129 領地経営
叙爵式を終えた二十七人は、それぞれ領地経営に乗り出した。
与えられた領地は、爵位によって規模が違う。
男爵領の人口は約十万人。
子爵領は約三十万人。
伯爵領は約六十万人。
侯爵領ともなれば約二百万人に達する。
レオン、ガレス、ミリア、エリックたちB級冒険者にとって、十万人の領民を抱える男爵領ですら途方もない規模だった。
だが、二十七人が最初に行ったことは税収の確認でも、屋敷の整備でもなかった。
学校を作った。
基礎学校。
ゴーレム魔導学校。
さらに農業、鍛冶、紡織、木工を学ぶ専門学校。
醸造、酒造、製薬、治癒を専門的に学べる学校も作る。
そして公衆浴場。
男爵領には一万軒。
子爵領には三万軒。
伯爵領には六万軒。
侯爵領には二十万軒。
学校も同じ数だけ建設する。
アレクサンドたちにとって、建物を大量に作ることは難しいことではなかった。
土属性と石属性で基礎と壁を作る。
水属性で水を確保する。
排水路も同時に整備する。
ゴーレムも建設に加わった。
領地の各地で学校と公衆浴場が次々と完成していく。
だが、建物だけあっても意味はない。
必要なのは教師だった。
アレクサンドは領民の中から千人を集めた。
ガイルも。
アンジェラも。
フェリクスたちも同じだった。
それぞれの領地で、まず千人を教師として育てる。
農民。
鍛冶職人。
木工職人。
商人。
料理人。
薬師。
元兵士。
主婦。
それまでの職業は問わなかった。
「私たちが領民を一人ずつ教える必要はないわ」
アレクサンドは集まった千人を前に言った。
「皆が覚えて、次の人に教えて。その人たちが、さらに次の人を教えればいいの」
帝国で実際に起きたことだった。
千八百九十人から始まった教導は、人から人へ伝わり、わずか三週間で帝国全土へ広がった。
ならば領地でも同じことをすればいい。
教導が始まった。
六属性。
アイテムボックス。
鑑定。
教導。
レビテーション。
テレパシー。
テレキネシス。
各属性の正しい理解。
飛行。
索敵。
さらに捕縛、拘束、自衛、守護、戦闘、治癒。
生活に必要な解体、調理、紡織、識字、計算も教える。
農業、鍛冶、木工、薬学、商業などは、領民がそれまで積み重ねてきた経験と魔法を結びつければいい。
教師千人への教導が終わる。
アレクサンドは満足そうに彼らを見た。
「後はお願いね」
「え?」
教師の一人が驚いた。
「もうですか?」
「ええ。帝国でも増えたもの。ここでも増えるでしょう?」
あまりにも簡単だった。
だが、アレクサンドには確信があった。
教えられた者は、もう教えられるだけの人間ではない。
次の誰かを育てる教師でもある。
領地経営を支える代官、文官、使用人たちへの教導もすでに終わっていた。
行政を止める理由はない。
そして二十七人は、領内に残されていた問題にも手を付けた。
娼婦たち。
奴隷として扱われていた者たち。
亜人たち。
身分や種族を理由に自由を奪われていた者を解放した。
「学校へ行きなさい」
それが二十七人の答えだった。
特別な場所へ隔離することはしない。
他の領民と同じように学ぶ。
魔法を覚える。
識字と計算を学ぶ。
仕事に必要な技能を身につける。
自分で生きる方法を選べるようにする。
親を失った子供たちのためには孤児院も建設した。
そこから学校へ通えるようにした。
するべきことは、これで一通り終わった。
二十七人は領地に居座らなかった。
日々の経営は代官と文官に任せる。
教導は千人の教師たちから領民へ広がっていく。
状況は教導記録閲覧端末で確認できる。
何かあれば念話が届く。
必要なら転移すれば、すぐに領地へ戻れる。
アレクサンドは代官へ告げた。
「何かあったら念話して」
「承知いたしました」
「じゃあ、後はお願いね」
二十七人は王都へ戻ることにした。
領地を得たからといって、そこに留まり続ける必要はない。
自分たちがいなくても動くようにしたのだから。
アレクサンドは転移する直前、建設された学校を見た。
多くの領民が出入りしている。
その中には、すでに誰かへ教え始めている者もいた。
アレクサンドは笑った。
「楽しみね」
そして姿を消した。
王都へ戻ってからも、二十七人の領地経営は続いていた。
ただし、領主本人が領地に張り付いているわけではない。
アレクサンドは自宅で教導記録閲覧端末を開いた。
侯爵領の情報が表示される。
学校の稼働状況。
