141 教導依頼
王宮での幹部会議は終わった。
ダークライト魔導公国は犯罪国家と断定する。
国交はしない。
公国内で続いている亜人狩りについては、保護を続ける。
人攫い、奴隷商、それらと結びついた犯罪組織については活動できなくなるまで潰す。
ただし、公国そのものへの侵攻、侵略は行わない。
領土も政権も必要ない。
目的は一貫して犯罪の抑止だった。
そして幹部会議では、もう一つの課題も明確になった。
アルデバラン王国自身の力である。
数日後。
アレクサンド侯爵とガイルをはじめとする二十七人が王宮へ招聘された。
迎えたのは国王オーキス、王妃バイオレット、マーガレット、宰相クレイン。
さらに王国騎士団長アイク、魔導騎士団長アッシュ、近衛騎士団長ロックウェルも同席している。
オーキスは二十七人を前にして口を開いた。
「今日は頼みがあって来てもらった」
アレクサンドが一礼する。
「なんでしょうか」
「三騎士団を、もう一度鍛えてもらいたい」
アレクサンドは三人の団長を見た。
王国騎士団、七百人。
魔導騎士団、二百人。
近衛騎士団、二百人。
合計千百人。
すでに全員が六属性を扱える。
魔力操作。
魔力循環。
無詠唱。
飛行。
少し前までなら、一人いるだけでも驚かれるような能力を、今では千百人の騎士たちが身につけていた。
だが、それで完成ではない。
アイクが一歩前へ出る。
「アレクサンド侯爵。今回の公国の件で分かったことがある」
「はい」
「我々には、まだ足りないものがある」
アレクサンドは黙って続きを待った。
「強くなるだけでは足りない」
アイクはそう言って、一枚の紙を差し出した。
最初に書かれていたのは索敵だった。
「索敵魔法の強化を頼みたい」
「範囲ですか?」
「範囲も精度もだ」
敵がいる。
それだけでは足りない。
どこにいるのか。
何人いるのか。
周囲に誰がいるのか。
捕らえられている者はいないか。
何が起きているのか。
戦う前に知らなければならないことはいくらでもある。
アレクサンドが頷いた。
「可能です」
続いてアッシュが口を開く。
「属性についても頼みたい」
「十属性ですか?」
「いや」
アッシュは首を横に振った。
「全員を十属性持ちにする必要はないと考えている」
現在の六属性だけでも、通常の戦闘で困ることはほとんどない。
必要なのは数を増やすことではなかった。
「ただし、時空間属性は欲しい」
アレクサンドの目が僅かに細くなる。
「転移ですね」
「そうだ」
遠距離を短時間で移動する。
離れた部隊へ合流する。
救助した者を安全な場所へ運ぶ。
必要な場所へ必要な者を送る。
今回、アレクサンドたちが亜人保護の方法として転移を選んだ理由もそこにある。
距離という障害そのものを消せる。
「全員が習得できるとは限りません」
アレクサンドが言った。
「構わない」
アッシュは即答した。
「使える者を増やしたい」
オーキスも頷いた。
「十属性という数字が欲しいのではない。王国を守るために必要な能力が欲しい」
「分かりました」
今度はロックウェルが別の紙を差し出した。
「こちらもお願いしたい」
アレクサンドが受け取る。
最初に目へ入ったのは、クレヤボヤンスだった。
透視。
壁や障害物の向こうを見る能力。
次がクレアオーディエンス。
念聴。
遠く離れた場所の音を聞く。
そして、
「リモート・ビューイング……」
アレクサンドが読み上げる。
遠隔透視。
離れた場所を見る。
アイクが言った。
「特にそれだ」
「重要ですね」
「今回、お前たちが公国の状況を把握できた理由の一つでもある」
広域索敵で異常を察知する。
リモート・ビューイングで現地を見る。
