152 筆頭情報官
神聖ラトリアの地下ダンジョンでの戦闘を終え、十九人には新たに剣豪が発現していた。
神官だったアリシアは、すでに剣聖まで発現している。
剣を握ってから大した日数も経っていない者たちが、オリハルコンの剣を使い、聖属性まで纏わせてアンデッドを斬り続けた結果だった。
地上では別の作業も進んでいる。
アリーが運用していた魔石回収ゴーレムたちが、墓地一帯を歩き回っていた。
アンデッドが残した魔石を見つけて拾い、肩から下げたマジックバッグへ収納する。
回収された魔石は、すでに数十万個に達していた。
「もう残っていませんね」
アリーは索敵で周囲を確認した。
ゴーレムたちを呼び戻す。
小さな土のゴーレムが次々と集まり、アリーの前に整列した。
「お疲れさまでした」
一体ずつアイテムボックスへ収納する。
最後の一体を戻したところで、アリーは満足そうに頷いた。
その様子を少し離れた場所から見ていたアレクサンドへ、突然念話が入った。
『アレクサンド』
マーガレットだった。
『はい、殿下』
『王宮がエミリーを欲しいんだって』
『……はい?』
アレクサンドは頭を抱えた。
聞き間違いではない。
『ずっと端末で報告していたでしょう? 王宮で評価されたみたいよ』
『それで王宮勤務に?』
『そういうこと。本人が承諾するなら連れてきて』
『承知しました』
念話が切れた。
アレクサンドは小さく息を吐く。
「本当に次から次へと……」
今度はイプシオへ念話を繋いだ。
『はじめまして。私はアレクサンド侯爵よ。ガイルの妻と言った方が分かりやすいかしら?』
『え?』
イプシオの声が裏返った。
『ガイル先生の奥様?』
『そうよ。突然で悪いんだけど、王宮がエミリーを欲しいんだって』
『王宮が?』
イプシオは端末を操作していたエミリーを見る。
「エミリー」
「何?」
「王宮で働いてほしいらしい」
「私が?」
「ああ」
エミリーも驚いていた。
イプシオは少し考え、念話を返した。
『代わりの人材は手配してくれますよね?』
『もちろんよ』
『それなら構いません』
エミリーも頷いた。
「行ってみるわ」
話は決まった。
アレクサンドがステルスを解除して姿を現す。
「じゃあ行くわよ」
「はい」
二人はその場から転移した。
◇
王宮の謁見の間。
そこには国王オーキス・アルデバランと宰相クレインが待っていた。
転移してきたエミリーが頭を下げる。
オーキスは玉座から彼女を見た。
「そちがエミリーか?」
「はい」
「余はこの国の王、オーキス・アルデバランである」
「エミリーと申します」
国王自ら自己紹介した。
オーキスは難しい前置きをしなかった。
「エミリー。王宮で働いてくれんか?」
「承りました」
「うむ」
即答だった。
横にいたアレクサンドが目を丸くする。
少し前まで娼婦だった女性が王宮へ呼ばれ、国王本人から働いてくれと言われた。
そして本人も普通に承諾した。
「……決まったのですか?」
「決まったぞ」
オーキスは当然のように答えた。
そしてアレクサンドを見る。
「アレクサンド侯爵」
「はい」
「そちはいつも良い仕事をするのう。感謝するぞ」
「……はい?」
アレクサンドが固まった。
オーキスから褒められた。
何か叱られる理由を探す必要もない。
純粋に褒められたのだ。
「ありがとうございます」
少し遅れて返事をする。
オーキスは満足そうに頷いた。
「クレイン。後は任せたぞ」
「ははっ」
王はクレインに任せ、謁見の間から下がっていった。
残されたアレクサンドは、まだ少し不思議そうな顔をしていた。
◇
一方、神聖ラトリアでは、エミリーの代わりとなる人材が早くも派遣されていた。
イプシオたち九人とアリシアたち神官十人が、新しく来た女性を見る。
まず目につくのは、その身長だった。
女性としてはかなり高い。
豊かな胸と尻、それとは対照的に細くくびれた腰。顔立ちも整っている。
そして人族ではない。
魔族だった。
さらに特徴を見れば、サキュバス系だと分かる。
女性は十九人の視線を受けながら、落ち着いて頭を下げた。
「エミリアと申します。本日からエミリーさんに代わって、記録と報告を担当いたします」
