138 目論見
ダークエルフ街の酒場は、その後も客足が途絶えなかった。
商業ギルドが企画した『ダークエルフの街・交流旅行』も順調だった。
王都から若い男たちがやってくる。
商人や職人もいる。
冒険者もいる。
そして意外に多かったのが中年の男たちだった。
酒場へ入り、ダークエルフの女性と同じテーブルにつく。
「今日は何を飲む?」
「エールを頼む」
「分かったわ」
酒が運ばれる。
杯が空けば酌をしてくれる。
それだけなら王都の酒場でも珍しくない。
だが一対一で座り、話を聞いてくれる。
「最近、仕事はどう?」
「忙しいな」
「いいことじゃない」
「それがな。部下が増えすぎて困ってる」
男は酒を飲みながら話し始める。
仕事のこと。
家族のこと。
部下のこと。
最近買った家のこと。
時には何の結論も出ない話を延々と続ける。
ダークエルフの女性は途中で遮らない。
「それは大変ね」
「そうなんだよ」
「もう一杯飲む?」
「頼む」
男の表情が緩んだ。
当初、商業ギルドが期待していたのは異種族間の交流だった。
ダークエルフ街には自由恋愛を好む者が多い。
人間の男が遊びに来れば、自然に交流が増える。
その中から恋愛へ進む男女も出てくる。
実際、何組かは交際を始めていた。
人間の青年とダークエルフの女性。
人間の商人と酒場で働く女性。
中には王都と亜人街を行き来する者もいる。
だから目論見が完全に外れたわけではない。
だが大半の客は違った。
「また来たの?」
「来た」
「先週も来たでしょう?」
「一週間働いたんだ。いいだろ」
「別に悪いとは言ってないわ」
男はいつもの席へ座る。
恋愛を求めている様子はない。
ただ酒を飲みたい。
話をしたい。
話を聞いてほしい。
それだけだった。
ダークエルフ側にも変化があった。
「人間って、私たちのこと本当に好きなのね」
休憩中、一人の女性が嬉しそうに言った。
「毎週来る人もいるものね」
「最初は珍しいからだと思ってた」
「私、王都へ行ったら声をかけられたわよ」
「何て?」
「綺麗ですねって」
周囲から笑い声が上がった。
以前は人間社会へ行けば、亜人というだけで警戒されることもあった。
今は違う。
街を歩けば普通に買い物ができる。
店へ入れる。
そして異性から好意を向けられる。
それを嬉しく思う者は多かった。
もっとも、全員が人間との恋愛を望んでいるわけではない。
酒場で働くことと恋愛は別だった。
客の男たちも、それを理解するようになっていた。
結果として酒場は、奇妙な場所になった。
異種族交流の場でありながら、それ以上に、
**疲れた男が酒を飲みながら話をする場所。**
として定着し始めた。
そして、その様子を見ていた王都の商人がいた。
「これ、王都でもできるんじゃないか?」
思いついたら早かった。
人間の女性従業員を雇う。
客一人に対して一人が同じテーブルにつく。
酒を出す。
酌をする。
話を聞く。
店内も落ち着いた造りにする。
ほどなく王都に新しい酒場が開店した。
最初は物珍しさで客が入った。
ところが一月経っても客は減らない。
「今日も仕事帰り?」
「そう」
「大変だった?」
「聞いてくれるか?」
「そのためにいるんでしょう?」
男は笑って酒を注文した。
店はそこそこ繁盛した。
それを見た別の商人が真似をする。
二軒。
三軒。
似た形式の酒場が王都に増えていった。
そこで一つのことが分かった。
男たちが求めていたものは、必ずしもダークエルフ特有の魅力ではなかった。
もちろん美しいダークエルフと酒を飲みたい男もいる。
だが、
話を聞いてもらえる。
愚痴をこぼせる。
仕事を忘れて酒を飲める。
その時間そのものを求める者も多かった。
「近所でいいじゃないか」
「飛んで行くのも面倒だからな」
「今日はこっちにしよう」
王都の店へ通う者が増えた。
その報告を受けた商業ギルドの企画担当者は、腕を組んだ。
「……目論見が外れたな」
「交流旅行の利用者が減っています」
「企画を見直そう」
「どうします?」
担当者は資料を睨んだ。
せっかく生まれた需要である。
ならば次の形を考えればいい。
商業ギルドが新しい旅行商品の検討を始めた頃。
