174 感謝状
国際結婚斡旋ギルドが動き始めても、イメルダ・シュトラウス伯爵夫人の仕事は終わらなかった。
婚姻を成立させる。
それだけなら、すでに巨大な組織が動いている。
次にイメルダが目を向けたのは、婚姻した後だった。
「結婚すれば、それで終わりではございません」
結婚斡旋ギルドの大講堂。
集められたのは新婚夫婦たちだった。
その中にはガイル、アレクサンド、アンジェラの姿もある。
アレクサンドは講義の題目を見た時から、わずかに眉を寄せていた。
『新婚夫婦の正しい甘え方』
「……これは必要なのかしら?」
小さく呟く。
ガイルが隣を見る。
「必要なんじゃないか?」
「私は必要ないわ」
即答だった。
その声を聞きつけたイメルダが振り返った。
「アレクサンド侯爵閣下」
「何かしら?」
「本日の教導は、特に閣下に受けていただきたいと思っております」
「私?」
「はい」
アレクサンドの表情が固まった。
◇
「まず、甘えることと依存することは違います」
イメルダが教導を始める。
「自分でできることまで相手に押しつける。それは甘えることではございません」
新婚夫婦たちが聞いている。
「疲れている時に、疲れたと伝える。困っている時に助けを求める。嬉しい時には嬉しいと伝える。そして相手にも同じことを許す。それが夫婦です」
アレクサンドは黙っていた。
「アレクサンド侯爵閣下」
「……はい」
「最近、疲れたとガイル様へ仰いましたか?」
「いいえ」
「困った時に助けを求めたことは?」
「ありません」
「では、抱きしめてほしいと仰ったことは?」
「ありません」
「一度も?」
「ありません」
イメルダはアレクサンドを見つめた。
「重症ですわね」
「なぜですか!」
講堂から笑い声が上がった。
アレクサンドの頬が赤くなる。
「私は侯爵です。王女殿下の腹心でもあります。人を率いる立場なのよ」
「それがご家庭と何の関係がございます?」
アレクサンドが止まった。
「侯爵閣下である前に、ガイル様の妻でもいらっしゃるのでしょう?」
「それは……そうだけれど」
「では、ご主人に甘えてくださいませ」
「いきなり?」
「教導は実践が重要です」
「その教導の使い方はおかしくないかしら?」
また笑いが起きた。
◇
最初こそ抵抗していたアレクサンドだったが、イメルダの話を聞くうちに表情が変わっていった。
人を守る。
人を育てる。
責任を引き受ける。
そればかり考えてきた。
だが夫婦の間でまで、一人で立ち続ける必要はない。
「相手を頼るということは、相手を信頼することでもございます」
その言葉に、アレクサンドが反応した。
「信頼……」
「はい。ガイル様なら、ご自分の弱いところを見せても大丈夫だとは思われませんか?」
アレクサンドは隣にいるガイルを見る。
ガイルは何も言わなかった。
ただ待っている。
しばらくして、アレクサンドが小さく息を吐いた。
「……分かったわ」
そして少しだけガイルへ身体を寄せた。
「今日は、少し疲れているの」
「ああ」
「だから……帰ったら少しくらい、甘えてもいいかしら?」
ガイルが笑った。
「いつでもいいぞ」
「そう」
アレクサンドの頬は赤い。
それでも離れなかった。
イメルダは満足そうに頷いていた。
◇
そんな教導が行われていた頃、一通の感謝状が国際結婚斡旋ギルドへ届けられた。
差出人はミストバルカス公国。
ライラからだった。
イメルダは職員たちの前で感謝状を開いた。
そこには、国際結婚斡旋ギルドへの感謝とともに驚くべき報告が記されていた。
「ミストバルカス公国の人口が……五百万人を超えたそうですわ」
「五百万人?」
「以前は四百八十万人だったはずでは?」
「ええ」
婚姻が増えた。
新しい家庭が増えた。
子供が生まれた。
人々が将来を考えられる社会へ変わったことで、公国にも人口増加という形で成果が現れ始めていた。
アレクサンドも感謝状を読ませてもらった。
「二十万人も……」
