123 教導スキルはレベル10
第二村では、各地から送られてくる記録が増え続けていた。
アレクサンドは魔道具に集約された情報を確認しながら、救援した人々に何を教えるべきか整理していた。
班によって救援先の状況は違う。
農村と街では必要な仕事も違う。
元兵士と農婦でも、これまで身につけてきた経験は異なる。
それでも、救援班が去るまでに覚えてもらった方がいいものには共通点があった。
「基準を作っておいた方がいいわね」
アレクサンドは新しい記録を作った。
最初は魔法と能力。
水、風、土、光、闇、火。
六属性の覚醒。
アイテムボックス。
鑑定。
教導。
レビテーション。
テレパシー。
テレキネシス。
覚醒させるだけでは終わらない。
六属性については、それぞれの正しい理解まで教導する。
水属性なら、水や氷だけではない。
身体強化、筋肉強化、癒、索敵や探索まで含めて使い方を理解する。
他の属性についても同じだった。
さらにレビテーションを利用した飛行訓練。
索敵を維持しながら移動する訓練。
アレクサンドは次の項目を書き加えた。
捕縛力。
拘束力。
自衛力。
守護力。
戦闘力。
治癒力。
「この辺りも必要ね」
魔物がいる。
盗賊が現れることもある。
統治機構が崩れ始めた帝国内では、いつ何が起こるか分からない。
だからといって、危険が現れるたびに誰かが守りに来る状態では自立できない。
索敵して危険を知る。
必要なら逃げる。
守る。
捕縛する。
拘束する。
戦わなければならない場合は戦う。
怪我人が出れば治療する。
自分たちの村や街を、自分たちで守れるだけの力は必要だった。
次は生活に使う技能。
解体。
調理。
紡織。
識字。
計算。
すでに挙げた鑑定と教導も、当然使えるようにしておく。
アレクサンドはそこで一度手を止めた。
他にも技能はいくらでもある。
農業。
鍛冶。
木工。
薬学。
薬師。
商業。
行政。
だが、それらを救援班が一から教える必要はない。
「後は本人たちの経験でいいわ」
農婦なら農業を知っている。
鍛冶師なら鉄の扱いを知っている。
大工なら木材を扱ってきた。
商人なら売買の経験がある。
文官なら行政の仕事をしてきた者もいる。
魔力操作と魔力循環を身につけ、魔法を使えるようになれば、それまで積み重ねてきた経験から必要な技能は自然と発現していく。
農業スキル。
鍛冶スキル。
木工スキル。
薬学や薬師。
商業。
行政。
他にも、その人間が歩んできた人生によって様々な技能が生まれるだろう。
そこまで一律に揃える必要はなかった。
「これでいいわね」
完成したスキルガイドラインを確認すると、アレクサンドはテレパシーを広げた。
個別に連絡する必要はない。
一斉同報する。
『シメオン、ジェーク、リッキー、チャド。ホセ、パトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイ。聞こえる?』
各地から次々と返事が届いた。
『聞こえてる』
『こっちも問題ない』
『どうした?』
アレクサンドは作ったばかりのガイドラインを伝えた。
六属性と各属性の正しい理解。
アイテムボックス、鑑定、教導。
レビテーション、テレパシー、テレキネシス。
飛行と索敵。
捕縛、拘束、自衛、守護、戦闘、治癒。
そして解体、調理、紡織、識字、計算。
『救援した人たちには、ここまで教えて』
ホセから返事が届く。
『全員にか?』
『ええ。職業に関係なく、この部分は共通よ』
シメオンが尋ねる。
『農業なんかは?』
『教えなくていいわ。農業、鍛冶、木工、薬学、商業、行政なんかは、それまでの職業経験から勝手に発現するでしょう』
『なるほど』
『ガイドラインの内容を一通り習得して、自分たちで生活して、自分たちで教えられるようになったら次の村か街へ行って』
短い返事が重なった。
『了解』
『分かった』
『こっちも進める』
アレクサンドは念話を切った。
救援班が残り続ける必要はない。
教えるべきものを教える。
自分たちで使えるようにする。
さらに教導によって、次の人間へ渡せるようにする。