アルデバラン王国の外では、別の動きが起きていた。
近隣国、魔導公国。
そこから大量の亜人が国境を越え、アルデバラン王国へ亡命し始めていた。
そして、その流れを見逃さない者たちがいた。
魔導公国からアルデバラン王国へ亡命する亜人は、日に日に増えていた。
最初は数人だった。
やがて家族単位になり、今では数十人、数百人の集団が国境へ姿を見せることも珍しくない。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
ダークエルフ。
魔族。
持っているのは衣服や食料など、わずかな荷物だけだった。
国境を守る門兵たちは、彼らを順番に広場へ案内していく。
「まず水を飲んでください。食事も用意してあります」
長旅で疲れている者も多い。
治癒が必要な者には、その場で治癒魔法が使われた。
落ち着いたところで一人ずつ確認する。
鑑定。
犯罪履歴。
王国教導管理システムが稼働したことで、受け入れ後の記録も容易になっていた。
「名前は?」
「リュカです」
「種族は?」
「エルフです」
「家族は?」
「妻と娘が二人います」
門兵が確認した。
「亡命した理由を聞いても?」
リュカは少し迷ってから答えた。
「娘たちを学校へ通わせたいんです」
「分かりました」
門兵はそれ以上聞かなかった。
次はドワーフの一家だった。
「仕事は何を?」
「鍛冶だ」
「鑑定しますね」
門兵が技能を確認する。
かなり高い。
「長くやっておられるのですね」
「四十年だ」
「亜人街にも工房があります。仕事を探すなら紹介できます」
ドワーフの男が驚いた。
「働けるのか?」
「もちろんです。条件は工房と相談してください」
「土地は?」
「購入できます」
男は戸惑った顔をする。
「俺はドワーフだぞ」
門兵が首を傾げた。
「それが何か?」
男はしばらく黙っていた。
隣にいた妻が笑い出す。
「あなた、もういいじゃない」
「あ、ああ」
受け入れを終えた者たちは亜人街へ向かった。
先に移住していた亜人たちが迎える。
「魔導公国から来たのか?」
「ああ」
「俺も外国から来た。最初は分からないことばかりだったから、何でも聞いてくれ」
住居が足りなくなれば作る。
土属性を使える者が土地を造成する。
ゴーレムが資材を運ぶ。
新しく来た者も手伝う。
数日もあれば、新しい住宅区画が姿を現した。
学校も増築された。
亡命者たちは順次学校へ通う。
魔力操作。
魔力循環。
六属性。
適性があれば、さらに新しい属性。
飛行。
テレパシー。
テレキネシス。
鑑定。
教導。
識字。
計算。
調理。
教わった者の中から教師が育ち、次に来た者を教える。
亡命者が増えれば、教師も増える。
街そのものが受け入れる力を大きくしていった。
その状況は王国教導管理システムにも記録されていた。
王宮。
宰相クレイン・レッドバルトは、担当文官から報告を受けていた。
「魔導公国からの亡命者が増えております」
「今週は?」
文官が人数を報告する。
クレインは資料へ目を落とした。
「受け入れに支障は?」
「現在のところございません。亜人街からも、まだ受け入れ可能との報告が届いております」
住居。
食料。
学校。
仕事。
今のところ大きな不足はない。
むしろ新しい技能を持った者が次々と加わっていた。
クレインが次の資料を見る。
「鍛冶職人も来ているのですな」
「はい。ほかにも酒造に詳しいドワーフ、果樹栽培に詳しいエルフ、酪農経験を持つ獣人などがおります」
クレインは頷いた。
「ならば本人たちの希望を確認して、必要としている場所を紹介してください」
「承知しました」
強制的に仕事を割り振る必要はない。
どこで暮らしたいか。
何をしたいか。
これまでの技能を使うのか。
新しい仕事を学ぶのか。
本人が選べばいい。
王国が用意するのは、そのための情報と機会だった。
アルデバラン王国にとって、亡命者は単なる保護対象ではない。
学校で学ぶ。
仕事をする。
商売を始める。
教師になる者もいる。
やがて税を納める。
そして自分たちが持っていた技術や文化を王国へ持ち込む。