そこでようやく、彼女はイメルダを別の目で見た。
戦闘能力ではない。
政治的な権力でもない。
軍を率いたわけでもない。
一人の伯爵夫人が、人と人の縁を繋ぐ方法を教導した。
それだけで王国の人口を増やし、今度は外国の人口まで動かし始めている。
「イメルダ伯爵夫人」
「はい?」
アレクサンドは真顔だった。
「先ほどは、教導が必要なのかと疑って悪かったわ」
「あら」
「あなたは……私が思っていた以上に凄い人なのね」
イメルダは少しだけ目を丸くした。
そして、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「でしたら、次回の夫婦教導にも参加していただけますね?」
アレクサンドが固まった。
「……それとこれとは別ではないかしら?」
講堂に笑い声が広がった。
だが今度のアレクサンドは、本気で拒もうとはしなかった。
世話焼き伯爵夫人。
その実力を、アレクサンドも正しく理解し始めていた。
ミストバルカス公国から届いた感謝状は、すぐに王宮へも届けられた。
オーキスはライラからの文面を読み終えると、もう一度最初から目を通した。
「四百八十万人から五百万人か」
「はい」
クレインが答える。
「国際結婚斡旋ギルドの支部設立後、婚姻数が急増しております。出生数も増加しているとのことです」
「二十万人増えたわけか」
オーキスは感謝状を机へ置いた。
王国でも同じことが起きていた。
生活が安定する。
仕事が増える。
食料が豊富になる。
医療や衛生環境が整う。
その上で、人と人の縁を繋ぐ仕組みが作られた。
家庭を持つことへの不安が減り、結婚する者が増え、子供が生まれる。
それが今度は外国でも起こり始めている。
「イメルダ伯爵夫人は、どこまで行くつもりなのだろうな」
オーキスが苦笑した。
クレインも僅かに笑う。
「ご本人は、世話を焼いているだけのおつもりかもしれません」
「それで国の人口まで動かされてはかなわんな」
もちろん、人口増加の功績がすべてイメルダ一人にあるわけではない。
国を豊かにした者がいる。
農業を支えた者がいる。
医療や衛生を整えた者がいる。
そして家庭を築き、子供を育てている国民自身がいる。
だが、その人々を結びつける仕組みを作った功績は大きかった。
◇
その日の夕方。
ガイル、アレクサンド、アンジェラは三人で自宅へ戻った。
いつもならアレクサンドは帰宅しても忙しい。
報告書を確認する。
翌日の予定を見る。
必要なら王宮へ連絡を入れる。
騎士だった頃から染みついた習慣だった。
だが今日は違った。
机へ向かおうとして、足を止める。
イメルダの言葉を思い出した。
『疲れている時に、疲れたと伝える』
「……ガイル」
「ん?」
ガイルが振り返る。
アレクサンドは一瞬迷った。
「少し、こちらへ来てくれる?」
「ああ」
ガイルが近づく。
そこで再び言葉が止まった。
アンジェラは少し離れたところから二人を見ている。
「どうした?」
「今日の教導で言われたでしょう」
「甘えろって話か?」
「そうよ」
「それで?」
「……言わせるつもり?」
「言わないと分からないだろ」
アレクサンドがガイルを睨んだ。
だが怒ってはいない。
「抱きしめて」
小さな声だった。
「聞こえない」
「ガイル」
「冗談だ」
ガイルが笑いながらアレクサンドを抱き寄せた。
最初は身体を硬くしていたアレクサンドだったが、やがて力を抜いた。
「……悪くないわね」
「そうか」
「ええ」
アンジェラが笑う。
「イメルダ伯爵夫人の教導は正しかったですね」
「アンジェラまで言わないで」
「でも、少し嬉しそうですよ」
「気のせいよ」
否定しながらも、アレクサンドは離れなかった。
◇
しばらくして、今度はアレクサンドがアンジェラを見る。
「あなたも来なさい」
「私もですか?」
「三人で暮らしているのでしょう?」
アンジェラが目を瞬いた。
それから嬉しそうに近づいた。
アレクサンドがその手を取る。
