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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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175 還流

 イプシオ領の発展は、領主の手を離れ始めていた。


 最初に大きな流れを作ったのは、ゴーレム馬車だった。


 領民たちはダンジョンで金属属性を教導され、鉄、銅、錫、鉛、銀、金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネのインゴットを生産するようになった。


 その一部は税として物納される。


 さらに王国から委託されたゴーレム馬車の生産が始まり、月産十万台という巨大な産業へ成長した。


 十万台を作れば、それだけでは終わらない。


 部品を作る工房が必要になる。


 完成したゴーレム馬車を保管する倉庫も必要になる。


 点検や修理を担当する職人もいる。


 大量の物資を扱う物流拠点が作られ、街道も整備された。


 ゴーレム馬車を作る仕事が、別の仕事を生み始めたのである。


 インゴットも同じだった。


 税として王国へ納められた金属は、王国各地の工房や建築現場で使われる。


 需要が増えれば、追加の注文が領地へ戻ってくる。


 税として外へ出ていくだけではない。


 仕事として戻ってくるようになった。


 領民は働き、給金を受け取る。


 そして、その金を使った。


 ◇


「最近、店が増えたな」


 領都を歩いていたイプシオが足を止めた。


 以前にも商店はあった。


 だが、今は明らかに数が違う。


 通りの両側に店が並んでいる。


 衣料品店。


 家具店。


 食堂。


 酒場。


 菓子店。


 日用品店。


 農具を扱う店まである。


「この家具店、俺たちが作ったか?」


 同行していた役人が首を振った。


「領民が開業した店です」


「こっちの店は?」


「そちらもです」


 イプシオが振り返る。


「いつの間に?」


「ここ数か月で急増しました」


 領主が命じて作らせた店ではない。


 領民自身が必要だと考え、自分で店を開いていた。


 ◇


 理由は町を見れば分かった。


 紡織工場で働く者がいる。


 製糖工房で働く者がいる。


 酒房で働く者がいる。


 畜産農家もいる。


 ゴーレム馬車工房や金属加工工房で働く者もいる。


 働けば給金が入る。


 以前なら、稼いだ金を使える場所が少なかった。


 今は違う。


 新しい服を買う。


 家具を買う。


 仕事帰りに酒を飲む。


 休日には家族で食堂へ行く。


 夫婦で菓子を買う。


 金が商店へ入る。


 商店は売上が増えれば、新しい従業員を雇う。


 雇われた者にも給金が入る。


 その者もまた、別の店で金を使う。


 領内で金が巡り始めていた。


 ◇


 結婚ブームも大きかった。


 婚姻した男女が新しい家を求める。


 建築職人への依頼が増えた。


 家が建てば家具が必要になる。


 寝具も必要になる。


 食器も調理器具もいる。


 紡織工場では衣服だけでなく、カーテンや敷布、寝具の生産まで始まった。


 さらに子供が生まれる。


 産婆が必要になる。


 乳幼児の衣服が必要になる。


 共働きの夫婦が増えれば、子供を預かる者も必要だった。


 保育施設が作られた。


 子供が成長すれば学校へ通う。


 教師の雇用も増える。


 一つの家庭が生まれるだけで、いくつもの需要が生まれていた。


 ◇


 外から来る者も急増している。


 冒険者ギルドには、領内のダンジョンを目当てに冒険者が集まった。


 商業ギルドには、砂糖、酒、調味料、織物、インゴットを求める商人が訪れる。


 公衆浴場を利用するために来る者もいた。


 元神官たちの領地に建てられたオリハルコンの大聖堂を訪れた後、イプシオ領まで足を延ばす者もいる。


 人が来れば、食事をする。


