172 イメルダ世話焼き伯爵夫人
二十三人の婚姻が決まった。
彼らは勇者ではない。
だが、間違いなく英雄だった。
長年A級冒険者として数多くの魔物を討伐し、人々を守ってきた。アルタリア帝国の改革にも参加し、今では爵位を持つ者もいる。
戦闘だけではない。
教導する。
領地を治める。
産業を興す。
領民の生活を豊かにする。
できることは増え続けていた。
ところが婚姻だけは、どうにもならなかった。
そんな二十三人の縁談を、イメルダ伯爵夫人は次々とまとめてしまったのである。
◇
「二十三人とも決まったのか?」
ガイルが驚いていた。
「ええ」
アレクサンドも報告を読みながら笑みを浮かべる。
「見事なものね」
「本当に良かったです」
アンジェラも心から喜んでいた。
三人にとって、彼らは単なる貴族仲間ではない。
アルタリア帝国を改革するため、ともに動いた仲間たちだった。
ガイルたち冒険者。
王国騎士だったアレクサンド。
亡命者だったアンジェラ。
歩いてきた道は違う。
付き合いそのものも、決して長いわけではない。
それでもアルタリア帝国という巨大な国を変えるため、同じ場所で働き、戦い、人を教導してきた。
だからこそ、二十三人の婚姻が決まったことを三人は心から喜んでいた。
「ライアンまで決まったのか」
「失礼ね」
アレクサンドがガイルを見る。
「いや、あいつはこういう話になると妙に不器用だからな」
「だからイメルダ伯爵夫人が必要だったのでしょう」
アンジェラが静かに笑った。
「それにしても二十三人か」
ガイルが感心する。
一人や二人ではない。
性格も違えば、好みも違う。
爵位も領地も違う。
それを一人ずつ調べ、相手を探し、話を進めた。
「大した人だな」
「ええ。人を見るのが上手いわ」
アレクサンドも素直に認めていた。
◇
そしてアダムス・キンバリーにも婚姻相手が決まった。
学生ではある。
しかし名誉侯爵であり、剣神でもある。
イメルダは他の者と同じように急かすことはしなかった。
候補となる女性の情報を整理する。
本人の希望を聞く。
何度か会わせる。
最後に決めるのはアダムス自身だった。
名誉侯爵。
剣神。
様々な肩書を持っていても、アダムスも健康な男子である。
気になる女性がいれば会いたい。
話せば楽しい。
また会いたいと思う。
そうして自然に一人の女性を選んだ。
「アダムス名誉侯爵閣下。おめでとうございます」
アレクサンドが祝福する。
「ありがとうございます」
アダムスは少し照れていた。
アンジェラも微笑む。
「良かったですね」
「はい」
ガイルが笑った。
「剣神でも、こういう時は普通の男だな」
「ガイル様」
アンジェラが窘める。
「悪い悪い」
アダムス自身も苦笑していた。
◇
いつの頃からか、イメルダの呼ばれ方も変わっていた。
最初は一部で、
世話焼きババァ。
そんな呼ばれ方もしていた。
だが今では違う。
世話焼き伯爵夫人。
その呼び名が定着し始めていた。
本人の希望を聞く。
相手の希望も聞く。
家格だけでは選ばない。
出自だけで排除もしない。
正妻候補には既存貴族の令嬢。
側室を望む者には、領民から本人の意思で応募した平民女性。
ただし、家庭に入ればどちらも妻である。
別け隔てすることは許さない。
正妻にも側室を迎える意思があるか確認する。
側室候補にも、どのような家庭になるのか説明する。
双方が納得しなければ進めない。
家同士の調整までイメルダが行う。
まさに最初から最後まで世話を焼いた。
◇
そしてイメルダがここまで動いたのには理由があった。
始まりは王宮だった。
王妃バイオレットから直接呼ばれていたのである。
「イメルダ。あなたにお願いしたいことがあります」
「何なりとお申し付けください」
「王国には、婚姻適齢期を迎えながら相手を見つけられない者が大勢います」
特に長年冒険者として生きてきた者たち。
仕事や戦いに追われ、気づけば三十代後半になっていた者も珍しくない。
生活が安定した今だからこそ、家庭を持ちたいと考える者もいる。
「縁を繋いでほしいのです」
バイオレットの頼みだった。
表立った国家事業ではない。
だが王国の未来を考えれば、決して小さな仕事でもなかった。
「承知いたしました」
イメルダは引き受けた。
それが、世話焼き伯爵夫人の始まりだった。
そして二十三人の婚姻が決まると、その影響は領民にも広がり始めた。
「領主様も結婚するらしいぞ」
「俺たちもそろそろ考えるか」
仕事がある。
収入がある。
家がある。
食べ物にも困らない。
将来を考えられる余裕が生まれている。
領主たちの婚姻は、その背中を押した。
新しい家庭が次々と生まれる。
やがて子供が生まれる。
流れは二十三人の領地だけでは終わらなかった。
結婚を考える空気は、王国全体へ広がり始めていた。
二十三人の婚姻をまとめても、イメルダ伯爵夫人の仕事は終わらなかった。
