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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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133 オークの薄切り肉柑橘蒸し

アレクサンド領の農地に、新しい作物が増えていた。


柑橘。


林檎。


梨。


葡萄。


どれも外国から亡命してきたエルフたちがアルデバラン王国へ持ち込んだ果樹だった。


亜人街で栽培が始まると、苗木や種はアレクサンド領とアンジェラ領にも分けられた。


栽培を担当したのは農業スキルを持つ農婦たちである。


土の状態を鑑定する。


水分を確認する。


果樹の状態も一株ずつ確認する。


必要なら土属性で土壌を整え、水属性で水分を補う。


病気の兆候があれば浄化する。


魔力を使える農婦たちにとって、果樹栽培は勘だけに頼るものではなかった。


「これはもう収穫できるわね」


一人の農婦が柑橘を鑑定する。


隣の農婦も確認した。


「糖度は十分。でも酸味がかなり強いわ」


「そのまま食べるより料理向きかしら?」


「料理人に渡してみましょう」


収穫された果実は領内の市場へ出荷された。


林檎や梨はそのままでも売れた。


葡萄も人気だった。


だが、酸味の強い柑橘だけは少し扱いが違った。


一人の料理人が、その柑橘を手に取った。


半分に切る。


果汁を搾る。


そのまま少量を舐めた。


「酸っぱいな」


だが、香りはいい。


料理人は厨房にあった醤油を見た。


試しに小皿へ醤油を入れる。


そこへ柑橘の搾り汁を加えた。


混ぜる。


味見する。


料理人の動きが止まった。


「……旨い」


醤油の塩味と旨味。


そこへ柑橘の酸味と香りが加わっている。


もう一度割合を変えた。


醤油。


柑橘の搾り汁。


少しずつ調整する。


「これだな」


次に料理人が取り出したのはオーク肉だった。


ロース部分を薄く切る。


厚い肉を焼く料理はすでにいくらでもある。


煮込みもある。


ならば薄く切ったらどうなる。


料理人は何枚もの薄切り肉を並べた。


魔力を使って蒸していく。


火を直接当てない。


肉の状態を鑑定しながら、熱の入り方を調整する。


やがて肉の色が変わった。


余分な脂が落ちる。


それでも柔らかさは残っている。


一枚取った。


先ほど作った柑橘の搾り汁入り醤油につける。


口へ運ぶ。


「……これは旨い」


もう一枚。


今度は柑橘を少し多めにつける。


脂のあるオーク肉を食べた直後なのに、口の中が重くならない。


酸味が脂をさっぱりさせていた。


「いくらでも食えそうだな」


料理人は笑った。


翌日。


店の献立に新しい料理が加わった。


――オークの薄切り肉柑橘蒸し。


最初に注文した客は名前を見て首を傾げた。


「柑橘蒸し?」


「食べてみてくれ」


皿には蒸したオークの薄切り肉。


横には柑橘の搾り汁を加えた醤油。


客は肉をつけて食べた。


一口。


すぐに二枚目へ手を伸ばした。


「これ、旨いぞ」


「だろ?」


「もう一皿」


昼になる頃には注文が続いた。


肉なのに重くない。


酒にも合う。


飯にも合う。


女性客からも評判が良かった。


そして数日後。


店の扉が開いた。


料理人が何気なく顔を上げる。


次の瞬間、背筋が伸びた。


「りょ、領主様?」


アレクサンドが立っていた。


隣には代官もいる。


「これが噂の料理?」


「は、はい!」


アレクサンドは普通に席へ座った。


料理人は緊張しながら、オークの薄切り肉柑橘蒸しを出す。


アレクサンドは一枚食べた。


もう一枚。


「美味しいわね」


代官も頷いた。


「これは良いですな」


食事を終えたアレクサンドは、代金とは別に金貨十枚を置いた。


「これ、チップね」


料理人は固まった。


「き、金貨十枚?」


「美味しかったから」


