125 自立教導開始
第二村の広場に人々が集まっていた。
第二村の千八百八十人。
第一村の十人。
救援隊二十七人。
ゴーレム魔導師隊二百人。
全員を一か所へ集める必要はなかった。
アレクサンドは念話を広げる。
『全員に一斉同報するわ。聞いて』
それぞれの場所にいた者たちへ、同じ声が届いた。
『最初に帝国での司法処理について説明するわ』
ざわめきが止まった。
『王国の決裁が下りた。司法処理はいったん棚上げすることになったわ』
アレクサンドは順番に説明していく。
帝国兵と遭遇しても、戦闘や殺傷を目的にしない。
武器は没収する。
抵抗するなら捕縛、拘束。
投降した者は鑑定する。
貴族、領主、文官についても、まず鑑定する。
重大な犯罪が確認された者は記録を残して拘束する。
だが、現場で刑罰までは決めない。
『あなたたちの仕事は裁くことじゃないわ。危険を排除して、困っている人を助けること。司法判断は後で王国が行う』
各所から返事が届く。
『了解』
『分かりました』
『記録は今まで通りでいいんですか?』
『ええ。名前、場所、鑑定結果、拘束理由。必要なら映像も残して。中央へ集約するわ』
そこまで伝えると、アレクサンドは一度言葉を切った。
次の話の方が重要だった。
『それから、私たちの撤収も近いわ』
第二村にいた者たちの表情が変わった。
驚く者もいる。
不安そうに周囲を見る者もいた。
アレクサンドは続ける。
『でも、もう大丈夫よ』
第二村の千八百八十人は六属性を覚醒している。
アイテムボックス。
鑑定。
教導。
レビテーション。
テレパシー。
テレキネシス。
各属性の正しい理解も学んだ。
飛行。
索敵。
捕縛。
拘束。
自衛。
守護。
戦闘。
治癒。
解体。
調理。
必要な力はすでに渡してある。
『あなたたちは、もう教えてもらうだけの人たちじゃない』
アレクサンドの声が全員へ届く。
『自分たちで教導を広げられるわ』
一人が十人へ教える。
教わった十人が、さらに別の者へ教える。
農業を知る者は農業へ魔法を使えばいい。
鍛冶師なら鍛冶。
大工なら木工。
商人なら商業。
それぞれが持っていた経験へ、新しく得た魔法と技能を繋げればいい。
救援隊だけが帝国中を回る必要はない。
『村から村へ。街から街へ。あなたたち自身で教導を分散して伝えていける』
アンドリューとレイラが顔を上げた。
『アンドリュー、レイラ』
『はい』
『聞いてるわ』
『あなたたち二人がリーダーよ』
二人は一瞬黙った。
『俺たちが?』
『そうよ』
アレクサンドは続ける。
『シメオン、ジェーク、リッキー、チャド。ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイ』
名前を呼ばれた十人が応じる。
『あなたたちは二人の補佐について。これまで自分たちが教導した経験を、新しく動く人たちへ伝えて』
『了解』
シメオンが答えた。
ホセからも返事が届く。
『任せてくれ』
アレクサンドは第二村を見渡した。
もう保護するだけの人々ではない。
教師だった。
これから別の村へ行き、そこで教師を作る。
その教師が、さらに次の教師を作る。
誰か一人が帝国中を回らなくても、教導は広がっていく。
「さあ、出発よ」
アレクサンドは笑った。
「行ってらっしゃい」
千八百九十人が一斉に浮かび上がった。
レビテーション。
飛行。
次々と空へ上がる。
そして各地へ向けて飛び始めた。
アレクサンドはその光景を見送っていた。
やがて最後の一人が見えなくなる。
静かになった。
妙に静かだった。
アレクサンドは第二村を見回す。
人がいない。
「……あれ?」
ガイルも周囲を見る。
アンジェラが空になった広場を見つめていた。
アレクサンドの眉が寄る。
「少しくらい村に残していけばいいのに」
誰も答えない。
「村が空っぽになるじゃない」
ガイルがアレクサンドを見る。
自分で全員送り出したのではないか。
だが、口にはしなかった。
アレクサンドは腕を組んだ。
そして飛び去った千八百九十人の方角を見る。
「分かったわ」
何かに気づいたらしい。
「私たちに留守番させておいて、帰還するのを遅らせる腹づもりでしょう」
ガイルは黙った。
アンジェラも黙った。
誰も同意しなかった。
第二村には、静かな風だけが吹いていた。
第二村から飛び立った千八百九十人は、上空でいくつもの集団に分かれていった。
先頭にいるのはアンドリューとレイラだった。