そこまでできれば、救援班の仕事は終わりだった。
次に助けを必要としている村や街へ行けばいい。
そのための共通基準が、ようやく形になった。
第二村の訓練場では、フェリクス、ロイド、ブラッド、レオンたち二十人が八百八十人を集めていた。
六属性。
アイテムボックス。
鑑定。
教導。
レビテーション。
テレパシー。
テレキネシス。
各属性の正しい理解も教導している。
飛行と索敵についても、訓練を重ねれば十分に使えるところまで来ていた。
フェリクスが八百八十人を見渡す。
「今日は外へ行く。狩りだ」
ざわめきが起きた。
「昨日覚えたものを実際に使う。戦闘だけじゃない。索敵、飛行、念話、捕縛、拘束、守護、治癒まで全部だ」
八百八十人がウォーターサーチを広げる。
「飛行開始」
次々と身体が浮いた。
フェリクスたち二十人が周囲を囲み、第二村を離れる。
しばらく飛ぶと念話が届いた。
『右前方に反応。三十二』
フェリクスもウォーターサーチで確認する。
ゴブリンだった。
『合ってる。最初の十人、前へ』
十人が高度を落とす。
「相手だけを見るな。索敵を切るな。仲間の位置も確認しろ」
ゴブリンが走ってくる。
土壁が立ち上がった。
左右へ分かれたゴブリンに水の鞭が巻きつく。
別の者が氷で足を拘束した。
「右から来る!」
「分かってる!」
氷盾で受け止める。
動きを止めたところへ魔法が放たれた。
戦闘はすぐに終わった。
「次の組」
別の者たちが前へ出る。
ゴブリン。
オーク。
フォレストウルフ。
アースベア。
ウォーターサーチで見つけ、種類と数を確認してから接近する。
最初はフェリクスたちの指示を待っていた八百八十人も、次第に自分たちで判断し始めた。
『左に十二!』
『俺たちが回る』
『前は拘束する』
『後ろを守る』
飛行しながら念話が飛び交う。
怪我をした者には、近くの者がすぐに癒を使った。
教導を覚醒した者は、仲間の魔法にも目を向ける。
「魔力循環が乱れてるぞ」
「水の拘束をもう少し太くしろ」
「索敵を狭めるな。後ろが見えてない」
教えられていた者が、別の者へ教え始めていた。
狩りは夕方まで続いた。
ブラッドが討伐数を確認する。
「一万を超えた」
「初日でか?」
ロイドが聞き返した。
「八百八十人いる。一人当たりなら十数体だ」
死者はいない。
大きな負傷者もいなかった。
先に見つける。
危険を確認する。
守る。
捕らえる。
拘束する。
必要な時に攻撃する。
怪我をすれば治す。
覚えた能力を実際に組み合わせた結果だった。
討伐した魔物をアイテムボックスへ収納し、一行は第二村へ帰還した。
だが、今日の教導はまだ終わらない。
解体場へ一万体を運ぶ。
「次は解体だ」
フェリクスが一体のオークを取り出した。
「ウォーターカッター」
細く絞られた水の刃が走った。
皮へ正確に切れ目を入れる。
「ウィンドカッター」
今度は風の刃。
関節や肉の境目を狙い、必要な部分だけを切り分けていく。
魔石。
肉。
骨。
皮。
内臓。
食用にする部位。
素材として利用する部位。
フェリクスは一つずつ説明しながら解体した。
「倒す時と同じ威力で使うなよ。解体で必要なのは精度だ。素材まで切ったら意味がない」
八百八十人が自分の魔物を取り出す。
ウォーターカッター。
ウィンドカッター。
あちこちで魔法の刃が生まれた。
「太いぞ。もっと絞れ」
「皮まで切り刻むな」
「関節の位置を鑑定してみろ」
鑑定も使う。
魔物の身体を確認し、どこを切り分ければいいのか理解してからカッターを入れる。
一体目は遅かった。
二体目。
三体目。
繰り返すうちに魔法の制御が細かくなる。
「できた!」
一人の男に解体スキルが発現した。
それを皮切りに、次々と発現していく。
解体スキルを得た者は手を止めなかった。
隣へ行く。
「そこはウォーターカッターの方がやりやすいぞ」
「こうか?」
「もう少し細く」
別の場所ではウィンドカッターの使い方を教えている。
二十人の教師だけが教えているのではない。
八百八十人の中で、覚えた者がまだ覚えていない者へ教えていく。
