162 武闘大会
王国騎士団の訓練場では、今日も武器のぶつかる音が響いていた。
アイク、アッシュ、ロックウェル。
三騎士団長はいずれも聖騎士に加えて剣豪へ覚醒している。
騎士団員の中からも、模擬戦を重ねることで剣豪へ覚醒する者が出始めていた。
そこへオーキスがやって来た。
「三人とも聖騎士に加えて剣豪か?」
「はい、陛下」
アイクが答える。
「騎士たちにも剣豪になった者が何人かいるようだな」
「少しずつ増えております」
「アダムスは剣神か?」
「間違いありません」
オーキスは満足そうに頷いた。
そして、何でもないことのように言った。
「お前たち、王国一の剣士を見てみたくはないか?」
三騎士団長が固まった。
突然、何を言い出したのか。
「……王国一、ですか?」
「そうだ」
オーキスは楽しそうだった。
「なあに、王国で剣士トーナメントをやるのよ」
三人が顔を見合わせる。
「参加者は誰でもいい。移民でも亡命者でも構わん。貴族、冒険者、衛兵、門兵、自警団、騎士。王国に暮らす者なら誰でも参加できるようにしろ」
アイクの表情が変わった。
「なるほど……」
「教導管理システムを使えば出自や経歴も分かる。参加登録も組み合わせも管理できるだろう」
「可能ですな」
「アイク」
「はい」
「お前が仕切れ。地方予選から始めろ。冒険者ギルドも巻き込め」
「承知致しました!」
固まっていた三人の目が一斉に輝いた。
「いいお考えですな」
アイクはすでに大会運営を考え始めていた。
「アッシュ、ロックウェル。手伝ってくれ。六千六百万人もの国民がいるんだ。三千人くらいは運営要員を用意せねばなるまい」
「分かった。協力しよう」
アッシュも即答する。
「魔導騎士団から千人出す。ロックウェル、お前のところも千人出せ」
「分かった。近衛騎士団からも千人出そう」
「王国騎士団からも千人だ。実務者同士で予選大会を企画させる」
話は瞬く間に決まった。
三騎士団から千人ずつ。
三千人規模のトーナメント実行委員会が、その日のうちに組織された。
三騎士団は互いに張り合うことが多い。
訓練では負けたくない。
団長同士も遠慮なく言い合う。
そのため外から見れば、三騎士団がいがみ合っているように見えることもある。
実際には、とても仲が良かった。
仕事となれば協力も早い。
「地方予選を含め、一万か所に予選会場を設置」
「冒険者ギルドにも協力を要請」
「参加登録は教導管理システムで一括管理する」
「審判と治癒担当も必要だ」
「組み合わせも自動で振り分けよう」
次々と実務が進められた。
これほど巨大な大会を短期間で準備できるのも、教導管理システムがあるからだった。
参加者の登録。
出場部門。
予選会場。
対戦相手。
勝敗。
次の試合。
膨大な情報が整理されていく。
そして予選が始まった。
第一ブロックから第百ブロック。
延べ百万人。
一時間後。
第百一ブロックから第千ブロック。
さらに延べ九百万人。
翌日には第千一ブロックから第一万ブロックまでが動き出した。
延べ九千万人。
合計、延べ一億人。
王国人口は六千六百万人。
それでも参加者数が人口を大きく超えたのには理由があった。
剣。
槍。
斧。
槌。
ハルバード。
グレイブ。
棍。
使われる武器は一つではなかった。
剣だけの大会ではなくなっていたのである。
一人が複数の武器部門へ参加することも認められた。
「剣と槍に出る」
「俺は斧と槌だ」
「ハルバードにも登録したぞ」
剣の予選で負けても、槍を扱えるなら槍で再挑戦できる。
槍で敗れても、斧を扱えるならまだ終わらない。
騎士だから有利とは限らない。
冒険者には実戦経験がある。
衛兵や門兵も日々武器を扱っている。
自警団にも腕自慢がいる。
移民も亡命者も同じだった。
出身国も身分も問われない。
貴族だから予選を免除されることもない。
元奴隷だから不利な組み合わせを与えられることもない。
教導管理システムが淡々と参加者を登録し、対戦を組んでいく。
こうしてオーキスの、
「王国一の剣士を見てみたい」
という一言から始まった企画は、いつの間にか剣士だけでは済まなくなっていた。
延べ一億人。
王国全土を巻き込んだ、前代未聞の武闘大会が始まった。
予選が始まると、王国各地の会場は一気に熱気に包まれた。
第一ブロック。
「始め!」
審判の声と同時に、二人の男が動いた。
一人は王国騎士。
もう一人は冒険者。
騎士は剣を構え、冒険者は槍を握っている。