先に移住した亜人たちが、すでにそれを証明していた。
だが魔導公国から見れば、同じ出来事はまったく違って見える。
公国の地方都市。
一室に数人の男たちが集まっていた。
机の上には人口に関する報告書が置かれている。
「また減った」
「今度はどこだ?」
「東部です。三つの村から亜人がまとまって消えました」
「職業は?」
「農民だけではありません。鍛冶職人、木工職人、商人も含まれています」
男たちの表情が険しくなる。
働き手が消えている。
しかも家族ごとだった。
「行き先は?」
「アルデバラン王国です」
「またか」
別の男が苛立った声を上げる。
「国境を閉じろ」
「難しいでしょう」
「なぜだ?」
「飛んで越える者がいます」
男が黙った。
さらに問題があった。
先に亡命した者から、残った親族へ情報が届いている。
学校へ通える。
土地を持てる。
商売ができる。
亜人街がある。
人間も一緒に暮らしている。
酒を造る者もいる。
工房を持った者もいる。
人間と結婚した者までいる。
そして決まって最後に伝える。
――こちらへ来い。
「アルデバラン王国は何をしている?」
「特に何も」
「何もしていないはずがないだろう」
「軍は動いていません。公国領内で亜人を勧誘している者も確認されていません」
部屋が静かになった。
攻めてこない。
奪いにこない。
勧誘もしない。
ただ国境の向こうで、来た者を受け入れている。
それだけだった。
上座の男が報告書を睨む。
「このままでは亜人がいなくなる」
誰も否定できなかった。
やがて男が命じた。
「調べろ」
部下が顔を上げる。
「何をでしょうか?」
「アルデバラン王国だ。なぜ亜人があの国を選ぶのか。その理由を調べろ」
「承知しました」
男は椅子へ深く座った。
魔導公国はようやく、自国から人が逃げている理由を外へ求め始めていた。
アレクサンド領。
ダークライト魔導公国から亜人の亡命が続く中、アレクサンドとガイルは領内を歩きながら広域索敵を続けていた。
二人にとって、もはや索敵は特別な行為ではない。
魔力循環を維持するのと同じように、周囲の状況を広く捉えている。
そのアレクサンドが足を止めた。
ほぼ同時にガイルも立ち止まる。
「感じたか?」
「ええ」
二人が顔を見合わせた。
索敵範囲の端。
ダークライト魔導公国側で、人の動きがおかしい。
アルデバラン王国へ向かっている亜人の集団は以前から確認していた。
だが、それとは別に複数の集団が動いている。
しかも亜人たちの進路を塞ぐような動きだった。
「確認します」
アレクサンドがリモートビューイングを使う。
遠く離れた場所の光景が視界に映った。
街道を進む一台の馬車。
その荷台には獣人やエルフ、ダークエルフが乗せられている。
荷物ではない。
手を縛られていた。
馬車の前後を武装した男たちが固めている。
「これは……」
ガイルもリモートビューイングを使った。
別の場所を確認する。
森の中を走る獣人の家族が見えた。
父親。
母親。
幼い子供が二人。
その後ろから武装した男たちが追っている。
「盗賊か?」
「まだ分かりません」
アレクサンドは視点を移した。
別の街道。
別の村。
さらに森の中。
一か所ではなかった。
亜人の集落へ複数の男が入っている。
住民を一か所へ集めていた。
抵抗した獣人が殴られ、そのまま拘束される。
別の場所では、アルデバラン王国へ向かっていたエルフの一家が捕らえられていた。
さらに確認する。
捕らえる者。
監視する者。
馬車で運ぶ者。
街道の先で待っている者。
役割が分かれていた。
ガイルの表情が険しくなる。
「組織だな」
「ええ」
偶然集まった犯罪者には見えない。
複数の場所で同じような行動をしている。
しかも捕らえた亜人を一定の場所へ運んでいた。
「亜人狩りか」
「そう呼んでいるのかもしれません」
アレクサンドの声が低くなる。
「ですが、やっていることは人攫いです」
ガイルが頷いた。
亜人だから別の言葉を使っているだけだ。
本人の意思を無視して捕らえ、拘束し、連れ去る。
事実上の人攫いだった。
「規模を調べるか」
「ええ。その前に共有します」