「私は、こういうことが苦手だったみたいね」
「知っていました」
「知っていたの?」
「少しだけ」
ガイルが笑った。
「俺も知ってたぞ」
「二人とも知っていたなら教えなさいよ」
「言って聞いたか?」
アレクサンドは反論しようとして――やめた。
「……聞かなかったでしょうね」
三人から笑いがこぼれた。
◇
翌日。
アレクサンドは再び結婚斡旋ギルドを訪れた。
イメルダは職員たちを教導しているところだった。
その様子をしばらく眺める。
教える。
教えられた者が、また別の者を教える。
一人の経験が何万人もの知識になる。
そして、その先で何百万、何千万という人々の生活に影響していく。
アレクサンド自身も教導する側の人間だった。
だからこそ、その意味がよく分かった。
「イメルダ伯爵夫人」
「あら、アレクサンド侯爵閣下」
「少しいいかしら?」
「もちろんです」
二人は向かい合った。
「昨日の教導を、自宅でも試してみたわ」
イメルダの表情が明るくなる。
「まあ!」
「そんなに喜ばないで」
「それで、いかがでした?」
アレクサンドは少しだけ視線を逸らした。
「……悪くなかったわ」
「それは何よりでございます」
「それから」
アレクサンドは改めてイメルダを見る。
「ミストバルカス公国からの感謝状についても考えたの」
王国では六千六百万人だった人口が七千万人を超えた。
今度はミストバルカス公国でも四百八十万人から五百万人を超えた。
偶然ではない。
「あなたは人を結婚させているだけじゃないのね」
イメルダは黙って聞いていた。
「人が家庭を作る手助けをしている。そして、そのやり方を職員へ教えている。その職員がまた人を育てている」
アレクサンドは静かに笑った。
「立派な教師だわ」
その言葉に、今度はイメルダが少し照れた。
「ありがとうございます」
「だから次の教導も受けるわ」
「まあ!」
「ただし」
アレクサンドが釘を刺す。
「大勢の前で私を名指しするのは控えてちょうだい」
イメルダはにっこり笑った。
「善処いたします」
「今、約束しなかったわね?」
近くにいた職員たちから笑い声が漏れた。
アレクサンドも、もう怒らなかった。
教える者がいて。
学ぶ者がいる。
そして学んだ者が、また誰かへ伝える。
分野は違っても、イメルダもまた、この王国を変えていく教師の一人だった。
ミストバルカス公国から届いた感謝状は、王宮でも大きく取り上げられた。
四百八十万人だった人口が、五百万人を超えた。
もちろん、国際結婚斡旋ギルドだけの功績ではない。
生活を支える産業がある。
食料を生産する者がいる。
医療や衛生を支える者がいる。
家庭を築き、子供を育てる国民がいる。
だが、国境を越えて人と人を結びつける仕組みが、その流れを大きく後押ししたことも事実だった。
オーキスは報告書を読み終えると、クレインを見る。
「表彰する」
「イメルダ伯爵夫人を、ですか?」
「ああ」
クレインは少しだけ笑った。
「五回目になります」
「分かっている」
オーキスも苦笑する。
「私も数えている」
「では、準備いたします」
「今回はミストバルカス公国にも中継してくれ。ライラ公にも見てもらいたい」
「承知いたしました」
こうしてイメルダ・シュトラウス伯爵夫人、五回目の表彰が決まった。
◇
表彰の日。
アルデバラン王国の各地で、人々が空を見上げていた。
投影魔法が発動する。
巨大な映像が大空へ浮かび上がった。
映し出されたのは王宮。
同時に風魔法による拡声が始まり、王宮で交わされる言葉が各地へ届けられる。
そして今回は、それだけではなかった。
ミストバルカス公国でも同じ映像が大空へ投影されていた。
王国と公国。
二つの国の人々が、同じ式典を見る。
「あれ、またイメルダ伯爵夫人じゃないか?」
「五回目らしいぞ」
「五回?」
「もう常連じゃないか」
アルデバラン王国では笑いが起きていた。
だが誰も馬鹿にしてはいない。
むしろ誇らしげだった。
