ移る。
『亡命する意思は?』
『ある』
こちらは保護する。
正規軍については、奴隷兵ほど亡命希望者が多くない。
それでも一定数は国を出ることを選んでいた。
夕方。
俺たちは一度拠点へ戻った。
三班十五人と先輩たちの班長百人で、その日の結果を確認する。
奴隷兵の保護人数は、九十万人を超えていた。
正規軍からも亡命希望者が出ている。
馬の回収も進んでいた。
マイク先輩が端末を見ながら言った。
「奴隷兵は、まだ残ってるな」
「ああ」
俺は広域索敵の記録を見る。
軍事施設だけではない。
地方の砦や国境付近にも反応がある。
「明日も続けよう」
「了解」
俺は次に国内全体の記録を表示した。
奴隷兵を保護しても、それで終わりではない。
亜人奴隷は二百万人いる。
人間奴隷も百万人いる。
つまり軍の外に、まだ大量の奴隷が残っている。
アンナがその数字を見ながら言った。
「奴隷兵が終わったら、次は街ね」
「農地もあるぞ」
ブレンドンが続ける。
「鉱山も工房も調べないと」
俺は頷いた。
軍を見ただけでも、この国がどういう国なのかは十分分かった。
だが調査はまだ途中だ。
ヴェロン王国には、まだ二百万人以上の奴隷が残っている。
俺は端末を閉じた。
「明日も同じだ。見つけて、本人に聞こう」
皆が頷く。
ヴェロン王国での保護は、まだ始まったばかりだった。
翌朝。
俺たち一万十五人は再び動き始めた。
最初に昨日残した奴隷兵を探す。
一万十五人で広域索敵を使い、軍事施設、砦、国境付近を細かく確認していく。
見つければ転移。
鑑定。
念話で本人の意思を確認する。
『ここを出たいか?』
『出たい』
保護する。
次へ行く。
昨日と同じ作業を繰り返した。
奴隷兵の保護人数は九十五万人を超えた。
さらに増える。
九十七万人。
九十九万人。
そして百万人を超えたところで、大きな集団の反応はほとんどなくなった。
「奴隷兵は、だいたい終わったかな」
ポールが言った。
「もう一度確認しよう」
俺たちは範囲を細かく分け、再び索敵した。
小規模な部隊がいくつか見つかる。
そこにも奴隷兵がいた。
一人ずつ意思を確認して保護する。
ようやく奴隷兵の大きな反応がなくなった。
だが、これで終わりではない。
「次は街だ」
俺たちは軍事施設から離れた。
王都。
地方都市。
農村。
鉱山。
工房。
貴族屋敷。
商店。
様々な場所に奴隷の反応がある。
俺たちは担当区域を決めて散開した。
俺の班は王都へ向かった。
ステルスを使ったまま街を歩く。
すぐに分かった。
亜人奴隷が多い。
獣人の女性が荷物を運んでいる。
ドワーフの男が工房で働いている。
エルフが商店の裏で作業をしている。
首輪をつけられている者も珍しくない。
俺は一人の獣人へ念話を送った。
『聞こえるか?』
女性が驚いて周囲を見る。
『アルデバラン王国の騎士だ』
『……騎士?』
『ここから出たいか?』
女性はすぐには答えなかった。
俺の姿が見えないから警戒しているのだろう。
『強制はしない。残りたいなら、そのままでいい』
しばらくして返事が届いた。
『本当に出られるんですか?』
『出られる』
『……お願いします』
保護空間へ入ってもらう。
次の奴隷へ向かう。
同じことを繰り返した。
やがて街のあちこちで騒ぎが起き始める。
「奴隷が消えた!」
「どこへ行った!」
「探せ!」
奴隷の所有者らしい男たちが走り回っている。
知らない。
本人が出たいと言ったから保護しただけだ。
俺たちは次々と奴隷を見つけていった。
亜人だけではない。
人間の奴隷もいる。
「人間は亜人より優れているんじゃなかったのか?」
俺は思わず呟いた。
ポールが隣で首を傾げる。
「俺に聞くなよ」
「だよな」
人間奴隷にも同じように聞く。
『ここを出たいか?』
『出たい』
保護する。
種族で扱いを変える理由はない。
別の班から念話が入った。
『北部農地で亜人奴隷を大量に確認』
『本人の意思を確認して保護してください』
『了解』
すぐに次の報告。
『鉱山にもいる。かなり多い』
『お願いします』
『了解』
各地で保護が進んでいく。
農地から奴隷が消える。
鉱山から消える。
工房から消える。
貴族屋敷から消える。
商店からも消えていく。
俺たちの姿は誰にも見えていない。
奴隷を連れ戻そうにも、どこへ消えたのかすら分からない。
夕方には、保護人数が大きく増えていた。
俺たちは拠点へ戻り、班長会議を開く。
端末に各班の記録が集められた。
奴隷兵の保護はほぼ終了。
街や農地、鉱山などからも大量の奴隷を保護した。
だが、まだ反応は残っている。
「明日も続けるか」
マイク先輩が言った。
「ああ」
俺は端末を見る。
人口四百万人。
そのうち奴隷が三百万人。
改めて見ると、とんでもない数字だ。
ガルテェニカ王国ほどではない。
だが、まともとも思えない。
「全部調べよう」
俺が言った。
誰も反対しなかった。
軍人でも奴隷でも関係ない。
本人に聞く。
出たいなら保護する。
残りたいなら残る。
俺たちが決めることではない。
ヴェロン王国での保護は、そのまま続くことになった。