教師の人数。
教導を受けた領民の人数。
公衆浴場の利用状況。
農地。
工房。
領内の人口。
代官や文官からの報告。
アレクサンドは順番に確認していく。
「もう増えてる」
最初に教導した教師は千人だった。
だが、その数字はすでに過去のものになっていた。
千人が領民を教える。
教導を受けた領民の中から、新しい教師が生まれる。
その教師が次の領民を教える。
帝国で起きたことと同じだった。
誰かが命令したわけではない。
学校へ来た者が学び、自分にも教えられると分かれば次の人間へ伝えていく。
アレクサンドは人数の推移を眺めた。
「これなら早そうね」
侯爵領には約二百万人が暮らしている。
一人ずつ自分で教えていたら、いつ終わるか分からない。
だが、教師そのものが増えるなら話は別だった。
同じ頃。
ガイルも自分の子爵領を端末で確認していた。
アンジェラとアレクサンドも一緒だった。
「学校はどう?」
アンジェラが尋ねる。
「順調だ。教師も増えてる」
ガイルが答える。
「公衆浴場は?」
「そっちも問題ない」
三人が確認している情報は違う。
だが、することは同じだった。
問題がなければ任せる。
何かあれば確認する。
現場で判断が必要なら代官が判断する。
領主にしか決められないことなら念話が届く。
直接確認する必要があれば転移する。
領地が王都からどれほど離れていても、それは大きな問題ではなかった。
一方、男爵となったレオンは、自分の端末を睨んでいた。
隣にはガレス、ミリア、エリックがいる。
「領主って、もっと忙しいと思ってた」
レオンが言った。
「代官と文官が仕事してるからでしょう」
ミリアが答える。
「俺たちが仕事してないみたいに聞こえるぞ」
ガレスが苦笑した。
エリックは端末を確認しながら首を振る。
「任せるために、最初に教導したんだろ」
代官。
文官。
使用人。
彼らは必要な教導を受けている。
六属性を使える。
念話も使える。
鑑定もできる。
そして教導もできる。
何かを運ぶだけなら、領主の許可など必要ない。
壊れた道路を見つければ直せばいい。
水路が詰まれば直せばいい。
農民から相談を受ければ、必要な専門学校や教師へ繋げばいい。
すべてを領主の決裁待ちにする理由がなかった。
「でも、これは行った方がいいな」
エリックが一つの記録を示した。
ある村で、新しく作られた農業専門学校へ予想以上の人数が集まっている。
建物が足りなくなり始めていた。
レオンが見る。
「増築する?」
「その方が早いな」
「じゃあ行こう」
四人の判断は早かった。
転移。
次の瞬間には、四人はそれぞれの領地へ向かっていた。
問題を確認する。
必要な建物を作る。
現場の教師や代官と話す。
終われば王都へ戻る。
領地に泊まり込む必要すらなかった。
アンジェラの伯爵領では、別の変化が起きていた。
紡織専門学校へ多くの女性が集まっている。
その中には、解放された元娼婦や元奴隷もいた。
糸を紡ぐ。
布を織る。
裁断する。
縫製する。
染色する。
アンジェラが王国で教えてきた技術が、伯爵領でも広がり始めていた。
誰かに養ってもらうためではない。
自分で働き、自分で収入を得るための技術だった。
亜人たちも学校へ通っていた。
それまで何をしていたかではなく、何ができるのか。
そして、これから何をしたいのか。
学校ではそれを基準に教導が行われている。
孤児院の子供たちも同じだった。
読み書きを学ぶ。
計算を覚える。
魔力操作と魔力循環を学ぶ。
水を出して笑う子供がいた。
土を動かして驚く子供もいる。
その様子も記録され、端末へ集約されていた。
アレクサンドは自宅でその記録を見る。
帝国救援で作った仕組みが、今度は自分たちの領地で動いている。
しかも、すでに自分たちの手を離れ始めていた。
「いい感じね」
アレクサンドは端末を閉じた。
領地を支配するために侯爵になったわけではない。
人々が自分たちで動けるなら、それでいい。
明日には今日より教師が増えている。
その翌日には、さらに増えるだろう。
アレクサンドは、その先を見るのを楽しみにしていた。
数日後。
二十七人の領地では、教導が予想以上の速さで広がっていた。
最初に育てた教師は、それぞれ千人。
教師が領民を教える。
教導を受けた領民の中から、新しい教師が生まれる。
その教師が、さらに別の領民を教える。
帝国で起きた教導の伝播が、それぞれの領地でも始まっていた。
