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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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158 割譲提案

 国際冒険者ギルドによるオーキスの表彰から数日後。


 クレインが一人の女性を伴って、国王執務室を訪れた。


 エミリーだった。


 現在は行政にも深く関わり、膨大な情報の整理と分析を担当している。


「陛下、ご報告がございます」


「聞こう」


「今すぐどうということではございませんが、アルデバラン王国の未開発の土地が三割を切りました」


 オーキスが書類から顔を上げた。


「土地がないということか?」


「左様にございます」


 人口は六千六百万人。


 住宅地だけではない。


 農地。


 牧草地。


 工房。


 学校。


 治癒院。


 倉庫。


 街道。


 公衆浴場。


 人口増加に合わせて、必要な土地も増え続けていた。


 魔法によって開発速度そのものは飛躍的に向上している。


 だが、国土そのものを増やすことはできない。


「どうするのだ?」


「これから検討しようと考えております。何分、経験がないもので……」


 クレインは素直に答えた。


 人口が短期間で三倍以上になり、国土の開発可能地域が不足し始める。


 そんな事態を経験した行政官などいない。


 オーキスも責めなかった。


「分かった。必要な情報を集めてくれ」


「承知致しました」


 その頃。


 アレクサンドのもとへ念話が入っていた。


『アレクサンド侯爵、ライラです』


「久しぶりね」


 旧帝国第一村のライラだった。


『ご提案があります。一度そちらへお伺いしてもよろしいでしょうか?』


「構わないわ。私の領の屋敷を訪ねてくれるかしら?」


『承知致しました』


 それから間もなく、ライラが転移してきた。


 簡単に挨拶を交わす。


 ライラはすぐに本題へ入った。


「実は現在、私は旧帝国、現ミストバルカス公国の暫定国王を務めております」


「あなたが?」


「はい」


 アレクサンドは驚いたが、話を遮らなかった。


「現在、公国の人口は四百八十万人ほどです」


 かつて帝国が支配していた領土は広大だった。


 だが、そこに暮らす人口は激減している。


「現在の人口で統治するには、あまりにも広すぎます」


「それは分かるわ」


「使われていない土地も非常に多くあります」


 ライラは続けた。


「そして、公国の国民はアルデバラン王国に感謝しております」


 旧帝国が崩壊へ向かう中、多くの人々が救われた。


 食料が届いた。


 治療を受けた。


 教導を受けた。


 自分たちで生活を立て直す方法を学んだ。


 その記憶は消えていない。


「先日の国際冒険者ギルドによるオーキス陛下の表彰も、公国で広く知られています」


 ライラがアレクサンドを真っ直ぐ見た。


「今こそ、我々も恩義に報いるべきではないか。そのような声が国民から上がっています」


「それで提案というのは?」


「ミストバルカス公国の領土、その半分をアルデバラン王国へ割譲したいと考えております」


 アレクサンドの動きが止まった。


「……半分?」


「はい」


 ミストバルカス公国の国土は、アルデバラン王国のおよそ十倍。


 その半分。


 単純な面積だけで考えれば、現在のアルデバラン王国の五倍に相当する土地が、新たに加わることになる。


 アレクサンドはすぐには答えなかった。


「私の一存では決められないわ。少し時間をくれる?」


「もちろんです」


「提案については、必ず王宮へ伝えるわ」


「お願いいたします」


 ライラは一礼すると、転移で帰っていった。


 姿が消えたあとも、アレクサンドはしばらくその場に立っていた。


「……大変なことになったわね」


 すぐにマーガレットへ念話を送った。


 事情を聞いたマーガレットも、しばらく沈黙した。


『王宮に行くわ。あなたも来て』


「承知致しました」


 アレクサンドはアーク邸へ転移した。


 マーガレットと合流し、二人で王宮へ向かう。


 間もなく国王執務室に八人が集まった。


 オーキス。


 クレイン。


 エミリー。


 アイク。


 アッシュ。


 ロックウェル。


 マーガレット。


 アレクサンド。


 エミリーは記録を担当していた。


「それで、何があった?」


 オーキスに促され、アレクサンドはライラとの会談内容を説明した。


 ミストバルカス公国の人口は約四百八十万人。


 国土が広すぎ、管理に負担が掛かっていること。


 アルデバラン王国への感謝が国民の間に根強く残っていること。


 そして――領土の半分を割譲したいという提案。


「半分だと?」


 アイクが目を見開いた。


 アッシュもロックウェルも驚きを隠さない。


 マーガレットもすぐには言葉が出なかった。


 オーキスも黙って考えている。


 その中で。


 クレインだけが、ほんの一瞬。


 悪い顔をした。


 アレクサンドは、それを見逃さなかった。




 アレクサンドはクレインを見た。


 ほんの一瞬だった。


 普段は感情を表へ出さない宰相が、明らかに何かを思いついた顔をしていた。


「宰相閣下」


「何でしょうか」


「今、悪い顔をしましたね」


「しておりません」


「しました」


 クレインは平然としている。


 オーキスが二人を見た。


「クレイン。何を考えた?」


「まだ思いついただけでございます」


「構わん。言ってみろ」


「承知致しました」


 クレインはエミリーへ視線を向けた。


「先ほどの報告をもう一度」


「はい」


 エミリーが記録を確認する。


「現在、アルデバラン王国の未開発地域は三割を切っております。人口六千六百万人。現時点で土地が不足しているわけではありませんが、住宅、農地、工房、学校、治癒院、倉庫などの増設を考慮すると、今後も余裕があるとは言えません」


