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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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132/311

132 亜人の街

アレクサンドのもとを、数人の亜人たちが訪ねてきた。


彼らは二十七人が領地経営を始めた際に解放された者たちだった。


獣人。


エルフ。


ドワーフ。


ダークエルフ。


魔族。


奴隷という身分から解放された後は学校へ通い、他の領民と同じ教導を受けている。


六属性魔法。


魔力操作。


魔力循環。


飛行。


鑑定。


教導。


識字。


計算。


調理。


すでに自分たちで生活を築くための力を身につけていた。


アレクサンドは彼らを応接室へ通した。


「それで、相談って何?」


代表して獣人の男が口を開いた。


「俺たちで、新しい街を作ってみたいんです」


アレクサンドは少しだけ目を丸くした。


「街?」


「はい。誰かに作ってもらうのではなく、自分たちで」


エルフの女性が続ける。


「学校で学びました。家も建てられます。水路も作れます。畑も作れます。私たちにもできると思うんです」


アレクサンドは笑った。


「いいんじゃない?」


答えは早かった。


問題があるとすれば土地だけである。


アレクサンドはすぐに宰相クレイン・レッドバルトへ念話を送った。


『宰相。亜人たちが自分たちで街を作りたいそうなの。王国に使っていない土地はある?』


返事も早かった。


『ありますぞ。王国所有の未開拓地を使っていただきましょう』


『いいの?』


『アレクサンド侯爵は間違いがありませんからな』


念話の向こうでクレインが大笑いしていた。


クレインはその場でオーキスへ報告した。


「陛下。アレクサンド侯爵から相談がありましてな」


「あの小娘、また何か思いついたか?」


「解放された亜人たちが、自分たちの街を作りたいそうです」


オーキスは笑った。


「土地をやれ」


こちらも即決だった。


数日後。


亜人たちは提供された未開拓地へ集まった。


アレクサンドが何かを建設する必要はなかった。


「じゃあ、好きに作って」


それだけだった。


最初に土属性持ちが土地を造成する。


凹凸を均し、道路を作る。


水属性を使える者たちが水源を確認し、水路を引いた。


排水路と下水も作る。


住宅。


学校。


公衆浴場。


工房。


食堂。


商店。


宿屋。


必要な建物が次々と建てられていく。


さらに作業の途中で、ゴーレムスキルを覚醒する者が現れた。


「これ、使えるんじゃないか?」


土が盛り上がる。


人の形を取った。


土ゴーレムだった。


一体。


二体。


十体。


教導によって作り方が伝わると、数はさらに増えた。


土砂を運ぶ。


地面を均す。


建材を運ぶ。


穴を掘る。


人とゴーレムが並んで作業する。


三日後。


未開拓地には、すでに街の形ができていた。


だが、本当に面白くなったのはそこからだった。


獣人たちが店を開いた。


香辛料が並ぶ。


胡椒。


山椒。


唐辛子。


乳製品もあった。


人間の領地ではあまり見かけない香りが通りに漂った。


エルフたちの店には果物が並んだ。


林檎。


梨。


葡萄。


柑橘類。


そしてワイン。


林檎から作ったシードル。


独特の文様を織り込んだ厚手の織物まで売られている。


ドワーフたちは早くも酒造を始めていた。


エール。


ラガービール。


醸造酒。


蒸留酒。


酵母や麹、ホップまで扱う。


魔族の食堂からは、さらに変わった匂いが漂っていた。


鶏によく似た鳥を使った料理。


その鳥が産んだ卵を使った料理。


人間には馴染みのない調理法も多い。


街が完成して間もなく、アレクサンドとアンジェラが遊びに来た。


視察ではない。


普通に遊びに来た。


「これ何?」


「食べてみます?」


「食べる」


アレクサンドが獣人料理を口へ運ぶ。


アンジェラはエルフの店でシードルを見つけていた。


二人は街を一周した。


そして帰る頃には、アイテムボックスの中に大量の商品が入っていた。


その様子を見ていた亜人たちは笑っていた。


ところが翌日。


今度はアレクサンド領の領民たちがやってきた。


さらにアンジェラ領からも人が来た。


その翌日には、もっと増えた。


「魔族料理ってどこだ?」


「エルフのワインを買いに来たんだけど」


「獣人の香辛料ってこれか?」


珍しいものがある。


美味しいものがある。


それだけで人はやってきた。