その周囲には、シメオン、ジェーク、リッキー、チャド、ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイがいる。
アンドリューは飛行しながらウォーターサーチを広げた。
「しかし、本当に俺たちだけで行かせるとはな」
隣を飛ぶレイラが笑う。
「昨日まで教えてもらう側だったのにね」
「不安か?」
「少しは。でも、できるでしょう」
レイラは後方を見る。
千八百九十人が飛んでいる。
昨日は八百八十人が初めて狩りへ出た。
魔物を一万体狩り、解体し、千八百八十人分の料理を作った。
その過程で、覚えた者が別の者へ教える光景が当たり前になっていた。
もう教師は救援隊だけではない。
レイラ自身も教導を使える。
アンドリューも同じだった。
「最初から遠くへ行く必要はないわ」
レイラが言った。
「近くの村や街から探しましょう」
シメオンが頷く。
「それがいい。俺たちが最初にやった時と同じだ」
ホセも念話へ加わった。
『最初に状況を確認しよう。困窮しているからといって、いきなり魔法を教え始める必要はない』
以前のホセなら、そこまで言わなかったかもしれない。
『話を聞く。鑑定する。それまで何をして生きてきたのかも聞く。その方が教えるものを決めやすい』
『経験から使い道を考えるのね』
レイラが答えた。
『そういうことだ』
アンドリューはしばらく考えてから、千八百九十人全体へ念話を広げた。
『まず班を作ろう』
人数が多すぎる。
千八百九十人が一つの村へ降りれば、それだけで住民を驚かせてしまう。
『十人から二十人くらいで一班。索敵範囲を重ねながら広がる。村か街を見つけたら、まず代表者が降りて話を聞く』
次々と返事が届く。
『了解』
『十人で組むぞ』
『こっちは十五人』
『俺たちは二十人で行く』
空を埋めていた大集団が、さらに細かく分かれていった。
シメオンたち十人は、その様子を見ながら必要なところへ助言する。
だが、命令まではしない。
自分たちで班を作らせる。
自分たちで進む方向を決めさせる。
自分たちで索敵させる。
教導は、もう始まっていた。
やがて一つの班から念話が届く。
『村を見つけた!』
アンドリューが応じる。
『状況は?』
『畑はある。でも、かなり荒れてる。人も痩せてる』
『まず話を聞いて。食料が必要なら先に食べてもらって』
『分かった』
別の方向からも連絡が来る。
『こっちは街道沿いに人がいる』
『兵士か?』
『違う。荷車が壊れて動けなくなってるみたいだ』
レイラが答えた。
『助けてあげて。怪我人がいたら治癒を先に』
『了解!』
さらに別の班。
『小さな集落を見つけた。井戸が枯れてる』
シメオンが笑った。
『水属性を教えるにはちょうどいいな』
『行ってみる!』
連絡が次々と飛び交い始めた。
アンドリューはその全てを自分で処理しようとはしなかった。
近い班へ回す。
経験のある者へ相談させる。
必要ならシメオンたちへ聞く。
それでも判断できない時だけ、自分とレイラが考える。
教導記録も残されていく。
村の名前。
人の名前。
覚醒した属性。
教導した内容。
現在の状況。
記録は中央へ集約される。
だが、現場で何をするかまで中央の指示を待つ必要はなかった。
その頃、第二村。
アレクサンドは誰もいなくなった家々を眺めていた。
「本当に一人も残ってないわね」
アンジェラが答える。
「あなたが行ってらっしゃいって送り出したからでしょう?」
「普通、何人か留守番すると思わない?」
「思わないわ」
即答だった。
ガイルが顔を背ける。
笑いを堪えている。
アレクサンドは二人を見る。
「何よ」
「いや、何でもない」
「怪しいわね」
第二村には救援隊二十七人とゴーレム魔導師隊二百人が残っている。
家もある。
食料もある。
設備も整っている。
困ることはない。
ただし、村人はいない。
アレクサンドは空を見上げた。
「絶対、帰還を遅らせるつもりよ」
アンジェラは小さく息を吐いた。
「その発想はどこから出てくるのよ」
帝国では今、千八百九十人の新しい教師たちが、それぞれの判断で動き始めていた。
アレクサンドが疑っているような企みを考えている者は、一人もいなかった。
最初に村へ降りた十人の班は、住民たちから警戒するような視線を向けられていた。
突然、空から十人も降りてきたのだから無理もない。
班を率いるアンドリューは、少し離れた場所で着地した。
武器は持っていない。
両手を見せながら、ゆっくり村へ近づく。
「驚かせて悪かった。俺たちは戦いに来たんじゃない」