 オーキスが頷いた。


「そこへ領土割譲の提案か」


「はい」


 ミストバルカス公国の国土は、アルデバラン王国のおよそ十倍。


 その半分。


 現在の王国国土の五倍に相当する土地が、新たに加わることになる。


「欲しいか欲しくないかで言えば、欲しいな」


 アイクが率直に言った。


「だが、広すぎる」


 ロックウェルが続ける。


「国土が一気に六倍になる。普通なら防衛だけでも大変だ」


「普通の国なら、そうでしょう」


 クレインが答えた。


 三人の団長が揃ってクレインを見る。


「我が国には十一万人の王国騎士団がいます」


「それがどうした?」


「現在、十一万人全員が十一属性を扱えます」


 基本六属性。


 さらに時空間、付与、聖、金属、重力。


 神聖ラトリアでの戦いを経て、その戦力は以前とは比較にならないものになっていた。


「全員が飛行、転移、索敵、念話も使用できます。国土が広がっても、騎士団が馬で何日も移動する必要はありません」


 アッシュがすぐに理解した。


「距離そのものが、昔ほど問題にならないのか」


「その通りです」


 異常を発見する。


 情報を共有する。


 必要な戦力を決める。


 現地へ転移する。


 それだけだった。


「魔物対策についても、現在の騎士団なら対応可能でしょう。冒険者ギルドの支部を設置すれば、日常的な討伐や情報収集も任せられます」


「防衛は分かった」


 オーキスが尋ねる。


「行政はどうする?」


「調査が必要です」


 エミリーが答えた。


「割譲予定地域の人口、集落、街道、水源、森林、農業適地、鉱脈、魔物分布を確認しなければ、必要な行政官の人数も算出できません」


「分からんか」


「はい」


「なら調べればいい」


「承知致しました」


 マーガレットが口を開く。


「ライラは、公国の国民も割譲を望んでいると言ったのね?」


「はい。ただし、私はライラから聞いただけです」


 アレクサンドが答えた。


「なら、そこも確認しましょう」


「私もそう思います」


 割譲予定地域に住民がいるなら、その意思も確認する。


 公国として正式な合意が成立しているのかも調べる。


 領土が欲しいという理由だけで受け取るつもりはなかった。


「まず調査だな」


 オーキスが結論を出した。


「御意」


 クレインが答える。


 だが、まだ終わらなかった。


「陛下。もう一点ございます」


「なんだ?」


「割譲を受けた場合、土地不足の解消だけではありません」


 エミリーが先に気づいた。


「雇用ですね」


「その通りです」


 クレインの口元が僅かに緩んだ。


「また悪い顔をしましたね」


 アレクサンドが指摘する。


「しておりません」


 クレインはそのまま続けた。


「新領土を開発すれば、農業、林業、鉱業、建築、街道整備、運送、商業、宿泊、飲食、教育、医療、行政。あらゆる分野で新しい仕事が生まれます」


 六千六百万人まで人口が増えた王国では、土地と同時に将来の雇用を増やし続ける必要がある。


 現在の王国国土の五倍。


 それだけの未開発地が加われば、新しい農村も都市も作れる。


「そして開発そのものについても」


 クレインが三団長を見る。


 アイクが嫌そうな顔をした。


「こっちを見るな」


「騎士団十一万人がいます」


「やっぱりか」


「十一属性を扱え、全員が転移できます。土属性で街道を造り、水属性で水源を整備する。金属属性も使える。重力を利用すれば大量の資材も運べます」


「騎士団だぞ」


「存じております」


「開拓団じゃないぞ」


「非常に優秀な騎士団です」


 クレインは平然と答えた。


「さらに破壊不能ゴーレムも投入できます」


 ロックウェルが額を押さえた。


「そこまで使うのか」


「使えるものを使わない理由がありますか?」


 アッシュが苦笑した。


