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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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183 アボートの嵐

ガルテェニカ王国での保護作戦を終えた。


最初に保護し、教導を続けていた五百三十人もアルデバラン王国への亡命を希望した。


俺は先輩の一人に彼らを託す。


「五百三十人をお願いします」


「了解」


五百三十人がアイテムボックスの保護空間へ入る。


先輩はそのまま時空間魔法の転移魔法でアルデバラン王国へ戻っていった。


これでガルテェニカ王国でやることはない。


俺たちも次へ向かう。


アギト、ポール、ボーデン、アーウェン、ジェーン。


そして応援に来てくれた先輩たち一万人。


目的地はサンマウ王国だ。


先に調査へ入っているスペンサー、パトリック、ローラ、ビィナ、キラの班と合流する。


転移した先は、彼らが作った拠点だった。


「アギト、終わったのか?」


スペンサーが迎えてくれた。


「ああ。そっちは?」


「酷いぞ」


端末に記録された情報を見せてもらう。


サンマウ王国。


人口、およそ三百万人。


そのうち二百五十万人が軍人。


「……なんだこれ?」


思わず聞き返した。


人口の大半が軍人だ。


軍事独裁国家であり、近隣諸国への侵攻を繰り返している。


戦争に勝てば物資を略奪する。


住民を拉致する。


拉致した者は奴隷商へ売る。


それが長年繰り返されていた。


さらに調査記録を読んでいく。


「産業がない?」


「ああ。ほとんどない」


食料も物資も他国に依存している。


購入しているなら何の問題もない。


だが、この国が選んできた方法は略奪だった。


他国へ攻め込む。


奪う。


持ち帰る。


足りなくなれば、また攻める。


つまり戦争に勝ち続けなければ国そのものを維持できない。


「よくこんな国が続いてるな」


「周辺の小国を順番に襲ってるらしい」


国民も独裁者には逆らえない。


俺は端末を閉じた。


「とりあえず現場を見よう」


俺たちは拠点を出た。


もちろんステルスを使う。


一万人の先輩たちも一緒だ。


しばらく進むと、すぐに軍隊を発見した。


索敵で人数を確認する。


十万人。


かなり大きな部隊だ。


歩兵だけではない。


騎兵もいる。


兵士たちは武器を持ち、防具や鎧、兜を身につけている。


俺たちの姿には誰も気づいていない。


「どうする?」


ポールが聞いた。


俺は少し考えた。


アイク団長から武力行使は禁止されている。


なら、戦わなければいい。


「アボートで全部奪おう」


一万人の先輩たちが散開した。


俺たち十人も加わる。


一万十人でアボートを使った。


武器。


盾。


防具。


鎧。


兜。


次々と兵士たちの装備が消えていく。


「な、なんだ!」


「剣が消えたぞ!」


「俺の鎧はどこだ!」


十万人の軍隊が一瞬で混乱した。


こちらの姿は見えない。


攻撃もしていない。


ただ装備だけが消えていく。


騎兵にもアボートを使った。


今度は馬だ。


騎乗していた者が次々と地面へ放り出される。


「うわっ!」


「馬が消えた!」


三万頭ほどの馬をアイテムボックスの保護空間へ回収した。


指揮官らしい男が叫んでいる。


「敵襲だ! 敵を探せ!」


兵士たちが周囲を見回す。


だが何も見つからない。


俺たちはステルスを使っている。


見つかるはずがなかった。


十万人から武器、防具、鎧、兜を回収し終えた。


誰一人傷つけていない。


俺は兵士たちを鑑定していく。


少なくとも、目の前にいる兵士の多くは悪人ではなかった。


命令されて戦場へ出されているだけの者もいるようだ。


俺は一人の兵士へ念話を送った。


『聞こえるか?』


男が驚いて周囲を見る。


『お前に亡命する意思はあるか?』


しばらくして返事があった。


『……亡命できるのか?』


『望むならできる』


男は少し迷ったあと、頷いた。