むしろ、そこから仕事が増え始めた。
領主たちの婚姻が決まったという話は、それぞれの領地へ瞬く間に広がった。
「領主様、ご結婚されるんだって」
「既存貴族のご令嬢らしいぞ」
「領民から側室を迎える方もいるそうよ」
貴族の婚姻は、貴族同士で決めるもの。
そう考えていた領民は多かった。
だが今回の婚姻は少し違った。
正妻には既存貴族の令嬢。
側室を望む者には、領民から希望者を募った。
領主が気に入った女性を一方的に選ぶのではない。
女性自身が応募し、イメルダが本人の意思を確認する。
正妻候補にも側室を迎えることについて確認し、領主本人とも話し合う。
誰かが納得できなければ、そこで止める。
家庭に入れば、正妻も側室も妻である。
別け隔てして扱うことも認めなかった。
そのやり方まで領民へ伝わっていった。
◇
「世話焼き伯爵夫人か」
「俺たちも世話してもらえないかな」
最初は冗談だった。
しかし、本当に相談へ来る者が現れた。
「結婚したいのですが、相手がおりません」
農夫だった。
三十代半ば。
以前は自分一人が食べていくだけで精一杯だったという。
今は違う。
農地を持ち、収穫物を工房へ卸している。
魔力循環と魔力操作を使い、ヒールバレットとピュリフィケーションバレットで作物を育てる。
収入も安定していた。
「家庭を持っても養えますか?」
「はい」
「では、お相手に望むことは?」
「一緒に飯を食って、笑って暮らせれば」
イメルダは微笑んだ。
「十分ですね」
◇
相談者は次々と増えた。
農夫。
職人。
料理人。
商人。
冒険者。
紡織工房で働く者。
ゴーレム馬車を製造する技師。
甲斐性のある男たちが増えていた。
女性側からも相談が来る。
「酒癖の悪い方は困ります」
「記録いたします」
「種族は問いません」
「分かりました」
「子供が好きな人がいいです」
「大切な条件ですね」
一人ずつ話を聞く。
年齢。
仕事。
生活環境。
性格。
趣味。
結婚後に望む生活。
異種族との婚姻を望むかどうか。
人間だけではない。
獣人。
エルフ。
ダークエルフ。
ドワーフ。
魔族。
王国には様々な種族が暮らしている。
イメルダにとって重要なのは種族ではなかった。
本人同士が一緒に暮らしたいと思えるかどうかだった。
◇
もちろん、希望すれば誰でも紹介してもらえるわけではない。
「こちらの男性は、まず教導を受けていただきましょう」
「何か問題が?」
「妻が家事をするのは当然だと考えていらっしゃいます」
イメルダは容赦しなかった。
衛生観念。
生活習慣。
他人との接し方。
家庭を築く上で問題になる部分があれば、先に教導する。
女性側についても同じだった。
相手へ過剰な要求をする。
身分だけで相手を判断する。
相手の意思を尊重できない。
そうした問題が見つかれば、同じように教導を受けてもらう。
人格を否定するためではない。
他人と家庭を築けるようになるためだった。
本人が学び、変われば紹介する。
イメルダが欲しいのは婚姻件数ではない。
長く暮らせる夫婦だった。
◇
商業ギルドや冒険者ギルドも協力を始めた。
これによって紹介できる範囲が一気に広がった。
「隣の領に、あなたと相性の良さそうな女性がおります」
「隣の領ですか?」
「ええ。一度お会いになってはいかがです?」
男は少し考えた。
「そうですね。飛んで行けばすぐですし」
「では、先方にも伝えておきましょう」
飛行魔法の普及によって、領境は人の出会いを妨げるものではなくなっていた。
同じ村。
同じ町。
同じ領地。
以前なら、その程度が婚姻相手を探せる現実的な範囲だった。
今は違う。
飛行魔法で別の領地へ行く。
紹介された相手と食事をする。
話をする。
気が合えば、また会えばいい。
合わなければ別の相手を探す。
王国そのものが、一つの大きな婚姻圏になり始めていた。
◇
一組。
十組。
百組。
婚姻が次々と成立していった。
休日になると各地で結婚式が行われる。
新しい家が必要になる。
家具が売れる。
食器が売れる。
衣服が売れる。
夫婦で飲食店へ出かける者も増える。
さらに時間が経つと、別の知らせが増え始めた。
「子供を授かりました」
「まあ。おめでとうございます」
イメルダは嬉しそうに女性の手を取った。
結婚ブームの次に始まったのは、出産ラッシュだった。
そして、この流れは新貴族たちの領地だけでは止まらなかった。
王国各地から相談が届く。
机の上へ積み上げられた大量の相談書を見て、夫である伯爵が尋ねた。
「これをどうするつもりだ?」
イメルダは不思議そうに夫を見る。
「もちろん、お世話いたします」
二十三人の英雄のために始まった仕事は、いつしか王国中の男女を結び始めていた。
世話焼き伯爵夫人。
その名は、急速に王国中へ広まりつつあった。
イメルダ伯爵夫人のもとへ届く婚姻相談は、日を追うごとに増えていった。
最初は二十三人の英雄たちだった。
