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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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130 留学

アレクサンドたち二十七人が領地経営を始めてから、王国の貴族社会にも変化が起きていた。


原因は納税だった。


二十七人の領地から王国へ、大量の金属インゴットが納められ始めた。


鉄。


銅。


錫。


鉛。


銀。


金。


さらにミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。


領内に存在する複数のダンジョン。


その壁土に含まれる金属を領民たちが抽出し、ピュリフィケーションで精製し、インゴットへ加工する。


その一部を納税として王国へ納める。


領民から大量の金貨を徴収する必要はない。


農作物を取り上げる必要もない。


領内で生産された商品へ過度な税をかける必要もなかった。


この事実を知った既存の貴族たちは焦った。


「そんな方法があったのか……」


ある伯爵は、自領の納税記録と二十七人の領地から納められたインゴットの記録を見比べていた。


違いは明らかだった。


しかも、二十七人の領地だけが特別なわけではない。


自分の領地にもダンジョンはある。


一つではない。


複数存在する。


条件は同じだった。


違うのは人だった。


二十七人の領地では、領民が六属性を習得したうえで、金属属性まで覚醒し始めている。


鑑定。


抽出。


浄化精製。


インゴットへの加工。


それを領民自身が行っていた。


「学ばせればいい」


答えは単純だった。


既存貴族たちは、自領の領民を二十七人の貴族領へ送り始めた。


留学である。


農民。


鍛冶職人。


商人。


文官。


教師。


若者たち。


身分も職業も問わなかった。


留学生たちは基礎学校へ通う。


すでに六属性を習得している者も多かった。


そこからさらに鑑定や教導を学び、ダンジョンで実際の抽出と精製を経験する。


そして金属属性を覚醒させる。


留学生の一人が、自分の手元に完成した鉄のインゴットを見て驚いた。


「本当にできた……」


教師が笑う。


「覚えたなら、帰って教えてあげて」


「私がですか?」


「そのために来たのでしょう?」


留学生は頷いた。


学ぶだけでは終わらない。


自領へ帰れば、今度は自分が教師になる。


留学を終えた者たちが、それぞれの領地へ帰っていく。


そして教導が始まった。


一人が十人へ。


十人が百人へ。


百人がさらに次の者へ。


二十七人の領地で起きたことが、既存貴族の領地でも再現され始めた。


貴族たちはさらに動いた。


「学校を作れ」


基礎学校。


ゴーレム魔導学校。


農業。


鍛冶。


紡織。


木工。


醸造。


酒造。


製薬。


治癒。


各種専門学校が建設されていく。


公衆浴場も同時だった。


二十七人の領地を参考に、学校と公衆浴場を同じ規模で整備していく。


そして、それぞれの領地で教師候補を千人集めた。


留学から帰った者たちが中心となって教導する。


「千人を育てればいい」


ある子爵は、二十七人の領地で使われていた方法をそのまま採用した。


「後は、その千人が次の教師を育てる」


領主が領民一人一人を管理する必要はない。


教師を作る。


その教師が次の教師を作る。


教導は領地の中を自力で広がっていく。


やがて既存貴族の領地でも、ダンジョンを利用したインゴット生産が始まった。


王国へ納められる資源は急激に増えていく。


王宮。


宰相クレイン・レッドバルトのもとには、各領地からの報告が集まっていた。


インゴット納税量。


学校数。


教師数。


七属性覚醒者数。


公衆浴場の稼働状況。


どの数字も伸びている。


クレインは報告書を一枚めくった。


さらに一枚。


また増えている。


「これは……」


口元が緩んだ。


税を引き上げたわけではない。


領民を酷使したわけでもない。


王国が各領地へ命令したわけですらなかった。


二十七人の新しい貴族が成功した。


それを見た既存貴族が、自分から真似を始めた。


領民は豊かになる。


領地も豊かになる。


そして王国へ納められる資源まで増える。


クレインはとうとう笑った。