基礎学校には朝から多くの領民が集まる。
魔力操作。
魔力循環。
六属性。
アイテムボックス。
鑑定。
教導。
レビテーション。
テレパシー。
テレキネシス。
さらに各属性の正しい理解、飛行、索敵を学んでいく。
基礎を終えた者たちは、それぞれの仕事や興味に合わせて専門学校へ向かった。
農業専門学校では、水属性と土属性の正しい理解をさらに深めていた。
水を必要な場所へ運ぶ。
土を耕す。
畝を作る。
水路を掘る。
邪魔な石を取り除く。
農民たちはもともと農業を知っている。
教師が農業そのものを教える必要はなかった。
新しく得た魔法をどう使うかを理解すれば、農民自身が次々と使い道を考え始めた。
鍛冶専門学校でも変化が起きていた。
職人たちは火属性と土属性の正しい理解を学ぶ。
さらに教導を受ける中で、金属属性を覚醒する者が次々と現れた。
「これが金属属性か……」
一人の鍛冶職人が鉄の塊へ手を向ける。
長年、槌で叩いてきた鉄だった。
その鉄が魔力に反応する。
職人は驚きながらも、すぐに試し始めた。
火属性で加熱する。
金属属性で形を整える。
鑑定で材質と状態を確認する。
重い鉱石やインゴットはテレキネシスで運ぶ。
鉄。
銅。
錫。
鉛。
銀。
金。
扱える金属への理解が深まるにつれ、職人たちはさらに先へ進んだ。
ミスリル。
オリハルコン。
アダマンタイト。
希少な金属についても学び始める。
だが、魔法を覚えたからといって、これまでの技術が不要になったわけではない。
どの金属を選ぶのか。
どれほどの厚みにするのか。
どこへ強度を持たせるのか。
何を作れば使いやすいのか。
それを知っているのは、長年金属を扱ってきた職人たちだった。
魔法は職人の仕事を奪わない。
使える道具が増えただけだった。
木工専門学校でも同じだった。
木材を鑑定する。
テレキネシスで運ぶ。
必要な寸法へ加工する。
家具職人、大工、木工職人が、それぞれ自分の経験に魔法を加えていく。
教わった通りにしか作れない者を育てているのではない。
職人自身が新しい方法を考えていた。
アンジェラの伯爵領では、紡織専門学校が特に賑わっていた。
解放された元娼婦や元奴隷たちも通っている。
糸を紡ぐ。
布を織る。
裁断する。
縫製する。
染色する。
一人の女性が織り上げた布を持ち上げた。
「できた……」
教師が布を確認する。
「綺麗に織れているわ。次は裁断もやってみる?」
「はい」
その隣では、先に教導を終えた女性が新人へ糸の扱い方を教えていた。
アンジェラ本人はいない。
それでも教導は続いている。
王都にいるアンジェラは、端末に記録された様子を見ていた。
「もう教える側になってる」
ガイルも映像を見る。
「早いな」
「元々経験がある人もいるもの。覚えれば早いわ」
アンジェラは嬉しそうに答えた。
公衆浴場にも多くの領民が集まっていた。
身体を洗う。
衣服を洗う。
下着を交換する。
ピュリフィケーションも教えられる。
浴場に併設された学校では衛生についての教導も行われていた。
孤児院の子供たちも学校へ通い始めている。
識字。
計算。
魔力操作。
魔力循環。
教師が水を出して見せると、子供たちも真似をする。
小さな水球が浮かんだ。
「できた!」
歓声が上がる。
代官や文官たちも領地を動かしていた。
学校が足りなければ増やす。
教師が不足している地域には、新しく育った教師を送る。
道路が傷めば補修する。
農地を広げる必要があれば農業専門学校と連携する。
自分たちで判断できることは、自分たちで決める。
領主の判断が必要な時だけ念話を送る。
王都。
アレクサンドは端末を確認していた。
「今日も問題なし」
アンジェラが笑う。
「領主なのに暇ね」
「いいことじゃない」
問題がないのに口を出す必要はない。
代官がいる。
文官がいる。
教師がいる。
そして領民自身が考えて動いている。
必要なら転移して現場を確認できる。
だが、その必要すらほとんどなかった。
アレクサンドは教師数の記録を見る。
昨日より、また増えている。
「楽しみね」
帝国で生まれた教導の流れは、二十七人の領地でも確実に広がり始めていた。
二十七人に与えられた領地には、それぞれ複数のダンジョンが存在していた。
これまでも冒険者たちが出入りし、魔物を討伐して素材や魔石を持ち帰っている。
だが、二十七人が注目したのは魔物だけではない。
