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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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128/311

128 叙爵

王宮から正式な招聘が届いた。


対象は帝国救援から帰還した二十七人だった。


当日の朝。


アレクサンドは侯爵叙爵を受けるため、正装に身を包んでいた。


ガイルも同じだった。


アンジェラも伯爵への陞爵に備え、普段とは違う正装をしている。


フェリクスたち二十四人も全員が正装していた。


「落ち着かないわね」


アレクサンドが自分の服を見る。


帝国では飛び回り、魔物を狩り、人々を教導していた。


正装して王宮へ向かう方が、よほど緊張する。


「諦めなさい」


アンジェラが笑う。


「今日は逃げられないわよ」


「逃げないわよ」


屋敷の外には、王宮から迎えとして五台の大型馬車が到着していた。


二十七人は分乗して王宮へ向かった。


王宮へ到着したところで、アレクサンドたちは驚かされた。


王国騎士団。


魔導騎士団。


近衛騎士団。


三騎士団が整列している。


「……何これ」


アレクサンドが呟いた。


馬車から降りると、騎士たちが一斉に姿勢を正した。


帝国へ向かった時にはなかった出迎えだった。


「大仰すぎない?」


ガイルが苦笑する。


「俺に聞くな」


先頭には騎士団長アイク、魔導騎士団長アッシュ、近衛騎士団長ロックウェルがいた。


アイクと目が合う。


アレクサンドは先日の出来事を思い出した。


自分を侯爵と呼んだアイクに向かって、不敬だと言ってしまった。


アイクの前まで歩く。


「あの……団長」


「何でしょう、アレクサンド侯爵」


今度は堂々と呼ばれた。


「まだ伯爵です」


「これは失礼」


アイクは平然としている。


アレクサンドは小さく頭を下げた。


「この前はごめんなさい」


「お気になさらず」


アッシュが横で笑いを堪えている。


ロックウェルは何も言わなかったが、口元が僅かに緩んでいた。


三騎士団に迎えられ、二十七人は王宮へ入った。


すでに多くの者が招かれている。


アーク侯爵。


マーガレット王女。


サーシャ。


三人とも正装だった。


アルフレッド侯爵もいる。


冒険者ギルドからはギルドマスターのバルド。


そしてアレクサンドの父、マーレ・シュバリツコフ子爵も出席していた。


マーレは正装した娘を見つける。


伯爵になった時でさえ、自分より上だった。


今日は侯爵になる。


父親は何とも複雑な顔をしていた。


やがて二十七人が謁見の間へ入る。


国王オーキス・アルデバラン。


その隣には王妃バイオレット・アルデバラン。


宰相クレイン・レッドバルトをはじめ、王国の重臣たちも並んでいる。


二十七人は国王の前で跪いた。


静寂が訪れた。


オーキスが立ち上がる。


「これより叙爵式を行う」


謁見の間に王の声が響いた。


「アレクサンド伯爵。前へ」


「はい」


アレクサンドが立ち上がり、国王の前へ進む。


そして再び跪いた。


オーキスはアレクサンドを見る。


「アレクサンド伯爵。貴殿はアルデバラン王国に多大な功績と利益をもたらした」


アレクサンドは黙って聞く。


「王国における教導に尽力し、さらに帝国救援において多くの民を救い、自立へと導いた。その功績に準じて侯爵位を与える」


「謹んで拝命いたします」


その瞬間。


拍手が響いた。


最初に立ち上がったのは、マーレだった。


誰よりも早かった。


父親としての喜びを隠すつもりなどないらしい。


アルフレッド侯爵も拍手する。


アイク。


アッシュ。


ロックウェル。


バルド。


マーガレット。


アーク。


サーシャ。


そして王宮に集まった者たちから拍手が広がっていった。


アレクサンドは立ち上がり、振り返る。


真っ先に目に入ったのは、立ったまま拍手を続けている父だった。


マーレは満面の笑みを浮かべていた。


アレクサンドも小さく笑った。


伯爵だったアレクサンド・シュバリツコフは、この日、正式に侯爵となった。




アレクサンドが元の位置へ戻る。


マーレはまだ嬉しそうだった。


娘が侯爵になった。


自分は子爵である。


爵位だけを見れば、もはや遥か上にいる。


それでも今日ばかりは、以前のように項垂れることはなかった。