 買い物をする。


 そして泊まる。


「宿屋まで増えてるな」


「足りなくなったのです」


 役人が答えた。


 既存の宿屋だけでは、商人や冒険者を収容できなくなっていた。


 そこで領民が新しい宿屋を建てた。


 宿屋が増えれば、料理人が必要になる。


 清掃する者が必要になる。


 食材を納入する農家や畜産農家にも仕事が増える。


 また一つ、産業から別の産業が生まれた。


 ◇


 日が沈んでも、領都から人の姿は消えなかった。


 魔力灯が通りを照らしている。


 酒場から笑い声が聞こえる。


 仕事を終えた職人たちが食堂へ入っていく。


 冒険者たちは今日のダンジョン探索について語り合っている。


 若い夫婦が並んで歩き、その横を子供たちが駆けていく。


 商人は酒を飲みながら、別の商人と次の取引について話していた。


 イプシオは立ち止まった。


「俺は、あの店を知らない」


「先週開店しました」


「あっちの工房も知らないぞ」


「三日前です」


「……誰が計画した?」


「領民です」


 役人は当たり前のように答えた。


 イプシオは夜の領都を見渡した。


 自分たちが仕事を作ってやる必要は、もうなかった。


 仕事を得た領民が所得を得る。


 所得が需要を生む。


 需要を見つけた別の領民が、新しい仕事を作る。


 そして、その仕事が新しい雇用を生んでいた。


 領主が押さなくても、流れは動いている。


 富が外へ出て終わるのではない。


 領民の手から領民の手へ渡り、形を変えながら戻ってくる。


 還流が始まっていた。




 イプシオ領で変わり始めたのは、産業だけではなかった。


 料理もまた、領主たちの手を離れて進化を始めていた。


 かつてイプシオは、領民から二十人の料理人を選び、魔族街へ連れていった。


 目的は単純だった。


 美味い料理を覚えさせる。


 鶏もどきや牛を仕入れ、畜産を始める。


 そして料理人たちには、アレクサンド領にあるマルセルの店でも料理を学ばせた。


 領へ戻った料理人たちは、教わった料理を忠実に再現した。


 最初はそれで十分だった。


 マルセルの料理を食べられる店。


 そんな評判が広まり、店には多くの領民が訪れた。


 だが、それから時間が経った。


 ◇


「いつまでも同じ料理を作る必要はないんじゃないか?」


 一人の料理人が言った。


 目の前には鶏もどきの肉がある。


 畜産が軌道に乗ったことで、今では領内で安定して手に入る食材だった。


「変えるのか?」


「うちには、魔族街にはなかったものがあるだろ」


 料理人が取り出したのは砂糖だった。


 イプシオ領の特産品。


 そして大豆から作った調味料もある。


 鍋へ調味料を入れる。


 そこへ砂糖を加えた。


 魔力循環によって温度を調整しながら煮詰めていく。


 やがて液体にとろみが生まれた。


「甘いぞ」


「甘いだけじゃない」


 料理人は味を見る。


 大豆調味料の塩味と旨味。


 そこへ砂糖の甘味が加わっている。


 鶏もどきの肉を焼き、煮詰めたタレを塗った。


 もう一度焼く。


 表面に艶が生まれた。


「照ってるな」


「なら、照り焼きでいいんじゃないか?」


 誰かが言った。


 随分と簡単な命名だった。


 だが料理は美味かった。


 ◇


 照り焼きは瞬く間に広がった。


 そのまま皿へ盛る店。


 薄く切ってパンに挟む店。


 米と一緒に出す店。


 店ごとにタレの配合まで変わっていく。


 砂糖を多くする者。


 大豆調味料を強くする者。


 酒を加える者。


 香草を使う者。


 もはや誰も、マルセル料理をそのまま再現しようとはしていなかった。


 教わった料理を土台にして、自分たちの土地で採れる食材を使い、自分たちが美味いと思うものを作っている。


 その評判は、やがて本家にも届いた。


 ◇


「俺の料理を勝手に変えてる連中がいるって?」


 マルセルがイプシオ領へやって来た。


 飛行魔法を使えば移動に困ることもない。


 話を聞いた料理人たちは緊張した。