アレクサンドは一斉同報念話を発動した。
対象は仲間の二十七人。
離れた場所にいる仲間へ、同時に声を送る。
『アレクサンドです。ダークライト魔導公国で不穏な動きを確認しました』
すぐに返事が届いた。
『何があった?』
『亜人狩りです』
念話が一瞬静かになった。
『複数の武装集団が亜人を捕らえています。街道だけではありません。集落から住民を連れ出している例も確認しました』
別の仲間から問いが返る。
『盗賊か?』
『断定できません』
アレクサンドは見た事実だけを伝えた。
『捕縛、監視、移送で役割が分かれています。複数地点で同時に動いているため、組織的なものと判断しています』
ガイルも念話へ加わった。
『俺も確認した。王国へ向かっていた獣人の家族が追われている。別の場所では捕まった亜人を馬車で運んでいた』
『救出するか?』
仲間から声が返る。
アレクサンドは即答しなかった。
相手は外国だ。
アルデバラン王国内で起きている犯罪とは違う。
『独断では動きません。各自、広域索敵をお願いします。異常を確認した者はリモートビューイングで確認し、全員へ共有してください』
『了解』
『こちらでも確認する』
『分かった』
二十七人が一斉に動いた。
それぞれ別の場所からダークライト魔導公国を索敵する。
一人では拾えない動きも、二十七人なら補える。
アレクサンドは続いてマーガレットへ念話を送った。
『マーガレット殿下。ご報告があります』
すぐに返事があった。
『どうしました、アレクサンド?』
『ダークライト魔導公国で、組織的な亜人狩りを確認しました』
『亜人狩り?』
マーガレットの声が変わった。
『実態は人攫いです。武装した集団が亜人を拘束し、馬車で移送しています。集落から連れ出されている者も確認しました』
『規模は?』
『現在調査中です。ただし複数地点で同時に行われています』
『公国が関与している証拠はありますか?』
『まだありません』
アレクサンドは断定しない。
『組織的であることは間違いありませんが、公国政府との関係は確認できていません』
しばらく沈黙した後、マーガレットが答えた。
『分かりました。お父様とクレインに報告します。引き続き監視をお願いします』
『承知しました』
『二十七人にも共有を』
『すでに一斉同報念話で共有しております。全員が索敵を開始しています』
マーガレットが小さく笑った。
『相変わらず早いですわね』
念話が終わる。
ガイルが遠くを見ながら言った。
「どう動くかは王宮次第か」
「ええ」
アレクサンドは再びリモートビューイングを使った。
拘束された亜人を乗せた馬車は、まだ街道を進んでいる。
「ただし」
アレクサンドの視線が鋭くなる。
「見なかったことにはできません」
「当然だ」
二人はその場を動かなかった。
二十七人による広域索敵は、ダークライト魔導公国を捉え続けていた。
二十七人による広域索敵が始まってから、ダークライト魔導公国内の状況は急速に明らかになっていった。
一人が見つけた場所を別の者がリモートビューイングで確認する。
さらに別の者が周辺を索敵する。
情報は一斉同報念話で共有された。
『西側でも確認しました。亜人が百人ほど集められています』
『こちらは三百人近い。獣人が多い』
『街道を移動中の馬車を確認。十台以上あります』
『北側にも収容場所があります』
アレクサンドは次々と入る報告を整理していた。
小さな集団ではない。
各地で捕らえた亜人を、いくつかの場所へ集めている。
ガイルが腕を組んだ。
「思った以上に多いな」
「ええ」
アレクサンドはリモートビューイングの視点を移した。
粗末な建物。
周囲には柵がある。
武装した男たちが巡回していた。
中には多くの亜人がいる。
逃げ出せないよう監視されているが、軍事施設というほど厳重ではない。
アレクサンドはしばらくその光景を見ていた。
そして一つの方法を思いついた。
「ガイル」
「なんだ?」
「救出だけなら可能です」
ガイルがアレクサンドを見る。
「公国と戦わずにか?」
「ええ」
アレクサンドは一斉同報念話を切り、再びマーガレットへ念話を送った。
『マーガレット殿下。追加のご報告があります』