「これは止まりませんな」


アルデバラン王国は、急速に豊かになり始めていた。




王国中のダンジョンで、同じ光景が見られるようになった。


領民たちが交代でダンジョンへ入り、壁土を鑑定する。


含まれている金属を確認する。


土属性で分離し、必要な金属成分を抽出する。


ピュリフィケーションで不純物を除去する。


金属属性で形を整え、規格化されたインゴットへ加工する。


採掘ではない。


抽出と精製だった。


一度経験した者は、次に参加する者を教える。


留学から戻った教師だけが教え続ける必要もなくなった。


農民が農民へ教える。


商人が商人へ教える。


職人が家族へ教える。


教えられた者が、さらに別の誰かへ教える。


金属属性の覚醒者は急速に増えていった。


それに伴って、各領地から王都へ送られるインゴットも増え続ける。


王宮の集積所には大量の資源が運び込まれていた。


鉄や銅は街道や橋、建物、工具へ回される。


ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトはゴーレムをはじめ、さまざまな用途に利用できる。


これまで貴重だった金属を、必要な場所へ回せるようになった。


その変化は領地の中にも現れた。


領民から過度に金貨を集めなくても、領主は王国への納税を果たせる。


農民の手元には作物が残る。


商人の手元には利益が残る。


職人も、自分が作った品を市場で売ることができる。


そして領民の手元に残った金は、再び領内で使われた。


服を買う。


家具を買う。


料理を食べる。


酒を飲む。


道具を新調する。


家を直す。


商人が儲かる。


商品が売れた職人も儲かる。


農産物の需要が増えれば農民も儲かる。


領内を金が回り始めた。


さらに学校がある。


公衆浴場もある。


治癒を学んだ者も増えている。


清潔な衣服が手に入る。


紡織専門学校から新しい職人が育ち、布や下着の生産量も増えた。


病気になる者も減っていく。


病気や怪我をしても治癒できる者が身近にいる。


生活に余裕が生まれ始めた。


そして、その変化を最も分かりやすく表すものが現れた。


結婚だった。


「結婚することにしました」


ある領地の代官へ、若い農民が報告に来た。


「そうか。おめでとう」


以前なら結婚したくても躊躇する者がいた。


家族を養えるのか。


子供が生まれても食べさせられるのか。


病気になったらどうするのか。


そうした不安が少しずつ小さくなっていた。


仕事がある。


食料がある。


学校がある。


治癒がある。


公衆浴場がある。


そして自分自身が魔法を使える。


若者たちが家庭を持つことを恐れる理由が減っていった。


各地で婚姻の届け出が増え始める。


それからしばらくすると、今度は出産の報告が増えた。


王宮にも統計が集まってくる。


宰相クレインは報告書を確認していた。


婚姻数。


出生数。


どちらも増えている。


隣にいた文官が新しい資料を置いた。


「宰相閣下。こちらもご確認ください」


「今度は何です?」


「各領地の人口推計です」


クレインが目を通す。


しばらく黙った。


もう一度見る。


間違いではない。


「増えますな」


「はい」


「かなり」


「はい」


クレインの口元がまた緩んだ。


インゴットによる納税が増えた。


王国の資源備蓄が増えた。


領民の負担は軽くなった。


学校が増えた。


教師が増えた。


七属性持ちが増えた。


産業が育った。


その結果として、結婚する者が増え、子供が生まれ始めている。


王国が結婚を命じたわけではない。


出産を奨励する命令を出したわけでもない。


暮らせるようになった。


将来への不安が減った。


だから人々自身が選んだ。


クレインは資料を机へ置いた。


「陛下への報告が、また増えましたな」


そう言いながら、顔は笑っている。


アルデバラン王国は豊かになっていた。


そして豊かさは、国庫の数字だけに現れたのではない。


新しい家庭が生まれ、子供たちの声が増えていく。


王国の人口は、これから猛烈な勢いで伸びようとしていた。




王宮に集まる報告は、日を追うごとに増えていた。


宰相クレイン・レッドバルトの執務室では、複数の教導記録閲覧端末が常に稼働している。


各領地の教師数。


学校の稼働状況。


公衆浴場の利用状況。


七属性持ちの人数。


インゴットの生産量。