畑の近くにいた老人が尋ねる。
「何者だ?」
「俺たちも帝国の人間だ。少し前まで第一村で暮らしていた」
老人の警戒がわずかに薄れた。
アンドリューは荒れた畑を見る。
作物は育っているが、状態は良くない。
水路にはほとんど水が流れていなかった。
「困っていることがあるなら教えてくれ」
「見れば分かるだろう」
老人は水路を指した。
「上流が崩れた。直す人手もない」
「食べ物は?」
「あと何日持つか分からん」
アンドリューは後ろの仲間を見る。
「まず食事にしよう」
アイテムボックスから昨日狩った魔物の肉と、第二村で作った料理を取り出した。
住民たちが目を見開く。
「食べてくれ。話はその後でいい」
空腹の人間に長い説明をしても仕方がない。
子供と老人から料理を渡した。
大人たちも少しずつ集まってくる。
食事が行き渡るのを待ってから、アンドリューは尋ねた。
「水路は、みんなで直していたのか?」
「昔はな」
農婦が答えた。
「男手が減ってからは、崩れるたびに直すのが難しくなった」
アンドリューは頷いた。
「なら、今までやってきたことを変える必要はない。使えるものを増やそう」
「何を言ってる?」
「水属性と土属性だ」
怪訝な顔が並んだ。
アンドリューは地面へ手を向ける。
土が動いた。
崩れていた水路の一部が持ち上がり、形を整える。
続いて水を流す。
「魔法……」
「俺も少し前まで、こんなことはできなかった」
それは嘘ではない。
教導を受けるまで、アンドリューも六属性の魔法使いではなかった。
「俺たちにできた。みんなにもできる可能性がある」
教導が始まった。
最初は魔力操作。
魔力循環。
そして水属性。
一人の農婦の手から水が生まれた。
「出た……」
本人が一番驚いている。
「それで終わりじゃない」
アンドリューは笑った。
「水属性は、水を出すだけじゃない」
水。
氷。
熱湯。
蒸気。
身体強化。
筋肉強化。
癒。
索敵。
探索。
水属性の正しい理解を一つずつ教えていく。
次は土属性。
土と石。
壁。
盾。
建屋。
寝台。
机。
椅子。
器。
鍋。
板。
牢。
檻。
捕縛と拘束。
住民たちの表情が変わっていった。
「これなら水路を……」
農婦が呟く。
アンドリューは答えを言わなかった。
「どう使うかは、みんなの方が分かるだろう?」
農婦たちは畑を見た。
長年、この土地で作物を育ててきた。
水がどこから来るのか。
どこへ流せばいいのか。
どこが崩れやすいのか。
アンドリューたちより、彼女たちの方が知っている。
一人が立ち上がった。
「上流を見てくる」
「私も行く」
「崩れた場所なら分かるわ」
数人がレビテーションを使う。
まだ飛行は不安定だった。
それでも少しずつ身体が浮いた。
「慌てるな。最初は低く飛べばいい」
アンドリューが後ろから見守る。
やがて農婦たちは自分たちで上流へ向かった。
別の住民は水路の途中を調べ始める。
土魔法で崩れた壁を直す者。
水を流して傾きを確認する者。
ウォーターサーチを試す者。
十人の教師は、次第に何もする必要がなくなっていった。
一方、別の街道。
レイラの近くを飛んでいた十五人の班は、壊れた荷車を囲んでいた。
「車輪が割れてる」
商人が困った顔で頷く。
「替えがないんだ」
班の一人が土属性で車輪の形を作ろうとした。
だが、隣の男が止める。
「待て。元の形を見た方がいい」
鑑定する。
構造を確認する。
さらに商人へ聞く。
「この荷車、どれくらいの荷物を載せる?」
「普段はこのくらいだ」
必要な強度を考える。
土ではなく石で補強する。
割れた部分を固定し、回転を確認した。
「これなら街まで行ける」
商人が何度も車輪を見る。
「お前たち、何者なんだ?」
十五人は顔を見合わせた。
昨日までなら、答えに迷ったかもしれない。
だが今は違う。
一人が笑った。
「教師……かな」
その言葉に仲間たちも笑った。
帝国の各地で、同じような光景が生まれ始めていた。
救援隊二十七人だけではない。
教えられた者たち自身が飛び、探し、助け、そして教える。
教導は、すでにアレクサンドの手を離れ始めていた。
夕方になる頃には、各地から新しい記録が次々と集まり始めていた。
第二村。
アレクサンドは教導記録閲覧端末を前にして、追加された情報を確認していた。
村の名前。
街の名前。
教導を受けた人々の名前。
覚醒した属性。
習得した技能。
教導の進捗。
さらに映像記録も追加されている。
アンドリューたちが訪れた村では、農婦たちが水路の補修を始めていた。
