182 2000万人保護 継続中
ガルテェニカ王国での保護作戦は続いていた。
最初に確認した施設から奴隷を保護し終えた時点で、人数は百二十五万人に達していた。
昨日、俺たち五人で最初に保護したのは五百三十人だ。
一万人の先輩たちが加わったことで、保護できる人数が一気に増えた。
「この人数を森に置いておくのは無理だな」
マイク先輩が言った。
「はい。最初の五百三十人以外はアルデバラン王国へ亡命してもらって、向こうで教導を受けてもらいましょう」
保護した人たちに事情を説明した。
ガルテェニカ王国へ残るか。
アルデバラン王国へ亡命するか。
知らない国へ行くことに不安を感じる者はいた。
だが、ガルテェニカ王国へ残りたいと答えた者は一人もいなかった。
全員が亡命を希望した。
俺は先輩の一人に声をかけた。
「百二十五万人をアルデバラン王国へ連れて行って、保護をお願いします」
「了解」
返事は短い。
百二十五万人が順番にアイテムボックスの保護空間へ入った。
最後の一人まで入ったことを確認すると、先輩は時空間魔法の転移魔法でアルデバラン王国へ戻った。
俺たちも次の行動へ移る。
ポール、ボーデン、アーウェン、ジェーンと先輩班第一班の百人は、最初に保護した五百三十人への教導を始めた。
俺は先輩班第二班の百人と広域索敵を継続する。
索敵範囲を広げていく。
すぐに巨大な反応がいくつも見つかった。
「まだこんなにあるのかよ」
一万人以上の奴隷がいる建物だけで五百以上。
昨日確認した施設など、ほんの一部だったらしい。
第二班の先輩たちも索敵を使い、位置と人数を端末へ記録していく。
集めた情報はすぐに全隊へ共有した。
残る九千八百人が動き始める。
奴隷を保護する。
意思を確認する。
亡命を希望すれば、アルデバラン王国へ連れて行く。
戻ってきたら次の場所へ向かう。
それを片っ端から繰り返してもらった。
俺たち第二班は、その間も新しい奴隷の集団を探し続ける。
保護人数が増えていった。
三百万人。
五百万人。
八百万人。
それでも終わらない。
やがて端末に表示された保護人数が千二百万人を超えた。
「千二百万人……」
俺は数字を見ながら呟いた。
これだけ保護して、まだ索敵に大量の反応が残っている。
「アギト、街の方も調べよう」
第二班の先輩に言われて頷いた。
「お願いします」
俺たちは街へ戻った。
昨日とは様子が変わっている。
通りが兵士で埋め尽くされていた。
奴隷が次々と消えたことで、国中から兵士を集めているらしい。
奴隷市場。
倉庫。
街道。
門。
いたるところに兵士がいる。
だが俺たちはステルスを使っている。
兵士の横を通っても誰も気づかない。
何気なく一人の兵士を鑑定した。
俺は足を止めた。
「……奴隷?」
別の兵士も鑑定する。
奴隷。
その隣も。
さらに向こうにもいた。
かなりの数の兵士が奴隷だった。
俺は思わず頭を振った。
「まったく、この国はどうなってやがる?」
奴隷に武器を持たせて、消えた奴隷を探させている。
意味が分からない。
俺は一人の兵士奴隷へ念話を送った。
『聞こえるか?』
兵士が驚いて周囲を見回した。
『俺たちはアルデバラン王国の騎士だ。姿は見えないが、近くにいる』
男は動きを止めた。
『お前が望むなら、ここから保護できる。アルデバラン王国へ亡命することもできる』
しばらく沈黙があった。
『……本当に逃げられるのですか?』
『ああ。どうする?』
返事は早かった。
『お願いします』
俺は男をアイテムボックスの保護空間へ入れた。
突然一人消えたことで、周囲の兵士たちが騒ぎ始める。
だが、俺たちの姿は見えない。
第二班の先輩たちも兵士の鑑定を始めた。
奴隷なら念話で意思を確認する。
望む者だけを保護する。
一人。
十人。
百人。
兵士として働かされていた奴隷まで、次々と街から消えていった。
それでも索敵には、まだ多くの反応が残っている。
ようやく、この街の奴隷保護にも終わりが見え始めていた。
街に残っている奴隷の反応を一つずつ確認していった。
大規模な収容施設はかなり減っている。
