135 卒倒
サーシャのもとをミーナが訪れた。
遊びに来たわけではない。
王国教導管理システムの稼働開始報告だった。
「サーシャ様。王国教導管理システムが正式に稼働しました」
「もう始まったの?」
「はい。各地の学校、専門学校、冒険者ギルドから情報が集まり始めています」
サーシャは端末に表示された内容を確認した。
教導を受けた人数。
教師の人数。
習得した属性。
覚醒したスキル。
地域ごとの教導状況。
これまで各地で個別に管理していた情報が、一つの仕組みで確認できるようになっている。
「順調ね。ミーナ、ご苦労様」
「ありがとうございます」
報告はそれで終わった。
せっかく来たのだからと、サーシャはミーナをマーガレットと王妃バイオレットに紹介した。
マーガレットは王女であり、アークの第一夫人でもある。
話を聞いたマーガレットもミーナを労った。
ところが、仕事の話が終わったところでバイオレットが言った。
「せっかくですから、皆で出かけませんか?」
マーガレットの表情が明るくなる。
「亜人街ですか?」
「ええ」
サーシャはすぐに察した。
「また視察という名の観光旅行ですね」
「視察ですわ」
マーガレットは平然としている。
側室たちにも声がかかった。
ミーナまで参加することになった。
アークは出かけていく一行を見て、どこか懐かしそうに笑っていた。
亜人街へ到着したところで、バイオレットが言った。
「今日は身分の話は禁止にしましょう」
「賛成ですわ」
マーガレットが頷く。
王妃。
王女にして第一夫人のマーガレット。
側室たち。
サーシャ。
そしてミーナ。
肩書だけなら大仰な一行だが、今日は普通の客として楽しむ。
最初に向かったのはダークエルフ街の菓子店だった。
マーガレットは献立を開く。
「このブランデーケーキをお願いしますわ」
ミーナもすぐに決めた。
「私はシードルの林檎煮」
サーシャは少しだけ冷静だった。
「私は蜂蜜の焼き菓子にします」
バイオレットと側室たちも注文する。
やがて店員が新しい皿を運んできた。
「こちらは本日からの新作です」
エルフが育てた葡萄をワインで煮込み、ドワーフが造ったブランデーで香りをつけた菓子だった。
サーシャが一口食べる。
止まった。
もう一口。
「……もう一ついただけます?」
マーガレットが笑う。
「サーシャも好きじゃない」
「これは仕方ありません」
冷静だったのは最初だけだった。
ミーナも新作を見つける。
「これもお願い。あと、あっちの赤いのも」
サーシャが尋ねた。
「ミーナ、食べられるの?」
「皆で食べればいいじゃない」
「なるほど」
側室の一人まで納得した。
そこからは早かった。
ベリージャムの菓子。
柑橘の砂糖煮。
梨の白ワイン煮。
蜂蜜と木の実の焼き菓子。
新作を見つけるたびに注文する。
少しずつ分けて食べるため、種類だけが増えていった。
バイオレットまで楽しそうに次の皿へ手を伸ばしている。
店員たちも段々と気づき始めた。
「あのお客さんたち、妙に品がよくない?」
「俺も思った」
「どこかの貴族か?」
「さあ?」
誰も聞かなかった。
この街では客は客だった。
食べ終えたマーガレットは、普通に金貨を出して会計を済ませる。
店主が笑顔で言った。
「またいらしてください」
「ええ。また来ますわ」
その言葉通り、翌週、本当にまた来た。
噂も広がった。
ダークエルフ街に、とんでもなく美味い菓子店があるらしい。
誰かが宣伝したわけではない。
食べた者が誰かに話した。
その誰かがまた食べに行った。
王宮の侍女たちにも伝わる。
三騎士団にも伝わった。
ついにはアイクやアッシュまで店の列に並ぶようになった。
「団長も甘いものがお好きなのですか?」
部下に聞かれたアイクが答える。
「妻に買って帰る」
アッシュも隣で頷いた。
「私もだ」
