139 ダークライト魔導公国
ダークライト魔導公国。
魔導師が国の中枢を担い、魔法の力によって成り立っている国家だった。
だが、その実態は決して誇れるものではない。
人攫い。
奴隷商。
傭兵崩れ。
盗賊。
本来なら取り締まられるはずの者たちが、公国の各地に根を張っていた。
しかも彼らと癒着しているのは、体制側だけではない。
現体制を倒そうとしている反体制勢力にも、人攫いや奴隷商から利益を得ている者がいる。
政治的には敵対していても、その部分では争わない。
抗争すれば互いに損をする。
だから触れない。
結果として犠牲になるのは、力を持たない者たちだった。
特に亜人への扱いは酷い。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
ダークエルフ。
魔族。
街道を歩いているだけで捕らえられることがある。
村そのものが襲われることもある。
理由など必要ない。
捕らえた者を奴隷商へ渡せば金になる。
それだけだった。
一度奴隷として売られれば、解放されることはない。
主人が変わることはあっても、奴隷であることは変わらない。
だから亜人たちは逃げ始めた。
目指すのはアルデバラン王国。
先に逃げた者たちから話を聞いていた。
亜人街がある。
学校へ通える。
仕事を選べる。
土地を持てる。
店を開くこともできる。
人間と同じ酒場で酒を飲める。
結婚することさえ珍しくない。
だが、そこへ辿り着く前に捕らえられる者が増えていた。
ダークライト魔導公国は魔導師の国を名乗っている。
魔導師の数も多い。
しかし、その魔法体系はアルデバラン王国とは大きく異なる。
魔法を使うには詠唱が必要だった。
魔力吸収もない。
魔力操作や魔力循環も普及していない。
アレクサンドたち十属性持ちからすれば、戦闘になったとしても脅威とは言い難い。
相手が詠唱を始めている間に、バレットを放てる。
カッターでもいい。
捕縛。
拘束。
テレキネシスで杖を奪ってもいい。
選択肢はいくらでもあった。
問題は勝てるかどうかではない。
他国へ、どこまで介入していいのか。
その一点だった。
王宮では会議が続いていた。
「人攫いだろうが!」
騎士団長アイクの声が響く。
「目の前で人が攫われていると分かっていて、まだ議論を続けるのか!」
「アイク団長。落ち着いてください」
宰相クレインがなだめる。
「これが落ち着いていられるか!」
アイクは机を叩きそうな勢いだった。
「アレクサンド侯爵らが場所まで把握しているんだぞ! 助けられる! それなのに、なぜ待たせる!」
文官の一人が資料を確認する。
「ダークライト魔導公国政府が直接指示している証拠は、まだございません」
「関係あるか!」
アイクが睨んだ。
「攫われた者からすれば、誰の命令だろうと同じだ!」
ロックウェルが腕を組んでいた。
「他国で発生している犯罪です。本来であれば近衛騎士団の管轄ではありません」
アイクがロックウェルを見る。
「ですが」
ロックウェルは続けた。
「心情としてはアイク団長と同じです。救出できる者を放置することには賛成できません」
魔導騎士団長アッシュも頷く。
「私も同意します。少なくとも亜人の保護は急ぐべきでしょう」
三騎士団長の意見が揃った。
対する文官たちは慎重だった。
公国側から抗議された場合。
国境問題へ発展した場合。
保護した亜人をどう扱うのか。
同じことが繰り返された場合。
考えることはいくらでもある。
傍から見れば、文官対騎士団だった。
騎士団は助けろと言う。
文官は待てと言う。
まるで文官たちが問題を先送りしているようにも見える。
「もうよい!」
突然、怒声が響いた。
国王オーキスだった。
会議室が静まり返る。
オーキスは立ち上がった。
「順番を間違えるな!」
誰も口を挟まない。
「外交も考えろ。公国への対応も考えろ。保護した者の受け入れも考えろ。それらは必要だ!」
オーキスの視線がクレインへ向く。
「だが、それを決めるまで亜人を檻の中で待たせるつもりか!」
