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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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16 戦闘とは何か

翌朝。


王城訓練場には、昨日と同じように数百人の騎士たちが整列していた。


しかし、その表情は大きく変わっている。


昨日までの疑いの眼差しは消え、代わりに期待と好奇心が浮かんでいた。


騎士団長が前へ進み出る。


「諸君。」


静かな声だった。


だが、その一言で訓練場は水を打ったように静まる。


「昨日、私はアーク殿との模擬戦で敗れた。」


誰も驚かなかった。


その場にいた者は全員見ていたからだ。


騎士団長は続ける。


「しかも私は、一太刀も浴びせることができなかった。」


「剣を振り下ろすことすら許されなかった。」


「完敗だった。」


騎士団長ほどの実力者が、自ら敗北を認める。


若い騎士たちは真剣な表情で聞いていた。


「私は長年、剣術を磨いてきた。」


「騎士として、剣こそが最強の武器だと信じていた。」


騎士団長は木剣を持ち上げる。


「もちろん、その考えは今も間違いではない。」


「剣術は重要だ。」


「しかし。」


木剣を静かに下ろした。


「剣術だけでは足りない。」


その言葉に訓練場が静まり返る。


「私は昨日、それを身をもって知った。」


騎士団長は振り返り、アークへ向かって一礼した。


「本日より、アーク殿が我々の教師だ。」


「階級は関係ない。」


「私も一人の生徒として学ぶ。」


数百人の騎士たちが背筋を伸ばえる。


団長自らが教師と認めた。


その意味は大きかった。


騎士団長は一歩下がる。


「アーク殿、お願いいたします。」


「承知しました。」


アークは静かに前へ出た。


数百人の騎士たちをゆっくり見渡す。


誰一人として視線を逸らさない。


アークは穏やかに口を開いた。


「皆さんに質問です。」


騎士たちは耳を傾ける。


「戦闘とは何でしょうか。」


突然の問いだった。


若い騎士たちは顔を見合わせる。


やがて一人が手を挙げた。


「敵を倒すことです。」


「ありがとうございます。」


アークは頷く。


別の騎士が続ける。


「国を守ることです。」


「それも一つの考えです。」


さらに声が上がる。


「勝利することです。」


「敵を討つことです。」


「仲間を守ることです。」


様々な答えが返ってきた。


アークはどれも否定しなかった。


すべてを聞き終えてから、ゆっくりと話し始める。


「どれも間違いではありません。」


「ですが、一つだけ足りないものがあります。」


訓練場は静まり返る。


「剣術は戦闘術の一部です。」


その一言に、多くの騎士が目を見開いた。


「一部……。」


「剣術が全部じゃないのか。」


ざわめきが広がる。


アークは続ける。


「剣術は武器を使う技術です。」


「戦闘術は、目的を達成するための技術です。」


騎士たちは首を傾げる。


その違いがまだ理解できない。


アークは地面へ一本の木剣を置いた。


「例えば、この剣を使えば敵を斬れます。」


「ですが。」


木剣から手を離す。


「剣を使わなくても目的を達成できるなら、無理に剣を使う必要はありません。」


昨日の模擬戦を見た騎士たちは小さく頷いた。


確かにアークは剣を一度も持たなかった。


それでも騎士団長に勝利している。


「私の目的は勝つことではありません。」


アークは静かに言った。


「守ることです。」


その言葉に、若い騎士たちの表情が変わる。


「守る……。」


「味方を。」


「住民を。」


「そして、自分自身も。」


アークは穏やかに微笑んだ。


「勝っても守れなければ意味がありません。」


「守ることができたなら、それが最も価値ある戦いです。」


訓練場は静まり返り、数百人の騎士たちは、その一言一言を噛みしめるように聞いていた。




# 第16話 戦闘とは何か 前編②


アークの言葉に、訓練場は静まり返っていた。


「剣術は戦闘術の一部。」


その考え方は、騎士たちにとって初めて聞くものだった。


一人の若い騎士が手を挙げる。


「質問してもよろしいでしょうか。」


「どうぞ。」


「剣を使わないなら、どうやって勝つのですか。」


素朴な疑問だった。


多くの騎士も同じことを考えている。


アークは静かに頷いた。


「私は勝つことを最初の目的にはしません。」


その言葉に、騎士たちは顔を見合わせる。


「では、何を目的にするのですか。」


アークはゆっくりと答えた。


「守ることです。」


「守る……。」