娘が何をしてきたのか知っている。


教導。


冒険者の育成。


王国各地の衛生環境の改善。


そして帝国での救援。


侯爵位は突然与えられたものではない。


積み重ねてきた結果だった。


オーキスが次の名を呼ぶ。


「アダムス名誉伯爵。前へ」


「はい」


アダムスが進み出た。


国王の前で跪く。


「アダムス名誉伯爵。貴殿はアルデバラン王国に多大な功績と利益をもたらした。その功績に準じて名誉侯爵位を与える」


「謹んで拝命いたします」


アダムスが頭を下げた。


これまで積み重ねてきた功績が、正式な形で評価された。


拍手が響く。


アダムスは立ち上がり、一礼して元の場所へ戻った。


オーキスは続ける。


「アンジェラ子爵。前へ」


アンジェラの身体が僅かに強張った。


昨日、マーガレットから聞いている。


それでも、実際に国王から名前を呼ばれると重みが違った。


ゆっくり前へ進む。


跪いた。


オーキスがアンジェラを見る。


「アンジェラ子爵。貴殿はアルデバラン王国に多大な功績と利益をもたらした」


アンジェラは顔を伏せたまま聞いている。


「紡織技術の普及と教師の育成に尽力し、さらに帝国救援において多くの民を救った。その功績に準じて伯爵位を与える」


アンジェラは一瞬だけ目を閉じた。


帝国から亡命した時には想像すらしなかった場所にいる。


だが、今は過去を振り返る場ではない。


「謹んで拝命いたします」


声は震えなかった。


拍手が響く。


マーガレットも微笑みながら拍手している。


アレクサンドは誰よりも嬉しそうだった。


アンジェラは立ち上がり、元の位置へ戻った。


オーキスが次の名を呼ぶ。


「A級冒険者ガイル。前へ」


「はい」


ガイルが進み出る。


普段の冒険者姿とは違い、今日は正装だった。


それでも歩き方はいつもと変わらない。


国王の前で跪く。


「A級冒険者ガイル。貴殿はアルデバラン王国に多大な功績と利益をもたらした」


ガイルは黙って聞く。


「冒険者の育成と教導に尽力し、帝国救援においても教師として多くの者を導いた。その功績に準じて子爵位を与える」


「謹んで拝命いたします」


バルドが大きく頷いた。


冒険者ギルドから一人の子爵が生まれた。


だが、ガイル自身にはまだ実感がない。


元の位置へ戻ると、隣にいた仲間が小声で言った。


「ガイル子爵」


「やめろ」


すぐに返事が返ってきた。


周囲で小さな笑いが起きる。


オーキスは構わず続けた。


「A級冒険者フェリクス。前へ」


「はい」


フェリクスが国王の前へ進んだ。


跪く。


「A級冒険者フェリクス。貴殿はアルデバラン王国に多大な功績と利益をもたらした。その功績に準じて男爵位を与える」


「謹んで拝命いたします」


拍手。


フェリクスが戻る。


次の名が呼ばれた。


「A級冒険者ロイド。前へ」


同じように功績が読み上げられ、男爵位が与えられる。


続いてブラッド。


レオン。


さらに仲間たちの名前が一人ずつ呼ばれていった。


誰一人として、帝国で爵位を求めて動いていた者はいない。


狩った。


教えた。


食事を作った。


人々が自分たちで生きられるようになるまで付き合った。


その結果が、今日の叙爵だった。


バルドは次々と男爵になっていく冒険者たちを眺めていた。


少し前まで、彼らはギルドに所属するA級冒険者だった。


今も冒険者であることに変わりはない。


ただ、その肩書きに爵位まで加わろうとしている。


叙爵はまだ続いていた。


そして今日、爵位だけが与えられるわけではなかった。


彼らが新しい立場で活動するための褒賞と領地も、王国によって用意されていた。




二十三人目の冒険者への叙爵が終わった。


これで帝国救援に参加した二十五人の冒険者のうち、ガイルは子爵、残る二十三人は男爵となった。


謁見の間に並ぶ彼らの表情には、まだ戸惑いが残っている。


冒険者として依頼を受ける。


魔物を狩る。


素材を持ち帰る。


それが当たり前だった者たちである。


その自分たちが正装し、国王の前で爵位を受けている。


すぐに実感が湧くはずもなかった。


オーキスは全員を見渡した。


「以上をもって叙爵を終える」


二十七人が頭を下げる。


だが、式はまだ終わらなかった。


宰相クレイン・レッドバルトが前へ出た。


「続いて、陛下より褒賞がございます」


アレクサンドが僅かに顔を上げる。


爵位だけではなかった。


クレインが読み上げる。


「侯爵位への褒賞として金貨一万枚」