次に彼らの領民。
さらに周辺領。
今では王国各地から相談が届いている。
さすがのイメルダも、一人ですべてを扱える規模ではなくなっていた。
「これはもう、個人で続ける仕事ではありませんね」
最初にそう言ったのは商業ギルドの職員だった。
冒険者ギルド側も同意した。
「こちらにも相談が来ています。別の町に良い相手はいないか、と」
飛行魔法によって、人々の行動範囲は大きく広がった。
別の町。
別の領。
距離そのものは、以前ほど大きな問題ではない。
問題は情報だった。
誰が結婚を望んでいるのか。
どんな相手を求めているのか。
生活基盤はあるのか。
相手に何を望んでいるのか。
それらを王国規模で管理する仕組みが必要になっていた。
自然と一つの案が浮上した。
結婚斡旋ギルド。
◇
話は王宮へ届けられた。
バイオレットは報告書を読み終えると、すぐに頷いた。
「設立しましょう」
そもそもイメルダへ婚姻の世話を頼んだのはバイオレットである。
二十三人の縁談をまとめるだけでも十分な成果だった。
ところが、そこから領民の婚姻が増え、王国全体へ広がり始めている。
「イメルダ一人に任せ続ける仕事ではありません」
組織にする。
人を育てる。
仕組みとして残す。
王妃の後押しを受け、設立準備は一気に進んだ。
冒険者ギルドが各地の支部との連携を引き受けた。
商業ギルドは施設や人員の確保を支援する。
そして初代グランドマスターについては、誰からも異論が出なかった。
イメルダ・シュトラウス伯爵夫人。
◇
「グランドマスターをお願いしたいのです」
バイオレットから正式に告げられたイメルダは、目を輝かせた。
「ぜひ、お任せくださいませ」
返事が早かった。
バイオレットが思わず笑う。
「随分嬉しそうですね」
「もちろんでございます」
これまでイメルダは一人で縁談を整理してきた。
人手が増えれば、もっと多くの人間を世話できる。
しかも王国全土を対象にできる。
「千人規模で職員を募集する予定です」
「千人も?」
一瞬驚いたものの、すぐに表情が変わった。
「それでしたら、担当を分けられますね」
すでに仕事のことを考えていた。
「受付。面談。身元確認。候補者の選定。婚姻後の相談も必要でしょう。教導担当者も置きたいですわ」
バイオレットは微笑んだ。
「やはり、あなたに頼んで正解でした」
◇
職員の募集が始まった。
規模は約千人。
人を見ることが好きな者。
相談を聞くことが得意な者。
教導スキルを持つ者。
各種族の生活習慣に詳しい者。
貴族社会に詳しい者。
様々な人材が集められた。
イメルダ自身も教導に参加する。
「相手を条件だけで見てはいけません」
集まった職員たちへ説明する。
「収入も大切です。生活環境も大切です。ですが、数字が合えば夫婦になれるわけではございません」
本人の意思。
性格。
価値観。
生活習慣。
将来どんな暮らしをしたいのか。
それらを見る。
「私たちは結婚させることが仕事なのではありません」
イメルダは千人の職員を見渡した。
「良い縁を繋ぐことが仕事です」
◇
さらに必要になったのが、大量の情報を扱う仕組みだった。
そこで名前が挙がったのがサーシャである。
「結婚斡旋専用のものを作ればいいのですね?」
「お願いできますか?」
「既存の端末が使えますから、それほど難しくありません」
新しい端末を王国中へ配る必要はない。
すでに普及している端末をそのまま利用できる。
サーシャが新たに用意するのは、結婚斡旋用のシステムだった。
教導管理システムとは分ける。
端末から接続先を切り替えれば利用できるようにする。
登録されるのは、婚姻を希望した者だけ。
年齢。
種族。
職業。
居住地。
生活環境。
希望する相手。
面談記録。
本人が許可した情報だけを扱う。
職員が候補者を探し、相性の良さそうな者を絞り込める。
「便利ですわね」
試作された仕組みを見たイメルダは嬉しそうだった。
「これなら王都にいながら、地方の方同士でも探せます」
候補が見つかれば、それぞれの担当職員が本人へ確認する。
勝手に婚姻を決めることはない。
会ってみたい。
その意思が双方にあって初めて紹介する。
◇
結婚斡旋ギルドは正式に活動を開始した。
初代グランドマスター。
イメルダ・シュトラウス伯爵夫人。
その名が発表されると、すでに彼女を知る者たちから歓迎された。
「世話焼き伯爵夫人がグランドマスターだって」
「なら安心だな」
シュトラウス伯爵も妻の就任を喜んでいた。
「大変な役目になったな」
「ええ。楽しみですわ」
イメルダは本当に楽しそうだった。
伯爵はそんな妻を見て笑う。
王妃から直々に頼まれ、二十三人の英雄の婚姻をまとめた。
今度は王国規模のギルドを任された。
夫として、鼻が高かった。
一人の世話焼きから始まった仕事は、ついに一つの組織になった。
そしてイメルダには、まだまだ世話を焼く相手が残っていた。