功績を立てた。
だから表彰される。
また功績を立てた。
だから、また表彰される。
単純な話だった。
◇
王宮。
イメルダがオーキスの前へ進み出た。
「イメルダ・シュトラウス伯爵夫人」
「はい」
「そなたをこの場へ呼ぶのも、これで五度目となった」
王宮に小さな笑いが起きる。
イメルダ自身も微笑んだ。
「大変光栄にございます」
「今回は、そなたが育てた結婚斡旋の仕組みが国外でも成果を上げたことを称える」
オーキスの声が風魔法によって二つの国へ響く。
「ミストバルカス公国では、国際結婚斡旋ギルドの活動が広がり、多くの男女が家庭を築いた。公国からも正式な感謝状が届いている」
オーキスは続けた。
「そなたが始めた仕事は、もはや我が国だけのものではない。国境を越え、人々が自ら望む家庭を築く助けとなっている」
表彰状が授けられる。
「その功績を称え、アルデバラン王国はイメルダ・シュトラウス伯爵夫人を表彰する」
「謹んでお受けいたします」
イメルダは深く頭を下げた。
大きな拍手が王宮を包んだ。
◇
同じ頃。
ミストバルカス公国でも、多くの国民が大空を見上げていた。
公宮では、ライラも映像を見ていた。
隣には側近のレイラがいる。
王が臣下の功績を読み上げる。
国民へ何を成し遂げたのかを説明する。
そして、その功績を公の場で称える。
ライラはしばらく黙って見ていた。
「アルデバラン王国の、こういうところは見習いたいわよね」
レイラがライラを見る。
「功績を正しく称えるところ」
レイラは静かに頷いた。
「はい」
「身分があるから表彰するわけじゃない。結果を出したから称える。そして国民にも、なぜ称えたのかを見せている」
ライラは大空に映るオーキスを見る。
「これなら、次は自分も頑張ろうと思う人が出てくるわ」
「功績を隠さず、国民と共有するということですね」
「ええ」
ライラは微笑んだ。
「良いものは取り入れましょう。国が違うことなんて、学ばない理由にはならないもの」
◇
アルデバラン王国では、表彰式が終わっても人々の話題はイメルダだった。
「五回目だってよ」
「次は六回目か?」
「何をやったら、そんなに表彰されるんだ?」
「人の結婚を世話してたらしいぞ」
「それで外国の人口まで増えたのか?」
笑い声が起きる。
その中には親しみがあった。
世話焼き伯爵夫人。
最初は一部の者が面白半分に呼び始めた名前だった。
今では王国だけでなく、公国でも知られ始めている。
式典の記録は教導管理システムへ保存された。
結婚斡旋管理システムにも、五回目の表彰として記録される。
そしてミストバルカス公国では、別の変化が始まろうとしていた。
他国の良いところを認める。
学ぶ。
自国に合う形へ変えて取り入れる。
イメルダが繋いだものは、男女の縁だけではなかった。
国と国の間にも、新しい学びの流れが生まれ始めていた。
イメルダの五回目の表彰は、思わぬところにも影響を与えていた。
ミストバルカス公国。
ライラは表彰式の中継が終わった後も、レイラたち側近を残していた。
「表彰制度を見直しましょう」
突然の言葉に、側近たちが顔を上げる。
「アルデバラン王国と同じものを作る、ということでしょうか?」
「同じである必要はないわ」
ライラは首を振った。
「私たちには私たちの国のやり方があるもの。ただ、功績を正しく評価して、国民にも伝えるという考え方は取り入れたいわね」
誰が何をしたのか。
その結果、何が良くなったのか。
それを公国が正式に認める。
身分だけで評価しない。
大きな成果だけを見るわけでもない。
農業を改善した者。
衛生環境を整えた者。
新しい仕事を作った者。
多くの者を教導した者。
人々の暮らしを良くした者。
「そういう人たちが、ちゃんと報われる国にしたいの」
レイラが頷いた。
「調査を始めます」
「お願い」
アルデバラン王国で行われた一つの表彰式が、別の国の制度まで動かし始めていた。
◇