「怒っているんでしょうか?」


「分からん」


「勝手に変えたからな……」


 だがマルセル本人は、店へ入るなり席へ座った。


「食わせてくれ」


「はい!」


 最初に出されたのは、かつてマルセルから教わった煮込み料理だった。


 一口食べる。


「これは俺の料理だな」


「はい」


「よくできてる」


 料理人たちの表情が緩む。


 次の皿が出された。


 香草を使った肉料理だった。


「これは?」


「エルフの料理人が改良しました」


「なるほど」


 さらに別の皿。


 香辛料が強い。


「こっちは?」


「ダークエルフの料理人が作りました」


「俺はこんなの教えてないぞ」


「……はい」


「別に怒ってない」


 マルセルは普通に食べ続けた。


 そして最後に、一皿の鶏もどき料理が置かれた。


「これが評判のやつか?」


「はい。照り焼きと呼んでいます」


 マルセルは鶏もどきの肉を一切れ口へ運んだ。


 甘い。


 だが、ただ甘いのではない。


 大豆から作った調味料の塩味と旨味があり、焼かれた肉の脂へ濃いタレが絡んでいる。


 マルセルは黙って噛んだ。


「……もう一切れくれ」


 料理人が目を瞬いた。


「はい」


 二切れ目を食べる。


 今度はゆっくり味わった。


「これ、俺は教えてないな?」


「はい。イプシオ領の砂糖を使って作りました」


「この調味料は?」


「領内で採れた大豆から作っています」


「そうか」


 マルセルが笑った。


「なら、俺に作り方を教えてくれ」


 料理人たちが固まった。


「俺たちが、ですか?」


「他に誰がいる」


「でも、俺たちはマルセルさんから料理を教わって……」


「だから何だ?」


 マルセルは残っていた照り焼きを口へ入れた。


「俺が教えた料理より美味いものを作ったなら、今度は俺が教わればいいだろ」


 料理人たちは顔を見合わせた。


 やがて一人が笑った。


「分かりました」


「頼む」


 マルセル料理のレプリカとして始まった店。


 だが、もうレプリカではなかった。


 教わった技術に土地の食材が加わり、異なる種族の料理が混ざり、新しい料理が生まれている。


 教えた者が、教えられた者から学ぶ。


 料理もまた、イプシオ領で還流を始めていた。




 照り焼きの誕生は、それだけでは終わらなかった。


 イプシオ領の料理人たちは、一度自分たちで料理を作る楽しさを知ると、次々に新しいことを試し始めた。


「これ、小さく切った方が食べやすくないか?」


 一人の料理人が鶏もどきのもも肉を切り分けた。


「食堂なら皿で出せばいいだろ」


「酒場で出すんだよ。酒を飲みながらでも食えるようにする」


 細かく切った肉を串に刺していく。


 そのまま焼き、砂糖と大豆調味料を煮詰めた甘辛いタレを塗った。


 再び焼く。


 香ばしい匂いが厨房に広がった。


「いいな」


「何本か味を変えてみよう」


 今度は塩だけで焼いた。


 タレとは違い、鶏もどきの脂と肉そのものの味が前に出る。


「こっちも美味いぞ」


「部位も変えてみるか」


 料理人たちの実験が始まった。


 もも肉。


 胸肉。


 皮。


 心臓。


 レバー。


 同じ鶏もどきでも、部位によって味も食感も違う。


「これなら内臓まで使えるぞ」


「一頭……いや、一羽を無駄なく食えるな」


 解体スキルを持つ者まで呼ばれた。


「他に食えるところはないか?」


「あるぞ」


 鶏もどきが細かく解体されていく。


 首の周囲にある肉。


「ここはよく動くから、歯応えがある」


 焼いてみる。


 噛むほどに旨味が出た。


「美味いな」


「名前は?」


「首の肉じゃ駄目なのか?」


「料理として売るなら名前が欲しいだろ」


 相談の末、せせりと呼ばれるようになった。


 次に使われたのは尾の周囲にある肉だった。


 量は少ない。


 だが脂が多い。


 塩を振って焼けば、脂が落ちて香ばしい匂いを放つ。


「これは酒に合う」


「ぼんじりでどうだ?」


「いいんじゃないか」