だが、奴隷そのものがいなくなったわけではない。
むしろ街中に散らばっていた。
「奴隷市場をもう一度回りますか?」
第二班の先輩が聞いた。
「お願いします。昨日見つけたところ以外にもあるはずです」
百人が散開した。
ステルスを使っているため、街中が兵士で埋め尽くされていても関係ない。
俺も近くの奴隷市場へ向かった。
店の前では奴隷商が兵士に何かを訴えていた。
「また消えたんだ! 朝までは確かにいた!」
「何人だ?」
「三百人だ! 三百人全員だ!」
兵士も困った顔をしている。
俺は二人の横を通り抜け、建物の中へ入った。
地下にも反応がある。
百八十二人。
全員を鑑定する。
やはり奴隷だった。
念話で事情を説明し、意思を確認する。
残りたいと答えた者はいない。
全員をアイテムボックスの保護空間へ入れた。
次の奴隷市場へ向かう。
そこでも同じだった。
一軒。
二軒。
三軒。
第二班からも次々と報告が届く。
『こちら四百二十人保護』
『七十八人確認。全員亡命希望』
『奴隷商が連れ歩いていた二十三人を保護した』
俺たちは街の中を片っ端から回った。
貴族に連れられている奴隷。
商人の荷物を運んでいる奴隷。
平民の家で働いている奴隷。
見つけるたびに鑑定し、念話で意思を確認する。
そして本人が望めば保護する。
やがて街の様子そのものが変わってきた。
人が少ない。
あれほど人で溢れていた大通りが、すかすかになっている。
残っているのは貴族や商人、平民、それに奴隷ではない兵士たちくらいだった。
昨日までは当たり前のように十人の奴隷を引き連れていた貴族が、今日は一人で歩いている。
荷車の前で商人が立ち尽くしていた。
荷物を運ぶ者がいないらしい。
俺はその光景を端末に記録した。
「街だけでこれか……」
だが、ここで終わりではない。
俺たちは索敵範囲をさらに広げた。
街の外。
そしてガルテェニカ王国全体へ。
すぐに新しい反応が見つかった。
「鉱山だ」
山岳地帯に大量の人間がいる。
鑑定を重ねる。
鉱山奴隷だった。
別の場所にも反応がある。
広大な農地。
そこにも大量の奴隷がいた。
農奴だ。
さらに街の一角から、これまでとは違う形で密集した反応が見つかった。
俺はリモート・ビューイングを使った。
娼婦街だった。
建物の中に大勢の女たちがいる。
鑑定する。
奴隷。
次も奴隷。
その隣も同じ。
「性奴隷までいるのかよ……」
第二班の先輩が低い声で言った。
「場所を全部記録しよう。九千八百人に回してもらう」
「はい」
鉱山。
農地。
娼婦街。
街道沿いの作業場。
大規模な倉庫。
貴族の屋敷。
索敵で見つけた奴隷の位置を次々と端末へ記録し、全隊へ共有する。
九千八百人の先輩たちが再び動いた。
鉱山奴隷を保護する。
農奴を保護する。
性奴隷を保護する。
屋敷で働かされている奴隷も保護する。
もちろん全員に意思を確認した。
ガルテェニカ王国に残ることを望む者はいなかった。
保護された者たちは順次、アルデバラン王国へ送られていく。
数字がまた増え始めた。
千四百万人。
千六百万人。
千八百万人。
俺たちは索敵を止めない。
小さな集落まで確認する。
山間部も見る。
地下も調べる。
そして日が傾き始めた頃、端末に表示された数字が一つの区切りを越えた。
保護人数、二千万人。
俺はしばらく数字を見つめた。
「二千万人か……」
ガルテェニカ王国に残っている奴隷ではない人間は、およそ二十万人。
単純に考えれば、人口のほとんどが奴隷だったことになる。
マイク先輩から念話が届いた。
『まだ続けるか?』
俺は索敵を使った。
反応は残っている。
だが今日は十分だ。
『今日はここまでにしましょう。索敵だけ継続して、残っている場所を記録します』
『了解』
この国はもう放っておいても滅びるだろう。
俺たちは誰とも戦っていない。
王城にも行っていない。
統治者の顔すら知らない。
ただ、奴隷たちにここを出るかと聞いただけだ。
そして彼らが、自分で出ることを選んだ。
俺たちは残る反応を端末へ記録しながら、この日の保護作戦を終えた。