イプシオが瞬きをした。
「エミリア?」
「はい」
「エミリーの代わりが?」
「エミリアです」
「……ややこしいな」
「私もそう思います」
エミリアは真顔で答えた。
十九人の新しい仲間として、サキュバス系魔族のエミリアが加わった。
謁見の間に残ったクレインは、エミリーへ視線を向けた。
「まず、こちらへ来てもらいたい」
「はい」
アレクサンドも一緒に謁見の間を出る。
三人が向かったのは、王宮の文官たちが働く執務区画だった。
部屋へ入ったエミリーは足を止めた。
机が並んでいる。
その上には大量の書類。
棚にも書類。
別の机にも書類。
文官たちは忙しそうにそれらを確認していた。
「……多いですね」
「多い」
クレインが即答した。
「人口が急激に増えた。旧帝国からの移住者、亡命者、保護した者たちもいる。王国の行政規模そのものが以前とは違う」
アルデバラン王国の人口は、すでに五千五百万人に達している。
だが、行政組織の拡大は人口増加に追いついていなかった。
「それで私に何を?」
「まず、これを見てほしい」
クレインが書類の束を渡した。
エミリーは受け取る。
食料生産量。
街道整備。
住宅建設。
公衆浴場。
冒険者ギルド。
各地の治安報告。
移住者の受け入れ。
商業ギルドからの要望。
読み進めるうちに、エミリーの眉が寄った。
「宰相様」
「なんだ?」
「これ、全部を今日やるんですか?」
「可能な限り処理する」
「無理ですよ」
クレインが止まった。
アレクサンドは黙って二人を見ている。
「なぜそう思う?」
「人が足りません。それに、急がなくていいものまで混じっています」
「どれだ?」
エミリーは書類を分け始めた。
「これは今日です」
食料供給。
「これも。街道の崩落なら放置すると物流が止まります」
次。
「これは後でいいです」
「なぜだ?」
「公衆浴場の増設希望ですよね。既存の浴場が足りていないとは書いてありません」
「将来的には必要になる」
「将来ですよね?」
「……そうだな」
「じゃあ今日じゃないです」
別の束へ置いた。
アレクサンドの口元がわずかに緩んだ。
さらにエミリーは書類を読む。
「これも後」
「待て。それは商業ギルドからの要望だ」
「三か月後の市場拡張ですよ?」
「事前の準備が必要になる」
「三か月もあるのに、今日決裁する必要があります?」
クレインが考える。
「……ないな」
「後です」
書類が移動する。
クレインは少し不満そうだったが、止めなかった。
しばらくすると、山になっていた書類がいくつかの束へ分かれていた。
「今日」
「三日以内」
「今月」
「急がない」
エミリーが指差す。
「これでいいんじゃないですか?」
クレインは腕を組んだ。
「単純すぎないか?」
「単純にしないと終わらないですよ」
「しかしな……」
クレインは「今月」の束から一枚を抜いた。
「これは早めた方がいい」
「住宅?」
「そうだ」
「まだ不足していませんよ」
「現在はな」
クレインが地図を広げる。
「この地域には工房が増えている。雇用が増えれば人口も集まる。住宅建設を始めてから完成するまでには時間がかかる」
エミリーは地図と書類を見比べた。
「なるほど……」
「今だけを見るなら急ぐ必要はない。だが二か月後には不足する可能性が高い」
「じゃあ三日以内?」
「それでいい」
エミリーが書類を移した。
「宰相様、こういうの得意なんですね」
「余は宰相だぞ」
「でも書類に埋もれてましたよね?」
「……」
アレクサンドが横を向いた。
笑うのを堪えている。
クレインは咳払いした。
「続けるぞ」
「はい」
二人は次々と書類を整理していった。
エミリーが緊急性を見る。
クレインが長期的な影響を見る。
どちらか一方だけでは判断を誤る。
だが二人で見ると、処理速度が明らかに上がった。
やがてクレインが一枚の報告書を手にした。
「これは?」
「後でいいと思います」
「いや。今日だ」
「どうしてです?」
「小さな揉め事が複数の町で起きている」
「大した事件じゃありませんよ?」
「一件ずつならな」