一万体あった魔物が、急速に素材と食材へ変わり始めた。
フェリクスはその光景を眺めた。
教導した相手が、次の人間を教導する。
それはもう、特別なことではなくなり始めていた。
解体場では作業が続いていた。
一万体という数は多い。
だが、作業しているのは八百八十人だった。
さらに解体スキルを発現した者から、処理速度が目に見えて上がっている。
ウォーターカッター。
ウィンドカッター。
鑑定で魔石や関節の位置を確認し、必要なところだけを切り分ける。
「そっちは終わったか?」
「あと三体!」
「終わったらこっちを手伝ってくれ」
「分かった!」
早く終わった者が、遅れている場所へ移動する。
解体に慣れた者が教える。
教わった者が、次の魔物で同じことを試す。
一体目より二体目。
二体目より三体目。
魔法の刃は細くなり、切り分ける位置も正確になっていった。
やがて最後の一体が処理された。
大量の肉、骨、内臓、皮、魔石が分類されている。
ロイドが記録を確認した。
「八百八十人、解体スキル発現を確認」
歓声が上がる。
だが、フェリクスが手を叩いた。
「まだ終わりじゃないぞ。次は飯だ」
「まだやるのか!」
「腹減ってるだろ?」
「減ってる!」
笑い声が広がった。
第二村には、彼ら八百八十人だけがいるわけではない。
先に第二村へ入っていた千人と合わせて、千八百八十人。
今日の夕食は、その全員分を作る。
解体した肉、骨、内臓を調理場へ運ぶ。
「まず洗浄!」
水属性を使える者たちが動いた。
大量の水を作り、肉や骨、内臓へ流して血や泥を落としていく。
洗浄が終わると、ブラッドが声を上げた。
「次、ピュリフィケーションバレット!」
光の弾が次々と生まれた。
肉へ。
骨へ。
内臓へ。
調理に使う食材へピュリフィケーションバレットを撒いていく。
「食べる物だ。浄化は手を抜くなよ」
「分かった!」
洗浄と浄化を終えた食材から、調理場へ運ばれていった。
別の場所では、巨大な氷の鍋が作られている。
一個。
二個。
十個。
さらに増えていく。
「もっと大きくていいぞ。千八百八十人分だからな」
「これくらいか?」
「十分だ」
氷の鍋を魔力膜で覆う。
断熱された鍋へ水を入れる。
骨。
肉。
処理した内臓。
野菜。
調味料。
次々と投入されていった。
「火は使わないぞ」
フェリクスが鍋の周囲に集まった者たちへ説明する。
「中身へ魔力を通して加熱する。鍋そのものを熱くする必要はない」
魔力が流れ始める。
氷の鍋はそのまま。
だが、中の水だけが温度を上げていく。
しばらくすると湯気が立った。
「沸いてきた!」
「魔力を弱めろ。煮込むなら温度を維持すればいい」
別の鍋では、調理経験のある者が肉を切り分けていた。
「それはもう少し小さく」
「これくらい?」
「そうだ。その方が食べやすい」
味を見る者もいる。
「薄いな」
「塩を足すか?」
「一気に入れるな。少しずつ入れて確認しろ」
料理をした経験のある者たちが、自然に前へ出ていた。
フェリクスたちは、それを止めない。
知らない者へだけ教える。
「こっちへ来い。まず見てろ」
「何を?」
「この鍋だ。覚えたら自分でやってみろ」
洗う。
浄化する。
切る。
鍋へ入れる。
魔力で加熱する。
味を確認する。
一通り見せた後、交代する。
失敗すれば教える。
できれば次へ進む。
やがて、一人の男が声を上げた。
「調理スキルが出た!」
「なら隣の鍋へ行け」
「俺が作るのか?」
「違う。教えるんだよ」
男は一瞬きょとんとした。
だが、すぐに笑った。
「そうか。俺も教導を持ってるんだったな」
隣の鍋へ走っていく。
そこから調理スキルの発現者が急速に増えた。
十人。
五十人。
百人。
覚えた者が、まだ覚えていない者へ教える。
教えられた者が調理スキルを発現し、また別の者へ教える。
巨大な氷の鍋から次々と湯気が上がった。
肉と野菜の煮込み。
骨から旨味を引き出したスープ。
内臓を使った煮込み料理。
千八百八十人分の食事が完成していく。
最後の鍋の味を確認した頃、ロイドが記録用の魔道具を見た。