亜人たちは、もう救われるだけの存在ではなかった。
「今度は俺たちの料理を食ってみろ」
「この酒はうちの街でしか作れないぞ」
「この菓子はエルフの果実がないと作れない」
料理を作る。
酒を造る。
果実を育てる。
菓子を生み出す。
かつて救済対象だった者たちは、王国に新しい文化を提供する生産者へ変わっていた。
そしてその文化を、王妃も王女も側室たちも、サーシャもミーナも嬉々として楽しんでいた。
誰かが保護するだけの関係は、もう終わっていた。
菓子店を出た一行は、共有街を歩いていた。
ミーナのアイテムボックスには、すでに大量の菓子が入っている。
「少し買いすぎたかしら」
ミーナが呟く。
サーシャが笑った。
「皆で食べればいいじゃない」
先ほどミーナが言った言葉を、そのまま返した。
「それを言われると何も言えないわね」
「王宮の皆にも分ければいいですわ」
マーガレットが言う。
バイオレットも頷いた。
「それなら、もう少し買ってもよさそうですね」
側室たちが顔を見合わせる。
「帰りにもう一度寄ります?」
「そうしましょう」
買う量を減らすという話にはならなかった。
その時、マーガレットが思い出したように言った。
「そういえば、アレクサンド領にも評判の店がありますわ」
「どんな店ですか?」
ミーナが尋ねる。
「マルセルという料理人の店です。アレクサンドが何度も食べに行っているそうですわ」
「領主が何度も?」
側室の一人が興味を示した。
マーガレットは端末で情報を確認する。
「オークの薄切り肉柑橘蒸し。鶏肉の柑橘蒸し。シードル。それから鶏肉の白ワイン蒸しもあるそうです」
サーシャが反応した。
「オーク肉を柑橘で?」
「醤油に柑橘の搾り汁を混ぜて食べるそうですわ」
バイオレットが言った。
「確認してみましょうか」
サーシャが王妃を見る。
「何をです?」
「料理を」
「やっぱり視察なのですね」
「もちろんです」
目的地が決まった。
今度は移動そのものを楽しむ必要もない。
一行はアレクサンド領へ転移した。
マルセルの店は昼を過ぎても賑わっていた。
扉を開く。
「いらっしゃいませ」
厨房から出てきたマルセルが一行を見る。
固まった。
王妃バイオレット。
マーガレット王女。
見間違えるはずがない。
マルセルには王宮料理人として働いていた経験があり、二人とは面識があった。
すぐに姿勢を正す。
「王妃陛下、王女殿下」
深々と頭を下げた。
周囲の客が一斉に振り向いた。
バイオレットが苦笑する。
「今日は普通の客として来ました。挨拶はそれくらいで結構ですよ」
「しかし……」
マーガレットも笑った。
「今日は身分の話は禁止なのですわ」
「は、はい」
マルセルには難しい注文だった。
それでも料理を食べに来たと言われれば、料理人としてやることは決まっている。
一行が席へ着いた。
「オークの薄切り肉柑橘蒸しをお願いしますわ」
マーガレットが注文する。
「鶏肉の柑橘蒸しもいただきましょう」
バイオレットが続く。
ミーナが手を挙げた。
「私は両方食べたいです」
「私も」
サーシャも続いた。
側室たちも同意する。
結局、両方とも十分な量を頼むことになった。
「シードルもお願いします」
注文を受けたマルセルは厨房へ戻った。
オークのロース肉を薄く切る。
鶏肉も切る。
魔力で蒸す。
鑑定で火の通り具合を確認する。
柑橘を搾り、醤油と混ぜる。
やがて大皿が運ばれてきた。
最初にマーガレットがオーク肉を取った。
柑橘入りの醤油につける。
一口。
動きが止まった。
「…………」
バイオレットが不思議そうに見る。
「マーガレット?」
返事がない。
王妃も一枚取った。
食べる。
「…………」
今度はバイオレットが止まった。
サーシャが二人を見る。
「そんなにですか?」
一枚食べた。
「…………」