クレインは複数の報告を並べた。
旧帝国出身者。
以前から王国に住んでいた者。
別の地域から移住してきた者。
文化も習慣も違う。
「今は小さい。だが同じ種類の揉め事が増えている。放置すれば差別や対立に変わる可能性がある」
エミリーの表情が変わった。
「……それは今日ですね」
「そういうことだ」
今度はエミリーがその書類を最優先の束へ置いた。
アレクサンドは二人を見ていた。
少し前まで、クレインは慎重すぎるところがあった。
エミリーは逆に、必要のないものを切るのが早い。
互いに違う。
だからこそ、噛み合っていた。
「面白い組み合わせね」
アレクサンドが呟く。
「何か?」
「何でもないわ」
その時だった。
エミリーがクレインを見た。
「宰相様、もう一ついいですか?」
「なんだ?」
「これだけ仕事が増えてるのに、どうして文官を増やさないんです?」
クレインが黙った。
アレクサンドもクレインを見る。
「……育成には時間がかかる」
「教導すればいいじゃないですか」
「……」
再び沈黙。
エミリーは首を傾げた。
「アルデバラン王国って、それが得意なんでしょう?」
クレインは答えなかった。
答えられなかった。
あまりにも当たり前のことを、今まで見落としていたからだった。
「教導すればいいじゃないですか」
エミリーの言葉を聞いて、クレインは黙り込んだ。
文官を増やす。
それ自体は何度も考えてきた。
だが行政には経験が必要だ。読み書きや計算ができるだけでは務まらない。法、税、人口、物流、各ギルドとの調整。覚えることはいくらでもある。
「エミリー。文官は簡単には育たん」
「どうしてです?」
「行政には経験が必要だからだ」
「宰相様は長いんですよね?」
「何がだ?」
「宰相をやってる期間です」
「長いぞ」
「なら教えられますね」
「……」
クレインが止まった。
横で聞いていたアレクサンドが口元を押さえる。
「ふふっ」
「アレクサンド侯爵?」
「ごめんなさい。続けて」
クレインは咳払いした。
「教えるにしても、どこまで短期間で身につくか分からん」
「やってみればいいじゃないですか」
また単純な答えだった。
アレクサンドが今度は頷いた。
「そうね。やってみましょう」
「侯爵まで……」
「失敗しても、今と変わらないでしょう?」
クレインは少し考えた。
「……それもそうだな」
近くにいた若い文官が呼ばれた。
クレインは一枚の書類を渡す。
「住宅地拡張の申請だ。お前なら何を見る?」
「現在の人口と、必要な住宅数を確認します」
「それだけでは足りん」
クレインは地図を広げた。
「現在だけを見るな。街道、工房、農地、市場、今後予定されている事業も見る。人が集まる理由があるなら、半年後、一年後まで考える」
「はい」
「住宅だけ造っても町は成立せん。食料と日用品が継続して入る物流が必要だ。働く場所もいる」
若い文官が書類を見直す。
「この地域では、新しい紡織工場の建設が予定されています」
「なら人口はどうなる?」
「増えます」
「どのくらいだ?」
「工場で働く人数だけでは……」
「家族も来る。商人も来る。飲食店も増える。物流を担う者も必要になる」
「なるほど……」
若い文官の目が変わった。
「では、住宅だけではなく商業ギルドと食品ギルドにも確認を?」
「そうだ。街道の輸送量も確認しろ。足りなければ物流拠点を先に拡張する」
「はい!」
若い文官は地図と書類を何度も見比べた。
やがて顔を上げる。
「宰相様。この申請、住宅の増設だけを許可するより、物流拠点の拡張を同時に進めた方がいいのでは?」
「その通りだ」
クレインが頷いた。
若い文官は自分自身を鑑定する。
「……教導スキルが発現しています」
「何?」
クレインも自分を鑑定した。
確かに教導スキルが発現している。
アレクサンドが笑った。
「できたじゃない」
「……できたな」
クレインは自分の手を見る。
何十年もやってきた仕事だ。
今まで当たり前すぎて、それを誰かに体系立てて教えるという発想がなかった。
「もう一人呼べ」
今度はクレイン自身が言った。
そこからは早かった。
数人。
十人。