日が暮れた頃、俺たちは森の拠点へ戻った。
昨日とは比べものにならないほど広くなった拠点だが、今夜ここで過ごす人数はそれほど多くない。
保護した二千万人のほとんどは、すでにアルデバラン王国へ移動している。
残っているのは俺たちと、最初に保護した五百三十人だった。
食堂へ向かうと、五百三十人が夕食の準備をしていた。
俺は少し驚いた。
昨日まで奴隷だった人たちだ。
それが今日は自分たちで料理を作り、皿を並べている。
アーウェンが俺に気づいた。
「おかえりなさい」
「ただいま。教導はどうだった?」
「順調よ。見てもらった方が早いわ」
食堂の外へ出る。
広場には五百三十人が集まっていた。
ポールが前に立つ。
「じゃあ、始めよう。まず水属性から」
五百三十人が一斉に魔力を動かした。
水が生まれる。
次は火。
風。
土。
光。
闇。
六属性を順番に使っていく。
俺は思わず笑った。
「一日でここまでいったのか」
ボーデンが答える。
「魔力操作と魔力循環は昨日から始めていたからな。百人も教師が増えたんだ。早い奴はもう教導スキルまで出始めてる」
「教導まで?」
「ああ」
それはありがたい。
五百三十人を俺たちが教え続ける必要がなくなる。
教わった者が、次の者へ教えられる。
アーウェンが一人の男を呼んだ。
昨日、仕事をしなくてもいいのかと聞いてきた男だった。
男は俺の前まで来ると、少し緊張した様子で頭を下げた。
「アギトさん」
「どうした?」
「見てもらってもいいですか?」
「ああ」
男が手を前へ向ける。
淡い光が集まり、小さな光弾になった。
「ピュリフィケーションバレット」
光弾が地面へ当たった。
土の上に残っていた汚れが消える。
男は自分の手を見つめた。
「昨日、私が受けた魔法です」
「ああ」
「これがあれば、誰かを綺麗にしてあげられるんですね」
俺は頷いた。
「できる」
男は嬉しそうに笑った。
それだけで十分だった。
夕食を終えたあと、俺たち五人とマイク先輩、それに各班の代表者が集まった。
端末に今日の記録を表示する。
保護人数、二千万人超。
数字だけ見れば、とんでもない。
だが問題はまだ残っている。
「奴隷の反応は?」
マイク先輩が聞いた。
俺は広域索敵の結果を表示した。
「かなり減りました。ただ、ゼロではありません」
大規模施設はほとんど空になった。
奴隷市場も同じだ。
だが国土は広い。
山間部。
小さな鉱山。
農村。
地方都市。
貴族の屋敷。
まだ点々と反応が残っている。
「明日は地方を中心に探します」
「分かった」
ポールが端末を見ながら聞いた。
「残っている自由民はどれくらいなんだ?」
「およそ二十万人」
一瞬、誰も喋らなかった。
二千万人以上の奴隷。
二十万人ほどの自由民。
比率がおかしい。
マイク先輩が腕を組んだ。
「この国、これからどうするんだ?」
「さあ」
俺には答えようがない。
俺たちは国を統治しに来たわけではない。
王を倒しに来たわけでもない。
「放っておけばいいんじゃないですか?」
俺が言うと、マイク先輩がこちらを見る。
「俺たちの任務は調査と亡命の支援です。残った人たちがこれからどうするかは、その人たちが考えることでしょう」
誰も反対しなかった。
農奴がいなくなった。
鉱山奴隷もいなくなった。
性奴隷もいなくなった。
兵士奴隷まで消えた。
荷物を運ぶ奴隷も、家事をする奴隷もいない。
それでも二十万人は残っている。
なら、その二十万人でどう暮らすのかを決めればいい。
アルデバラン王国が決めることではない。
会議を終え、俺は外へ出た。
森の向こうにガルテェニカ王国の街がある。
昨日まで二千万人以上の奴隷によって動いていた国だ。
俺たちは何も壊していない。
誰も殺していない。
それでも、明日の朝から同じ国ではいられないだろう。
俺は端末に最後の記録を残した。
――保護作戦二日目。
――保護人数、二千万人超。
――武力行使、なし。
明日も索敵を続ける。
翌朝。
俺たちは日の出と同時に広域索敵を再開した。
昨日までに二千万人を超える奴隷を保護している。
大規模な収容施設も奴隷市場も、ほとんど空になった。