ミーナも続く。
「私も」
食べる。
「…………」
側室たちも食べた。
全員が黙った。
マルセルは厨房からその光景を見て、不安になった。
何か失敗したのか。
だが誰も箸を置かない。
二枚目。
三枚目。
続いて鶏肉の柑橘蒸し。
マーガレットが食べる。
「こっちも美味しいですわ……」
ミーナはオークと鶏を交互に食べていた。
「どちらが美味しいか決められない」
「決める必要はありませんわ」
マーガレットが真顔で答えた。
そこへシードルが運ばれる。
一口飲む。
オーク肉を食べる。
またシードルを飲む。
バイオレットが椅子の背へもたれた。
「これは困りましたね」
「何がです?」
サーシャが尋ねる。
「止まりません」
その言葉を聞いて、側室たちが笑った。
マルセルが恐る恐る近づく。
「お口に合いましたでしょうか?」
全員が一斉にマルセルを見た。
「とても美味しいですわ」
「もう一皿お願いします」
「鶏肉も」
「シードルも追加してください」
注文が重なった。
マルセルは慌てて厨房へ戻った。
追加された皿も綺麗になくなった。
やがて一行は満腹になり、揃って椅子の背へもたれた。
マーガレットは動かない。
バイオレットも目を閉じている。
側室たちも同じだった。
サーシャが天井を見上げる。
ミーナは満足そうに息を吐いた。
「もう動けないわ……」
誰も本当に倒れたわけではない。
だが、あまりの旨さと満腹感に立ち上がる気力がない。
マルセルはその光景を眺めた。
王妃も王女も側室も、サーシャもミーナも。
美味しいものを腹いっぱい食べれば、普通の客と何も変わらなかった。
しばらくして、ようやくマーガレットが身体を起こした。
「危険な店ですわ……」
マルセルがぎょっとする。
「何か問題がございましたか?」
「美味しすぎるという問題があります」
「はい?」
マルセルは返事に困った。
バイオレットもゆっくり身体を起こす。
「マーガレットの言いたいことは分かります。もう十分に食べたはずなのに、まだ食べたいと思ってしまいますから」
側室の一人も大皿を見る。
オークの薄切り肉は、すでになくなっていた。
「もう一皿くらいなら……」
「駄目です」
サーシャが止めた。
「さっき動けなくなったばかりでしょう」
「そうでしたね」
ミーナが笑う。
「でも次はいつ来ます?」
「もう次の話ですか?」
そう言いながら、サーシャも端末を開いていた。
マルセルは完全に肩の力が抜けた。
王宮にいた頃、王妃や王女へ料理を出す時は緊張した。
食材を厳選する。
味を確認する。
盛り付けを整える。
何度も確認してから料理を出した。
今、目の前にいる王妃と王女は違った。
普通の客として料理を注文し、美味しければ追加する。
それだけだった。
「マルセル」
マーガレットが呼んだ。
「はい」
「この料理は、あなたが考えたのですか?」
「はい。最初は亜人街から入ってきた柑橘を醤油へ搾ってみただけです」
「それだけ?」
「それだけです」
マルセルは笑った。
「旨かったので、オーク肉を蒸して合わせました」
ミーナが感心したように皿を見る。
「ずいぶん単純なのね」
「料理なんて、そんなものですよ。試して旨ければ店に出します」
「鶏肉は?」
サーシャが尋ねる。
「魔族街で見つけました。食べてみたら旨かったので、同じように蒸しました」
今度はシードル。
エルフ街で飲んで気に入った。
オーク肉と合わせてみた。
旨かった。
それだけだった。
マーガレットが笑う。
「全部、試してみた結果なのですわね」
「はい」
誰かに命じられて作った料理ではない。
マルセルが食材を見つけた。
試した。
仲間に食べさせた。
仲間が別の料理を作った。
ハンナたち農婦へ欲しい果実を伝えた。
農婦たちが作った。
それをまた料理する。
その繰り返しだった。
バイオレットが尋ねる。