一方、表彰を終えたイメルダは王宮の廊下を歩いていた。
その後ろから声が飛んでくる。
「イメルダ伯爵夫人」
振り返ると、アレクサンドがいた。
「あら、侯爵閣下」
「五回目の表彰、おめでとう」
「ありがとうございます」
「五回も表彰される人を、私は少なくとも他に知らないわ」
イメルダが笑う。
「私も存じません」
「自分で言うのね」
二人で笑った。
少し前まで、アレクサンドはイメルダを変わった伯爵夫人だと思っていた。
人の婚姻に口を出す。
世話を焼く。
夫婦の甘え方まで教導する。
自分とは随分違う人物だと思っていた。
だが今は違う。
イメルダは一人で千組もの婚姻をまとめた。
その経験を自分だけのものにせず、職員へ教導した。
結婚斡旋ギルドを育てた。
国際冒険者ギルドとも協力し、大陸へ仕組みを広げた。
結果として王国だけでなく、ミストバルカス公国でも人口が増えている。
「あなたは最初から、ここまで考えていたの?」
アレクサンドが尋ねた。
イメルダは少し考える。
「いいえ」
意外な答えだった。
「最初は、結婚したいのに相手が見つからない方のお世話をしていただけですわ」
「それだけ?」
「ええ」
「一千万組も?」
「それは職員たちの功績です」
イメルダは当然のように答えた。
「私は教えただけですもの」
その言葉に、アレクサンドは黙った。
教える。
教えられた者が実践する。
その者が、また別の誰かを教える。
アレクサンドにも覚えがある。
アークがやってきたことだった。
◇
「やっぱり、あなたは教師なのね」
「そうなのでしょうか?」
「ええ。間違いないわ」
アレクサンドは断言した。
イメルダは剣を振るわない。
魔物を討伐するわけでもない。
国を率いるわけでもない。
だが、人を育てる。
育った人間に仕事を任せる。
そして自分では届かない場所にまで、考え方と技術を届けていく。
方法が違うだけだった。
「ところで侯爵閣下」
「何かしら?」
「先日の教導は、その後いかがです?」
アレクサンドの表情が一瞬で固まった。
「今、その話をする?」
「大切なことですので」
「……続けているわよ」
「まあ」
イメルダの顔が明るくなる。
「ガイル様に甘えていらっしゃる?」
「詳細まで報告する必要はないでしょう!」
廊下にアレクサンドの声が響いた。
近くにいた文官たちが振り返る。
アレクサンドは咳払いした。
「とにかく、以前よりは頼るようにしているわ」
「それは何よりです」
「アンジェラにもね」
「素晴らしいですわ」
「だから、その嬉しそうな顔をやめなさい」
イメルダは笑っていた。
◇
その夜。
アレクサンドが自宅へ戻ると、ガイルとアンジェラがいた。
「お帰り」
「お帰りなさい」
「ただいま」
アレクサンドは二人を見る。
以前なら、そのまま自室へ向かったかもしれない。
だが今日は違った。
ガイルの隣へ座る。
少しだけ身体を預けた。
「疲れたのか?」
「少しね」
ガイルが肩を抱く。
反対側にはアンジェラが座った。
「今日もイメルダ伯爵夫人とお話しされたのですか?」
「したわ」
「何を?」
「……甘え方の教導が続いているか確認されたわ」
ガイルが吹き出した。
「笑わないで」
「悪い」
アンジェラも口元を押さえている。
「あなたもよ」
「申し訳ありません」
アレクサンドは呆れながらも、二人から離れなかった。
強くあることと、誰にも頼らないことは同じではない。
その程度のことに気づくまで、随分時間がかかった。
「イメルダ伯爵夫人には感謝しないといけないわね」
ガイルが驚いた。
「お前がそこまで言うか」
「実力を正しく評価しているだけよ」
アレクサンドは目を閉じる。
「五回も表彰されるだけのことはあるわ」
その頃、イメルダ本人はすでに次の教導計画を考えていた。
婚姻を成立させる。
家庭を築く。
そして、その家庭が長く穏やかに続くように支える。
世話焼き伯爵夫人の仕事は、結婚式が終わった程度では終わらなかった。