クレインは答えなかった。
オーキスは三騎士団長を見る。
「まずはアレクサンド侯爵ら十属性持ちに任せろ!」
拳を机へ叩きつけた。
「亜人の保護が先だ!」
アイクが息を吐いた。
アッシュとロックウェルも頷く。
オーキスはさらに続けた。
「戦う必要はない! 建物を壊す必要もない! 人攫いを捕らえる必要もない!」
アレクサンドから示された方法は、すでに聞いている。
転移する。
アイテムボックスの保護空間へ亜人を収容する。
そして転移で帰還する。
「連れて帰れ! まず助けろ!」
沈黙の中、クレインが深く頭を下げた。
「承知いたしました」
オーキスは椅子へ座った。
救出後の問題は残っている。
外交も残る。
ダークライト魔導公国そのものをどう扱うのかも決まっていない。
それでも一つだけは決まった。
今、助けられる者を助ける。
話はそこからだった。
国王オーキスの決断は、すぐにマーガレットへ伝えられた。
マーガレットは執務室で報告を受けると、その場でアレクサンドへ念話を送った。
『アレクサンド侯爵』
アレクサンドはすぐに応じた。
『はい、マーガレット殿下』
『お父様から許可が出ました。拘束されている亜人の保護を最優先とします』
『承知しました』
『ただし、ダークライト魔導公国との戦闘は避けてください』
『その予定です』
アレクサンドの返答に迷いはない。
目的は公国の兵士や人攫いを倒すことではない。
捕らえられた亜人を連れ帰る。
それだけでいい。
『二十七人で実行します』
『お願いします』
念話が終わる。
アレクサンドはすぐに一斉同報念話へ切り替えた。
『全員へ。王宮から許可が出ました。亜人の保護を開始します』
返事が次々と届く。
『了解』
『待っていた』
『こちらはいつでも動ける』
『場所は確認済みだ』
二十七人はすでに準備を終えていた。
広域索敵とリモートビューイングによって、亜人が集められている場所も確認している。
アレクサンドは各自へ担当を割り振った。
一人で大勢を相手にする必要はない。
一か所につき複数人。
短時間で終わらせる。
ガイルが尋ねる。
「見張りはどうする?」
「何もしません」
「気づかれた場合は?」
「拘束します。ただし連れて帰る必要はありません」
「了解」
殺す理由はない。
傷つける必要もない。
邪魔をされた時だけ動きを止める。
それで十分だった。
二十七人がそれぞれ転移した。
アレクサンドとガイルが現れたのは、公国西部の森だった。
木々の向こうに粗末な建物がある。
周囲は高い柵で囲まれ、入口には武装した男が二人。
だが二人は入口へ向かわない。
リモートビューイングで建物内部を確認する。
獣人。
エルフ。
ダークエルフ。
百人を超える亜人が一か所に押し込められていた。
アレクサンドがガイルを見る。
「行きます」
「ああ」
二人の姿が消えた。
次の瞬間には建物の中にいた。
突然現れた二人を見て、亜人たちが息を呑む。
悲鳴を上げかけた者へ、アレクサンドが静かに声をかけた。
「助けに来ました」
誰も動かない。
信じていいのか分からない。
獣人の男が警戒しながら尋ねる。
「誰だ?」
「アルデバラン王国の者です」
空気が変わった。
「アルデバラン……?」
「王国?」
ざわめきが広がる。
その名を知っている者は多かった。
目指していた場所だからだ。
「ここから皆さんを出します。詳しい説明は安全な場所で行います」
一人のエルフが拘束された手を見せる。
「でも、どうやって?」
アレクサンドが答える。
「私のアイテムボックスには、生物を安全に収容できる保護空間があります」
理解できない者もいた。
だが説明している時間はない。
「嫌な方には強制しません。ですが、ここから出たい方は私たちに任せてください」
最初に動いたのは、幼い子供を抱いた獣人の女性だった。
「お願いします」
その一言で十分だった。
「分かりました」
アレクサンドが保護空間へ収容する。
母親と子供の姿が消えた。
周囲が驚く。
ガイルが笑った。