土属性で崩れた場所を直す。
水属性で水を流し、傾きや流れを確認する。
別の映像では、覚醒したばかりの農婦が、隣にいる女性へ魔力循環を教えていた。
アレクサンドが映像を止める。
「もう教えてるわ」
隣からアンジェラが覗き込んだ。
「本当ね」
「今日教わったばかりなのに」
「教導も覚醒したのでしょう? なら、それでいいじゃない」
「もちろんよ」
アレクサンドは次の記録を開いた。
別の村。
さらに別の街。
朝、第二村から飛び立った千八百九十人は、十人から二十人ほどの班へ分かれていた。
その班が各地で人を教えている。
だが、そこで終わっていなかった。
教えられた者の中から、すでに教導を使って周囲へ教え始めた者が出ている。
ガイルも別の端末を操作していた。
「増えるのが早いな」
「何が?」
「教導済みの人数だ。朝に見た時と全然違う」
アレクサンドも確認した。
確かに増えている。
救援隊二十七人が直接教えた人数ではない。
千八百九十人が教えた人数だった。
さらに、その人々が次の人間へ教え始めている。
「このままなら、私たちが一つずつ村を回るより早いわね」
アンジェラが言った。
「最初からこうすればよかったわ」
アレクサンドが何気なく答えると、ガイルが首を振った。
「無理だ」
「どうして?」
「教える側が育ってなかっただろ」
アレクサンドは黙った。
第一村へ来た時、救援隊は二十七人だった。
そこで約五百人を教導した。
さらに第二村へ進み、新しい人々を教えた。
魔力操作。
魔力循環。
六属性。
各属性の正しい理解。
飛行。
索敵。
捕縛。
拘束。
治癒。
解体。
調理。
ただ能力を覚醒させただけではない。
実際に使わせた。
自分たちで考えさせた。
覚えた者から、まだできない者へ教えさせた。
その積み重ねがあったからこそ、今は千八百九十人を自立した教師として送り出せている。
「……そうね。最初からは無理だったわね」
アレクサンドは素直に認めた。
次にベルナード街の記録を開く。
ホセから送られてきた映像だった。
元兵士たちが水路や道路を補修している。
その近くでは、別の元兵士が新しく加わった者へ水属性を教えていた。
ホセは少し離れた場所にいる。
アレクサンドが首を傾げた。
「ホセ、見てるだけね」
「それでいいんじゃない?」
アンジェラが答えた。
映像の中で、教えていた男の魔力循環が乱れた。
その時だけホセが近づいた。
短く助言する。
それ以上は手を出さない。
男は自分で魔力循環を整え、再び教導を始めた。
「なるほど」
アレクサンドは呟いた。
全部を教える必要はない。
できているなら任せる。
間違えた時だけ直す。
自分が必要なくなれば離れる。
それも教導だった。
その時、アンドリューから念話が届いた。
『アレクサンド、聞こえるか?』
『聞こえるわ。どうしたの?』
『今日教導した村から、二十人が隣村へ行きたいと言ってる』
アレクサンドは目を瞬いた。
『もう?』
『教導を覚醒した。隣村も水と食料に困っているらしい』
『なら行ってもらえばいいわ』
『俺たちも付いていった方がいいか?』
アレクサンドは少し考えた。
『必要ないんじゃない?』
『やっぱりそう思うか』
『本人たちが自分で行けると思ってるなら任せて。困ったら念話すればいいわ』
『分かった』
念話が切れた。
間もなく、新しい記録が追加された。
二十人。
隣村へ移動開始。
アレクサンドはその表示をじっと見た。
救援隊が教えた者がいる。
その者たちが次の人間を教えた。
今度は、その人間が自分の判断で別の村へ向かおうとしている。
アレクサンドは命令していない。
アンドリューも命令していない。
誰かに行けと言われたわけでもない。
困っている村がある。
自分たちには助けられる力がある。
だから行く。
ただそれだけだった。
「本当に勝手に広がっていくわね」
アレクサンドが呟く。
ガイルが笑った。
「それが自立なんだろ」
「そうね」
帝国には、まだ救援隊が訪れていない村も街も数多く残っている。
だが、その全てを二十七人で回る必要はなくなった。
教師が教師を育てる。
育った教師が、次の土地へ向かう。
そこでまた教師が生まれる。
村から村へ。
街から街へ。
中央から命令されなくても、それぞれが考え、それぞれが動く。
アレクサンドは増え続ける記録を見ながら微笑んだ。
帝国で始まった教導は、もう救援隊だけのものではなかった。
自立した教導の流れが、人から人へと広がり始めていた。