「住民を。」


「仲間を。」


「そして、自分自身を。」


騎士たちは真剣な表情で耳を傾ける。


「皆さんは盗賊を討伐した経験がありますね。」


「あります!」


あちこちから声が上がる。


「その時、味方が負傷したことはありますか。」


今度は静かになった。


やがて一人の中隊長が答える。


「あります。」


「毎回とは言いませんが、負傷者が出ることは珍しくありません。」


アークは頷く。


「魔物討伐でも同じですね。」


「はい。」


「つまり、勝利しても被害は出ています。」


その言葉に騎士たちは考え込む。


それが当たり前だと思っていた。


戦いに犠牲は付きもの。


そう教えられてきたのである。


アークは続けた。


「では質問を変えます。」


「敵を倒すことと、味方を無傷で守ること。」


「どちらが重要でしょうか。」


今度は迷わなかった。


「味方を守ることです。」


「住民を守ることです。」


「それが騎士の役目です。」


アークは満足そうに微笑んだ。


「その通りです。」


「だから私は、敵を倒すことよりも、味方を守る方法を考えます。」


騎士団長も静かに頷いていた。


昨日の模擬戦を思い出していたのである。


もし本物の戦場だったなら、自分は剣を振るうことなく捕縛されていた。


味方は指揮官を失い、大きく混乱しただろう。


「皆さん。」


アークは騎士たちを見渡した。


「相手の得意なことは何でしょう。」


若い騎士が答える。


「剣術です。」


「槍です。」


「弓です。」


「魔法です。」


アークは頷く。


「その通りです。」


「では、相手の得意な距離で戦う必要はありますか。」


「……。」


誰も答えられない。


「例えば剣士なら。」


アークは地面へ一本の木剣を置く。


「剣が届く距離が最も得意です。」


「その距離へ自分から入れば、相手の力を最大限に発揮させることになります。」


騎士たちは小さく頷く。


それは剣術でも基本だった。


「槍なら間合い。」


「弓なら遠距離。」


「魔法使いなら詠唱する時間。」


「誰にでも得意があります。」


アークはそこで一度言葉を切った。


「だから。」


静かな声が訓練場に響く。


「相手の得意で戦わない。」


騎士たちはその言葉を繰り返すように小さく呟く。


「相手の得意で戦わない……。」


「そして。」


アークは続ける。


「相手の得意を使わせない。」


その一言に、騎士団長の目が大きく見開かれた。


昨日の模擬戦。


剣を振るう前に拘束された。


まさに、自分の得意を使わせてもらえなかったのである。


「私は団長に勝ったのではありません。」


アークは穏やかに言う。


「団長が剣を振るう前に拘束しました。」


「だから団長の得意な剣術は、一度も使われませんでした。」


訓練場は静まり返る。


若い騎士たちの表情が、驚きから理解へと少しずつ変わっていった。


彼らは初めて知った。


戦闘とは、力比べではない。


相手に何もさせずに目的を達成することもまた、一つの戦い方なのだと。




訓練場には静かな空気が流れていた。


「相手の得意で戦わない。」


「相手の得意を使わせない。」


その言葉は、騎士たちの胸に深く刻まれていた。


アークは一人ひとりの表情を見渡す。


考え込む者。


何かに気付いたように頷く者。


昨日まで当然と思っていた戦い方を見直し始めている者。


その変化を感じ取り、アークは次の話へ進んだ。


「皆さんに、もう一つ質問します。」


若い騎士たちが顔を上げる。


「敵を殺すことと、敵を捕らえること。」


「どちらが難しいでしょうか。」


ほとんどの騎士が即座に答えた。


「捕らえる方です。」


「その通りです。」


アークは頷いた。


「殺すだけなら、致命傷を与えれば終わります。」


「ですが、生かしたまま制圧するには、力加減が必要です。」


騎士たちは静かに耳を傾ける。


「相手の動きを止め。」


「武器を奪い。」


「逃げられないよう拘束し。」


「なおかつ命を奪わない。」


「これは、敵を倒すより高度な技術です。」


騎士団長が腕を組みながら頷く。


「昨日、私もそれを体験した。」


「あの拘束は苦しかった。」


「だが、傷一つ負っていない。」


副団長も苦笑する。


「確かにそうですね。」


「団長ほどの相手を無傷で制圧する方が、斬り伏せるより難しいでしょう。」


アークは穏やかに続けた。


「騎士の役目は処刑人ではありません。」


「治安を守ることです。」


「犯罪者を裁くのは裁判所です。」


「騎士は、その裁きを受けさせるために捕らえます。」


その言葉に、多くの騎士がはっとした表情を浮かべた。


彼らはこれまで、「敵を倒す」ことばかりを考えてきた。


しかし、本当に必要なのは違う。