アレクサンドとアダムスへ与えられる。


「伯爵位への褒賞として金貨八千枚」


アンジェラが静かに聞いている。


「子爵位への褒賞として金貨五千枚」


ガイルが僅かに目を見開いた。


「男爵位への褒賞として、それぞれ金貨三千枚」


今度はフェリクスたちが互いの顔を見る。


金額が大きい。


魔物を大量に狩ってきた彼らにとって金貨そのものは初めて見るものではない。


だが、国王から爵位とともに正式な褒賞として与えられるとなれば意味が違う。


クレインはさらに続けた。


「また、それぞれの爵位に応じた領地を与える」


今度こそガイルが顔を上げそうになった。


隣のフェリクスも反応する。


男爵となった二十三人にも領地が与えられる。


つまり、自分たちが領主になる。


アレクサンドは平静を保っていたが、内心では同じだった。


昨日、マーガレットから聞いたのは爵位についてだけである。


領地までは聞いていなかった。


クレインはそんな彼らの様子に構わず説明を続ける。


「領地については、後ほどそれぞれに場所、人口、産業、税収その他の資料を渡す」


いきなり領地へ放り出すわけではない。


王国側でも準備していた。


「さらに領地経営を補佐する代官一名、文官十名をそれぞれに付ける」


ガイルは小さく息を吐いた。


それなら何とかなるかもしれない。


冒険者に領地経営の経験などない。


フェリクスたちも同じだった。


教導ならできる。


魔物も狩れる。


道路を作ることも、建物を建てることもできる。


だが、税収や戸籍、予算の管理となれば話が違う。


そこを経験のある者が補佐する。


「加えて、それぞれの屋敷に使用人十名を付ける」


フェリクスが隣のロイドを見る。


ロイドもフェリクスを見た。


二人とも同じことを考えていた。


屋敷。


その言葉が出てきた。


ブラッドが小声で呟く。


「俺たち、冒険者だよな?」


レオンが小さく答える。


「昨日まではな」


「今日も冒険者だ」


ガイルが前を向いたまま訂正した。


爵位を得たからといって、冒険者を辞めるつもりはない。


バルドはそのやり取りが聞こえたらしく、口元を緩めた。


クレインの説明が終わる。


オーキスが再び口を開いた。


「領地を与えたからといって、余は貴殿らに城へ籠もれとは言わん」


ガイルたちが国王を見る。


「これまで通り働けばよい」


アレクサンドも顔を上げた。


「貴殿らが何をしてきたのか、余は知っている。民を育て、人を教え、必要なものを作ってきた」


オーキスは二十七人を見渡した。


「ならば領地でも同じことをすればよい」


難しい言葉はなかった。


ガイルにも理解できた。


フェリクスたちにも理解できた。


自分たちが突然、別の人間になる必要はない。


これまでしてきたことを続ければいい。


ただ今度は、その力を使う場所が一つ増える。


アレクサンドは静かに頭を下げた。


「承知いたしました」


二十六人も続いた。


謁見の間に、その声が揃った。




叙爵式が終わると、二十七人は別室へ案内された。


そこには、それぞれに用意された資料が並んでいた。


領地の場所。


人口。


農地。


街道。


河川。


主要な産業。


税収。


王都までの距離。


さらに、領地経営を補佐する代官と文官たちについても記されている。


アレクサンドは自分の資料を手に取った。


「本当に領地まであるのね」


「陛下が仰っていたでしょう?」


アンジェラが隣から覗き込む。


「侯爵になることだけでも驚いていたのよ。領地まで考える余裕なんてなかったわ」


アンジェラは苦笑した。


自分も似たようなものだった。


子爵から伯爵への陞爵。


金貨八千枚。


さらに領地まで与えられる。


帝国救援へ向かった時には想像すらしていなかった。


少し離れたところでは、ガイルたちも資料を確認している。


その中でも、特に固まっていた四人がいた。


レオン。


ガレス。


ミリア。


エリック。


四人はB級冒険者だった。


レオンが資料と自分の顔を交互に指差すような仕草をした。


「……男爵?」


ガレスが答える。


「さっき陛下から頂いただろ」


「それは分かってる」


レオンは資料をめくる。


「金貨三千枚?」


「そう書いてあるわ」


ミリアも自分の資料を見ていた。


「領地も?」


「あるな」


エリックが答える。


「代官一人、文官十人……」


ガレスがさらに読み上げる。


「使用人十人」


四人が黙った。


自分たちはA級冒険者ではない。