恐れ多くて断ろうとしたが、アレクサンドは気にしていない。


さらにアイテムボックスから一本の酒を取り出した。


亜人街で買ってきたシードルだった。


「これとも合いそうね」


料理人の目が輝いた。


「少し、いただいてもよろしいでしょうか?」


「いいわよ」


シードルを一口。


続いてオーク肉を食べる。


料理人はしばらく黙った。


「……合う」


柑橘の香り。


オーク肉の脂。


醤油の旨味。


そして林檎から作られたシードル。


料理人の頭の中で、次の商売が決まった。


その日の夜。


王都にいる料理人仲間へ念話を飛ばした。


『明日、俺の店に食べに来い。面白い料理ができた』


そして金貨十枚を見る。


明日は亜人街へ行こう。


シードルを買う。


ワインも買う。


金貨十枚分、たっぷり仕入れる。


料理人は笑った。


楽しみが、また一つ増えていた。




翌朝。


料理人は店を従業員に任せ、亜人街へ飛行した。


目的は決まっている。


シードルとワイン。


昨日、アレクサンドから金貨十枚ものチップをもらった。その金を仕入れに使うつもりだった。


エルフ街の酒屋には、何種類ものシードルが並んでいた。


「こんなにあるのか?」


「林檎の種類が違うのよ」


エルフの店主が説明する。


甘味の強い林檎。


酸味の強い林檎。


香りの強い林檎。


料理人は少量ずつ味見した。


確かに違う。


「全部もらう」


「全部?」


「店で料理と一緒に出したい」


ワインも買った。


赤。


白。


甘味のあるものから酸味の強いものまで揃える。


大量に買ってもアイテムボックスがあるため運搬には困らない。


次に向かったのはドワーフ街だった。


エールやラガービール、様々な醸造酒が並ぶ中に、見慣れない酒があった。


「これは?」


「ブランデーだ」


「ブランデー?」


「エルフのワインを蒸留して、樽で寝かせた」


料理人は味見させてもらった。


強い。


だが葡萄の香りが残っている。


樽から移った香りもあった。


「旨いな」


料理人は鑑定する。


飲むだけではない。


肉料理にも使えそうだった。


果物との相性も良い。


「これも大量にもらう」


「ずいぶん買うな」


「使い道を考えるのが料理人だからな」


次は獣人街。


胡椒。


山椒。


唐辛子。


見慣れない香草。


乳製品。


料理人は一つずつ鑑定していった。


「これも使える。こっちも面白いな」


酒を買うだけの予定は、とっくに消えていた。


最後に魔人街へ向かった。


そこで見つけたのが、鶏によく似た鳥だった。


食堂では焼いた肉が出されている。


一皿注文して食べてみる。


「柔らかいな」


オーク肉とは違う。


脂も軽い。


店主に尋ねた。


「この肉、売ってもらえるか?」


「もちろんだ」


「じゃあ大量に頼む。卵も」


鶏肉と卵がアイテムボックスへ入っていった。


店へ戻った頃には、金貨十枚の大部分が酒と食材へ変わっていた。


そして店の前には、王都から呼んだ料理人仲間が五人も待っていた。


「遅いぞ」


「亜人街へ仕入れに行ってたんだ」


「何を買った?」


「それは後だ。まず食え」


厨房へ入る。


オークのロース肉を薄く切る。


魔力で蒸す。


火の通り具合は鑑定で確認する。


柑橘を搾り、醤油と合わせる。


完成した料理を五人の前へ並べた。


「オークの薄切り肉柑橘蒸しだ」


一人が肉をつけて食べる。


「旨い」


別の男も続く。


「酸味がいいな」


「オークの脂が重く感じない」


「これならかなり食えるぞ」


料理人はシードルを取り出した。


「これも飲んでみろ」


杯へ注ぐ。


オーク肉を食べる。


シードルを飲む。


五人の表情が変わった。


「合うな」


「林檎の酸味がいい」


料理人は満足そうに笑った。


「まだあるぞ」


今度は魔人街で買ってきた鶏肉を取り出した。


薄く切る。


同じように魔力で蒸す。


柑橘の搾り汁を混ぜた醤油につけ、自分で一枚食べた。