「大丈夫だ。安全な場所に入っただけだ」
次々と声が上がる。
「俺も頼む」
「私たちも」
「子供から先に!」
保護が始まった。
その時、外にいた見張りが異変に気づいた。
扉が開く。
「何をしている!」
男が杖を構えた。
詠唱を始める。
だが一節すら終わらなかった。
ガイルがテレキネシスを使う。
杖が男の手から飛んだ。
「なっ!」
続いて拘束。
男の身体が動かなくなる。
「悪いな」
ガイルはそれ以上何もしなかった。
もう一人の見張りが剣を抜こうとする。
今度はアレクサンドがテレキネシスで剣を奪った。
そのまま拘束する。
二人とも傷一つない。
「ガイル」
「分かってる」
亜人の保護を続ける。
数分もかからなかった。
百人を超えていた建物が空になる。
アレクサンドは広域索敵で周囲を確認した。
増援が来る気配はない。
「終わりました」
「帰るか」
二人の姿が消えた。
残されたのは、空になった建物。
壊れていない柵。
無傷の扉。
そして床に拘束された二人の見張りだけだった。
同じことが、公国各地で起きていた。
ある収容場所では二百人。
別の場所では三百人。
街道を進んでいた馬車からも亜人だけが消えた。
二十七人が転移し、保護し、帰還する。
戦闘らしい戦闘はほとんど起きなかった。
詠唱を始めれば杖が飛ぶ。
剣へ手を伸ばせば身体が止まる。
誰も殺さない。
誰も追わない。
建物も壊さない。
ただ、亜人だけを連れていく。
やがてダークライト魔導公国各地で、同じ報告が上がり始めた。
――捕らえていた亜人が消えた。
誰がやったのか。
どうやったのか。
どこへ行ったのか。
答えられる者は、誰もいなかった。
アルデバラン王国。
亜人街に隣接する広大な空き地では、すでに受け入れの準備が始まっていた。
アレクサンドたちから連絡を受けた王宮が、商業ギルド、冒険者ギルド、食品ギルドへ協力を要請している。
だが大掛かりな準備にはならなかった。
必要なものは、すでに王国内にある。
土属性を使える者たちが簡易住宅を建てる。
水属性で飲料水を確保する。
食品ギルドから食材が届く。
巨大な鍋ではスープが作られていた。
治癒を使える者も待機している。
そこへ最初の二人が転移してきた。
アレクサンドとガイルだった。
「戻りました」
「お疲れさまです」
待機していた文官が駆け寄る。
アレクサンドは周囲を確認してから、アイテムボックスの保護空間を開いた。
最初に姿を現したのは、幼い子供を抱いた獣人の女性だった。
続いて獣人。
エルフ。
ドワーフ。
ダークエルフ。
次々と人が現れる。
先ほどまで薄暗い建物へ閉じ込められていた者たちは、突然広がった光景に戸惑っていた。
「ここは……」
獣人の女性が呟く。
「アルデバラン王国です」
アレクサンドが答えた。
女性は何も言わなくなった。
腕の中にいる子供を抱き締める。
そこへ別の場所からも転移が始まった。
二人。
三人。
さらに数人。
二十七人の仲間たちが次々と帰還する。
そのたびに保護空間から亜人たちが出てくる。
百人。
さらに百人。
また百人。
空き地は急速に人で埋まり始めた。
「座れる方はこちらへ!」
「水があります!」
「怪我をしている方はいませんか!」
受け入れ側も動く。
治癒を必要とする者はすぐに治療された。
拘束された時に殴られた者。
逃げようとして傷を負った者。
長期間まともな食事を与えられていなかった者。
重傷者はいない。
それでも疲労は大きかった。
一人のドワーフが差し出されたスープを見た。
「……金がない」
配っていた女性が首を傾げる。
「今はいりませんよ」
「だが」
「まず食べてください」
木の器が渡される。
温かいスープ。
野菜とオーク肉が入っている。
ドワーフは恐る恐る口をつけた。
一口。
もう一口。
やがて無言で食べ始めた。
周囲でも同じ光景が広がっていた。
アレクサンドは人数を確認する。
一斉同報念話を使った。
『未帰還の方は?』
すぐに返事が届く。
『こちらは終了』
『帰還済み』