ダンジョンを構成する壁土だった。
壁土には、さまざまな金属が含まれている。
鉄。
銅。
錫。
鉛。
銀。
金。
さらにミスリル、オリハルコン、アダマンタイトまで含まれている場所がある。
領地を確認した二十七人は、すぐにインゴットを生産する部隊を整備した。
アレクサンドの侯爵領でも、代官と文官たちによって編成が始まった。
だが、専属の部隊を作るわけではない。
領民全員が順番に参加するローテーション方式だった。
農民。
商人。
職人。
料理人。
領内で働くさまざまな人々が、一定期間だけインゴット生産部隊に加わる。
基礎学校で教導を受けた者たちなので、六属性だけでなく、鑑定、アイテムボックス、テレキネシスも使える。
ダンジョンへ到着すると、最初に壁土を鑑定する。
「見える?」
教師が尋ねる。
参加した領民が壁へ意識を向けた。
「はい。鉄があります。それと……銅も」
「その奥には?」
「銀があります」
「なら種類ごとに分けて抽出して」
領民が壁へ手を向ける。
土属性を使い、壁土に含まれている金属成分を分離する。
採掘するのではない。
壁土から必要な成分だけを抽出する。
抽出した金属へピュリフィケーションを使い、不純物を除去する。
さらに金属属性でまとめ、規格を揃えたインゴットへ加工する。
完成したインゴットはアイテムボックスへ収納した。
鉄。
銅。
錫。
鉛。
銀。
金。
作業に慣れてくると、ミスリルやオリハルコン、アダマンタイトの抽出にも挑戦する。
そして教導を受けながら金属を扱っているうちに、領民たちにも変化が現れ始めた。
金属属性の覚醒だった。
六属性を持っていた農民が金属属性を覚醒する。
商人も。
料理人も。
木工職人も。
職業に関係なく、実際に金属を理解し、抽出と精製を経験することで七つ目の属性を身につける者が増えていった。
最初の班が一定期間の実習を終える。
次の班と交代する。
「今度は私たちが教えるわ」
先に経験した領民たちが、新しく参加した者たちを教導する。
鑑定の方法。
抽出の方法。
ピュリフィケーションによる精製。
金属属性によるインゴットへの加工。
教師だけが教える必要はなかった。
一度覚えた者が、次の者へ教える。
ここでも帝国と同じ教導の伝播が起きていた。
代官たちは、その様子を端末で確認していた。
金属属性の覚醒者数が毎日増えている。
「このままローテーションを続ければ……」
文官が頷く。
「領民全員が七属性持ちになる日も近いでしょうな」
インゴットの生産量も増えていた。
領民全員が交代で参加するため、特定の者だけが技術を独占することもない。
経験者が増えるほど、次の班への教導も早くなる。
さらに代官たちを喜ばせたものがあった。
王国への納税だった。
これまでなら領内の生産物や商業活動から税を集め、その一部を王国へ納めなければならない。
だが、各領地では大量のインゴットを生産できるようになった。
王国への納税をインゴットで収めることができる。
「これは助かりますな」
代官が笑った。
領民から必要以上に金貨を集めなくてもいい。
農民が作った作物は領民の食料や市場へ回せる。
職人が作った製品も領内で使える。
商人の商売を圧迫する必要もない。
ダンジョンの壁土から抽出した金属を精製し、その一部を納税として王国へ送ればいい。
王国側にも利点があった。
鉄や銅は建築、街道、橋、工具に使える。
ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトはゴーレムをはじめとしたさまざまな用途に利用できる。
領地は豊かになる。
王国にも資源が集まる。
そして領民には金属属性が広がっていく。
王都。
アレクサンドは端末で侯爵領の記録を確認していた。
インゴット生産量。
納税予定量。
ローテーションの進行状況。
金属属性の覚醒者数。
数字は順調に増えている。
「これ、領民全員が七属性になるんじゃない?」
アンジェラが記録を見る。
「時間の問題でしょうね」
アレクサンドは満足そうに頷いた。
自分たちがダンジョンへ通い続ける必要はない。
領民が覚えた。
覚えた領民が次の領民を教えている。
代官と文官が運営している。
何かあれば念話が届く。
必要なら転移すればいい。
アレクサンドは端末を閉じた。
「楽しみね」
領地経営は、すでに領主の手を離れて動き始めていた。