そこで初めて、何が起きているのかを正確に判断できる。
強いだけではできないことだった。
紙にはまだ続いている。
フォアサイト。
未来視。
未来を見る。
プレコグニション。
未来予知。
迫る危険を予測する。
サイコメトリー。
物に残った記憶を読む。
ポストコグニション。
過去に起きた出来事を見る。
ソートグラフィー。
思考を映像として残す。
さらに、
アポート。
遠くの物を手元へ取り寄せる。
アスポート。
物を遠くへ送る。
グラビティ。
重力を操る。
サイズ。
触れた生物以外の物体の大きさを自由に変える。
そして最後に、
テレポーテーション。
瞬間移動。
あるいは時空間属性による転移魔法。
アレクサンドは紙を読み終えると、三人の団長を見た。
「ずいぶん欲張りましたね」
アイクが笑った。
「必要だと思ったものを書いたら、こうなった」
「千百人ですよ」
「分かっている」
「簡単ではありません」
「それも分かっている」
アレクサンドは隣にいるガイルを見る。
ガイルが肩をすくめた。
二十七人のほぼ全員が、すでに教導スキルレベル十。
千百人は多い。
だが、できない人数ではない。
アレクサンドは再びオーキスを見る。
「教導依頼、お受けします」
「頼む」
オーキスが頭を下げることはなかった。
だが、その言葉には国王としての重みがあった。
王国を守るために、王国自身がさらに学ぶ。
アルデバラン王国にとって、それは特別なことではない。
足りないなら学ぶ。
できないなら、できるようになる。
いつものことだった。
王宮の訓練場には、三騎士団の騎士たちが集められていた。
王国騎士団七百人。
魔導騎士団二百人。
近衛騎士団二百人。
千百人を一度に教導する必要はない。
二十七人がそれぞれ受け持ちを決め、複数の班に分けて教導することになった。
ガイルが担当したのは百人だった。
目の前に並んでいるのは、王国騎士団を中心とした騎士たち。
全員が六属性持ち。
魔力操作と魔力循環もすでに習得している。
一から教える必要はなかった。
ガイルが百人を見渡す。
「始めるぞ。魔力循環を高速で回せ」
号令と同時に、騎士たちが魔力循環を始めた。
体内を巡る魔力が加速していく。
ガイルは一人一人の状態を確認する。
「もっと速くていい。お前たちは初心者じゃない。循環を維持したまま次へ進む」
百人の魔力がさらに活性化した。
「まずはウォーターサーチ」
水属性による索敵魔法。
すでに全員が使える。
訓練場から周囲へ索敵範囲が広がっていく。
「見つけるだけじゃ駄目だ。感じ取れ。どこに何がある」
ガイル自身もウォーターサーチを展開した。
「次。風を混ぜろ」
騎士たちの表情が僅かに変わる。
水だけで構成していた索敵へ風属性を重ねる。
「無理に魔法を二つ使おうとするな。一つの索敵の中へ混ぜるんだ」
水。
風。
二つの属性が重なる。
索敵の感覚が変化した。
「次は土」
三属性。
「光」
四属性。
「闇」
五属性。
そして最後に、
「火を混ぜろ」
六属性。
すでに持っている属性だった。
新しい属性を覚醒させているわけではない。
だが、六属性を同時に一つの索敵へ組み込むとなれば話は違う。
額に汗を浮かべる者が出始めた。
「循環を落とすな!」
ガイルの声が飛ぶ。
「魔力が足りないんじゃない。操作が追いついていないだけだ。高速循環を維持しろ」
騎士たちが歯を食いしばる。
水だけだった索敵が変わっていく。
風の流れ。
地面の起伏。
光の届き方。
闇となった場所。
熱を持つもの。
それまで別々に感じていた情報が、一つの索敵の中へ重なり始めた。
「そうだ。それを崩すな」
ガイルが百人の間を歩く。
教導スキルレベル十。