さらに文官が集められる。
教材は必要ない。
王宮には実際に処理しなければならない案件が山ほどある。
「この三件を見ろ。どれを先に処理する?」
文官たちが考える。
エミリーも横から覗いた。
「これじゃないですか?」
「なぜだ?」
「街道が崩れて物流が止まってます」
「そうだ。では次は?」
一人の文官が答える。
「こちらの市場拡張です」
「違う」
エミリーが別の書類を指した。
「こっちです」
「なぜです?」
「犯罪者が増えてるって報告ですよ。市場は明日でも逃げません」
「なるほど……」
クレインがエミリーを見る。
「言い方はともかく、判断は正しい」
「言い方まで必要ですか?」
「王宮では必要だ」
「面倒ですね」
「覚えろ」
「はい」
アレクサンドがまた笑った。
クレインは長期的な影響を見る。
エミリーは今、誰が困っているかを見る。
二つの視点が混ざることで、文官たちの判断速度が上がっていった。
そしてクレイン自身にも変化が起きた。
書類を手にした瞬間、これまでとは違う情報が見える。
緊急度。
重要度。
影響範囲。
必要人員。
関連部署。
処理期限。
「……なんだ、これは」
クレインは自分を鑑定した。
《行政鑑定 Lv5》
「レベル五?」
エミリーが覗き込む。
「いきなりですか?」
「なぜ五なのだ?」
「ずっと宰相やってたからじゃないですか?」
「そういうものなのか?」
「知りません」
アレクサンドが吹き出した。
「ふふっ。あなたたち、本当に面白いわね」
だが変化はクレインだけではなかった。
エミリーも書類を見て首を傾げた。
「私にも何か増えてます」
「何だ?」
「教導スキル……レベル七」
「七?」
「それと行政鑑定です」
今度はクレインが驚いた。
エミリーは行政鑑定を使って、先ほど後回しにした書類を見る。
「あ……」
「どうした?」
「これ、今月中には始めた方がいいですね」
「なぜだ?」
「二か月後に人が増えるから」
クレインが小さく頷いた。
「分かってきたではないか」
「宰相様も、さっきより決めるのが早くなりましたよ」
「余は元からできる」
「書類に埋もれてましたけど」
「……次へ行くぞ」
「はい」
アレクサンドはとうとう声を上げて笑った。
二人は互いに足りなかったものを補い始めていた。
そして、そのやり取りを間近で見ていた文官たちにも、行政という仕事を見る新しい感覚が芽生え始めていた。
変化はクレインとエミリーだけでは終わらなかった。
同じ部屋で二人のやり取りを見ていた文官たちも、それぞれ自分の担当する書類を見直していた。
「……これは」
一人の文官が声を上げる。
「どうした?」
クレインが尋ねた。
「書類から、今までとは違う情報が見えます」
別の文官も自分自身を鑑定する。
「私もです。行政鑑定が発現しています」
「こちらもです!」
次々と声が上がった。
クレインが長年の経験から教えた行政の見方。
エミリーが示した優先順位。
それを実際の案件へ当てはめたことで、文官たちがこれまで積み上げてきた経験が形になっていた。
部屋にいた文官たち全員に行政鑑定が発現していた。
「全員か……」
クレインが周囲を見る。
「便利になったんだから、いいじゃないですか」
エミリーは気にしていない。
「そう簡単に言うがな」
「使えるなら使いましょう」
「……そうだな」
クレインも行政鑑定を使った。
「では実際に処理する。これは?」
文官が書類を見る。
「緊急度は高くありません。ただし影響範囲が広いです。今月中に担当部署を決めるべきかと」
「よし。これは?」
「街道の一部が崩落しています。物流に影響が出ていますので最優先です」
「土木担当へ。冒険者ギルドにも協力を要請しろ」
「はい!」
書類の山が急速に低くなっていった。
だが、クレインは満足しなかった。
「やはり足りんな」
「何がです?」
「人だ」
エミリーが文官たちを見る。
「かなり速くなりましたよ?」
「処理能力が上がっただけだ。国の規模そのものが以前とは違う」
アルデバラン王国の人口は、すでに五千五百万人。
元から王国に住んでいた者だけではない。
旧帝国から来た者。
