184 削れるところまで削る
亡命希望者が二百万人に達した。
端末に表示された数字を確認して、俺は一度作戦を止めた。
回収した馬は六十万頭。
武器、防具、鎧、兜も大量に回収している。
サンマウ王国の軍人は二百五十万人。
そのうち二百万人が自分の意思で国を出た。
残っている軍人は五十万人ほどだ。
しかも、その多くは武器も防具も失っている。
騎兵を支えていた馬も大量にいなくなった。
近隣諸国へ侵攻する力は、もうほとんど残っていない。
俺たちは拠点へ戻り、班長会議を開いた。
集まったのは俺たち二班の十人と、先輩たちの班長百人だ。
端末に現在の状況を表示する。
「目標だった二百万人に達しました」
マイク先輩が腕を組む。
「これで終わるか?」
俺は少し考えた。
二百万人を削れば、この国は維持できない。
当初の目的は達成している。
だが、スペンサーが首を振った。
「削れるところまで削った方がよくないか?」
「俺もそう思う」
パトリックが続ける。
「この国が崩壊するのはもう避けられない。それなら、近隣諸国に迷惑をかけないようにしておいた方がいい」
その言葉で皆が考え込んだ。
サンマウ王国は、足りない物があれば他国から奪ってきた国だ。
国が維持できなくなったとき、残った軍人が何をするか。
近隣諸国へ逃げるだけなら構わない。
だが武器を持って集団で押しかければ、盗賊と変わらない。
「削れるところまで削ろう」
俺が言った。
反対する者はいなかった。
「了解」
方針が決まった。
俺たちは再び動き出した。
軍を索敵する。
ステルスで近づく。
武器、防具、鎧、兜をアボートで回収する。
馬も保護空間へ入れる。
そして兵士を鑑定する。
悪人は対象から外す。
それ以外には念話を送る。
『亡命する意思はあるか?』
返事は、以前よりさらに早くなっていた。
『ある』
『お願いします』
『ここから出たい』
サンマウ王国軍の中で、アルデバラン王国へ亡命できるという話は完全に広がっていた。
俺たちが一から説明する必要もない。
中には、こちらから念話を送る前に叫ぶ者までいる。
「アルデバランの騎士! いるんだろ!」
「俺も亡命したい!」
「俺もだ!」
姿を見せる必要はない。
鑑定だけはきっちり行う。
問題がなければ意思を確認し、保護する。
一万人以上で同じ作業を続けた。
亡命希望者はさらに増える。
二百十万人。
二百二十万人。
そして二百三十万人を超えた。
回収した馬も七十万頭に達していた。
ここまで来ると、軍と呼べるものがどれだけ残っているのか分からない。
俺たちは拠点へ戻った。
再び班長会議を開く。
端末に数字を表示する。
「軍人の亡命希望者、二百三十万人。馬は七十万頭です」
しばらく誰も何も言わなかった。
するとローラが口を開いた。
「軍人ばかり見ていたけど、奴隷とか娼婦とか一般の人たちはいいの?」
俺はローラを見る。
確かにそうだ。
これまで俺たちは、サンマウ王国の軍事力を削ることを優先してきた。
人口三百万人。
軍人二百五十万人。
なら、軍人ではない者が五十万人ほどいる。
「調べてなかったな」
スペンサーも頷いた。
「ガルテェニカほどじゃないだろうけど、奴隷がいないとは限らない」
娼婦。
奴隷。
軍人ではない一般人。
この国が崩壊するなら、その人たちが巻き込まれる可能性もある。
「索敵しよう」
俺が言った。
「明日、国全体を調べる。奴隷や保護が必要な人を探そう。一般の人にも亡命する意思があるか確認する」
「それがいい」
マイク先輩が頷いた。
方針は決まった。
明日からは軍人ではない。
弱い立場に置かれている者と、一般の国民を調べる。
軍を削る作業は、ほぼ終わった。
次は、この国に残された人たちを見る番だった。
翌朝。
俺たちは予定どおり、軍人以外の調査を始めた。
サンマウ王国の人口は約三百万人。
そのうち二百五十万人が軍人だった。