「……旨い」


「俺たちにも寄越せ」


皿を出す。


五人が一斉に食べ始めた。


「こっちは柔らかいな」


「オークより軽い」


「柑橘との相性なら、こっちも負けてないぞ」


「女性にも人気が出そうだ」


二つの料理を交互に食べる。


オークにはオークの旨さ。


鶏には鶏の旨さがある。


料理人はさらに赤ワインと白ワインを並べた。


「好きなのを試してみろ」


そこからは料理人たちの遊びになった。


オーク肉と赤ワイン。


鶏肉と白ワイン。


オーク肉とシードル。


鶏肉とシードル。


それぞれが好きな組み合わせを探す。


やがて一人が、まだ開けていない瓶を見つけた。


「これは?」


「ブランデーだ」


杯へ少量ずつ注いだ。


「強いな」


「葡萄の香りが残ってる」


「樽の香りもするぞ」


一人がブランデーの入った杯を見つめた。


「これ、料理だけじゃなく菓子にも使えないか?」


別の料理人が反応した。


「果物にも合いそうだな」


「焼き菓子へ少し入れてもいい」


「卵も買ってきたぞ」


料理人が言うと、五人が一斉にそちらを見た。


「先に言え」


「何か作るか?」


「作ろう」


誰も帰る気配がなかった。


オークの薄切り肉柑橘蒸しを食べに来ただけだった。


それが鶏の柑橘蒸しになり、シードルとワインを合わせ、今度はブランデーと卵を使った菓子の話になっている。


新しい食材を一つ見つければ、使い方が一つ増えるわけではない。


料理人の数だけ使い方が増えていく。


六人はそのまま厨房へ戻った。


次に何ができるのか。


それを試すことの方が、何より楽しかった。




六人の料理人はマルセルの厨房に並んでいた。


調理台には亜人街から仕入れた食材が並ぶ。


卵。


林檎。


梨。


葡萄。


柑橘。


蜂蜜。


乳製品。


シードル。


ワイン。


そしてブランデー。


「まず何を作る?」


仲間の一人が卵を手に取った。


「焼き菓子を試そう」


マルセルが答えた。


六人とも調理スキルと鑑定を使える。失敗しても原因を確認し、配合や加熱方法を変えればいい。


小麦粉に卵と乳製品を加える。


蜂蜜で甘味をつけ、ブランデーを少量加えた。


魔力で加熱する。


焼き上がった最初の試作品を六人で味見した。


「香りはいいな」


「少し硬い」


「水分を増やそう」


二回目は配合を変える。


三回目は火力を調整する。


四回目には細かく切った林檎を加えた。


鑑定で生地の状態を確認できるため、試作するたびに完成度が上がっていった。


焼き上がった菓子をマルセルが食べる。


蜂蜜の甘味。


林檎の酸味。


そしてブランデーの香り。


「これだな」


仲間たちも頷いた。


名前はブランデーケーキに決まった。


その横では梨を白ワインで煮ていた。


別の鍋には林檎とシードル。


葡萄とワイン。


柑橘と蜂蜜。


気がつけば調理台は試作品で埋まっている。


「俺たち、オーク肉を食べに来たんじゃなかったか?」


「そうだったな」


誰も手を止めなかった。


翌日。


マルセルの店には新しい献立が増えた。


オークの薄切り肉柑橘蒸し。


鶏の薄切り肉柑橘蒸し。


シードル。


ワイン。


そして数量限定のブランデーケーキ。


最初に注文した三人の女性客は、一つを分けて食べた。


三人が顔を見合わせる。


「あと二つください」


昼前には売り切れた。


林檎のシードル煮も評判になった。


葡萄のワイン煮。


梨の白ワイン煮。


試作品だったものが次々と商品になっていく。


王都へ戻った五人の料理人も、それぞれ試作を始めた。


葡萄入りのブランデーケーキ。


ブランデーを加えた果実の砂糖煮。


鶏肉の白ワイン蒸し。


念話で情報が飛び交う。


『マルセル、葡萄入りを作ったぞ』


『旨かったか?』


『食べに来い』


『教えろよ』


『嫌だ。自分で来い』


料理を隠しているわけではない。


自分が作ったものを直接食べさせたいだけだった。


