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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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124 アレクサンド侯爵

第二村の一室で、アレクサンドは朝から魔道具を作り続けていた。


机の上には、薄い板状の魔道具が積み上がっている。


数十台ではない。


数百台を越え、完成したものからアイテムボックスへ収納していた。


ガイルが一台を手に取った。


「昨日から作っていたのはこれか?」


「ええ。教導記録閲覧端末よ」


アンジェラも一台を受け取る。


アレクサンドは二人へ使い方を説明した。


各地の救援班が記録した人の名前。


村や街の名前。


覚醒した属性。


教導済みの技能。


現在の教導状況。


さらに、ポストコグニションとソートグラフィーによって記録された映像も確認できる。


ガイルがベルナード街を選んだ。


ダリオの名前が表示された。


水属性。


土属性。


教導済みの項目。


現在は水路補修。


映像を選ぶと、ダリオたちが土魔法を使って水路を直している姿まで映し出された。


「なるほど。現地へ行かなくても確認できるのか」


「ええ。各班が記録を更新すれば、ここから最新の状態を確認できるわ」


アンジェラも端末を操作する。


ハルベ村。


ミレーヌ。


水属性と土属性。


畑へ水路を引いている映像まで残っていた。


アンジェラはしばらく端末を操作してから顔を上げた。


「これ、端末そのものに記録を持っているわけじゃないのね」


「ええ。記録は中央で一元管理しているわ。この端末は、許可された記録を確認するためのものよ」


アンジェラは頷いた。


ガイルも仕組みを理解したらしい。


「これなら遠くにいても同じ記録を見られるな」


「そういうこと」


アレクサンドは立ち上がった。


「殿下に報告してくる」


転移。


次の瞬間、アレクサンドは王都のアーク邸へ移動していた。


マーガレットを訪ね、完成したばかりの教導記録閲覧端末を差し出す。


「帝国で使い始めた魔道具です。確認してください」


説明を受けながら、マーガレットが操作する。


ベルナード街。


ハルベ村。


ローデン村。


グレイム街。


名前を選べば、覚醒した属性や教導内容が表示される。


映像を選べば、現地で魔法を使って働く姿まで確認できた。


マーガレットはすぐに意味を理解した。


「これまでのように、あなたが報告映像をまとめて持ってくる必要がなくなるのね」


「はい。記録が更新されれば、殿下はいつでも最新のものを確認できます」


マーガレットは端末を見つめ、すぐに別の問題へ気づいた。


「この端末を盗まれても大丈夫なの?」


アレクサンドは微笑んだ。


「管理は中央で一元管理しています。閲覧権限も設定できます。端末には記録そのものを保存していません」


「なるほど」


マーガレットは正しく理解した。


端末を奪われても、中央にある記録まで奪われるわけではない。


閲覧権限を失わせれば、その端末から記録を見ることもできなくなる。


そこへサーシャとアークもやってきた。


「何を見ていらっしゃるの?」


マーガレットが端末を渡す。


サーシャは説明を聞きながら操作した。


村を選ぶ。


人を選ぶ。


教導状況を確認する。


映像を見る。


「すごいシステムを作られましたわね」


サーシャもすぐに仕組みを理解した。


「王国中の教導も、これで管理しましょう」


「私もそう考えていたところよ」


アレクサンドはサンプルとして一台をサーシャへ渡した。


「中央の管理用魔道具の構築概念を念話で伝えます」


「お願いしますわ」


念話が繋がった。


中央で記録を一元管理する構造。


各閲覧端末との接続。


閲覧権限。


更新権限。


記録の分類。


新しい情報が加わっても、過去の記録を残しておく仕組み。


サーシャは一つずつ理解していった。


「これなら王国側でも構築できますわ」


「お願いするわ」


アレクサンドはそこで話題を変えた。


「殿下。もう一つ、帝国について提案があります」


マーガレットが端末から顔を上げる。


「何かしら?」


「帝国で捕縛した者たちの司法処理を、いったん棚上げしたいのです」


マーガレットの表情が変わった。


アレクサンドは理由を説明する。


今は救援と教導を優先する。


危険な者は鑑定したうえで捕縛、拘束する。


武器も没収する。


だが、その後どの法で裁き、どのように処遇するかまで現地の判断だけで決めるべきではない。


