157 オーキス王を賛美する
国際冒険者ギルドに、一つの提案が持ち込まれた。
最初に声を上げたのは、アルデバラン王国の名のある貴族でも、高位の冒険者でもない。
ごく普通の王国民だった。
提案の内容は単純だった。
――オーキス・アルデバラン国王を、国際冒険者ギルドとして正式に表彰してほしい。
冒険者ギルドは、その提案を軽く扱わなかった。
一国の国王を国際組織が表彰する。
前例がないわけではない。
だが、政治的な意味を持つ可能性がある以上、簡単に決めてよいことでもなかった。
各支部から意見が集められた。
救済活動に携わった冒険者。
亡命支援を担当した職員。
商業、食品、薬師など各ギルドからも資料が寄せられた。
そして何より、教導管理システムに残された膨大な記録があった。
憶測ではない。
噂でもない。
誰かが作った英雄譚でもなかった。
実際に起きたことが記録されている。
冒険者ギルドは検討を重ねた。
その結果、一つの結論に達した。
国際冒険者ギルドは、アルデバラン王国国王オーキス・アルデバランを正式に表彰する。
表彰理由もまた、教導管理システムへ保存されることになった。
かつてアルデバラン王国の人口は、およそ二千万人だった。
現在は六千六百万人。
僅かな期間に四千六百万人もの人々を受け入れたことになる。
帝国。
公国。
神聖ラトリア。
さらにアーデン王国やロクス王国をはじめとする各国からも、人々が新天地を求めて流入した。
人間だけではない。
獣人、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、魔族。
出身も種族も異なる。
それでも国家は分裂しなかった。
旧来の王国民だけを優遇する制度も作られなかった。
新たに来た者たちを、いつまでも保護されるだけの存在として扱うこともしなかった。
学ぶ。
働く。
自立する。
そして今度は、自分が誰かを教える。
新たな王国民たちは、次々と社会を支える側へ回っていった。
神聖ラトリアから一千万人規模の亡命希望が伝えられた時も、オーキスの決断は速かった。
前例がない。
受け入れられるか分からない。
まず長期間検討するべきだ。
そうして決断を先送りすることもできた。
オーキスはしなかった。
亡命を許可した。
必要な行政処理は宰相クレイン・レッドバルトを中心とする行政組織へ任せ、国際冒険者ギルドとも連携した。
王がすべてを自分で処理するのではない。
能力のある者へ任せる。
新しい技術や制度も、前例がないという理由だけで退けない。
結果が示されれば採用する。
問題があれば修正する。
その積み重ねによって、王国は変わった。
犯罪率は限りなく低くなった。
魔物による被害も大幅に減少した。
食料は豊富に流通し、料理の種類も増えた。
治癒、医療、衛生に関する知識が広まり、病によって命を落とす者も減った。
教育と教導は王国各地へ広がった。
仕事を求める者には、新しい仕事が生まれ続けた。
国庫は潤い、国民の生活も豊かになった。
奴隷だった者。
娼婦だった者。
貧困街で暮らしていた者。
亜人であることを理由に迫害された者。
その過去だけを理由に、未来を閉ざされることもない。
そして神聖ラトリアで国家規模の犯罪が明らかになった時も、アルデバラン王国は領土を奪うための侵攻を行わなかった。
国民をアンデッドへ変える行為を、人道に対する罪と断じた。
人類の敵となる行為を止め、犯罪に関与した者を捕縛し、司法へ委ねた。
国際的な批判が起きても、その方針を曲げなかった。
そして最後には十一万人の王国騎士団を投入した。
そこまでは、一国の王として理解できる。
教導管理システムには、その先まで記録されていた。
オーキス・アルデバラン。
国王本人も戦場にいた。
デスナイト。
デュラハン。
その他、多数の上級アンデッド。
オーキスは騎士たちと並び、自ら剣を振るった。
しかも記録によれば、かなり楽しそうに。
その戦いを経て、オーキスは新たな力へ覚醒している。
聖属性。
付与属性。
そして――聖騎士。
国を豊かにした。
民を飢えさせなかった。
病を減らした。
治安を改善した。
四千万人を超える人々を受け入れ、多種族、多民族が共存する国家を成立させた。
そのうえ、自ら剣を持って人々を守った。
国際冒険者ギルドの審査において、最後まで問題になったのは一つだけだった。