同じように意思を確認していく。


十万人のうち、およそ一万人が亡命を希望した。


俺はその数字を端末へ記録する。


サンマウ王国では、ガルテェニカ王国とは違う方法が必要になりそうだった。




翌朝。


俺たちは昨日と同じ方法で動くことにした。


一万人の先輩たちと、俺たちアギト、ポール、ボーデン、アーウェン、ジェーン。


それにスペンサー、パトリック、ローラ、ビィナ、キラ。


合計一万十人。


全員がステルスを使って拠点を出た。


昨日の作戦会議で決めたことは単純だ。


サンマウ王国軍を見つける。


武器、防具、鎧、兜をアボートで回収する。


馬がいれば馬も保護空間へ入れる。


兵士は鑑定する。


悪人は亡命の対象から外す。


それ以外の兵士には念話で亡命の意思を確認する。


希望者だけを保護する。


戦闘はしない。


それだけだ。


広域索敵を使うと、すぐに大規模な軍の反応が見つかった。


「いたぞ」


俺は端末に位置を表示した。


昨日とは別の部隊だ。


俺たちは転移で近くまで移動した。


丘の上から見ると、平原を埋めるように軍勢が広がっている。


だが向こうから俺たちは見えない。


「始めるか」


「了解」


一万十人が散開した。


俺も兵士の一団へ近づく。


目の前に槍を持った兵士がいる。


アボート。


槍が消えた。


「え?」


続けて鎧。


兜。


盾。


次々と消していく。


周囲でも同じことが起きていた。


「武器が消えた!」


「まただ!」


「昨日の部隊と同じだ!」


どうやら昨日の出来事は、すでに軍内部へ伝わっているらしい。


指揮官たちが叫ぶ。


「周囲を探せ!」


「敵がいるはずだ!」


兵士たちが走り回る。


俺はその横を普通に歩いた。


見えていない。


これでは探しようがない。


正直、取りたい放題だった。


槍を回収する。


剣を回収する。


弓を回収する。


盾も鎧も兜も回収する。


兵士たちの装備が次々と消えていった。


誰も攻撃してこない。


いや、攻撃する相手が見つからない。


騎兵隊も発見した。


『騎兵がいる。馬も回収するぞ』


念話で共有する。


『了解』


アボート。


騎兵の下から馬が消えた。


「うわっ!」


男が地面へ落ちる。


その隣でも馬が消えた。


さらにその隣。


次々と騎兵が地面へ放り出されていく。


馬はアイテムボックスの保護空間へ入れているので傷つくことはない。


「馬を守れ!」


誰かが叫んだ。


どうやって守るつもりなんだろう。


兵士たちは馬を囲み始めた。


俺はその輪の中へ入った。


アボート。


中央にいた馬が消える。


兵士たちが固まった。


別の場所でも同じことが起きている。


囲んでも意味がない。


建物へ入れても意味はない。


こちらには索敵がある。


隠したところで見つけられる。


ステルスを使って近づき、アボートで回収するだけだ。


しばらくすると、平原にいた軍隊から武器らしい武器がほとんど消えていた。


俺たちは次の作業へ移る。


鑑定だ。


兵士を一人ずつ確認していく。


略奪や殺人を自ら楽しんできたような者は対象から外す。


そうではない者には念話を送った。


『アルデバラン王国の騎士だ』


兵士が周囲を見回す。


『お前に亡命する意思はあるか?』


『……昨日の話は本当だったのか?』


どうやら亡命者が出たことまで広がっているらしい。


『本当だ。強制はしない。残りたければ残ればいい』


男は黙った。


やがて小さく頷く。


『行きたい』


『分かった』


男を保護空間へ入れた。


同じ確認が一万十人によって各所で続いている。


亡命を希望する者が次々と消えていった。


残った兵士たちは、さらに混乱した。


武器がない。


鎧もない。


馬もいない。


仲間まで突然消えていく。


それでも、こちらから攻撃する者はいない。


俺は次の軍勢を索敵した。


まだいる。


かなりいる。


「次へ行こう」


ポールが笑う。


「ああ」


俺たちは転移した。


武器を奪う。


防具を奪う。


馬を保護する。


そして本人に聞く。


残るのか。


亡命するのか。