槍が鋭く突き出される。
騎士は剣で逸らし、そのまま間合いを詰めた。
冒険者も後退しながら槍を引く。
再び突く。
剣で払う。
数度の攻防の末、騎士の剣先が冒険者の胸元で止まった。
「勝者!」
周囲から拍手が起こった。
「参った」
「ありがとうございました」
二人が礼を交わして退場する。
次の試合。
今度は貴族と衛兵だった。
貴族は剣。
衛兵は槍。
肩書だけを見れば貴族の方が強そうに思う者もいた。
だが、結果は違った。
「勝者、衛兵!」
槍先を突きつけられた貴族が苦笑する。
「参りました」
「ありがとうございました」
衛兵が頭を下げる。
そこに身分は関係なかった。
別の会場では、王国騎士と元奴隷の男が向かい合っていた。
騎士はハルバード。
男は斧。
「始め!」
激しい音が響いた。
斧がハルバードを弾く。
騎士が距離を取る。
男が追う。
今度はハルバードが横薙ぎに振られた。
男は身を沈めてかわす。
踏み込み。
斧を止める。
刃は騎士の肩の直前にあった。
「勝者!」
観客が沸いた。
元奴隷だから勝ったのではない。
騎士に勝ったから特別扱いされたわけでもない。
強かった。
ただ、それだけだった。
予選は各地で進んでいく。
剣。
槍。
斧。
槌。
ハルバード。
グレイブ。
棍。
同じ武器同士の試合もあれば、異なる武器がぶつかる試合もある。
剣と槍。
斧と槌。
グレイブとハルバード。
武器が違えば間合いも違う。
戦い方も変わる。
観客たちは、それだけでも十分に楽しんでいた。
「次は槍で出るぞ!」
「お前、さっき剣で負けてなかったか?」
「剣ではな」
「槍なら勝てるのか?」
「やってみなければ分からん!」
笑い声が起こる。
一人が複数の武器で参加できる仕組みは、大会をさらに大きくしていた。
中には剣、槍、斧の三部門へ参加する者までいる。
そして、教導管理システムが威力を発揮していた。
『第五百二十二ブロック、第三試合終了』
『勝敗を登録』
『次の対戦者を確認』
『槍部門への重複登録あり』
『次の試合まで休憩時間を確保』
膨大な人数が参加しているにもかかわらず、混乱は小さかった。
勝敗が記録される。
次の会場が示される。
転移で移動する。
必要なら治癒を受ける。
そして次の試合へ向かう。
大会は途方もない規模でありながら、止まらず進んでいた。
当然、人が集まれば商人も動く。
予選会場の周囲には、あっという間に屋台が並んだ。
魔物肉の串焼き。
ホルモン焼き。
焼きたてのパン。
温かいスープ。
菓子。
飲み物。
「串焼き二本!」
「こっちはパンをくれ!」
「次の試合まで時間がないぞ!」
「食べながら行け!」
大会を見に来た観客だけではない。
試合を終えた参加者も食べる。
審判も食べる。
運営担当者も食べる。
各地の商業ギルドや食品ギルドまで動き始めていた。
もはや地方予選そのものが巨大な祭りになりつつある。
王都では、アイクたち三団長が教導管理システムに表示された情報を確認していた。
「……延べ一億人」
アイクが改めて呟く。
「陛下は王国一の剣士を見たいと言っただけだったはずだが」
「お前が複数武器での参加を認めたからだろう」
アッシュが言った。
「面白いと思ったんだ」
「なら仕方ない」
ロックウェルは別の記録を見ていた。
「それより、これを見ろ」
「どうした?」
「勝ち残っている者の経歴だ」
三人が確認する。
騎士。
冒険者。
衛兵。
門兵。
自警団員。
貴族。
農民。
職人。
元奴隷。
亡命者。
実に様々だった。
「騎士団だけが強いわけではないな」
アイクが笑った。
「当然だ」
アッシュが答える。
「この国では騎士だけが教導を受けているわけではない」
その時、実行委員から念話が入った。
『報告します。第八百四十二ブロックで覚醒者を確認』
「何に覚醒した?」
『剣豪です』
三団長の表情が変わった。
「大会中にか?」
『はい。試合を重ねる中で覚醒したようです』
アイクが立ち上がる。
「記録を残せ。覚醒前後の試合も保存しろ」
『すでに教導管理システムへ保存しています』
「よし」
通信が切れる。
アッシュが腕を組んだ。
「始めた意味が、もう一つ増えたな」
「ああ」
強い者を決めるだけではない。
今まで戦ったことのない相手と武器を交える。
異なる流派。
異なる経歴。
異なる武器。
その経験そのものが、新しい覚醒を生み始めている。
ロックウェルが笑った。
「一億人も戦えば、何が出てくるか分からんな」