「王宮へ戻る気はありませんか?」
マルセルの目が丸くなった。
少し考えてから頭を下げる。
「ありがたいお話ですが、今はこの店が楽しいです」
王妃を前にした答えとしては大胆だった。
だがバイオレットは笑った。
「それなら、その方がいいですね」
「ありがとうございます」
マーガレットも頷いた。
「王宮へ連れて帰ったら、ここへ食べに来る理由がなくなりますもの」
「やっぱりそこなのですね」
サーシャが呆れた。
笑いが起きた。
店を出る前に、一行は持ち帰りの料理も注文した。
オークの薄切り肉柑橘蒸し。
鶏肉の柑橘蒸し。
ブランデーケーキ。
林檎のシードル煮。
「王宮の皆にも食べさせましょう」
バイオレットが言う。
マルセルは大量の料理を用意した。
代金を払った一行は店を出る。
「また来ますわ」
マーガレットが言った。
マルセルは笑って頭を下げた。
「お待ちしております」
その日の夕方。
王宮の休憩室に、マルセルの料理が並んだ。
侍女たち。
文官たち。
料理人たち。
休憩中の者へ少しずつ配られる。
最初に食べた侍女が目を見開いた。
「何ですか、これ……」
隣の侍女もオーク肉を食べる。
「美味しい……」
王宮料理人たちの反応はさらに大きかった。
「この味付けは?」
「柑橘と醤油らしいです」
「それだけ?」
「それだけだそうです」
料理人が一枚食べる。
少し考える。
もう一枚食べる。
「明日の休みに行ってくる」
別の料理人も言った。
「俺も行く」
翌日。
マルセルの店には見覚えのある男たちが現れた。
「久しぶりだな」
かつて一緒に働いていた王宮料理人だった。
マルセルが笑う。
「食いに来たのか?」
「それもある」
男は厨房を見る。
「作り方も教えろ」
「いいぞ」
即答だった。
隠す理由などなかった。
料理人たちは厨房へ入る。
柑橘を搾る。
醤油と合わせる。
肉を薄く切る。
魔力で蒸す。
それだけである。
「本当にこれだけか?」
「だから言っただろ」
王宮料理人は完成した肉を食べた。
「旨いな……」
「だろ?」
技術はまた一つ、人から人へ渡った。
だがマルセルは気にしなかった。
同じ料理が王宮で作られるようになっても、自分はまた新しい料理を考えればいい。
亜人街から新しい食材が来る。
ハンナたちが新しい果実を育てる。
料理人仲間が別の組み合わせを見つける。
試したいものはいくらでもあった。
救われた者が文化を作る。
その文化を王国の人々が楽しむ。
そして今度は、その技術が王宮へまで流れ込んでいく。
王国の豊かさは、金属のインゴットや強固な防壁だけでは測れなくなっていた。
マルセルから教わった料理は、すぐに王宮の厨房でも作られた。
オークのロース肉を薄く切る。
魔力で蒸す。
柑橘を搾って醤油と合わせる。
難しい工程はない。
鶏肉も同じだった。
それでも王宮料理人たちは、そこで終わらなかった。
「山椒を少し入れてみるか」
「白ワインを使ってもいいな」
「柑橘の皮は使えないか?」
調理スキルと鑑定がある。
思いついたものは、その場で試せる。
王宮の厨房でも試作が始まった。
それを見たバイオレットは満足そうだった。
「随分と増えましたね」
マーガレットも皿を見る。
「でも、マルセルの店にも行きますわよ」
「もちろんです」
サーシャが二人を見る。
「王宮で作れるようになったのでは?」
マーガレットは首を振る。
「それとこれとは別ですわ」
「別なのですか?」
「店で食べるから楽しいのです」
バイオレットも真顔で頷いた。
「その通りです」
サーシャは反論しなかった。
自分もまた行きたいと思っていたからである。
一方、ミーナは王国教導管理システムの仕事へ戻っていた。
端末には各地から情報が集まってくる。
教師数。
教導を受けた人数。
習得した属性。
覚醒したスキル。
専門学校の状況。