『どうしました?』
『亜人たちが集められている場所を複数確認しました。正確な位置も把握できています』
『人数は?』
『まだ増える可能性があります。ですが、保護する方法はあります』
マーガレットが少し黙った。
『聞きましょう』
アレクサンドは淡々と説明する。
『我々二十七人は十属性を使えます』
十属性。
それだけではない。
転移。
広域索敵。
リモートビューイング。
アイテムボックス。
そしてアイテムボックス内部には、生物を安全に収容できる保護空間がある。
『事前にリモートビューイングで周辺を確認します。その後、亜人たちが集められている場所へ転移します』
マーガレットは黙って聞いている。
『現地では戦いません。拘束されている亜人たちをアイテムボックスの保護空間へ収容します』
『それから?』
『転移で帰還します』
あまりにも単純だった。
マーガレットが確認する。
『護衛している者たちは?』
『相手にする必要がありません』
アレクサンドは即答した。
『救出が目的です。人攫いをしている者を捕縛する必要はありません。公国の施設を破壊する必要もありません』
亜人を保護する。
それだけなら数分も必要ない。
転移する。
保護する。
転移する。
終わりだった。
『我々が現地まで移動した記録は残りません。街道も通りません。門も通りません』
『目撃される可能性は?』
『リモートビューイングで周囲を確認し、人目のない位置へ転移できます。二十七人で同時に行えば、一か所に滞在する時間も短くできます』
アレクサンドはさらに付け加える。
『戦闘を行わなければ、破壊の痕跡も残りません』
マーガレットが理解した。
『つまり……』
『はい』
アレクサンドが答える。
『亜人たちだけが消えます』
ダークライト魔導公国側から見れば、それだけだった。
柵は残る。
建物も残る。
門も壊れない。
見張りも傷つかない。
だが中にいた亜人だけがいなくなる。
誰が連れ出したのか。
どこへ行ったのか。
どうやって柵を越えたのか。
それを示すものは残らない。
『アルデバラン王国が関与した証拠も残りません』
マーガレットはすぐには答えなかった。
可能か不可能かという話なら、可能だった。
しかも二十七人が十属性持ちである。
一人で無理に大量の亜人を保護する必要もない。
収容場所を分担すればいい。
マーガレットが尋ねる。
『保護した後は?』
『王国へ連れて帰ります。本人たちに事情を説明した上で、亡命を希望するなら受け入れればよいかと』
『帰りたいと言う者がいた場合は?』
『本人の意思を尊重します』
即答だった。
助けたから王国民になれ、ではない。
どこで暮らすかは本人が決めればいい。
アレクサンドたちがするのは、人攫いから救い出すところまでだった。
『危険は?』
マーガレットが最後に確認した。
『ほぼありません』
アレクサンドは答える。
『ただし、実行するなら王国としての判断をいただきたいです。場所はダークライト魔導公国内ですから』
『当然です』
マーガレットの返事も早かった。
『お父様とクレインへ報告します。実行の許可が出るまでは監視を続けてください』
『承知しました』
念話が終わった。
ガイルが尋ねる。
「どうだった?」
「王宮で判断していただきます」
「それまでは監視か」
「ええ」
アレクサンドは再び一斉同報念話を開いた。
『全員へ。救出方法をマーガレット殿下へ報告しました。許可が出るまでは監視を継続してください』
『了解』
『分かった』
『こちらも監視を続ける』
次々と返事が届く。
アレクサンドは再び遠隔の光景を見た。
柵の中では、獣人の母親が幼い子供を抱いている。
その隣では、年老いたエルフが壁にもたれていた。
彼らはまだ知らない。
自分たちが閉じ込められている場所を、すでに二十七人が正確に把握していることを。
ガイルが静かに言った。
「許可が出たら早いな」
「ええ」
アレクサンドは頷いた。
「転移して、保護して、帰るだけです」
剣を抜く必要はない。
魔法を撃つ必要もない。
敵を倒す必要さえない。
必要なのは、そこにいる人々を連れて帰ることだけだった。