亡命してきた者。
保護された者。
移住してきた者。
クレインはそこまで考えて、動きを止めた。
「……待て」
「どうしました?」
「五千五百万人もいるのだ」
「いますね」
「なぜ我々は、王都周辺だけで文官を増やそうとしていた?」
「私に聞かれても困ります」
「……そうだな」
クレインは地図を見つめた。
「人材がいないのではない」
行政鑑定を使い、各地の人口資料を見る。
「探していなかったのだ」
アレクサンドが頷いた。
「それは陛下に報告した方がいいわね」
「ああ」
◇
クレインはエミリーとアレクサンドを伴い、オーキスの執務室へ向かった。
謁見の間から下がったオーキスは、そこで別の書類に目を通していた。
「陛下、ご報告がございます」
「うむ」
クレインから一連の報告を聞いたオーキスは、机の上へ王国の地図を広げた。
「五千五百万人か」
改めて口にすると大きな数字だった。
「そう考えると、とんでもない数になったものだな」
「はい。行政組織の規模が人口増加に追いついておりません」
「なら増やせ」
オーキスは即答した。
「王都だけで探す必要もあるまい」
「私も同じ結論に至りました」
「亡命してきた者もいる。移民もいる。保護されて、そのまま我が国で暮らしている者もいる」
オーキスは地図上の各地へ視線を移した。
「その中にも優秀な者がいるのではないか?」
「間違いなくいるでしょう」
「なら探せ」
オーキスは続ける。
「出身地で分けるな。今ここで暮らしているなら、我が国の民だ」
クレインが頷いた。
「五千五百万人もいれば、文化も習慣も違う」
オーキスの指が地図の上を動く。
「小さな行き違いを放置すれば、やがて差別や犯罪の種になる。問題になってから動くのでは遅い」
「行政鑑定でも、すでにいくつか兆候が確認できます」
「なら先に摘め」
「ははっ」
「足らない部署は拡充せよ。行政だけではない。治安、教育、物流、その他必要なところへ人を入れろ」
クレインは少し考えた。
「文官については、最終的に現在の二十倍まで拡充したいと考えております」
「やれ」
「ははっ」
エミリーは二人のやり取りを聞いていた。
「王様って、決めるの早いですね」
「クレインが調べた後だからな」
オーキスは平然と答えた。
クレインが少しだけ眉を動かす。
「陛下」
「褒めておるのだぞ」
「……ありがとうございます」
アレクサンドが笑った。
「ところで」
オーキスがエミリーを見る。
「そちの役職をまだ決めておらなんだな」
「そういえば、そうですね」
「王宮で働くことだけ決めたからのう」
オーキスはクレインを見る。
「どうする?」
「神聖ラトリアから送られてきた報告を確認しております」
クレインはエミリーを見る。
「事実と推測を分けている。時系列も整理され、現場の変化も早い。何より、重要な情報を選んで送っている」
「うむ」
「先ほど行政案件を扱わせましたが、緊急性を判断する能力にも優れております。情報部門を任せるのが適任でしょう」
オーキスはすぐに頷いた。
「なら決まりだな」
エミリーへ向き直る。
「エミリー」
「はい」
「本日より、そちをアルデバラン王国の筆頭情報官とする」
「承りました」
「……」
アレクサンドがエミリーを見る。
エミリーは普通に立っている。
「ちょっと待って」
「何かしら?」
「あなた、驚かないの?」
「王宮で働いてくれと言われた時点で、何か仕事をするんだと思ってました」
「筆頭情報官よ?」
「はい」
「少し前まで娼婦だったのよ?」
「それもはい」
「……そういうもの?」
「私に聞かれても困ります」
クレインが顔を背けた。
肩がわずかに揺れている。
オーキスはとうとう笑い出した。
「はははっ! アレクサンド侯爵、そちが驚く側になるとは珍しいのう」
「私だって驚く時くらいあります!」
「そうかそうか」
エミリーだけが首を傾げていた。
こうしてアルデバラン王国に、新たな筆頭情報官が誕生した。
元娼婦のエミリー。
だが王宮にとって重要なのは過去ではなかった。
五千五百万人まで膨らんだ国を動かすために必要なのは、肩書きではなく能力だった。