「ないな」


 クレインはエミリーへ向き直った。


「調査結果が出れば、必要な行政官と開発規模を試算してください」


「承知致しました」


 アレクサンドは小さく息を吐いた。


「宰相閣下」


「はい」


「最初に悪い顔をした時点で、どこまで考えていたのですか?」


「土地不足を報告した直後に、国土の五倍に相当する土地が向こうから提示されたのです」


 クレインは淡々と答えた。


「有効利用を考えるのが私の仕事です」


 オーキスが笑った。


 領土割譲はまだ提案にすぎない。


 だが、公国には広すぎる土地がある。


 王国には土地と新たな雇用が必要だった。


 二つの国家が抱える問題は、あまりにも綺麗に噛み合っていた。




 会議は、そのまま具体的な調査方法の検討へ移った。


 領土の半分。


 言葉にすれば簡単だが、地図の上に線を一本引けば終わる話ではない。


「まず、公国側の意思確認が必要ね」


 マーガレットが言った。


「ライラ一人の判断ではないことを確認しなければならないわ」


「その通りです」


 クレインが頷く。


「暫定国王としての提案だけではなく、公国の行政を担う者、そして国民がどの程度賛同しているのか。そこを確認します」


 アレクサンドも異論はなかった。


 ライラを疑っているわけではない。


 むしろ、彼女がアルデバラン王国へ深い恩義を感じていることを知っているからこそ、慎重に扱う必要があった。


 恩義だけで国土の半分を手放していいのか。


 後になって、公国の民が望んでいなかったと判明しては遅い。


「割譲予定地域に住民がいる場合は?」


 アイクが尋ねた。


「当然、意思を確認します」


 エミリーが答えた。


「アルデバラン王国民になることを望むのか。ミストバルカス公国に残ることを望むのか。居住地だけを理由に所属を決めるべきではないと考えます」


「そうだな」


 オーキスが頷いた。


「本人たちに選ばせろ」


「承知致しました」


 エミリーが記録する。


 アッシュが地図を見ながら尋ねた。


「国境はどうする?」


「それも現地調査の後です」


 クレインが答える。


「山脈、河川、街道、集落。実際の地形を確認した上で、公国側と協議するべきでしょう」


「半分という数字に拘る必要はないということか」


「はい。双方が管理しやすい境界を優先すべきです」


 ロックウェルが頷いた。


「その方が後々揉めない」


 方針が一つずつ決まっていく。


 エミリーはそれを記録し続けていた。


 やがてクレインが別の問題を提示した。


「もう一つ、確認しておく必要があります」


「何だ?」


「領土を受け取った後の開発方針です」


 オーキスがクレインを見る。


「まだ受け取ると決めていないぞ」


「承知しております。ただ、受け取った場合に何が起きるのかを事前に試算しておかなければ、判断材料が不足します」


「もっともだ」


 クレインはエミリーに尋ねた。


「現在、就業先を探している者はどの程度いますか?」


「正確な数字は最新情報を確認する必要があります。ただ、教導を終えた者が増え続けていますので、新規雇用先はいくらあっても困りません」


「そうでしょうね」


 人口六千六百万人。


 そのうち四千六百万人は、国外から流入してきた人々だった。


 多くは既に仕事を得ている。


 だが、王国への流入が完全に止まったわけではない。


 これからも新しい王国民は増える可能性がある。


「新領土を開発するなら、最初から町を造る必要はないでしょう」


 クレインが言った。


「まず街道、水源、農地です。その後、必要な場所へ集落を造る」


「順番としては妥当ね」


 マーガレットが答えた。


「農地ができれば農民が必要になる」


 アイクが言う。


「街道ができれば商人も動く」


 アッシュが続けた。


「人が増えれば宿も食堂も必要になるな」