B級だ。


少し前まで、王国で依頼を受けて魔物を狩っていた冒険者に過ぎなかった。


それが今日から男爵。


しかも名誉爵位だけではない。


領地まである。


「何かの間違いじゃないのか?」


レオンが本気で疑った。


「国王陛下の前で叙爵された後に言うことじゃないでしょう」


ミリアが呆れる。


「だってB級だぞ、俺」


「私もB級よ」


「俺もだ」


ガレスも頷く。


エリックは資料を見ながら考えていた。


「冒険者の等級で爵位を決めたわけじゃないんだろう」


三人がエリックを見る。


「俺たちが帝国で何をしたか。それを評価されたんじゃないか?」


四人は黙った。


第一村で教導した。


第二村でも教導した。


六属性。


アイテムボックス。


鑑定。


教導。


レビテーション。


テレパシー。


テレキネシス。


飛行と索敵。


狩りにも出た。


魔物を倒して終わりではない。


解体し、調理し、人々にも覚えさせた。


自分たちが去った後も生活できるところまで教えた。


その結果、教導を受けた者たちが次の土地へ飛んだ。


エリックが呟く。


「B級かどうかは関係なかったんだな」


そこへバルドがやってきた。


「今頃気づいたか」


四人が振り返る。


「ギルマス」


バルドはレオンたちを見る。


「B級冒険者だから男爵になれないなどという決まりはない」


「それはそうでしょうけど……」


「お前たちが何人教えた?」


レオンは答えられなかった。


正確な人数を覚えていないからだ。


記録を見れば分かる。


だが途中から、教えた者が別の者を教え始めた。


自分たちの教導がどこまで広がったのか、本人たちにも分からなくなっていた。


「冒険者の等級はギルドでの評価だ」


バルドは続けた。


「今日与えられた爵位は、王国が貴様らの功績を評価した結果だ。別物だ」


四人はようやく納得した。


そこへクレインも姿を見せた。


「領地経営について心配する必要はありません」


レオンがすぐに聞く。


「宰相閣下、本当に俺たちが領主をするんですか?」


「そうです」


即答だった。


「ですが、実務を一人で行う必要はありません。代官一名と文官十名を付けます」


「使用人も十人……」


ミリアが呟く。


「屋敷を維持するには人手が必要ですからな」


レオンが頭を抱えた。


「屋敷まであるのか……」


ガレスが笑い始めた。


「諦めろ、レオン男爵」


「お前もガレス男爵だろ」


「そうだった」


今度はミリアが笑った。


エリックまで肩を震わせている。


緊張がようやく解けた。


クレインは四人を見ながら続ける。


「分からないことがあれば代官や文官に聞けばよいのです。ただし、任せきりにはしないことです」


「はい」


四人が揃って答えた。


「教導記録閲覧端末も領地運営へ導入します。人口、農地、街道、収穫、教導状況などを確認できるよう準備を進めています」


アレクサンドが反応した。


「もう使うの?」


「便利なものを使わない理由がありません」


クレインの答えは早かった。


アレクサンドは嬉しそうに笑う。


レオンたち四人も理解した。


自分たちですべてを抱える必要はない。


代官がいる。


文官がいる。


使用人もいる。


記録も共有できる。


必要なら飛んで現場へ行けばいい。


そして何より、自分たちは教えることができる。


「領地でも同じことをすればいいのか」


レオンが呟く。


「多分な」


ガレスが答えた。


農民には魔法の正しい理解を教える。


職人には、その仕事に使える力を伸ばしてもらう。


教師を育てる。


できる者を増やす。


自分たちだけで何でもする必要はない。


アークは少し離れた場所から彼らを見ていた。


B級冒険者だった四人まで、今では人を育てる側にいる。


爵位を得ても、その根本は変わらない。


レオンはもう一度、自分の資料を見た。


男爵位。


金貨三千枚。


領地。


代官。


文官十名。


使用人十名。


何度見ても同じだった。


「……とんでもないことになったな」


ミリアが笑う。


「今さらでしょう」


四人は顔を見合わせた。


帝国へ向かった時には、誰一人として爵位など考えていなかった。


人を助け、教え、帰ってきただけだった。


その結果として、新しい役目が増えた。


今度は自分たちの領地で、人を育てる番だった。





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