表彰するべき功績が多すぎたのである。
国際冒険者ギルドでは、表彰文の作成が続いていた。
問題は評価ではない。
何を記載するかだった。
教導管理システムに保存された記録を確認すればするほど、表彰理由が増えていく。
国政。
問題なし。
人事。
能力と実績を重視し、出自に左右されない登用が進んでいる。
経済。
人口が急増しているにもかかわらず成長を続けている。
治安。
犯罪率は極めて低い。
魔物対策。
騎士団と冒険者ギルドの連携、教導による戦力向上によって被害は大幅に減少している。
医療、治癒、衛生。
いずれも王国全土へ普及が進んでいた。
教育。
学校だけではない。
冒険者、職人、農民、商人、料理人、治癒師、薬師。
様々な職業で教導が行われ、学んだ者が次の者を育てる循環が生まれている。
そして国民幸福度。
高い。
人口六千六百万人。
そのうち、およそ四千六百万人が国外に出自を持つ。
これだけでも国家運営として異例だった。
人口が短期間で三倍を超えれば、住宅、食料、仕事、教育、治安、医療、行政。
あらゆる分野へ負担が掛かる。
まして、異なる国で生まれ育った人々である。
言葉や習慣だけではない。
身分制度に対する考え方も違う。
宗教観も違う。
種族さえ違う。
だが、アルデバラン王国では大規模な対立が発生していない。
国際冒険者ギルドが特に高く評価したのは、その部分だった。
オーキスは、生粋の王国民に特権を与える方向へ進まなかった。
帝国出身だから下。
公国出身だから下。
神聖ラトリア出身だから信用できない。
そのような扱いを国家制度に持ち込まなかった。
元奴隷であっても働ける。
元娼婦であっても教師になれる。
貧困街出身でも、人を導く側へ立てる。
能力と実績があれば、さらに上を目指せる。
国際冒険者ギルドは、一つの項目を追加した。
――多種族、多民族、多出身国による社会統合。
評価は成功。
外交面についても検討された。
神聖ラトリアへの対応では、一部の国家から非難があった。
それでもオーキスは、軍事力による報復を行わなかった。
領土も要求しなかった。
国家そのものを敵とするのではなく、人道に対する罪を犯した者を犯罪者として扱った。
結果として国際冒険者ギルドの調査によって事実が明らかになり、アルデバラン王国への支持は広がった。
外交的信用。
高い。
緊急時の決断。
速い。
部下への権限委譲。
適切。
新技術への対応。
良好。
そして本人の戦闘能力。
高い。
最後の項目だけ、少し異質だった。
国王の統治能力を表彰する文書に、本来なら必要のない項目である。
だが、記録に残っている以上、無視する理由もなかった。
十一万人の王国騎士団と共に神聖ラトリアへ入り、上級アンデッドと交戦。
デスナイト、デュラハンを自ら討伐。
戦闘終了後、聖属性、付与属性に覚醒。
さらに聖騎士へ覚醒。
国際冒険者ギルドの職員たちは、記録をそのまま採用した。
誇張する必要がなかったからだ。
こうして表彰文が完成した。
そして、その内容は教導管理システムへ正式に保存された。
誰か一人の記憶に残すためではない。
オーキス本人を神格化するためでもない。
どのような統治が、どのような結果を生んだのか。
それを後世まで検証できる記録として残すためだった。
表彰の日。
王宮には国際冒険者ギルドの代表者たちが訪れていた。
オーキスは事前に表彰されることだけは知らされていた。
だが、その理由の詳細までは聞かされていなかった。
読み上げられていく内容を、オーキスは黙って聞いていた。
人口二千万人から六千六百万人。
四千六百万人の受け入れ。
治安。
経済。
医療。
教育。
多種族統合。
亡命者政策。
外交。
そして神聖ラトリアでの行動。
そこまで聞いたところで、オーキスの眉が僅かに動いた。
「待て」
代表者が読み上げるのを止めた。
「はい」
「余がデュラハンを斬ったことまで必要なのか?」
「記録されていますので」
「そうか」
オーキスはそれ以上何も言わなかった。
隣にいたバイオレットは楽しそうに微笑んでいる。
クレインは表情を変えなかった。
アレクサンドだけが、静かに額へ手を当てていた。
表彰文は最後まで読み上げられた。
国際冒険者ギルドは、オーキス・アルデバランの統治と功績を高く評価する。
そして最後に、一つの称号が添えられた。
――聖騎士の王。
オーキスはしばらく表彰状を見つめた。