予選は、まだ始まったばかりだった。
予選開始から数日。
教導管理システムには、膨大な試合結果が蓄積され続けていた。
勝敗だけではない。
使用した武器。
試合時間。
参加した部門。
覚醒したスキル。
それまでの経歴。
すべてが記録されている。
そして予想通り、大会中に覚醒する者は一人では終わらなかった。
『第三千二百十一ブロック、剣豪一名』
『第五千八百四十ブロック、槍豪一名』
『第七千百二十二ブロック、斧豪一名』
次々と新しい報告が入る。
王都の大会本部では、三団長がそれを確認していた。
「斧豪まで出たか」
アイクが感心したように言った。
「剣だけ特別というわけではなさそうだな」
アッシュが答える。
ロックウェルが記録を開く。
「槌豪も出ている」
「本当か?」
「ああ。元鍛冶職人だ」
「鍛冶職人?」
三人が映像を見る。
大柄な男だった。
長年、鍛冶場で槌を振り続けてきた。
武闘大会の開催を知り、面白半分で槌部門へ参加。
勝ち進むうちに槌豪へ覚醒していた。
「こういう者がいたのか」
「今まで見つける機会がなかっただけだろう」
ロックウェルの言葉にアイクが頷く。
王国には六千六百万人が暮らしている。
その中には、本人すら気づいていない才能を持つ者がいる。
軍人や冒険者でなければ、武術の才能を試す機会すらなかった者も多い。
大会は、そうした人々まで表へ引っ張り出していた。
だが、三団長が最も驚いたのは勝ち残った者たちだった。
「第一地区、剣部門。残り六十四名」
アイクが一覧を見る。
「王国騎士が九名。冒険者十一名。衛兵六名。門兵三名……」
「亡命者もいるな」
「七名だ」
「元奴隷も二名いる」
貴族もいる。
平民もいる。
移民もいる。
旧帝国出身者もいる。
かつて弱小王国と呼ばれた国から来た者もいた。
出自だけを見ても、誰が勝つのか予測できない。
「面白いな」
アッシュが言った。
「何がだ?」
「この一覧だ」
アッシュが参加者の出身欄を指した。
「これだけ違う人間が、同じ表に並んでいる」
アイクも気づいた。
そこには特別枠がない。
王国生まれ。
亡命者。
移民。
元奴隷。
貴族。
平民。
登録情報として経歴は残っている。
だが、予選では意味を持たない。
勝てば進む。
負ければその部門では終わる。
それだけだった。
ロックウェルが笑った。
「陛下はそこまで考えていたのか?」
「どうだろうな」
アイクも笑う。
「王国一の剣士を見たいと言っていただけだからな」
三人とも否定できなかった。
◇
大会は王宮でも話題になっていた。
「一億人?」
バイオレットが聞き返した。
「延べ人数ですが」
クレインが答えた。
オーキスは少し気まずそうな顔をしている。
「俺は剣士トーナメントと言ったのだぞ」
「存じております」
「なぜ一億人になった?」
「複数の武器部門への参加を認めたからでございます」
「誰が?」
「大会実行委員会です」
オーキスは少し考えた。
「まあ、面白いからよいか」
クレインは何も言わなかった。
マーガレットは報告書を読んでいる。
「でも、これは面白い結果ですね」
「覚醒者か?」
「それもあります」
マーガレットが一覧を表示した。
剣豪。
槍豪。
斧豪。
槌豪。
複数の新しい覚醒者が記録されている。
しかし、それだけではない。
「これまで知られていなかった人材が、次々と見つかっています」
地方の衛兵。
小さな村の自警団員。
職人。
農民。
亡命者。
移民。
彼らが騎士や冒険者を破って勝ち上がっている。
クレインが頷いた。
「人材発掘としても有効でしょう」
「騎士団に入れるのか?」
オーキスが尋ねた。
「本人が希望すれば選択肢にはなるでしょう」
クレインはすぐに付け加えた。
「ただし、強いから騎士にする必要もありません」
「そうだな」
「鍛冶職人が槌豪になったからといって、鍛冶を辞めさせる理由はありませんので」
バイオレットが笑った。
「本人が決めればよいのですね」
「はい」
大会は人材を選別するためのものではない。
強さを理由に人生を決められるものでもない。
ただ、今まで見えなかったものが見えるようになった。
オーキスは巨大スクリーンに表示された予選結果を見る。
「王国一を見るつもりだったのだがな」
「まだ予選です」
マーガレットが言った。
「それもそうか」
オーキスは笑った。
一億人から始まった予選。
その人数は猛烈な勢いで絞られている。
剣。
槍。
斧。
槌。
ハルバード。