話を聞き終えたマーガレットは少し考えた。


「分かったわ。でも、それは私の独断では判断できない」


「はい」


「王宮で決裁を取ってくるわ」


マーガレットはアレクサンドから数千台の教導記録閲覧端末を受け取った。


帝国で生まれた新しい仕組みを、今度は王国へ持ち帰るためだった。




マーガレットは数千台の教導記録閲覧端末をアイテムボックスへ収納すると、アーク邸を出た。


最初に向かったのは冒険者ギルドだった。


帝国での救援には冒険者ギルドも関わっている。


今後、救援地域が増えれば、各地のギルドとの情報共有も必要になる。


ギルドへ入ると、受付でバルドを呼んでもらった。


ほどなくしてギルドマスターのバルドが姿を見せる。


「殿下。今日はどうされました?」


「見てもらいたいものがあるの」


マーガレットは応接室へ移動すると、三台の教導記録閲覧端末を机へ置いた。


「アレクサンドが帝国で作ったものよ」


使い方を説明する。


バルドが端末を操作した。


救援先の村と街。


教導を受けた者の名前。


覚醒した属性。


習得した技能。


教導の進捗。


さらに映像まで確認する。


「これは……」


バルドはベルナード街を選んだ。


ダリオたちが水路を補修している。


次にハルベ村。


ミレーヌたちが水属性と土属性を使い、畑へ水路を引いていた。


「現地から送られてきた映像ですか?」


「映像も記録として中央で管理されているわ。新しい記録が加われば、この端末から確認できる」


バルドはしばらく操作してから、端末を机へ置いた。


「殿下は、とんでもないものを作られましたな」


マーガレットは微笑んだ。


「私じゃないわ。アレクサンドよ」


「またあの方ですか」


「ええ。この三台はギルドで使って」


「ありがたく」


マーガレットは立ち上がった。


「王宮へ行ってきます」


冒険者ギルドを出ると、そのまま王宮へ向かった。


王宮では国王オーキス・アルデバラン、王妃バイオレット・アルデバラン、宰相クレイン・レッドバルトが揃っていた。


魔導騎士団長アッシュ。


騎士団長アイク。


近衛騎士団長ロックウェル。


さらにアルフレッド侯爵もいる。


各大臣や貴族たちも集まっていた。


マーガレットは国王と王妃へ挨拶を済ませると、すぐに本題へ入った。


「帝国から新しい報告があります。その前に、皆様に確認していただきたい魔道具があります」


アイテムボックスから教導記録閲覧端末を取り出した。


オーキス。


バイオレット。


クレイン。


アッシュ。


アイク。


ロックウェル。


アルフレッド侯爵。


それぞれに一台ずつ渡す。


さらに数千台をクレインへ預けた。


「まず操作してみてください」


マーガレットが説明する。


村や街を選ぶ。


名前を選ぶ。


覚醒した属性。


習得した技能。


教導の進捗。


映像記録。


全員が自分の端末から同じ情報を確認していった。


アッシュが顔を上げる。


「つまり、現地から報告書が届くのを待たなくてもいいのですか?」


「ええ。記録が更新されれば確認できます」


アイクが別の記録を開く。


「毎日でも?」


「もちろん」


ロックウェルが映像を確認しながら呟いた。


「しかも文章だけではないのか」


アルフレッド侯爵は、すでに別の可能性を考えていた。


「殿下。これは教導記録以外にも使えますかな?」


「使えるわ。記録する内容を変えればいいだけよ」


アルフレッド侯爵の目が輝いた。


ゴーレムの製造。


配置。


稼働状況。


街道整備。


農地造成。


資材。


侯爵領で管理しているものは多い。


王宮へ報告するたびに資料をまとめる必要もなくなる。


オーキスは端末を置いた。


「これを作ったのは誰だ?」


マーガレットが答える。


「アレクサンドです」


オーキスの眉が動いた。


「またアレクサンドの小娘か?」


周囲から小さな笑いが漏れる。


「また、とんでもないものを作ったな」


オーキスはクレインを見た。


考える時間すらほとんどなかった。


「クレイン」


「はい、陛下」


「アレクサンド伯爵を侯爵にする」


クレインは驚かなかった。


アッシュも。


アイクも。


ロックウェルも。


アルフレッド侯爵も。


誰一人、異論を口にしなかった。


帝国で千人を率いて救援を進めている。


各班を教導し、自立して動けるところまで育てた。


そして今度は、その活動を王国全体から確認できる仕組みまで作った。


侯爵位。


その場にいた者たちは、その意味を正しく理解していた。


王国にまた一人、新しい侯爵が生まれることになった。




アレクサンドの侯爵叙爵が決まっても、会議は終わらなかった。