つまり民間人は五十万人ほどしかいない。
「五十万人なら昨日までよりは早いだろ」
ポールが言った。
「人数だけならな」
問題は中身だ。
俺たちは一万十人で広域索敵を開始した。
都市。
農村。
街道沿いの集落。
貴族の屋敷。
商店。
宿屋。
娼婦街。
地下施設。
人間がいる場所を片っ端から確認していく。
反応を見つければ鑑定する。
必要ならリモート・ビューイングで状況を確認する。
最初にまとまった人数が見つかったのは、街の外れだった。
「ここ、かなりいるぞ」
俺は建物の中を確認した。
奴隷だった。
戦争で連れてこられた者。
親から売られた者。
借金のために奴隷になった者。
理由は様々だ。
俺たちはステルスを使ったまま中へ入った。
『聞こえるか?』
驚いて周囲を見る者たちへ念話を送る。
『俺たちはアルデバラン王国の騎士だ。望むならここから出られる』
反応は早かった。
『お願いします』
『出たいです』
『連れていってください』
本人の意思を確認し、次々と保護空間へ入ってもらう。
別の場所では娼婦たちが見つかった。
鑑定すると、自分の意思で働いている者ばかりではない。
借金。
脅迫。
奴隷。
逃げれば罰を受ける立場の者もいた。
同じように念話で尋ねる。
『ここを出たいか?』
『出られるんですか?』
『出られる』
少しの沈黙のあと、答えが返ってきた。
『行きたいです』
保護する。
俺たちは国中を回った。
奴隷。
娼婦。
無理やり働かされている者。
独裁者や軍に逆らえず、逃げることもできなかった者。
見つける。
鑑定する。
意思を確認する。
望めば保護する。
昨日まで軍人二百万人以上を相手にしていた一万十人だ。
五十万人の調査は速かった。
保護人数が十万人を超える。
二十万人。
三十万人。
そして四十万人に達した。
「四十万人か」
俺は端末を確認した。
民間人は約五十万人。
そのうち四十万人が保護対象だったことになる。
残る十万人についても調査を続ける。
俺たちは抜けがないように広域索敵を繰り返した。
商人。
奴隷商。
娼館の経営者。
略奪品を扱う者。
戦争で連れてこられた人間を売買して利益を得てきた者。
鑑定結果を確認するたび、俺は顔をしかめた。
「……次も対象外」
「こっちもだ」
ポールから念話が届く。
別の場所を調べていたアーウェンからも報告が入った。
『こちらも保護対象はいないわ』
俺は端末を見る。
まだ一般人が残っている。
普通に暮らしているだけの人間もいるだろう。
そう思っていた。
だが調べれば調べるほど、その考えは消えていった。
残っていた者たちは、略奪によって成立するこの国の仕組みから積極的に利益を得てきた者ばかりだった。
奪ってきた物を売る。
拉致された人間を買う。
奴隷として使う。
それを商売にする。
俺たちはさらに索敵範囲を細かく区切った。
一人ずつ鑑定する。
何度確認しても結果は変わらない。
一般人として保護する対象は見つからなかった。
民間人約五十万人。
保護した弱者、約四十万人。
残った約十万人。
保護対象なし。
俺は思わず呟いた。
「ほんと、ろくでもない国だな」
ボーデンが隣で端末を見る。
「軍人も二十万人くらい残ってるぞ」
「ああ」
軍人二百三十万人が亡命した。
民間人四十万人を保護した。
残っているのは、鑑定で弾かれた者たちばかりだ。
俺たちは誰かを裁きに来たわけではない。
だから捕らえもしない。
処罰もしない。
ただ保護しない。
俺は端末へ調査結果を記録した。
サンマウ王国には、もう俺たちが保護するべき人間は残っていなかった。
弱者と一般人の保護を終え、俺たちは拠点へ戻った。
端末に現在の数字を表示する。
軍人の亡命希望者、約二百三十万人。
奴隷や娼婦など、民間人の保護者が約四十万人。
合わせて二百七十万人。
人口三百万人だったサンマウ王国に残ったのは、およそ三十万人だ。