互いに食べ、教え、改良する。


そんな競争まで始まっていた。


数日後。


マルセルの店へハンナがやってきた。


アレクサンド領で果樹栽培を担当する農婦である。


農業スキルを持ち、柑橘、林檎、梨、葡萄を育てていた。


「マルセル、ちょっと相談があるんだけど」


「どうした、ハンナ?」


「もっと欲しい果物ってある?」


マルセルは少し考えた。


「酸味の強い林檎が欲しい」


「シードル用?」


「それもある。肉料理にも使いたい」


ハンナは端末へ記録する。


「葡萄は?」


「甘いものと酸っぱいもの。両方だな」


「梨は?」


「もっと香りの強い品種があれば試したい」


「柑橘は?」


「増やしてくれ。オークの柑橘蒸しが出すぎる」


ハンナが笑った。


「分かったわ」


店を出たハンナは、領主であるアレクサンドにも念話した。


『アレクサンド様。果樹栽培について報告があります』


『何?』


『マルセルから柑橘の増産と、酸味の強い林檎、葡萄などの要望がありました』


『農地は足りる?』


『十分です。農業スキル持ちも増えています』


『なら任せるわ。好きに試して』


細かな品種や栽培量までアレクサンドが決める必要はない。


現場の農婦たちが需要を見ながら決めればいい。


『承知しました』


そこで念話が終わるかと思った。


『ところでハンナ』


『はい?』


『マルセル、新しい料理を作ったの?』


ハンナは笑った。


『かなり増えていましたよ』


その日の夕方。


マルセルの店の扉が開いた。


「いらっしゃ――」


マルセルが固まる。


アレクサンドだった。


「また来たわ」


「領主様……」


「新しい料理が増えたって聞いたんだけど」


マルセルはすぐに理解した。


「ハンナですね」


「そうよ」


オークの薄切り肉柑橘蒸し。


鶏の薄切り肉柑橘蒸し。


林檎のシードル煮。


葡萄のワイン煮。


最後にブランデーケーキ。


アレクサンドはシードルを飲みながら順番に食べた。


「美味しいわね」


その日から、アレクサンドは度々マルセルの店へ顔を出すようになった。


時にはアンジェラも一緒だった。


新しい料理ができたと聞けば食べに来る。


マルセルも次第に慣れていった。


「領主様。今日は鶏肉の白ワイン蒸しがありますよ」


「それお願い」


最初は領主と料理人だった。


だが何度も通ううちに、マルセルにとってアレクサンドは、新しい料理を食べてもらいたい常連客の一人になっていた。


料理が変われば、欲しい作物も変わる。


農婦がそれを育てる。


新しい作物ができれば、料理人はまた別の料理を考える。


アレクサンド領では、そんな小さな循環まで生まれ始めていた。




マルセルの店に通うようになったのは、アレクサンドだけではなかった。


アンジェラも新しい料理を楽しみにするようになった。


ある日の昼。


二人は並んで店へ入った。


「マルセル、今日は何かある?」


アレクサンドが聞く。


もうマルセルも驚かない。


「ありますよ。ハンナから新しい柑橘が届きました」


「もう?」


「農業スキル持ちは仕事が早いですからね」


マルセルは厨房から黄色い果実を持ってきた。


以前のものより香りが強い。


酸味も少し柔らかかった。


「鑑定したところ、鶏肉との相性が良さそうなんです」


「じゃあ、それお願い」


「私も同じものを」


アンジェラも続いた。


薄く切った鶏肉を魔力で蒸す。


柑橘を搾り、醤油と混ぜる。


今回は少量の山椒も加えた。


料理が運ばれてくる。


アンジェラが一枚食べた。


「美味しい……」


アレクサンドも頷く。


「前のものと香りが違うわね」


「品種が違います」


マルセルは嬉しそうだった。


ハンナたちが料理人の要望を受けて果樹を育てる。


マルセルが料理にする。


客が食べる。


反応を聞く。


その結果をまたハンナへ伝える。


その循環は少しずつ速くなっていた。


変化はマルセルの店だけではない。