亜人たちが自分たちのために作った街は、わずか数日で人間たちの遊び場にもなり始めていた。




人間の来訪者は日を追うごとに増えていった。


最初はアレクサンド領とアンジェラ領の住民が中心だった。


やがて噂を聞いた周辺領地からも人がやってくる。


急ぐ者は飛行してくる。


家族や友人との道中を楽しみたい者は、ゴーレム馬車を利用した。


街の通りには、人間と亜人が入り交じるようになった。


「この赤いのは何だ?」


獣人の店で、人間の男が小さな実を指さした。


「唐辛子だ。辛いぞ」


「どれくらい?」


「食べてみるか?」


男は小さくかじった。


直後、顔を真っ赤にした。


「水! 水!」


店にいた獣人たちが笑う。


男も水を飲みながら笑っていた。


その隣では、別の客が山椒の香りを確かめている。


乳製品を扱う店にも人が集まっていた。


エルフの区画では果実と酒が人気だった。


葡萄から作ったワイン。


林檎のシードル。


梨や柑橘。


蜂蜜。


厚手の織物。


人間の商人たちは商品を見る目が違った。


「このワイン、王都でも売れるぞ」


「この織物も欲しい」


「売るのは構わないけど、まだそんなに作れないわよ」


「なら生産が増えるまで待つ」


早くも取引が始まっていた。


ドワーフの区画は酒好きで賑わっている。


エール。


ラガービール。


醸造酒。


蒸留酒。


酒だけではない。


酵母、麹、ホップを見つけた料理人や醸造職人が目を輝かせた。


「これを使えば別の酒も作れるんじゃないか?」


「やってみればいい」


ドワーフは止めなかった。


技術を囲い込む理由もなかった。


教導を受けた彼らにとって、知識は伝えれば減るものではない。


むしろ誰かが違う使い方を見つければ、自分たちにも新しいものが返ってくる。


魔族の食堂も盛況だった。


鶏に似た鳥を焼いた料理。


卵を使った料理。


独特の調味料を使った煮込み。


最初は恐る恐る食べていた人間たちも、一口食べれば態度が変わる。


その中に、何日も続けて通ってくる男がいた。


魔族の店主が笑う。


「また来たのか?」


「ああ。ここの料理がうまくてな」


男はいつもの料理を注文してから、何気なく尋ねた。


「ところで、ここに住んでもいいか?」


店主の手が止まった。


「人間が?」


「ああ」


「ここは俺たちが作った街だぞ」


「知ってる」


男は笑った。


「だから聞いてるんだ。勝手に住むつもりはない」


理由を聞けば単純だった。


料理がうまい。


珍しい酒もある。


街も清潔だった。


学校も公衆浴場もある。


仕事も見つけられそうだった。


その話はすぐに各種族の代表へ伝えられた。


獣人。


エルフ。


ドワーフ。


ダークエルフ。


魔族。


彼らは集まって相談した。


「どうする?」


「俺たちは人間に助けてもらった」


獣人の男が言った。


アレクサンドへの恩義を忘れた者はいない。


アンジェラ領や周辺領地から遊びに来る人間たちとも、すでに何度も顔を合わせている。


念のため鑑定もした。


悪意はない。


差別意識もない。


ただ、この街を気に入っただけだった。


「断る理由がないな」


結論は早かった。


人間の移住が認められた。


すると一人では終わらなかった。


料理人。


商人。


木工職人。


農民。


家族で移住してくる者まで現れた。


街の一角に人間の住宅が増えていく。


やがて誰かが言った。


「ここ、人間街になってないか?」


亜人たちは顔を見合わせた。


確かにそうだった。


獣人街。


エルフ街。


ドワーフ街。


ダークエルフ街。


魔族街。


そして人間街。


亜人の街として始めたはずなのに、人間まで自分たちの区画を作って暮らしている。


「まあ、いいんじゃないか?」


誰かが言った。


誰も反対しなかった。


そして街の中央には、どの種族にも属さない場所が広がり始めた。


市場。


食堂。


学校。


公衆浴場。


宿屋。


工房。


そこでは人間も亜人も関係なかった。


一緒に食べる。


一緒に学ぶ。


一緒に働く。


街を作った者たちは、その区域を共有街と呼ぶようになった。


種族ごとの街を作ったはずだった。


それでも生活まで分ける必要はなかった。


そして、この街の噂は王国内だけでは終わらなかった。


商人と旅人によって、国境の向こうへも伝わり始めていた。


アルデバラン王国には、亜人が自分たちで作った街がある。


奴隷ではない。


学校へ通える。


土地を持てる。


商売ができる。


そして人間まで、そこへ移り住んでいる。


その噂を聞いた外国の亜人たちが、動き始めていた。




最初に国境を越えてきたのは、獣人の一家だった。


父親と母親。


そして三人の子供。