裁かれるべき者を、生きたまま法の下へ連れて行くことだった。


一人の若い騎士が手を挙げる。


「ですが先生。」


アークは微笑む。


「どうぞ。」


「凶悪な盗賊や山賊でも、捕らえることを優先するのでしょうか。」


周囲の騎士たちも同じ疑問を抱いていた。


アークは少し考え、静かに答える。


「状況によります。」


「命が危険にさらされているなら、住民や仲間を守ることを優先します。」


「その結果として相手が命を落とすこともあるでしょう。」


誰も言葉を挟まない。


「ですが。」


アークは続ける。


「最初から殺すことを目的にしてはいけません。」


「捕らえられるなら捕らえる。」


「それでも止まらないなら、必要な力を使う。」


「私は、その順番が大切だと考えています。」


騎士団長は静かに頷いた。


「なるほど。」


「目的が違えば、戦い方も変わる。」


「その通りです。」


アークは答えた。


「目的が住民を守ることなら、最も優先すべきは住民の安全です。」


「目的が仲間を守ることなら、仲間が傷付かない戦い方を選びます。」


「そのために、私は相手へ戦わせない戦闘術を教えています。」


若い騎士たちは顔を見合わせる。


昨日の模擬戦。


団長は剣を一度も振れなかった。


あれは派手な勝利ではない。


だが、誰も傷付かず、最も早く終わった戦いだった。


その意味を、ようやく理解し始めていた。




アークの話が終わると、訓練場は静まり返っていた。


誰も口を開かない。


それは反論があるからではない。


一人ひとりが、自分の戦い方を振り返っていたからだった。


やがて、一人の若い騎士がゆっくりと手を挙げる。


「アーク先生。」


「はい。」


「私は今まで、強くなることばかり考えていました。」


若い騎士は少し照れくさそうに笑う。


「もっと剣を速く振る。」


「もっと力を付ける。」


「もっと多くの敵を倒す。」


「それが立派な騎士だと思っていました。」


周囲の若い騎士たちも静かに頷く。


それは皆が通ってきた道だった。


アークは穏やかに微笑む。


「その努力は決して無駄ではありません。」


「剣術は騎士にとって大切な技術です。」


「ですが、それだけでは守れない命があります。」


若い騎士は真剣な表情で頷いた。


「昨日の団長との模擬戦を見て思いました。」


「団長ほどの剣士でも、剣を振れなければ負ける。」


「つまり、戦いは剣だけではないんですね。」


「その通りです。」


アークは静かに答えた。


「戦闘とは、相手より強い力をぶつけ合うことではありません。」


「目的を達成するために、最も安全で確実な方法を選ぶことです。」


その言葉に、騎士団長も深く頷く。


「私は昨日、己の未熟さを知った。」


「剣術では負ける気はしなかった。」


「だが、戦闘術では完敗だった。」


団長がそこまで言い切ると、騎士たちの空気が変わる。


敗北を隠さない。


そこから学ぼうとする。


その姿勢こそ、団長としての器だった。


副団長が口を開く。


「団長。」


「何だ。」


「我々も考えを改めるべきでしょう。」


「ああ。」


騎士団長は力強く頷いた。


「これからは剣術だけではない。」


「拘束。」


「制圧。」


「護衛。」


「救助。」


「そして魔力循環。」


「守るために必要な技術は、すべて学ぶ。」


その言葉に幹部たちも賛同した。


「異議ありません。」


「私も学びます。」


「部下たちにも徹底します。」


若い騎士たちの表情には、昨日までの戸惑いはなかった。


あるのは、新しい知識を吸収したいという純粋な意欲だけである。


アークは整列した騎士たちを見渡し、静かに口を開いた。


「講義はここまでです。」


「明日からは実際に身体を動かします。」


騎士たちの背筋が自然と伸びる。


「まず皆さんに身に付けてもらうのは、すべての基本となる技術です。」


「魔力循環。」


「これを無意識で続けられるようになれば、その先の魔法も、身体強化も、戦闘術も大きく変わります。」


騎士たちの目が輝く。


昨日は模擬戦。


今日は戦いの考え方。


そして明日からは、いよいよ実践が始まる。


騎士団長はアークへ向かって力強く一礼した。


「アーク先生。」


「王国騎士団一同、ご指導よろしくお願いいたします。」


数百人の騎士たちも一斉に頭を下げる。


「よろしくお願いいたします!」


その声は昨日よりも大きく、力強かった。


こうして王国騎士団は、「敵を倒す騎士」から「人を守る騎士」への第一歩を踏み出した。


そして翌日から始まる魔力循環の教導が、王国騎士団を大きく変えていくことになる。





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