アレクサンド領の料理人たちは、新しい果物や香辛料を積極的に使い始めていた。


オーク肉の柑橘焼き。


鶏肉の白ワイン煮。


果実を使ったソース。


山椒を加えた肉料理。


唐辛子を使った辛い煮込み。


乳製品を使った料理も増えた。


菓子店では別の競争が始まっている。


ブランデーケーキ。


林檎の焼き菓子。


梨の蜂蜜煮。


葡萄のワイン煮。


柑橘の砂糖漬け。


エルフの果実とドワーフの酒。


獣人の香辛料。


魔人街から来た卵や鶏肉。


別々の種族が持っていた食材が、人間の料理人の手で組み合わされていく。


そして人間が作った料理を、今度は亜人たちが食べに来るようになった。


「オークの柑橘蒸しってここか?」


獣人の男がマルセルの店へやってきた。


「そうだ」


「柑橘を持ってきたのはエルフだろ?」


「そうだな」


「醤油は人間のものだよな?」


「そうだ」


男は料理を食べた。


しばらく黙る。


「旨いな」


「だろ?」


翌日、その獣人は仲間を連れてきた。


さらにエルフも来た。


ドワーフも来た。


魔人も来た。


自分たちが持ち込んだ食材が、知らない料理へ変わっている。


それを見ること自体が面白かった。


亜人街とアレクサンド領の間を、人と食材が行き来する。


商人たちは当然、その流れを見逃さなかった。


亜人街のワインやシードルを仕入れる。


アレクサンド領の柑橘を別の領地へ運ぶ。


マルセルたちが作った料理を覚えた料理人が、別の町で店を開く。


教導で育った料理人が多いため、広がる速度も速い。


王都にも変化が現れた。


マルセルの仲間たちが始めた店では、ブランデーケーキが売れていた。


特に女性客からの人気が高い。


「今日の分は?」


「もうありません」


「まだ昼よ?」


「朝で売り切れました」


そんな会話まで聞かれるようになった。


当然、生産量が増える。


卵が必要になる。


乳製品が必要になる。


蜂蜜が必要になる。


果物が必要になる。


ブランデーも必要になる。


注文は亜人街へ届いた。


ドワーフの酒造職人が注文書を見て笑う。


「ブランデーをもっと作れだと」


隣にいたエルフが答える。


「なら葡萄も増やさないとね」


「樽も必要だ」


「木工職人に頼みましょう」


一つの商品が売れれば、一つの店だけが儲かるわけではない。


葡萄を育てる者。


酒を造る者。


樽を作る者。


運ぶ者。


料理する者。


売る者。


仕事が次々とつながっていく。


ハンナのところにも注文が増えていた。


「柑橘、まだ増やせる?」


別の料理人から念話が届く。


『林檎も欲しい』


さらに別の店から葡萄の注文。


ハンナは仲間の農婦たちと端末を見ながら笑った。


「畑、広げましょうか」


「そうしましょう」


誰かに命令されたからではない。


売れるから作る。


欲しがる者がいるから増やす。


そして新しいものができれば、また別の需要が生まれる。


数日後。


マルセルの店。


アレクサンドはオークの薄切り肉柑橘蒸しを食べながらシードルを飲んでいた。


アンジェラはブランデーケーキを食べている。


「最初は、この料理だけだったのよね」


アレクサンドが皿を見る。


マルセルが頷いた。


「柑橘を醤油に搾っただけでした」


それが今では、果樹園が広がった。


新しい酒が売れる。


菓子が生まれる。


亜人街との商売も増えた。


王都の料理まで変わり始めている。


アンジェラが笑った。


「一つの料理から随分広がりましたね」


アレクサンドはシードルを一口飲んだ。


「いいんじゃない? 美味しいし」


理由は、それで十分だった。


誰かが作る。


誰かが食べる。


気に入れば、また作る。


さらに別の誰かが改良する。


教導によって人から人へ技術が伝わったように、今度は味が人から人へ伝わっていた。


アルデバラン王国では、食文化まで自分の力で広がり始めていた。





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