マイク先輩が数字を見ながら言った。
「ずいぶん減ったな」
「人口の九割ですからね」
しかも残った三十万人は、鑑定で保護対象から外れた者たちだ。
俺たちは処罰するために来たわけではない。
捕縛もしない。
残った者たちがこれからどうするのかも、俺たちが決めることではない。
スペンサーが端末を見ながら口を開いた。
「でも、このまま帰って大丈夫か?」
「何が?」
「残った軍人は二十万人くらいいる。こいつらが近隣諸国へ流れたら面倒だぞ」
確かにそうだ。
この国にはまともな産業がほとんどない。
必要な物は他国へ攻め込み、奪ってきた。
国が維持できなくなれば、残った者たちが同じことをする可能性がある。
「武器はかなり奪ったよな?」
俺が聞くと、パトリックが頷いた。
「兵士が装備していた分はな。でも武器庫までは全部確認してない」
「馬も同じね」
ローラが言った。
すでに七十万頭を回収しているが、国中を探せばまだ残っているだろう。
俺は皆を見る。
「じゃあ、最後に全部探そう」
反対する者はいなかった。
俺たち一万十人は再び動き始めた。
広域索敵を使って、サンマウ王国全土を調べる。
王城。
兵舎。
砦。
軍事施設。
貴族屋敷。
倉庫。
地下施設。
武器や人、馬の反応を細かく拾っていく。
すぐに大きな武器庫が見つかった。
俺たちはステルスを使ったまま転移する。
倉庫の前には兵士が立っていた。
こちらには気づかない。
扉には大きな金属製の錠前が掛かっている。
俺はテレキネシスを使った。
錠前が捻れ、壊れる。
扉を開けて中へ入った。
槍。
剣。
弓。
盾。
鎧。
兜。
大量の武器と防具が並んでいる。
「結構残してたな」
ポールの声が念話で届く。
『回収しよう』
アボートを使う。
槍の束が消えた。
剣が消える。
弓も盾も消えていく。
すべてアイテムボックスへ回収した。
別の班からも次々と報告が届く。
『北部の砦で武器庫を発見』
『回収してくれ』
『了解』
別の報告も入る。
『王城地下に武器庫がある。入口は施錠されている』
『金属魔法かテレキネシスで開けてくれ』
『了解』
鍵があっても問題はない。
金属製なら金属魔法が使える。
テレキネシスで破壊してもいい。
場所によっては内部へ直接転移することもできる。
ステルスは姿を隠すだけだ。
壁を抜けられるわけでも、扉を通り抜けられるわけでもない。
だが俺たちには、それ以外の方法がいくらでもある。
次は軍馬だ。
広域索敵でまとまった反応を探す。
『東部で馬を確認。約二万頭』
先輩から念話が入った。
『保護してください』
『了解』
馬はアイテムボックスの保護空間へ入れていく。
軍事施設から武器が消える。
砦から防具が消える。
馬小屋から馬が消える。
王城の武器庫まで空になる。
やがて各地で騒ぎが起き始めた。
「武器がない!」
「倉庫が空だぞ!」
「馬まで消えてる!」
兵士たちは走り回っている。
だが俺たちの姿は見えない。
攻撃もしていない。
ただ回収しているだけだ。
夕方まで作業を続けた。
最後に一万十人で、もう一度広域索敵を行う。
大規模な武器の集積は見つからない。
まとまった軍馬もほとんど残っていなかった。
ポールが俺の隣で言った。
「これで戦争はできないな」
「ああ」
軍人が二十万人残っていても、武器がない。
防具もない。
馬もいない。
そして、それらを新しく大量に作る産業もない。
俺は遠くに見えるサンマウ王国の街を眺めた。
この国がこれからどうなるのか。
残った三十万人が何をするのか。
俺たちには関係ない。
ただ、近隣諸国へ攻め込んで奪うことだけは、もうできない。
それで十分だった。
サンマウ王国全土の再調査を終え、俺たちは森の拠点へ戻った。
俺たち二班の十人と、先輩たちの班長百人で最後の班長会議を開く。
俺は端末に集められた記録を確認した。
「最終結果を確認します」