クレインは手元の教導記録閲覧端末を操作していた。


便利なのは間違いない。


王宮にいながら帝国各地の教導状況を確認できる。


村や街ごとの記録。


人の名前。


覚醒した属性。


習得した技能。


映像まで残っている。


だが、王国の宰相として考えれば、便利だからこそ確認しておかなければならないことがある。


クレインは顔を上げた。


「殿下。一つよろしいでしょうか」


「何かしら?」


「この端末が盗まれては一大事ですぞ」


アッシュたちも端末から顔を上げた。


教導記録だけならまだいい。


今後、行政や騎士団、ゴーレムの運用にまで使うのであれば、扱う情報はさらに増えていく。


マーガレットは微笑んだ。


アレクサンドへ同じ質問をしたばかりだった。


「管理は中央で一元管理しています。閲覧権限も設定できます。端末には記録そのものを保存していません」


クレインの眉が動く。


「端末にはない?」


「ええ。この魔道具は中央にある記録を閲覧するためのものです。端末を奪われても、中央の記録を奪われるわけではありません」


「では、盗まれた端末から閲覧される危険は?」


「閲覧権限を失わせればいいのです」


クレインは端末を見た。


「なるほど」


アッシュも理解した。


「ならば我々の端末から見られるものと、一般の行政官が見るものを分けることもできるのですな」


「できるわ」


アイクが続ける。


「騎士団内部でも、役職によって閲覧範囲を変えられる?」


「もちろん」


ロックウェルが頷いた。


「端末を守るだけではなく、中央で権限そのものを管理するのか」


マーガレットは笑った。


「私もさっき、アレクサンドから同じ説明を受けたところよ」


クレインはしばらく考えてから、端末へ視線を戻した。


情報を各地へ複製して持たせるのではない。


必要な者が、必要な情報だけを見る。


原本は中央に残す。


盗難や紛失が起きれば、その端末の権限を止める。


「これは教導だけに使って終わらせるものではありませんな」


「ええ」


その言葉を待っていたかのように、アッシュが身を乗り出した。


「宰相。魔導騎士団にも百台ほどいただきたい」


「騎士団にも百台を」


アイクがすぐに続く。


ロックウェルも黙っていなかった。


「近衛にも百台お願いします」


アルフレッド侯爵まで手を上げた。


「私にも百台ほどお与えいただきたい」


クレインが四人を見る。


「百台ずつ何に使うつもりです?」


最初に答えたのはアルフレッド侯爵だった。


「ゴーレムです」


即答だった。


「製造数、種類、配置先、稼働状況、修理、貸与先。それに街道整備と農地造成。今は報告を集めてから整理しておりますが、これなら各現場から直接記録できます」


アッシュも続ける。


「魔導騎士団なら訓練記録です。誰がどの属性をどこまで習得したのか。教導内容も共有できます」


「騎士団は各地の警備と討伐記録に使える」


アイクが言う。


ロックウェルは少し考えた。


「近衛なら王宮警備の引き継ぎにも使えます。変更された警備要領を全員が最新版で確認できる」


クレインは頭を抱えるように額へ手を当てた。


「まだ配布すると決めてもいないのに、もう用途まで決めましたか」


四人とも笑っている。


マーガレットが口を開いた。


「端末なら、すぐに作成できますわよ」


四人が一斉にマーガレットを見る。


「本当ですか?」


「ええ。それに作り方も難しくないわ」


マーガレットは念話を繋いだ。


アッシュ。


アイク。


ロックウェル。


アルフレッド侯爵。


四人へ同時に概念を送る。


閲覧端末の構造。


中央の管理用魔道具との接続。


閲覧権限。


更新権限。


必要な情報だけを取得する仕組み。


受け取った四人の表情が変わった。


アッシュが最初に理解する。


「なるほど。端末を百台いただく必要すらない」


「そういうことよ」


「自分たちで作ればいいのか」


アルフレッド侯爵が嬉しそうに笑った。


「殿下。ありがとうございます」


他の三人も頭を下げる。


王宮の空気が一変した。


教導記録を見るために持ち込まれた一つの魔道具。


それがもう、騎士団、近衛、行政、ゴーレム運用へ広がろうとしている。


クレインはその様子を眺めながら、別の問題に気づいていた。


アレクサンドを侯爵にする。


決定そのものに異論はない。


問題は、その知らせを聞いた父親がどういう顔をするかだった。


シュバリツコフ子爵家。


マーレ・シュバリツコフ。


娘が伯爵になった時点で、すでに父親の爵位を越えている。


そして今度は侯爵。


クレインは小さく息を吐いた。


王宮では、この日のうちに叙爵の準備が始まった。


その知らせは当然、マーレの耳にも届くことになる。