持っている荷物は少なかった。


彼らが目指したのは王都ではない。


噂に聞いた亜人たちの街だった。


街へ到着した一家を、先に暮らしていた獣人たちが迎えた。


「どこから来た?」


父親が外国の領地の名を答えた。


「ここでは……俺たちも暮らせると聞いた」


「暮らせるぞ」


あまりにも簡単な返事だった。


父親は戸惑った。


「金はほとんどない」


「仕事をすればいい」


「土地は?」


「空いている」


「子供たちは?」


「学校がある」


質問するたびに答えが返ってくる。


一家は顔を見合わせた。


それから何度も頭を下げた。


翌日には別の獣人たちがやってきた。


さらにエルフ。


ドワーフ。


ダークエルフ。


魔族。


噂が噂を呼び、外国からやってくる亜人たちは日に日に増えていった。


街を作った亜人たちは彼らを受け入れた。


自分たちも少し前までは助けられる側だった。


今度は自分たちが迎えればいい。


住宅が足りなくなった。


「増やそう」


それだけだった。


土属性で土地を造成する。


水路を延ばす。


下水を整備する。


土ゴーレムを作り、建材を運ばせる。


住宅が並ぶ。


公衆浴場も増設された。


そして学校も新しく建てられた。


教壇に立ったのは、先にこの街へ移住していた人間たちだった。


「最初は魔力操作から始めましょう」


教室には獣人がいる。


エルフもいる。


ドワーフ。


ダークエルフ。


魔族。


種族は違っても教える内容は同じだった。


魔力操作。


魔力循環。


六属性魔法。


そして金属属性。


教導を受けた者たちは次々と七属性持ちになっていった。


さらにレビテーション。


テレパシー。


テレキネシス。


鑑定。


教導。


識字。


計算。


調理。


様々なスキルが覚醒する。


教わった者が、今度は別の者へ教える。


やがて獣人が教師になった。


エルフも教師になった。


ドワーフも。


ダークエルフも。


魔族も教壇に立った。


教導は種族に関係なく広がっていった。


生活が落ち着くと、外国から来た亜人たちは自分たちが持っていたものを街へ持ち込み始めた。


エルフが新しい葡萄を持ってきた。


「これは酒にすると香りがいいの」


すぐにワインが作られた。


別のエルフは林檎を育てる。


林檎を搾り、発酵させる。


シードルができた。


それをドワーフが見つけた。


「そのワイン、蒸留してみないか?」


「蒸留?」


「やってみれば分かる」


銅製の蒸留器が作られた。


金属属性持ちが大勢いる街である。


必要な器具を作ることは難しくなかった。


加熱する。


蒸気を集める。


冷却する。


透明な酒が落ちてくる。


ドワーフが少量を口に含んだ。


「悪くない」


エルフも香りを確かめる。


「面白いわね」


木工職人が樽を作った。


そこへ蒸留した酒を入れる。


まだ誰も知らない。


その酒が熟成した先に、新しい酒が生まれることを。


獣人たちが持ち込んだ香辛料も広がった。


胡椒。


山椒。


唐辛子。


乳製品。


魔族の料理人が肉料理へ使う。


エルフが香草を加える。


人間の料理人が別の調理法を試す。


一つの料理から、さらに別の料理が生まれていった。


誰も命令していない。


人が集まった。


食材が集まった。


知識が集まった。


だから自然に混ざった。


そして人間たちは相変わらず遊びに来ていた。


新しい酒ができた。


珍しい料理がある。


新しい果物が入った。


それだけで十分だった。


ある日、外国から来たダークエルフの女性が、共有街を歩く大勢の人間を見て足を止めた。


「こんなに人間が……」


隣にいた獣人が答えた。


「毎日こんなものだぞ」


女性は不安そうに人間たちを見る。


「本当に大丈夫なの?」


「鑑定してみればいい」


女性は近くにいた人間の夫婦を鑑定した。


シロだった。


別の男を見る。


シロ。


買い物をしている女性。


シロ。


子供を連れた家族。


やはりシロだった。


悪意はない。


亜人を差別する意思もない。


料理を食べたい。


酒を飲みたい。


果物を買いたい。


街を楽しみたい。


ただそれだけだった。


「……みんな、シロ?」


「そうだ」


獣人は笑った。


これまで街を訪れたアルデバラン王国の人間たちは、誰を鑑定してもシロだった。


クロは一人もいなかった。


ダークエルフの女性は、賑わう共有街をもう一度見た。


人間と獣人が同じ店で食事をしている。


エルフと人間が酒を選んでいる。


ドワーフの店では魔族が笑っていた。


ここでは誰が何族なのかより、何を食べるか、何を作るか、何を楽しむかの方が重要らしい。


外国から来た亜人たちは、ようやく理解し始めていた。