言葉だけで教えているわけではない。
どこで魔力が乱れているのか。
どこで意識が途切れているのか。
一人ずつ確認しながら修正していく。
やがて一人の騎士が目を開いた。
「ガイル殿」
「なんだ?」
「これまでの索敵と……まるで違います」
「当然だ。まだ終わってないぞ」
騎士の顔が引き締まった。
ガイルは訓練場の中央へ戻る。
「ここからが本番だ」
百人が集中する。
「六属性の索敵を維持したまま、リモート・ビューイングをイメージしろ」
何人かが戸惑った。
まだ持っていない能力だった。
「遠隔透視だ」
ガイルは自分の目を指した。
「今いる場所から見るんじゃない」
少し離れた王宮の塔を指す。
「自分の視点を向こうへ置くつもりでやれ」
魔力循環は止めない。
六属性の索敵も解除しない。
その状態で、さらに新しい感覚を重ねる。
「索敵で見つけた場所を想像しろ」
ガイルの声が響く。
「そこへ行く必要はない」
百人の意識が集中していく。
「そこに目があると思え」
一人の騎士の魔力が揺れた。
ガイルがすぐに気づく。
「今の感覚を逃すな!」
騎士が目を閉じた。
「循環を上げろ!」
魔力が一気に巡る。
「索敵を切るな! その先を見るんだ!」
騎士の意識が索敵の先へ伸びていく。
訓練場。
壁。
庭。
さらにその向こう。
王宮の塔。
突然、騎士が目を見開いた。
「見えた……」
周囲の騎士が集中を乱しかける。
「他人を見るな!」
ガイルが一喝した。
「自分でやれ!」
再び百人が集中する。
最初の一人が興奮した声を漏らした。
「塔の上に近衛騎士がいます」
ガイルは自分のリモート・ビューイングで確認する。
確かにいる。
「何をしている?」
「周囲を見ています。右手に……水筒を持っています」
一致していた。
ガイルが笑う。
「一人目だ」
その直後だった。
「私も見えました!」
別の場所から声が上がる。
さらに、
「見えます!」
「私もです!」
一人が掴んだ感覚を、教導によって周囲の者たちも追い始める。
百人の中で次々と魔力の質が変わっていった。
ガイルは腕を組んで、その様子を見る。
まだ始まったばかりだった。
リモート・ビューイングだけではない。
クレヤボヤンス。
クレアオーディエンス。
未来視。
未来予知。
過去視。
念写。
取り寄せ。
送信。
重力。
サイズ。
そして転移。
覚えるものはいくらでもある。
だが、焦る必要はない。
ガイルは再び声を上げた。
「見えた者も循環を止めるな! 覚醒しただけで満足するな!」
百人が応じる。
「使えるようになって、初めて習得だ!」
王国騎士団の教導は、まだ最初の一歩を踏み出したばかりだった。
王宮のさらに別の訓練場では、ブラッドが百人を担当していた。
騎士たちの前には訓練用の木剣や槍、盾が並べられている。
ブラッドはその一つ、木剣を手に取った。
「魔力循環を高速で回せ」
百人が一斉に魔力循環を始める。
「もっと速くだ。止めるな」
すでに基礎はできている。
全員が六属性持ち。
魔力操作も魔力循環も習得済みだ。
高速循環にもすぐ対応する。
ブラッドは百人の状態を確認してから、木剣を持ったまま一人の騎士を前へ呼んだ。
「これを奪ってみろ」
騎士が首を傾げる。
「テレキネシスですか?」
「違う」
ブラッドは木剣を握った。
「今日はアポートだ」
物体取り寄せ。
遠くにある物を、自分の手元へ取り寄せる能力。
「テレキネシスでも武器は奪える。だが、もっと直接的に考えろ」
ブラッドは木剣を掲げた。
「敵が剣を持っている」
騎士が木剣を見る。
「その剣を動かそうとするな」
「では?」
「自分の手元にある状態をイメージしろ」
騎士の表情が変わる。
ブラッドが続ける。