 さらに軟骨。


 食べられる部分を選んで串に刺す。


 肉とはまるで違う食感だった。


「骨を酒の肴にするのか?」


「食えるんだからいいだろ」


 こうして、やきとりの種類は増えていった。


 ◇


 最初は一軒の酒場が出しただけだった。


 ところが評判を聞いた別の酒場が真似をした。


 ただし、そのまま真似はしない。


「うちはタレを少し濃くする」


「こっちは塩を売りにしよう」


「皮は二度焼きした方が美味いぞ」


「レバーは焼きすぎるな」


「せせりはタレがいい」


「いや、塩だろ」


 料理人同士で意見まで分かれ始めた。


 店ごとに味が違う。


 得意な部位も違う。


 やがて領民たちの間で、そんな会話が普通に交わされるようになった。


「せせりなら東通りの店だ」


「ぼんじりは市場前だろ」


「軟骨なら冒険者ギルドの近くに美味い店があるぞ」


「俺は皮なら西通りだな」


 一軒の店で始まった料理が、領都全体へ広がっていった。


 ◇


 夕刻。


 仕事を終えたゴーレム技師たちが酒場へ入る。


「せせり三本、もも二本」


「タレですか?」


「せせりはタレ。ももは塩で」


「ぼんじりも頼む!」


 別の卓には冒険者たちがいる。


 その隣には商人。


 さらに奥には夫婦や家族連れまでいた。


 焼き台から立ち上る香ばしい匂いが通りまで流れている。


 店の前にも人が並んでいた。


 その光景を見ていた商業ギルドの職員は、すぐに動いた。


「これは売り出せる」


「鶏もどきをですか?」


「違う。領都そのものだ」


 店によって違う味がある。


 昼間は砂糖や織物を買える。


 公衆浴場もある。


 ダンジョンを目的に訪れる冒険者も多い。


 宿屋も増えている。


 そして夜になれば、酒とやきとりを楽しめる。


 商業ギルドは王国各地の支部へ情報を流した。


 宣伝文句は簡単だった。


 ――イプシオ領へ来たなら、やきとり酒場へ。


 効果は早かった。


 砂糖を仕入れに来た商人が、そのまま一泊する。


 ダンジョンへ潜った冒険者が、帰る前に酒場へ寄る。


 他領から、やきとりを食べることだけを目的に訪れる者まで現れた。


 客が増えれば、店が増える。


 店が増えれば、鶏もどきの需要が増える。


 畜産農家は飼育数を増やした。


 大豆農家には調味料工房から注文が入る。


 製糖工房にはタレに使う砂糖の注文が増えた。


 串を作る職人にまで仕事が回った。


 一皿の料理が、新しい需要を生んでいた。


 そして夜。


 領都の通りには、いくつもの酒場から明かりが漏れていた。


 鶏もどきの焼ける匂いが漂い、人々の笑い声が続く。


 やきとり酒場は、いつしかイプシオ領を代表する特産の一つになっていた。




 やきとり酒場が増えるにつれ、酒房の職人たちも新しい酒を作り始めた。


 目を付けたのは、イプシオ領で大量に生産される砂糖黍だった。


 砂糖黍から搾り汁を取り、砂糖を作る。その過程では糖蜜が残る。


「これも使えるんじゃないか?」


 糖蜜を発酵させ、蒸留する。


 出来上がった酒を樽へ入れて熟成させた。


 名はラム。


 搾り粕も捨てない。燃料や堆肥、飼料へ回された。


 砂糖黍は、ほとんど余すところなく利用されるようになった。


 ◇


「この酒は?」


 再び料理店を訪れていたマルセルが、差し出された杯を見る。


「砂糖を作る時に出る糖蜜から作った蒸留酒です」


 マルセルが杯を口へ運んだ。


「……強いな」


「ラムと名付けました」


「砂糖だけじゃなく酒まで作ったのか」


「捨てるのが勿体なかったので」


「お前ら、その考え方だけは俺以上だな」


 しかも料理人たちは、ラムを飲むだけでは終わらせなかった。


 少量を照り焼きのタレへ加える。


 香りが変わった。


 それを見た別の料理人が、新しいものを持ってくる。


「マルセルさん、酒もありますよ」


「ラムだろ? さっき飲んだ」


「今度は違います」


 グラスへラムを注ぐ。


 そこへ水属性魔法と風属性魔法を組み合わせて作った水を加えた。