「悪くないな」
アレクサンドが、さらに深く頭を抱えた。
国際冒険者ギルドによる表彰が終わった。
オーキス・アルデバラン。
人口二千万人だった王国を、僅かな期間で六千六百万人を擁する国家へと変えた王。
四千六百万人もの外来人口を受け入れながら、大きな混乱も分裂も起こさなかった。
国を豊かにし、治安を改善し、教育と教導を広げた。
多種族、多民族、多出身国の人々を王国民として受け入れた。
そして神聖ラトリアでは、十一万人の騎士団とともに自ら剣を振るい、聖騎士へ覚醒した。
その功績に異論を唱える者はいなかった。
アレクサンドも同じだった。
王女マーガレットの直属として、王国が変化していく過程を近くで見続けてきた。
オーキスの判断が常に派手だったわけではない。
むしろ逆だった。
必要な時に決める。
任せるべき時には任せる。
結果が出れば認める。
自分の知らない技術だからという理由で退けない。
身分や出自より、実際に何ができるかを見る。
それを積み重ねてきた。
アレクサンドは、オーキスが国際冒険者ギルドから表彰されたことを心から喜んでいた。
自分が仕える王国の王が、その統治を国際組織から評価されたのだ。
誇らしくないはずがない。
ただし。
頭痛の種は、減るどころか増える一方だった。
「聖騎士の王か」
表彰状を手にしたオーキスが、もう一度その言葉を口にした。
どこか満足そうだった。
アレクサンドの眉が僅かに動く。
「陛下」
「なんだ?」
「その称号をお気に召されたのですか?」
「悪くはない」
「そうですか……」
アレクサンドは額へ手を当てた。
バイオレットが小さく笑う。
「素晴らしいではありませんか。聖騎士であり、王でもあるのですから」
「バイオレットもそう思うか」
「もちろんです」
「王妃陛下まで……」
アレクサンドの頭痛が一段階ひどくなった。
表彰そのものには何一つ問題がない。
表彰理由にも異論はない。
聖騎士へ覚醒したことも事実である。
問題は、オーキスがその称号を気に入っていることだった。
クレインは表彰文を確認していた。
「内容について、事実との相違はありません」
「宰相閣下」
「何でしょう」
「そこではありません」
「では、どこでしょうか」
アレクサンドは答えなかった。
説明するのも難しかった。
国王として問題があるなら諫められる。
政策に問題があるなら反対できる。
危険な判断なら止めればいい。
だが、何もない。
国政は安定している。
経済は成長している。
治安もいい。
民は豊かになった。
六千六百万人もの人口を抱えながら食料不足も起きていない。
亡命者も次々と仕事を得て、自立している。
オーキス自身も健康だった。
そして強い。
そこが困る。
神聖ラトリアで十一万人の騎士団が出陣した時も、国王自ら戦場へ向かったことだけなら諫める余地があった。
ところが実際には、デスナイトもデュラハンも問題なく斬り伏せている。
負傷すらしていない。
そのうえ聖騎士へ覚醒して帰ってきた。
結果だけを見れば、成功しか残っていなかった。
「アレクサンド」
オーキスが声を掛けた。
「はい、陛下」
「何をそんなに難しい顔をしている?」
「陛下の偉業を心から喜んでおります」
「そうか」
「それと同時に、頭が痛いのです」
「なぜだ?」
「それが説明できれば、私も苦労しておりません」
バイオレットがまた笑った。
オーキスは首を傾げている。
アレクサンドは小さく息を吐いた。
名君である。
それは疑いようがない。
国際冒険者ギルドまで正式に認めた。
だからこそ困るのだ。
少しでも失政があれば、それを理由に大人しくしてもらえる。
だが、そんなものは見当たらない。
王として優秀。
統治者として優秀。
決断も速い。
部下も育てる。
そして本人まで強い。
アレクサンドには、オーキスを止める材料が何もなかった。
表彰を終えた国際冒険者ギルドの代表者たちが退室していく。
オーキスは改めて表彰状を眺めた。
「聖騎士の王、か」
「陛下」
「分かっている。何もせん」
「まだ何も申し上げておりません」
「顔に書いてあるぞ」
アレクサンドは黙った。
バイオレットは楽しそうだった。
クレインはいつも通りだった。
王国は今日も平和である。
それなのに、アレクサンドの頭痛だけは、ひどくなるばかりだった。
オーキスの表彰は、教導管理システムを通じて王国各地へ共有された。