王国へ納められた量。


さらに婚姻数と出生数まで確認できる。


クレインは一つの領地を確認した。


次に別の領地を見る。


そこでも数字は伸びていた。


二十七人の貴族領だけではない。


留学生を送り出した既存貴族の領地でも、同じ変化が起きている。


「早いですな」


クレインが呟く。


そばにいた文官が頷いた。


「留学から帰還した者を中心に教師を千人育成。その後は領民同士の教導へ移行しています」


「帝国と同じですな」


「はい」


一度流れができれば、王宮が一つずつ指示を出す必要はなかった。


むしろ既存貴族たちの方が積極的だった。


二十七人の領地が成果を上げている。


領民は豊かになる。


納税も楽になる。


領地の生産力も上がる。


ならば真似をしない理由がない。


ある伯爵領では、留学から帰った者たちがダンジョンで教導を行っていた。


「最初に鑑定してください」


壁土へ意識を向ける。


「鉄があります」


「他には?」


「銅と……銀もあります」


「では、種類ごとに抽出しましょう」


土属性で壁土から金属成分を分離する。


ピュリフィケーションで不純物を除去する。


金属属性でまとめ、インゴットへ加工する。


最初は教師の動きを見ていた領民も、すぐに自分でできるようになった。


数日後には、その中から金属属性を覚醒する者が現れる。


そして今度は、その者が次の領民を教え始めた。


領民全員がローテーションで参加する。


特定の職人だけが技術を持つのではない。


農民も。


商人も。


料理人も。


役人も。


順番が来ればダンジョンへ向かう。


抽出と精製を学び、金属属性を覚醒させて元の仕事へ戻る。


その結果、七属性持ちは領地全体へ広がっていった。


変化はダンジョンの中だけではなかった。


金属属性を覚醒した領民たちは、普段の仕事でも使い道を考え始めた。


農民は農具を自分で補修する。


料理人は鍋や調理器具の歪みを直す。


商人は金属製品の状態を鑑定する。


大工は建物に使う金具を加工する。


鍛冶職人に至っては、これまでの技術と金属属性を組み合わせ、新しい道具を次々と作り始めた。


誰もそこまで教えていない。


使える力を得たから、自分で考えただけだった。


王都では、各地から運び込まれるインゴットの量が増え続けていた。


王国側も保管するだけではない。


鉄は街道や橋の整備へ。


銅は生活用品や設備へ。


希少金属はゴーレム製造へ。


資源があるから、さらに新しい事業を始められる。


公共工事も増えた。


仕事も増えた。


だが、人手不足にはなりにくい。


魔法とゴーレムによって、一人が行える仕事の量そのものが増えているからだった。


そして領民の暮らしにも余裕が生まれていた。


ある男爵領。


若い夫婦が新しい家の前に立っていた。


家は土属性を使える者たちが短期間で建てたものだった。


家具は地元の木工職人が作った。


衣服も領内の紡織工房で作られている。


妻は腹に手を当てていた。


「来年には三人ね」


夫が笑う。


「学校もあるしな」


「治癒が使える人も近くにいるわ」


以前なら、子供を持つことそのものが生活を圧迫する不安に繋がった。


今は違う。


食べられる。


働ける。


学べる。


病気にも対応できる。


そして子供も、成長すれば学校で同じ力を学べる。


似たような家庭が王国中で増えていた。


王宮。


新しい人口推計を受け取ったクレインは、数字を確認してから椅子にもたれた。


「また上方修正ですか」


「はい。婚姻数、出生数ともに前回の推計を上回っています」


クレインは笑った。


国庫には資源が集まる。


領地は豊かになる。


そして人口まで増える。


何か一つを強制した結果ではない。


二十七人の新しい貴族が始めた領地経営を、既存貴族たちが見て、自分から学び始めた。


留学した者が知識を持ち帰る。


教師を育てる。


領民へ広げる。


成功した方法が、王国中を勝手に伝わっていく。


クレインは端末に表示された王国全体の記録を眺めた。


「陛下もお喜びになるでしょうな」


アルデバラン王国は、誰かが号令をかけるよりも速く変わり始めていた。




クレインはまとめた資料を持って、国王オーキス・アルデバランの執務室を訪れた。


そこには王妃バイオレットもいた。


「陛下。各領地から最新の報告が届いております」


「今度は何が増えた?」


オーキスの言葉に、クレインは僅かに笑った。


「ほぼ全てでございます」