 細かな泡が一斉に立ち上る。


「なんだ、この水?」


「炭酸水です」


「水が泡立ってるぞ」


「水属性魔法と風属性魔法で作れました」


「お前ら料理のために魔法を研究してるのか?」


「駄目ですか?」


「誰が駄目だと言った。寄越せ」


 マルセルが一口飲む。


「……なるほど」


 もう一口。


「ラムだけより軽いな」


「脂の多いぼんじりと一緒にどうぞ」


 塩焼きのぼんじりを口へ運ぶ。


 脂の旨味が広がったところへ、炭酸の効いたラムを流し込む。


 マルセルが黙った。


「どうです?」


「……もう一杯」


 料理人が笑った。


「お前ら、俺の料理を真似しに来たんじゃなかったのか?」


「最初はそうでした」


「もう全然違うじゃないか」


「駄目でしたか?」


「逆だ」


 マルセルは空になった杯を置いた。


「次は俺が教わる番だ」


 ◇


 ラムの炭酸割りは、特に女性客から人気を集めた。


 その噂を聞きつけた人物がいる。


 イメルダ・シュトラウス伯爵夫人だった。


 しかも一人ではない。


 結婚斡旋ギルドの職員たちを引き連れている。


「本日は研修旅行ですわ」


 イプシオが尋ねた。


「何の研修ですか?」


「異性との出会いには、食事をする場所も重要でしょう?」


「……飲みに来ただけでは?」


「研修です」


 イメルダは言い切った。


 職員たちも、ただ飲んでいるわけではない。


「ここ、初対面の男女にもいいですね」


「向かい合う食堂だけでなく、横並びの席も作りましょう」


「お酒を飲まない方用の炭酸飲料も必要です」


「照明を少し落とした店があってもよさそうですね」


 イプシオが呆れたように尋ねた。


「伯爵夫人、うちの酒場まで結婚斡旋に使うつもりですか?」


「何か問題でも?」


「……ありません」


 イメルダは満足そうに頷いた。


 ◇


 さらにイプシオは、マルセルのもとで農業を営むハンナから果実の苗木を仕入れた。


 柑橘。


 ベリー。


 リンゴ。


 桃。


 領内に果樹園が作られ、生産が始まる。


 収穫された果実は、そのまま売られるだけではなかった。


 果汁をラムの炭酸割りへ加える。


「こちらは柑橘です」


「私はベリーを」


「桃はあります?」


「ございますよ」


 イメルダは職員たちの注文を聞きながら笑った。


「これは女性に人気が出ますわね」


 酒を飲まない者には、果汁を加えた炭酸水が出された。


 子供たちも飲める。


 家族連れも楽しめる。


 酒場だった場所が、様々な人間の集まる場所へ変わっていった。


 マルセルも、その様子を眺めながらラムの炭酸割りを飲んでいた。


「俺は料理を見に来ただけなんだが……」


「もう一杯いかがです?」


「もらう」


 ◇


 商業ギルドが、この流れを見逃すはずがなかった。


 果樹園。


 砂糖工房。


 多くの商店。


 公衆浴場。


 ダンジョン。


 そして夜のやきとり酒場。


「まとめて売り出しましょう」


 商業ギルドでは、新しい企画が作られた。


 果樹園で果実を楽しみ、領都で買い物をする。


 公衆浴場で身体を休め、夕方からやきとり酒場へ向かう。


 家族向け。


 夫婦向け。


 冒険者向け。


 そして結婚斡旋ギルドと協力した男女の交流向け。


 いくつものパックツアーが企画された。


 砂糖を作った。


 そこから酒が生まれた。


 鶏もどきを育てた。


 そこからやきとりが生まれた。


 果実を育てれば、新しい飲み物が生まれた。


 人が集まれば、商業ギルドが観光という新しい産業を作った。


 誰か一人が計画したものではない。


 一つの仕事が次の仕事を生み、別の者がそこへ新しい価値を加えていく。


 イプシオ領に生まれた還流は、もはや金だけのものではなかった。


 技術も、料理も、人も、楽しみ方さえも巡りながら、新しいものへ変わり続けていた。





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