国際冒険者ギルドによる正式な表彰である。
王宮が作った宣伝ではない。
国王自身が命じて作らせた記録でもない。
そもそもの始まりは、一人の王国民から冒険者ギルドへ寄せられた提案だった。
それを国際冒険者ギルドが検討し、各地の記録を確認したうえで決定した。
王都の酒場でも話題になった。
「陛下が表彰されたらしいぞ」
「知ってる。国際冒険者ギルドからだろ?」
「聖騎士の王だってよ」
「そこかよ」
笑いが起きた。
だが、誰も表彰そのものを疑ってはいなかった。
帝国から来た男が酒を飲みながら口を開いた。
「俺がここへ来た時は、まだこんなに人はいなかったな」
「いつだ?」
「帝国から大勢で来た頃だ。最初はどうなるかと思ったよ」
隣にいた公国出身の職人が頷く。
「俺もだ。住む場所があるだけでもありがたいと思ってた」
「今は?」
「仕事が忙しすぎる」
また笑いが起きた。
神聖ラトリアから亡命してきた元神官も、その輪にいた。
「私はまだ来たばかりですが、治癒院で働いています」
「教導は?」
「受けました。今度は新人を教える側です」
「早いな」
「人が足りませんから」
誰も彼らを外国人とは呼ばなかった。
帝国出身。
公国出身。
神聖ラトリア出身。
それは過去を示す言葉でしかない。
今は同じ王国で働き、同じ店で酒を飲んでいる。
地方でも反応は似ていた。
農村では、農民たちが表彰内容を聞きながら畑を耕していた。
「昔はこんなに作物の種類はなかったな」
「ああ。腹は膨れたが、それだけだった」
「今じゃ酒まで選べる」
「肉もな」
昔のアルデバラン王国が貧困国家だったわけではない。
飢えに苦しむ国でもなかった。
だが、今ほど豊かではなかった。
盗賊もいた。
街道を移動するには危険が伴った。
魔物による被害も珍しくなかった。
食事も現在ほど種類が多くない。
治癒や衛生についても、今とは比較にならなかった。
その変化を知っている生粋の王国民ほど、今回の表彰を素直に受け入れていた。
自分たちだけで国を変えたわけではないことも知っている。
教師が来た。
冒険者が育った。
商人が動いた。
職人が新しい技術を覚えた。
農民も学んだ。
外から来た者たちも、その中へ加わった。
誰か一人が六千六百万人の国家を作ったわけではない。
それでも、その変化を止めず、必要な決断を下し続けた王がいた。
だから表彰された。
それだけのことだった。
王宮では、オーキスが普段通り政務を行っていた。
表彰されたからといって、仕事が減るわけではない。
クレインから提出された報告へ目を通す。
「亡命者の就業状況は?」
「順調です。神聖ラトリアから来た者についても、教導を終えた者から各職場へ配置されています」
「住居は?」
「問題ありません」
「学校は?」
「増設を続けています」
「そうか」
オーキスは次の書類を手に取った。
特別なことは何もない。
王が決めなければならないことを決める。
行政に任せるべきことは行政へ任せる。
現場で判断できることまで王宮へ持ち込ませない。
それが積み重なった結果が、今回の表彰だった。
そこへバイオレットがやって来た。
「陛下」
「どうした?」
「国民の間でも、表彰が随分と話題になっているそうですよ」
「そうか」
「嬉しくはありませんか?」
「嬉しくないとは言わん」
オーキスは書類から顔を上げた。
「だが、余一人で六千六百万人を食わせているわけではない」
バイオレットが微笑んだ。
「だからこその表彰なのでしょう」
「そういうものか」
「そういうものです」
オーキスは少し考え、再び書類へ目を落とした。
その日の夕方。
アレクサンドは教導管理システムに保存された表彰記録を確認していた。
国政。
人事。
経済。
治安。
医療。
教育。
亡命者政策。
多種族、多民族統合。
外交。
そして聖騎士。
どこを見ても、文句の付けようがなかった。
「……名君なのよね」
小さく呟く。
心からそう思っている。
尊敬もしている。
表彰されたことも嬉しい。
ただ、一番下に残された戦闘記録が目に入った。
デスナイト討伐。
デュラハン討伐。
聖騎士覚醒。
アレクサンドは額を押さえた。
「どうして最後だけこうなるのかしら……」
答える者はいなかった。
教導管理システムには、事実だけが残っている。
そしてその事実こそが、アレクサンドの頭痛の原因だった。