全員が端末を見る。
「軍人の亡命希望者、二百三十万人」
サンマウ王国には二百五十万人もの軍人がいた。
そのうち二百三十万人が、この国を出ることを自分で選んだ。
最初はこちらから一人ずつ念話で尋ねていた。
だが途中から、兵士たちの間で亡命できるという話が広がった。
俺たちが姿を見せなくても、
「俺も亡命したい」
と声を上げる者まで現れた。
もちろん、その場で保護したわけではない。
一人ずつ鑑定した。
悪人は対象から外す。
問題がなければ念話で本人の意思を改めて確認する。
その結果が二百三十万人だった。
俺は次の記録を表示した。
「民間の弱者、四十万人を保護」
奴隷。
娼婦。
強制的に働かされていた者。
軍や権力者に逆らえず、逃げることもできなかった者たちだ。
「一般民間人は?」
スペンサーが聞いた。
「保護対象はゼロだった」
しばらく誰も話さなかった。
俺たちは何度も調べた。
索敵で探し、鑑定した。
見落としがないように範囲を分けて調査もやり直した。
それでも一般民間人に保護対象はいなかった。
残っていたのは、略奪された物資を扱っていた商人や奴隷商など、この国の仕組みから利益を得ていた者ばかりだった。
ローラが呆れたように息を吐いた。
「民間人が五十万人しかいないのに、そのうち四十万人が弱者だったのね」
「ああ」
残る十万人に保護対象はいなかった。
「ほんと、ろくでもない国だな」
俺が呟く。
誰も反論しなかった。
さらに端末を操作する。
「馬は最終的に百万頭」
今度はマイク先輩が目を丸くした。
「百万頭か」
「はい」
騎兵が使っていた馬。
軍事拠点で飼育されていた馬。
王城や砦にいた馬。
各地の馬小屋に集められていた馬。
索敵で見つけた軍馬は可能な限り回収した。
すべてアイテムボックスの保護空間へ入れてある。
武器、防具、鎧、兜も同じだ。
兵士が身につけていた物だけではない。
武器庫。
兵舎。
砦。
王城。
軍事倉庫。
地下の保管庫。
広域索敵で見つけては転移し、必要ならテレキネシスや金属魔法で鍵を壊して中へ入った。
そしてアボートで回収した。
「これで近隣諸国へ侵攻するのは無理だろう」
パトリックが言った。
俺もそう思う。
サンマウ王国の人口は三百万人だった。
軍人の亡命希望者が二百三十万人。
民間弱者の保護が四十万人。
合わせて二百七十万人が国を出た。
残ったのは約三十万人。
軍人が約二十万人。
民間人が約十万人。
だが武器はほとんどない。
防具も鎧も兜もない。
馬も大規模な軍事行動ができるほど残っていない。
何より、この国には自分たちを支える産業がほとんど存在しない。
他国へ攻め込む。
奪う。
持ち帰る。
足りなくなれば、また攻める。
それを繰り返すことで成立していた国だ。
その手段を失った。
「もういいだろう」
マイク先輩が言った。
「そうですね」
俺たちはこの国を占領していない。
独裁者を倒してもいない。
残った者を捕縛するつもりもない。
これからどうするかは、彼らが決めればいい。
俺はアイク団長へ念話をつないだ。
『アイク団長、サンマウ王国での調査と保護が終了しました』
『結果を聞こう』
『軍人の亡命希望者、二百三十万人。民間弱者四十万人を保護。一般民間人の保護対象はゼロでした。軍馬は百万頭を回収。武器、防具、鎧、兜も可能な限り回収しました』
少し間があった。
『分かった。ご苦労だった』
『はい』
念話を切る。
俺は端末に最終記録を残した。
――軍人亡命希望者、二百三十万人。
――民間弱者保護、四十万人。
――一般民間人保護、ゼロ。
――馬、百万頭回収。
――武力行使、なし。
これで終わりだ。
サンマウ王国がこれからどうなるのかは知らない。
少なくとも、以前のように近隣諸国へ攻め込み、奪い続けることはできない。
残った者たちが何を選ぶのか。
それは俺たちが決めることではなかった。