ここでは、人間を恐れながら暮らす必要はなかった。




外国からの移住者が増れるにつれて、街はさらに大きくなっていった。


獣人街。


エルフ街。


ドワーフ街。


ダークエルフ街。


魔族街。


人間街。


そして中央の共有街。


最初は種族ごとに集まって暮らしていた者たちも、仕事となれば別だった。


エルフがドワーフの工房へ行く。


獣人が魔族の食堂で働く。


人間がエルフから果樹栽培を学ぶ。


ドワーフが人間の木工職人へ樽作りを頼む。


共有街では、種族の違いを気にする者は次第に減っていった。


中でも大きく変わったのは、ダークエルフ街だった。


外国から亡命してきたダークエルフの中には、故郷の婚姻制度を嫌っていた若者が多かった。


家が結婚相手を決める。


一族の都合が優先される。


本人の意思は後回しだった。


だが、この街では違う。


「本当に、自分で決めていいの?」


若いダークエルフの女性が尋ねた。


先に暮らしていた女性は不思議そうな顔をした。


「自分の相手でしょう? 自分で決めればいいじゃない」


あまりにも簡単だった。


その話が外国へ伝わると、自由な恋愛を求めて移住してくるダークエルフまで現れた。


だが、自由なのはダークエルフ同士だけではない。


共有街では人間とダークエルフが一緒に食事をする。


エルフと獣人が酒を飲む。


ドワーフと人間が工房で働く。


魔族と人間が店を営む。


仕事から親しくなり、恋愛へ進む者も自然に現れた。


やがて結婚する者も出てきた。


人間とダークエルフ。


人間とエルフ。


人間とドワーフ。


人間と魔族。


異なる種族の夫婦から子供も生まれた。


そして、その子供たちが学校へ姿を見せるまで長い年月は必要なかった。


エルフ、ドワーフ、ダークエルフ、魔族には、幼い子供へ使う成長促進魔法があった。


長命な種族だからこそ、幼少期だけ成長を早めるための魔法だった。


生まれて数日で幼児ほどまで成長する。


数か月もすれば、学校へ通えるほどになる。


一年ほどで十五歳前後まで成長する。


そこから成長速度は大きく落ち、本来の長命種として長い生涯を送る。


混血の子供にも成長促進魔法は問題なく使えた。


そのため街の学校には、早くも様々な種族の血を受け継いだ子供たちが通い始めていた。


教師は特別扱いしない。


同じ机に座る。


同じ魔力操作を学ぶ。


同じ計算問題を解く。


一緒に食事をする。


子供たちにとって、それが最初から普通だった。


街の産業も同じように混ざり続けていた。


ドワーフがエルフのワインを蒸留する。


人間の木工職人が樽を作る。


そこへ酒を入れて熟成させる。


獣人が持ち込んだ香辛料を魔族が料理へ使う。


その料理を人間が覚え、さらに別の調味料を加える。


エルフの果物を使った菓子も生まれた。


蜂蜜を使った焼き菓子。


果実の砂糖煮。


林檎をシードルで煮た菓子。


葡萄をワインで煮たもの。


試作品が店頭へ並ぶたび、人間の旅行客が集まった。


「これ、昨日はなかったよな?」


「今日からだよ」


「じゃあ三つくれ」


「俺は五つ」


気に入ったものはアイテムボックスへ入れて持ち帰る。


商人たちも頻繁に街へ来るようになった。


商品を見る。


生産者と話す。


王都や他領で販売する契約を結ぶ。


街で生まれた酒、料理、菓子、調味料、織物が王国中へ流れ始めていた。


ある日。


アレクサンドとアンジェラが再び遊びに来た。


共有街を歩きながら、アレクサンドが周囲を見る。


人間とダークエルフの夫婦。


エルフと獣人が営む店。


魔族の食堂に並ぶ人間たち。


学校へ向かう混血の子供たち。


そして大量の商品を買い込む旅行客。


「人、増えたわね」


「随分増えましたね」


アンジェラも笑っていた。


アレクサンドは少し考える。


「亜人の街を作るって話じゃなかった?」


近くにいた獣人が笑った。


「最初はそのつもりだったんですけどね」


「まあ、いいか」


それで終わった。


誰が誰と暮らすのか。


誰と結婚するのか。


何を作るのか。


どんな店を開くのか。


それをアレクサンドが決める必要はなかった。


その日の帰りも、二人のアイテムボックスには酒、果物、香辛料、料理、菓子が大量に入っていた。


救われた者が、次に来た者を迎える。


教えられた者が、次の者を教える。


異なる種族の知識が混ざる。


料理が混ざる。


酒が混ざる。


そして人も混ざっていく。


亜人のために始まった街は、誰かが計画したわけでもないのに、多くの種族が共に暮らす街へ変わっていた。


それを止める理由など、どこにもなかった。









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