ミーナは一つの変化に気づいた。
調理スキルを持つ者が増えている。
農業スキル。
醸造スキル。
酒造スキル。
菓子作りに関係する技能も各地で発現していた。
戦闘に直接役立つものではない。
だが、人々の生活を豊かにする技能だった。
ミーナはその情報をサーシャへ送った。
『面白いことになっています』
『何?』
『亜人街との交流が増えてから、調理や醸造関係の教導がかなり活発になっています』
サーシャは報告を確認した。
『専門学校にも反映できそうね』
『私もそう思います』
新しい料理が生まれる。
食べた者が作り方を知りたがる。
教導を受ける。
別の町へ持ち帰る。
そこで土地の食材と組み合わせる。
さらに新しい料理になる。
教導管理システムは、そんな変化まで数字として拾い始めていた。
数日後。
三騎士団の訓練場。
午前の訓練を終えたアイクは、休憩中の騎士たちが何かを食べていることに気づいた。
「何だ、それは?」
「ダークエルフ街の菓子です」
「また行ったのか?」
「妻に頼まれまして」
別の騎士が笑う。
「団長も先日並んでいたではありませんか」
「私は妻に頼まれた」
「我々もです」
アイクは黙った。
少し離れたところではアッシュも菓子を食べている。
「アッシュ」
「何だ?」
「それは自分で食べるのか?」
「妻に買った。これは余った分だ」
「そうか」
二人とも、それ以上は何も言わなかった。
平和だった。
騎士団が毎日行っているのは訓練である。
魔法を磨く。
飛行する。
模擬戦をする。
ゴーレムを使った救助訓練も行う。
それが終われば、家族に頼まれた菓子を買って帰る。
実戦はない。
それでよかった。
その頃、亜人街では新しい店がまた開いていた。
エルフの果実を使う人間の菓子職人。
ドワーフから蒸留を学んだ獣人。
魔族の卵を使って焼き菓子を作るダークエルフ。
人間から醤油の使い方を教わった魔族の料理人。
もう、どの料理がどの種族のものなのか、簡単には分けられなくなっていた。
「これ、誰が考えた料理なんだ?」
客に聞かれた店主が首を傾げる。
「さあ?」
それで困る者はいなかった。
旨ければいい。
気に入れば買えばいい。
自分でも作りたければ教わればいい。
そんな街になっていた。
さらに一週間後。
マーガレットたちは再びマルセルの店にいた。
バイオレット。
側室たち。
サーシャ。
ミーナ。
前回と同じ顔ぶれである。
マルセルも、もう慌てなかった。
「今日は何になさいます?」
マーガレットが献立を開く。
「新しいものはあります?」
「ありますよ」
全員の目がマルセルへ向いた。
「オーク肉を白ワインと柑橘で蒸したものを試しています。それと、鶏肉に蜂蜜と柑橘を使った料理も」
サーシャが即答した。
「両方お願いします」
「私も」
ミーナが続く。
側室たちも頷いた。
バイオレットが笑う。
「では、皆で分けましょう」
マーガレットは満足そうだった。
「やはり来て正解でしたわ」
料理が運ばれる。
一口食べる。
全員が止まった。
マルセルはその光景を見て笑った。
もう心配する必要はない。
これは不満ではない。
次の瞬間。
「追加をお願いしますわ」
マーガレットが言った。
「こちらも」
「シードルもください」
「ブランデーケーキも最後に食べたいです」
また始まった。
マルセルは笑いながら厨房へ戻った。
王妃も王女も。
側室もサーシャもミーナも。
新しい料理の前では、ただの食いしん坊だった。
かつて救われた亜人たちが持ち込んだ果実、酒、香辛料、卵。
それらは人間の技術と混ざり、王国になかった食文化を生み出した。
救済はそこで終わらなかった。
救われた者が自立する。
働く。
作る。
そして今度は、周囲の暮らしを豊かにする。
その循環の先で、今日も誰かが新しい料理を作っていた。