「敵から武器を奪う。それだけだ」
騎士が右手を開いた。
高速の魔力循環を維持する。
木剣を見る。
敵が持っている武器。
それが次の瞬間には、自分の手の中にある。
「難しく考えるな」
ブラッドの声が響く。
「移動する途中を考える必要はない」
騎士の魔力が僅かに揺れた。
「今だ。循環を上げろ」
さらに魔力が加速する。
「俺の手にある剣はいらない。お前が持つんだ」
次の瞬間だった。
ブラッドの手から木剣が消えた。
「うおっ」
騎士自身が驚く。
右手には木剣が握られていた。
周囲がざわめく。
「集中を切るな!」
ブラッドの声で静かになる。
「今のがアポートだ」
騎士は自分の右手を見る。
確かに木剣がある。
ブラッドは別の木剣を拾った。
「もう一度」
「はい!」
今度は先ほどより早かった。
ブラッドの手から木剣が消え、騎士の手元へ現れる。
「覚醒したな」
ブラッドが笑った。
「次!」
二人目が前へ出る。
同じことを繰り返す。
高速の魔力循環。
敵の武器を見る。
自分の手元へ取り寄せる。
何人かはテレキネシスの癖が出た。
木剣がブラッドの手から浮き上がり、空中を移動しようとする。
「それはテレキネシスだ!」
ブラッドが止める。
「動かすな。取り寄せろ」
もう一度。
木剣を見る。
自分の手を見る。
離れた場所にある物が、すでにそこにある状態を思い描く。
木剣が消えた。
次の瞬間、騎士の手に現れた。
「そうだ!」
感覚を掴む者が増えていった。
やがて百人のあちこちで、木剣や槍が一瞬で持ち主を変え始める。
ブラッドは次の段階へ進んだ。
「今度はアスポートだ」
物体送信。
アポートとは逆。
手元にある物を、離れた場所へ送る。
「取り寄せられたなら考え方は同じだ」
訓練場の端に、大きな箱が置かれていた。
「持っている物を、あの箱の中へ送れ」
一人の騎士が木剣を持つ。
魔力循環を高速で回す。
箱の中を思い浮かべる。
木剣が消えた。
遠くで音がした。
箱の中に木剣が落ちている。
「成功だ」
次々と騎士たちが試す。
木剣。
槍。
盾。
訓練用の短剣。
手元から消えた武器が、離れた場所へ送られていく。
ブラッドが手を叩いた。
「一度止める!」
百人が動きを止める。
「ここから組み合わせる」
騎士たちの表情が引き締まった。
ブラッドは十人に武器を持たせ、訓練場へ並ばせた。
「敵が十人いると思え」
残る騎士たちが向き合う。
「戦えとは言わない」
ブラッドが笑う。
「戦う前に武器を奪え」
十本の木剣が構えられる。
「魔力循環を高速で回せ!」
魔力が巡る。
「アポート!」
木剣が次々と消えた。
騎士たちの手元へ現れる。
武器を失った十人が、自分の空になった手を見る。
ブラッドはすぐに続けた。
「今度は逆だ! 敵の近くに武器を残すな!」
奪った木剣が再び消える。
訓練場の端に置かれた箱の中から、立て続けに音が響いた。
アスポート。
武器は遠くへ送られていた。
ブラッドが満足そうに頷く。
「これだ」
敵を倒す。
それだけが戦いではない。
剣を抜かせない。
槍を持たせない。
武器そのものを手元から消す。
「テレキネシスでも似たことはできる」
ブラッドは改めて言った。
「だが、できる方法は一つである必要はない」
状況によって使い分ければいい。
そして何より、敵を傷つける前に戦う力そのものを奪える。
「次は百人同時だ!」
騎士たちが互いに距離を取った。
「循環を落とすな! 相手の武器だけを見ろ!」
百人の魔力が一斉に加速する。
訓練場の至るところで武器が消え、現れ、再び別の場所へ消えていった。
剣を振るう訓練ではない。
それでも確実に、三騎士団の戦い方は変わり始めていた。