サンマウ王国軍から、戦争を続けるために必要なものが次々と消え始めていた。



二日目の回収を終え、俺たちは一度拠点へ戻った。


端末に記録された数字を確認する。


初日の分と合わせて、回収した馬は六万頭を超えていた。


武器、防具、鎧、兜については、もう数えるのも面倒な量になっている。


そして亡命希望者。


十万人を超えた。


俺は数字を見ながら腕を組んだ。


サンマウ王国の人口は三百万人。


そのうち二百五十万人が軍人だ。


十万人が抜けたところで、まだ二百四十万人近く残っている。


「まだ多いな」


ポールが言った。


「多いどころじゃないだろ」


ボーデンが端末を見る。


「人口の大半が軍人なんだからな」


俺は皆の顔を見た。


アギト班の四人。


スペンサー、パトリック、ローラ、ビィナ、キラ。


そして先輩たちの班長百人。


「亡命者、百万人を目指して削ろう」


少し乱暴な言い方だが、やることは今までと変わらない。


戦わない。


殺さない。


傷つけない。


武器と防具を回収する。


馬を保護する。


そして鑑定したうえで本人に聞く。


この国に残るか。


亡命するか。


皆が頷いた。


「了解」


マイク先輩も笑った。


「一万人いるんだ。片っ端からやればいい」


方針は決まった。


俺たちは再びステルスを使い、拠点を出た。


今度は一つの軍団を狙うのではなく、一万十人を広範囲へ散らす。


索敵で軍の位置を確認。


各班へ割り振る。


転移。


回収。


鑑定。


念話。


亡命希望者を保護。


終われば次へ転移。


それを繰り返す。


俺たちの班は街道を移動していた軍勢の近くへ出た。


数万人規模。


荷馬車が長い列を作っている。


兵士たちは周囲を警戒していた。


昨日から続いている異常事態を知っているのだろう。


「武器を身体から離すな!」


指揮官が叫んでいる。


「馬からも目を離すな!」


俺はポールを見る。


ポールも俺を見る。


意味がない。


俺たちの姿は見えていない。


俺は兵士の目の前まで歩いた。


男は剣の柄を両手で握っている。


アボート。


剣が消えた。


男は両手を握ったまま固まった。


「……え?」


続いて鎧を回収する。


「まただ!」


周囲から悲鳴のような声が上がった。


一斉に回収が始まる。


槍が消える。


盾が消える。


弓が消える。


兜が消える。


鎧が消える。


騎兵の馬も次々と消えていった。


「敵を探せ!」


「どこにいる!」


兵士たちが周囲を走り回る。


だが誰も俺たちを見ることはできない。


俺は淡々と鑑定を続けた。


悪人なら、そのままにする。


そうでなければ念話を送る。


『亡命する意思はあるか?』


最初は驚く。


だが昨日までとは反応が少し違っていた。


『アルデバラン王国か?』


『そうだ』


『本当に行けるのか?』


『行ける』


『なら行きたい』


話が早い。


どうやら噂が軍の中をかなり広がっている。


姿の見えない何者かが武器を奪っている。


そして、望めばアルデバラン王国へ連れていってもらえる。


そんな話が兵士たちの間で共有され始めていた。


別の兵士へ念話を送る。


『亡命するか?』


『する』


即答だった。


俺は男を保護した。


次。


『亡命する意思は?』


『ある』


次。


『ここを出たいか?』


『出たい』


次々と保護空間へ入っていく。


俺は端末に人数を記録しながら思った。


武器を奪っているだけではない。


サンマウ王国軍から、人まで抜け始めている。


しかも俺たちが説得したわけじゃない。


聞いただけだ。


その日の夕方には、亡命者の増加速度が朝より明らかに速くなっていた。


軍の中で何かが変わり始めている。


百万人。


最初は大きな数字だと思った。


だが、この調子なら届くかもしれない。


俺たちは次の軍勢へ転移した。




百万人という目標は、思っていたより早く達成した。


俺は端末に表示された数字を確認する。


亡命希望者、百万人超。


回収した馬も三十万頭を超えていた。


武器、防具、鎧、兜については、もはや数える意味があるのかと思うほどの量になっている。