『あと一か所確認している』
『街道の馬車を追跡中。亜人が乗っています』
まだ終わっていない。
アレクサンドは文官へ声をかけた。
「私はもう一度行きます」
「承知しました」
ガイルも当然のように隣へ立つ。
「俺も行く」
二人が再び消えた。
その頃。
ダークライト魔導公国内では混乱が始まっていた。
「消えた?」
奴隷商の男が部下を睨む。
「はい」
「何人だ!」
「二百人ほど……」
「二百人がどうやって消える!」
「分かりません!」
報告した男も青ざめていた。
柵は壊れていない。
門も閉じていた。
壁にも穴はない。
見張りはいた。
それなのに中にいた亜人だけがいなくなった。
別の場所から使者が飛び込んでくる。
「こちらもです!」
「何だ!」
「東の収容所から奴隷が消えました!」
「何人だ?」
「三百以上!」
奴隷商の顔色が変わった。
偶然ではない。
さらに報告が来る。
街道を走っていた馬車。
村から連れてきたばかりの亜人。
売却前に集めていた者たち。
次々と消えている。
「誰がやった!」
誰も答えられない。
公国の反体制勢力でも、同じ混乱が起きていた。
「体制側の仕業じゃないのか?」
「違う! 向こうも消えている!」
「なら誰だ!」
「知らん!」
普段なら互いを疑う者たちが、今回ばかりは相手の仕業ではないと気づき始めていた。
利益を失っているのは双方だからだ。
人攫いたちも同じだった。
「アルデバラン王国へ逃げたんじゃないか?」
「どうやってだ!」
「知らねえよ!」
「二百人が柵を越えて、誰にも見つからず逃げられるわけがないだろう!」
答えは出なかった。
その間にも救出は続く。
街道を進む馬車。
御者の隣には武装した男が座っていた。
荷台には二十人ほどの獣人が押し込められている。
突然、荷台の中にアレクサンドとガイルが現れた。
亜人たちが驚く。
アレクサンドは人差し指を口元へ当てた。
「静かに。助けに来ました」
小さな声だった。
一人ずつ保護空間へ収容する。
最後の一人が消える。
二人も転移する。
馬車はそのまま街道を進んでいた。
しばらくして休憩のために停車する。
男が荷台を開いた。
「降りろ――」
言葉が止まった。
誰もいない。
「……は?」
荷台は空だった。
縄だけが床に転がっている。
同じ頃、アルデバラン王国では、保護された亜人たちが温かい食事を口にしていた。
誰一人として、追っ手と戦う必要はなかった。
誰一人として、国境まで走る必要もなかった。
彼らにとって長かった逃亡は、突然終わっていた。
日が傾き始めた頃。
二十七人がアルデバラン王国へ帰還した。
アレクサンドは全員の帰還を確認すると、一斉同報念話を送った。
『未確認の収容場所はありますか?』
すぐに返事が届く。
『東部は確認済み』
『西部もありません』
『北側も確認しました』
『街道を移動していた馬車も確認済みだ』
二十七人が広域索敵とリモートビューイングを使い、それぞれの担当区域を再確認している。
現時点で発見できた収容場所からの保護は終わっていた。
『分かりました。本日の保護活動を終了します。お疲れさまでした』
『了解』
『お疲れ』
念話を終える。
ガイルが大きく息を吐いた。
「終わったな」
「今日のところは」
アレクサンドはそう答えた。
楽観はしていない。
人攫いも奴隷商も残っている。
傭兵崩れも盗賊もいる。
体制側と反体制側、それぞれに利益を得ている者もいる。
今日行ったのは、その仕組みを壊すことではない。
捕らえられていた亜人を保護しただけだった。
だが目の前の光景を見れば、その意味は十分にあった。
広場では保護された亜人たちが食事を取っている。
温かいスープを両手で持つ者。
子供へ肉を分ける母親。
食事の途中で眠ってしまった幼い獣人。
家族で抱き合っている者もいた。
「ここなら、もう連れていかれないのか?」
一人のエルフが受け入れを担当する文官に尋ねた。
「犯罪をしていない方を、誰かが勝手に連れていくことはできません」
「奴隷商が来ても?」