だが、まだ終わりではない。
俺は街の中心部へ索敵を集中させた。
すぐに反応が見つかる。
「王城にもいるな」
マイク先輩が端末を覗き込んだ。
「かなりいるぞ」
「ああ。兵舎にもいる」
王城の使用人。
厨房で働く者。
清掃をする者。
馬の世話をする者。
鑑定すると、その多くが奴隷だった。
兵舎にも兵士奴隷だけではなく、雑用をさせられている奴隷がいる。
貴族街も同じだった。
大きな屋敷ほど奴隷の反応が多い。
「昨日は街中と大規模施設を優先したからな」
「地方はもっと残っているかもしれない」
俺は全隊へ念話をつないだ。
『索敵に人数を回します。五千人で国全体を調べましょう』
五千人が索敵部隊へ回った。
五千人全員が広域索敵を使う。
街。
農村。
山。
森。
鉱山。
街道。
国境付近。
それぞれが担当範囲を決め、ガルテェニカ王国全土を細かく区切って調べていく。
俺は第二班の百人とともに索敵部隊へ入った。
残る四千九百人は保護を担当する。
索敵部隊が見つける。
位置と人数を端末へ記録する。
保護部隊が転移する。
鑑定し、念話で意思を確認する。
本人が望めば保護空間へ入ってもらい、そのままアルデバラン王国へ送る。
それを繰り返した。
最初に王城から始めた。
ステルスを使って内部へ入り、奴隷を一人ずつ確認していく。
『アルデバラン王国の騎士だ。ここを出たいか?』
答えは変わらない。
『出たいです』
厨房から人が消える。
廊下を掃除していた者が消える。
倉庫で働いていた者も消える。
兵舎も同じだった。
次は貴族屋敷。
屋敷によっては、主人の家族より奴隷の方がはるかに多かった。
一軒の屋敷から百人。
別の屋敷から二百人。
庭師も奴隷。
料理人も奴隷。
使用人も奴隷。
馬の世話をする者まで奴隷だった。
保護が終わった屋敷には、主人たちだけが残った。
俺はリモート・ビューイングでその様子を確認した。
貴族の男が廊下に立っている。
「誰か!」
返事はない。
「おい! 誰かいないのか!」
誰も来ない。
俺は端末へ記録して次へ向かった。
地方からも報告が届き始めた。
『北西部、農村で農奴二万三千人確認』
『西部鉱山、一万八千人』
『南部の領都、奴隷六万二千人確認』
『国境付近の砦にも兵士奴隷がいる』
まだいた。
想像していた以上に広く分散している。
五千人で索敵部隊を作ったのは正解だった。
一カ所を保護している間にも、次の場所が見つかる。
四千九百人の保護部隊が休む暇もなく転移を繰り返した。
数時間後。
端末上の奴隷反応は、ほとんど消えていた。
「一度止めよう」
俺は全隊へ連絡した。
『ここから再確認します。抜け漏れがないか、最初から丁寧に調べましょう』
五千人全員で再び広域索敵を行う。
今度は人数の多い場所を探すのではない。
一人でも見落とさないための索敵だ。
地下。
洞窟。
離れた農家。
山中の作業場。
貴族屋敷の地下牢。
王城の奥。
砦。
小さな村。
反応を一つずつ確認していった。
見つかれば保護部隊へ知らせる。
十人。
三人。
一人。
最後になるほど人数は小さくなった。
それでも続けた。
やがて五千人からの報告が途切れた。
俺も広域索敵を続ける。
奴隷を示す反応は、もう見つからない。
端末を確認した。
最終保護人数。
二千五百万人。
そしてガルテェニカ王国に残った自由民は、およそ二十五万人。
俺は数字を見比べた。
百人に一人。
本当に、それだけだった。
マイク先輩が隣で呟く。
「これで国なのか?」
俺は首を振った。
「さあ」
俺たちは王を倒していない。
貴族も捕らえていない。
兵士とも戦っていない。
国土も奪っていない。
奴隷だった人たちに、ここを出たいかと聞いただけだ。
二千五百万人が出ることを選んだ。
残った二十五万人が、これからどうするのか。
それは俺たちが決めることではない。
俺は端末に最終記録を残した。
――ガルテェニカ王国。
――奴隷保護人数、二千五百万人。
――残存自由民、約二十五万人。
――武力行使、なし。
これで、この国での保護作戦は終了した。