「百万人いったな」


ポールが端末を覗き込んだ。


「ああ。思ったより早かった」


最初は十万人の軍勢から一万人だった。


十人に一人。


それだけでも多いと思っていた。


だが、作戦を続けるほど亡命を希望する兵士の割合が増えている。


理由は分かりやすかった。


噂が広がったのだ。


姿の見えない何者かが武器や防具を奪っている。


馬まで消える。


そして兵士には亡命するかどうかを尋ねてくる。


望めば本当に姿を消し、アルデバラン王国へ行ける。


最初の十万人が、その証拠になった。


俺たちは何も説明していない。


だが兵士たちの間で勝手に情報が広がっていた。


「次は二百万人だ」


俺が言うと、ボーデンがこちらを見る。


「あと百万人か」


「ああ。二百万人削れば、この国は維持できない」


サンマウ王国の人口は三百万人。


そのうち二百五十万人が軍人だ。


そこから二百万人が抜ければ、軍人は五十万人ほどしか残らない。


しかも馬もない。


武器もない。


防具もない。


鎧も兜もない。


近隣諸国へ侵攻して略奪するどころではなくなる。


この国には、まともな産業がほとんど存在しない。


他国から奪わなければ維持できない国が、他国へ攻め込めなくなる。


それでどうなるか。


考えるまでもない。


「崩壊するな」


スペンサーが言った。


「するだろうな」


俺は頷いた。


だが、それを俺たちがどうにかするつもりはない。


この国の仕組みを作ったのは俺たちではない。


俺たちは戦争を止める。


そして、この国を出たい者に選択肢を与える。


それだけだ。


「二百万人まで続けよう」


「了解」


一万十人が再び動いた。


今度は軍の反応が多い場所を片っ端から回る。


索敵。


転移。


ステルス。


アボート。


鑑定。


念話。


やることは変わらない。


俺たちが次に向かったのは、大きな軍事拠点だった。


数十万人の兵士が集まっている。


ところが様子がおかしい。


兵士たちが落ち着かない。


あちこちで小さな集団ができていた。


「本当に亡命できるらしいぞ」


「俺の知り合いも消えた」


「アルデバラン王国ってどんな国なんだ?」


「少なくとも、ここよりはいいだろ」


俺は思わず足を止めた。


俺たちが何かを言う必要すらなくなっている。


兵士たちは自分たちで話していた。


そのとき、一人の兵士が周囲を見回しながら声を上げた。


「いるんだろ!」


誰に向かって言っているのかは明らかだった。


「俺も亡命したい!」


周囲が静かになった。


すると別の男も声を上げる。


「俺もだ!」


「俺も連れていってくれ!」


次々と声が上がった。


俺はポールへ念話する。


『これ、鑑定が大変だな』


『一万人いるんだから何とかなるだろ』


確かにそうだ。


俺たちは兵士たちを一人ずつ鑑定していった。


悪人は対象から外す。


問題がなければ念話で本人の意思を再確認する。


『本当に亡命するか?』


『する』


保護。


次。


『お前もか?』


『頼む』


保護。


次々と兵士が消えていく。


残った兵士たちは、その光景を見ていた。


昨日までは恐怖だったはずの人間の消失が、今日は違う意味を持ち始めている。


消えれば、この国から出られる。


俺たちは別の軍事拠点へ向かった。


そこでも同じだった。


武器を回収する。


馬を回収する。


亡命希望者を確認する。


保護する。


端末の数字が増えていく。


百二十万人。


百四十万人。


百六十万人。


まだ増える。


俺は数字を確認しながら思った。


二百万人まで削れば、この国はもう戦争を続けられない。


略奪できない。


人を拉致できない。


奴隷として売ることもできない。


サンマウ王国を支えていた仕組みそのものが止まる。


俺たちは誰とも戦っていない。


ただ、戦争をするための物と、ここを出ることを選んだ人間が消えていく。


サンマウ王国の崩壊は、もう始まっていた。





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