教導記録閲覧端末の話が一段落すると、マーガレットはもう一つの案件を切り出した。


「陛下。帝国での司法処理について、アレクサンドから提案があります」


オーキスが視線を向ける。


「何だ?」


「現在、救援班は帝国兵と遭遇した場合、戦闘や殺傷を避けています。武器を没収し、必要なら捕縛、拘束。投降した者は鑑定して、過去の行為を確認しています」


「聞いている」


「問題は、その後です」


マーガレットはアレクサンドから受けた説明をそのまま伝えた。


帝国の統治機構は各地で機能を失いつつある。


領主や文官、兵士についても、鑑定によって重大な犯罪が確認された者は拘束できる。


だが、誰がどの法で裁くのか。


刑罰をどうするのか。


救援班が現地で決める問題ではない。


「アレクサンドは、司法処理そのものを一度棚上げしたいと考えています」


クレインが尋ねた。


「危険人物は?」


「拘束を続けます。保護空間や牢を使えば、逃亡の心配もありません」


アッシュが腕を組んだ。


「ならば、急いで裁く必要はありませんな」


アイクも頷く。


「現地の救援班に裁判官までやらせる方が問題でしょう」


ロックウェルが続けた。


「鑑定記録を残しておけば、後から確認もできる」


クレインは教導記録閲覧端末へ視線を落とした。


「犯罪記録も中央で管理できますな」


「ええ」


マーガレットが答える。


「名前、場所、鑑定結果、拘束理由。必要なら映像も残せます」


オーキスは短く考えた。


「よし。司法処理は棚上げだ」


決断は早かった。


「救援を優先させろ。危険な者は拘束。無害な者まで捕らえる必要はない。裁く必要が出た時に、王国で改めて考える」


「承知しました」


マーガレットが頭を下げる。


クレインも記録を取った。


帝国で動いている救援班は、これで司法判断まで背負う必要がなくなった。


その頃には、王宮の別の場所でも騒ぎが始まっていた。


アレクサンド伯爵、侯爵へ陞爵。


国王の決定は各部署へ伝えられ、必要な手続きが一斉に動き始めている。


「またですか?」


「まただ」


「伯爵になってから、まだそれほど経っていないでしょう?」


「陛下の決定だ。異論はない」


「理由は?」


「帝国救援の指揮。それと新しい記録管理の魔道具らしい」


「記録管理?」


「王宮でも見られる。あとで配布されるそうだ」


文官たちの間では、侯爵叙爵より教導記録閲覧端末の方が話題になり始めていた。


一方、知らせを受けた三騎士団は別の意味で騒がしかった。


アッシュはすでに部下を集めている。


「まず訓練記録から始める」


アイクも同じだった。


「地方へ出ている部隊にも持たせる。報告のためだけに戻ってくる必要がなくなる」


ロックウェルは王宮警備の記録を整理し始めていた。


アルフレッド侯爵に至っては、すでに侯爵領へ念話を飛ばしている。


『ゴーレムの製造記録を整理しておけ。新しい管理方法を導入する』


返事が来る。


『何かあったのですか?』


『面白いものができた』


それだけ答えると、アルフレッド侯爵は満足そうに端末を操作した。


新しい仕組みは、説明されたその日のうちに王国各所へ広がり始めていた。


そして、その騒ぎから少し遅れて。


マーレ・シュバリツコフ子爵のもとにも知らせが届いた。


王宮の使者から正式な内容を聞いたマーレは、しばらく動かなかった。


「……もう一度、言ってくれ」


使者が答える。


「アレクサンド伯爵閣下を侯爵へ陞爵させるとの、陛下のご決定です」


「侯爵……」


マーレは椅子へ腰を落とした。


伯爵になった時も驚いた。


王女直属の腹心となった時には、三騎士団長より上位に立った。


帝国へ行けば千人を率いる。


今度は侯爵。


父親は子爵。


娘は侯爵。


マーレは両手で顔を覆った。


「……どこまで行くんだ、あの娘は」


誇らしくないわけではない。


むしろ誇らしい。


自分の娘が国王から認められている。


王国に必要とされている。


それは父親として喜ぶべきことだった。


分かっている。


分かっているのだが。


「侯爵か……」


もう一度呟く。


娘との爵位差は、さらに広がった。


しかもアレクサンド本人は、おそらく爵位など気にしていない。


今頃、帝国で次に教えることでも考えているのだろう。


それが余計に堪える。


マーレ・シュバリツコフ子爵は、深く項垂れた。


王宮ではその頃、新侯爵誕生の準備と、新しい記録管理の仕組みを導入する準備が同時に進んでいた。


アレクサンド本人の知らないところで、王国はまた大きく動き始めていた。





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