文官が首を傾げる。
「来たら犯罪者として捕まりますよ」
エルフはしばらく黙っていた。
やがて小さく笑った。
「そうか」
それ以上は何も言わず、スープを口へ運んだ。
アレクサンドはマーガレットへ念話を送る。
『マーガレット殿下。ご報告いたします』
『お願いします』
『本日確認した収容場所からの保護を完了しました。二十七人全員、帰還しております』
『皆さんに負傷は?』
『ありません』
『保護した方々は?』
『治療と食事の提供を始めています。人数は現在集計中です』
少し間を置いて、マーガレットが答えた。
『分かりました。お父様とクレインにも報告します』
『もう一点ございます』
『何でしょう?』
『公国内で混乱が始まっています』
アレクサンドはリモートビューイングで確認した状況を伝えた。
収容所から亜人だけが消えた。
街道を移動していた馬車からも消えた。
奴隷商や人攫いたちが原因を探している。
『我々の関与は?』
『気づかれていないと思われます』
『痕跡は残しましたか?』
『ほとんど残しておりません。施設も破壊していません』
『承知しました。今日は休んでください』
『はい』
念話が終わった。
その頃、ダークライト魔導公国では奴隷商たちが集まっていた。
「東は?」
「空だ」
「西は?」
「同じだ」
「何人消えた!」
「分からん!」
男が机を叩いた。
「人間が何百人も突然消えるわけがないだろう!」
「だが消えたんだ!」
柵は壊されていない。
門も残っている。
壁にも穴はない。
街道を走っていた馬車から消えた者までいる。
「体制側の仕業じゃないのか?」
「向こうもやられている!」
「なら反体制派だ!」
「そっちも同じだ!」
互いに利益を守るため、人攫いや奴隷売買については争わなかった。
だからこそ分かる。
今回、得をしている者がいない。
「じゃあ誰がやった?」
誰も答えられなかった。
そして翌朝。
人攫いの一団が、亜人の村へ向かった。
昨夜失った奴隷を補充するためだった。
いつもと同じように村を囲み、住民を捕らえるつもりだった。
だが男たちは村の入口で立ち止まった。
「……誰もいないぞ」
家はある。
家具も残っている。
畑もある。
だが住民がいない。
別の集落へ向かう。
そこでも同じだった。
「逃げたのか?」
「どこへ?」
答えなど聞くまでもなかった。
アルデバラン王国。
先に亡命した親族から話を聞いていた亜人たちが、動き始めていた。
夜のうちに村を出る。
荷物は最低限。
歩ける者は歩く。
幼い子供を背負う者もいる。
老人を荷車へ乗せる者もいた。
街道を避けて森を進む集団もいる。
一日で国境へ着ける者ばかりではない。
何日かかるかも分からない。
それでも捕らえられるまで待つよりはいい。
いくつもの人の流れが、アルデバラン王国を目指していた。
その動きを二十七人の広域索敵が捉える。
朝。
アレクサンドが遠方を確認しながら呟いた。
「増えていますね」
ガイルも索敵していた。
「ああ。昨日助けた連中とは別だ」
「家族単位が多いようです」
アレクサンドは一斉同報念話を送った。
『全員へ。ダークライト魔導公国からアルデバラン王国へ向かう亜人が増加しています』
『こちらでも確認した』
『南側にもいる』
『森を移動している集団も確認した』
アレクサンドは少し考えた。
彼らは捕らえられていない。
自分の意思で歩いている。
ならば勝手に保護空間へ入れる理由はない。
『人攫いに襲われる危険が生じた場合のみ共有してください。それまでは監視だけでお願いします』
『了解』
『分かった』
助けることと、選択を奪うことは違う。
アルデバラン王国へ来るのか。
途中で別の土地へ向かうのか。
それは本人たちが決めることだった。
アレクサンドは公国から続く街道の先を見た。
アルデバラン王国は攻めていない。
兵も送っていない。
領土も奪っていない。
ただ、逃げてきた者を受け入れている。
それだけだった。
それでもダークライト魔導公国から、人が流れ始めていた。