「またか」


クレインは教導記録閲覧端末を机に置いた。


オーキスとバイオレットも扱いには慣れている。


最初に表示したのは、王国へ納められたインゴットの記録だった。


鉄。


銅。


錫。


鉛。


銀。


金。


ミスリル。


オリハルコン。


アダマンタイト。


二十七人の貴族領だけではない。


既存貴族の領地からも、次々と納められている。


オーキスが数字を追った。


「増えすぎではないか?」


「留学の成果でございます」


クレインが答える。


「二十七人の領地へ送られた者たちが帰還し、自領で教師を育てております。そこから領民への教導が広がり、インゴット生産部隊へのローテーション参加も始まっております」


「七属性持ちは?」


「こちらです」


画面を切り替える。


金属属性の覚醒者数が表示された。


昨日より今日。


今日より明日。


各領地で増え続けている。


バイオレットが数字を眺める。


「これ、本当に領民のほとんどが七属性持ちになるのではなくて?」


「時間の問題かと」


クレインは平然と答えた。


王国が七属性の習得を強制したわけではない。


領民自身に利点があった。


ダンジョンで金属の抽出と精製を学ぶ。


金属属性を覚醒する。


それを普段の仕事にも利用する。


そしてローテーションを終えれば、元の生活へ戻る。


参加を嫌がる理由がほとんどなかった。


オーキスが別の記録を開いた。


「学校も増えたな」


「公衆浴場もほぼ同じ規模で増えております」


基礎学校。


ゴーレム魔導学校。


各種専門学校。


公衆浴場。


既存貴族たちは、二十七人の領地で効果が確認されたものを次々と導入していた。


「余は命令しておらんぞ」


「はい」


「補助金も出しておらん」


「出しておりません」


オーキスが笑った。


「勝手にやっておるのか」


「成功している領地が隣にございますので」


クレインも笑う。


貴族たちにとっても利益になる。


領民が豊かになる。


産業が育つ。


納税が楽になる。


領地の価値が上がる。


ならば導入しない方が不自然だった。


クレインは次の記録を表示した。


「そして、こちらが婚姻数と出生数です」


オーキスの表情が変わった。


「また増えたのか?」


「はい」


バイオレットも覗き込む。


婚姻数は明確な上昇を続けている。


出生数も、それを追うように増加していた。


「理由は?」


オーキスが尋ねる。


「複数あるでしょう」


クレインは答えた。


「食料事情の改善。所得の増加。住環境の改善。衛生環境の改善。治癒を使える者の増加。そして学校の普及」


子供を育てられる。


病気になっても対応できる。


教育を受けさせられる。


仕事もある。


将来への不安が以前より小さくなった。


結果として、人々が結婚し、家庭を持つようになった。


バイオレットが微笑んだ。


「良いことではありませんか」


「もちろんです」


クレインは頷く。


「ただし、人口増加に合わせて食料、住宅、学校その他の整備も増やす必要があります」


オーキスはすぐに理解した。


「そこも領民が自分たちで作り始めるのだろう?」


「すでに始まっております」


今度はクレインが笑った。


農業専門学校から育った者たちが農地を広げている。


ゴーレムが造成を手伝う。


建築を学んだ者たちは住宅を増やす。


教師が増えれば学校も増設される。


人口が増えることを前提に、領地そのものが拡張を始めていた。


オーキスは椅子の背にもたれた。


「余の仕事が減っておらんか?」


クレインは少し考えた。


「増えております」


「どこがだ」


「確認する数字が増えました」


バイオレットが笑った。


オーキスも笑うしかなかった。


王国が豊かになっている。


国力も増している。


人口も増えている。


だが、そのために王が一つ一つ命令を出しているわけではない。


二十七人が始めた。


既存貴族が学んだ。


留学生が持ち帰った。


教師が次の教師を育てた。


領民が自分で使い方を考えた。


変化が変化を呼び、それが王国全土へ広がっている。


クレインは端末を閉じた。


まだ報告は増えるだろう。


明日には、今日より多くなる。


それでも困る気はしなかった。


宰相クレイン・レッドバルトは、笑いが止まらなかった。





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