グレイブ。
棍。
それぞれの武器で勝者が残っていく。
そして誰もまだ知らない。
六千六百万人の王国の中に、どれほどの怪物が埋もれているのかを。
予選が進むにつれて、大会実行委員会には新たな問題が生まれていた。
覚醒者が多すぎる。
最初に剣豪が確認された時には、大会本部でも大騒ぎになった。
槍豪が現れた。
斧豪が現れた。
槌豪まで現れた。
そのたびに記録を確認し、映像を保存していた。
だが、もはや一人ずつ驚いている場合ではなくなっている。
豪。
それは様々な武器から生まれていた。
剣豪。
槍豪。
斧豪。
槌豪。
ハルバード豪。
グレイブ豪。
棍豪。
さらに、その先へ進む者まで現れ始めた。
「報告します!」
大会本部へ新しい情報が入る。
「第六千四百二十ブロック。槍聖への覚醒を確認!」
「記録しろ!」
「すでに保存されています!」
別の実行委員が声を上げる。
「第八千百十一ブロックからも報告! 斧聖です!」
「また聖か!」
アイクが教導管理システムを確認する。
一覧に並んでいる数字を見て、さすがの騎士団長も黙った。
まだ予選中である。
それなのに、豪へ到達した者はすでに数千人。
聖へ到達した者も数百人に達していた。
「……多いな」
アッシュが呟く。
「多いどころではないだろう」
ロックウェルも呆れていた。
もっとも、延べ一億人が参加する大会である。
普段なら決して戦うことのなかった相手と何度も武器を交える。
地方の剣士が騎士と戦う。
衛兵が冒険者と戦う。
移民が貴族と戦う。
自警団員が亡命者と戦う。
流派も違う。
経験も違う。
戦い方も違う。
それまで自分より強い相手と出会う機会がなかった者が、予選を勝ち進むほど次々と強者にぶつかっていく。
覚醒する条件が、これほど揃った環境も珍しかった。
「これを見ろ」
アッシュが一人の参加者を表示した。
「何だ?」
「剣豪、槍豪」
アイクが目を細める。
「二つか」
「まだある。グレイブ聖」
「……何者だ?」
経歴を確認する。
地方で暮らしていた男だった。
騎士ではない。
冒険者として活動した経験はあるが、特別に有名だったわけでもない。
それが大会に参加して、剣と槍で豪。
グレイブでは聖。
「こんな奴が埋もれていたのか」
アイクが感心する。
「他にもいるぞ」
ロックウェルが別の記録を表示した。
「この女は剣豪と槍聖」
「こっちは?」
「斧豪、槌豪、ハルバード豪」
「三つか!」
複数の武器で覚醒する者は、一人や二人ではなかった。
元々、一つの武器しか使えない者ばかりではない。
冒険者なら状況に応じて武器を持ち替える者もいる。
騎士にも剣と槍の両方を鍛えてきた者がいる。
自警団の中には農具から武器の扱いを覚えた者までいた。
大会によって、それまで名前すら付いていなかった実力が次々と形になっている。
教導管理システムには、新しい情報が蓄積され続けた。
豪、数千人。
聖、数百人。
そして――。
「神は?」
アイクが尋ねた。
実行委員が確認する。
「現在のところ、アダムス卿以外には確認されておりません」
「大会参加者からは?」
「まだ一人も」
「そうか」
アイクは少しだけ残念そうだった。
剣神アダムス・キンバリー。
その領域だけは、まだ誰も追いついていない。
アッシュが笑う。
「まだ予選だぞ」
「分かっている」
「強い者同士が当たるのは、むしろこれからだ」
ロックウェルも頷いた。
「予選を抜ければ、豪同士の試合も増える。聖同士が戦うこともあるだろう」
「そうなんだよな」
アイクの顔に笑みが浮かんだ。
三人は巨大スクリーンを見る。
各地で予選が続いている。
剣が交わる。
槍がぶつかる。
斧と槌が激突する。
ハルバードとグレイブが長い間合いを奪い合う。
棍を振る者もいる。
勝つ。
負ける。
学ぶ。
そして、また別の武器で挑戦する。
アイクが腕を組んだ。
「最終的に何人の豪、聖、神が現れるんだろうな?」
「俺も気になる」
アッシュが答えた。
「ああ」
ロックウェルも笑った。
「楽しみだ」
三騎士団長は同じ表情で予選の映像を眺めていた。
王国一の剣士を見つける。
始まりは、それだけだった。
だが今や大会は、六千六百万人の中に眠っていた武の才能を掘り起こす場になっている。
しかも、まだ予選は終わっていない。
豪は数千人。
聖は数百人。
神は、まだ現れない。
だが誰も悲観していなかった。
本当に強い者同士がぶつかるのは、これからなのだから。