 ロックウェルも理解した。


 エミリーが記録しながら付け加える。


「学校、治癒院、公衆浴場、商店、工房、倉庫も必要になります」


 クレインが頷いた。


「仕事が仕事を生みます」


 最初に土地を整える者が必要になる。


 次に農民や職人が入る。


 食料や資材を運ぶ者が必要になる。


 商人が来る。


 冒険者ギルドが支部を作る。


 学校ができれば教師が必要になる。


 治癒院ができれば治癒師や薬師が必要になる。


 行政官も必要になる。


 一つの集落が生まれれば、そこからさらに多くの雇用が生まれる。


「これは大きいな」


 オーキスが呟いた。


「はい」


 クレインは淡々と答えた。


「土地不足を解消するだけなら、使わない土地を確保するだけでも構いません。しかし開発すれば、王国全体の経済規模をさらに拡大できます」


 アレクサンドがクレインを見る。


「楽しそうですね」


「仕事です」


「否定しませんでしたね」


 クレインは答えなかった。


 その時、エミリーが記録する手を止めた。


「一つよろしいでしょうか?」


「言ってみろ」


 オーキスが促す。


「もし割譲を受けるのであれば、新領土の開発を王宮だけで計画する必要はないと思います」


「どういうことだ?」


「仕事をする人たちにも、何をしたいのか聞けばいいのではないでしょうか」


 室内が静かになった。


「農業をしたい人。工房を持ちたい人。商売を始めたい人。新しい町で教師になりたい人。冒険者として活動したい人。それぞれ希望が違います」


 クレインの表情が変わった。


 今度は悪い顔ではなかった。


「なるほど」


 エミリーは続ける。


「土地を先に割り振るのではなく、希望を集めてから必要な地域を開発する。その方が無駄が少ないと思います」


「採用しましょう」


 クレインの返答は速かった。


 オーキスも頷く。


「それでいい」


 アレクサンドは二人を見ながら、小さく笑った。


 まだ領土を受け取ることすら決まっていない。


 それでも、受け取った後に誰がそこで暮らし、何をするのか。


 王宮だけで決める話ではなくなっていた。


 新しい土地をどう使うのか。


 それを決めるのは、そこで生きる人々でもある。


 アルデバラン王国らしい話になり始めていた。




 会議で決まったのは、領土を受け取ることではなかった。


 調べること。


 公国の意思を確認すること。


 割譲予定地域に暮らす者がいるなら、その意思を尊重すること。


 そして、アルデバラン王国が本当にその土地を必要としているのかを数字で確認すること。


 エミリーは会議の内容を教導管理システムへ保存した。


 同時に、必要な調査項目を整理していく。


 人口。


 集落。


 地形。


 水源。


 森林。


 農業適地。


 鉱物資源。


 街道。


 魔物分布。


 さらに、王国内で新たな土地を必要としている者たちの希望も調べる。


 農業。


 牧畜。


 林業。


 鉱業。


 建築。


 商業。


 工房。


 運送。


 教育。


 医療。


 冒険者。


 行政。


 必要になる仕事は多かった。


「随分と大きな調査になるな」


 アイクが言った。


「そうでもありません」


 エミリーは記録を整理しながら答えた。


「教導管理システムを使えば、各地の行政機関やギルドから情報を集められます。現地調査についても人数を増やせば短期間で終わります」


「人数を増やす?」


「はい」


 エミリーは三団長を見た。


 三人が揃って嫌な予感を覚えた。


「十一万人いますから」


「おい」


 アイクが即座に反応した。


「さっきから俺たちを便利に使いすぎじゃないか?」


「便利なのですか?」


「自分で言っただろ」


「便利なら使うべきでは?」


「クレインみたいなことを言い始めたぞ」


 クレインは何も言わなかった。


 アッシュが苦笑する。


「現地調査なら、確かに俺たちでもできるな」


「索敵も使えますし、飛行も転移もできます」


 ロックウェルも諦めたように頷いた。


「十一万人を地域ごとに分ければ、相当な面積でも調べられる」


「それに鑑定もあります」


 エミリーが付け加えた。


 アイクは天井を見た。


「もう騎士団なのか何なのか分からんな」


「王国騎士団です」


「知ってる」


 オーキスが笑った。


「戦がないのは良いことだ。働いてもらえ」


「陛下まで……」


「嫌なのか?」


「いいえ」


 アイクは即答した。


 戦争をするより、土地を調べている方が遥かにいい。


 それに、騎士団の役割は敵国の兵士と戦うことだけではない。


 王国と王国民を守る。


 新しい土地が王国になる可能性があるなら、その安全を確認することも仕事の一つだった。


「では、調査計画を作成します」


 クレインが言った。


「ただし、我が国だけで勝手に公国領へ入るわけにはいきません。ライラ殿へ正式に許可を求めます」


「当然ね」


 マーガレットが頷いた。


 アレクサンドが念話を使う。


『ライラ、今いいかしら?』


 返事はすぐにあった。


『はい』


『先ほどの提案について王宮で協議したわ』


『ありがとうございます』


『まだ受けるとは決めていない。ただ、検討するために現地を調査したいの。構わないかしら?』


『もちろんです』


 ライラの返答に迷いはなかった。


『必要な人数を入れていただいて構いません。公国側からも案内役を出します』


『もう一つ。割譲について、公国の民の意思を直接確認したい』


 僅かな間があった。


『承知致しました』


『反対する人がいても問題にはしないわ』


『分かっています』


『ありがとう』


 念話を終える。


「許可が出ました」


「早いな」


 オーキスが言った。


「公国側から案内役も出してくれるそうです」


「なら進めよう」


 クレインがエミリーへ視線を向ける。


「調査項目を確定してください」


「はい」


「三団長は調査部隊の編成を」


「分かった」


 今度は三人とも素直に答えた。


 話が決まれば速かった。


 誰がどの地域を担当するのか。


 何を調べるのか。


 どの情報を教導管理システムへ登録するのか。


 公国側とどのように連携するのか。


 その場で役割が割り振られていく。


 アレクサンドは、その様子を眺めていた。


 少し前まで、王国では土地が足りなくなる可能性が問題になっていた。


 一方のミストバルカス公国では、人口四百八十万人に対して国土が広すぎることが問題になっていた。


 片方には人がいる。


 片方には土地がある。


 奪う必要はなかった。


 戦う必要もない。


 互いに困っていることを持ち寄ればいい。


「不思議なものね」


 アレクサンドが呟いた。


 マーガレットが振り向く。


「何が?」


「これだけの領土が動こうとしているのに、誰も剣を抜いていないことよ」


 マーガレットも地図を見る。


 現在のアルデバラン王国の五倍に相当する土地。


 本来なら、国家同士が血を流して奪い合ってもおかしくない広さだった。


 それが今、会議と調査だけで動こうとしている。


「その方がいいでしょう?」


「ええ」


 アレクサンドは笑った。


「ずっといいわ」


 オーキスは二人の会話を聞きながら、地図へ目を落とした。


 まだ国境線は変わっていない。


 領土も増えていない。


 決まったのは、調査を始めることだけだった。


 それでもアルデバラン王国は、また一つ大きく変わろうとしていた。


 今度も、戦争ではなかった。





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