「八百八十人、確認できた」
「何が?」
「調理スキルだ。全員発現してる」
ブラッドが笑った。
「解体も調理も一日か」
フェリクスは周囲を見渡した。
八百八十人が、自分たちで狩った。
自分たちで解体した。
自分たちで料理した。
そして、覚えた者が次の者へ教えた。
教師二十人だけが教えていた時間は、とうに終わっていた。
教導された者が、別の誰かを教導する。
その流れが、八百八十人の中で自然に回り始めていた。
千八百八十人分の食事が並んだ。
巨大な氷の鍋から湯気が上がっている。
狩りへ出た八百八十人だけでなく、第二村に残っていた千人も集まってきた。
「今日は随分多いな」
「一万体狩ったからな」
「一万?」
驚いた声が上がる。
八百八十人にとっては初めての狩りだった。
それでも一人で戦ったわけではない。
索敵し、念話で伝え、仲間と動いた。
危険なら守り、捕縛し、拘束する。
怪我をすれば治癒する。
そして帰還後には自分たちで解体し、料理まで行った。
フェリクスが声を上げる。
「冷める前に食おう」
一斉に食事が始まった。
自分で作った料理を口へ運び、顔を見合わせる。
「うまい」
「こっちのスープも飲んでみろ」
「これ、俺が味を調整した鍋だ」
「じゃあ次はもう少し塩を減らせ」
「なんでだよ!」
笑い声が広がった。
フェリクスたち二十人も同じ料理を食べる。
レオンが周囲を見ながら言った。
「明日は俺たちが調理を教える必要はなさそうだな」
「解体もな」
ブラッドが答えた。
八百八十人全員が解体と調理のスキルを発現している。
しかも教導も持っている。
今日覚えた技術は、八百八十人だけで止まるものではなかった。
食事を終えた頃、フェリクスの魔道具に新しい表示が現れた。
「ん?」
フェリクスが自分を鑑定する。
教導。
レベル十。
しばらく表示を見つめた。
「どうした?」
ロイドが尋ねる。
「教導がレベル十になってる」
「本当か?」
ロイドも自分を鑑定した。
「……俺もだ」
ブラッド。
レオン。
さらに他の教師たちも確認する。
教導レベル十。
一日で八百八十人へ教えたからではない。
教えた者が理解する。
実際に使う。
失敗すれば修正する。
できるようになった者が、今度は別の者へ教える。
その様子を見ながら、必要なところだけを補う。
今日一日、それを何度も繰り返していた。
フェリクスが八百八十人を見る。
「俺たちが教えなくても回り始めたからか?」
「かもしれないな」
ロイドが答えた。
教導とは、自分の知識を相手へ渡すだけではない。
相手が使えるところまで導く。
そして、いつまでも自分が教え続ける必要のない状態にする。
八百八十人の中では、すでにそれが始まっていた。
同じ頃。
ハルベ村ではシメオンが自分を鑑定していた。
農婦たちは水属性と土属性を使い、自分たちで水路を作っている。
農業そのものをシメオンが教えたわけではない。
彼女たちが持っていた経験へ、魔法の使い方を加えただけだった。
「レベル十か」
シメオンは短く呟いた。
ローデン村のジェーク。
メルカ村のリッキー。
ファーレ村のチャド。
それぞれの場所でも同じ変化が起きていた。
街を担当するパトリック、シェーン、ラザロ、ブレイドン、コデイも、自分たちが教導した人々へガイドラインに沿った教導を続けていた。
そしてベルナード街。
ホセも表示を見ていた。
教導レベル十。
少し前のホセなら、元兵士たちから武器を取り上げ、鑑定で問題がないと分かれば、それで終わらせていたかもしれない。
だが、彼らにはその先がなかった。
武器を失った。
軍にも戻れない。
仕事もない。
なら、何をすれば生きていけるのか。
ホセはそこで初めて、相手の側から考えた。
兵士だったなら土木作業の経験がある。
水属性と土属性を覚えれば、その経験を仕事へ変えられる。
教えるべきなのは、答えではなかった。
自分で生きるために使える力だった。
ダリオたちは今、水路を直している。
ニコラスは建屋を補修している。
誰もホセの指示を待ってはいない。
「……十か」
ホセは少しだけ笑った。
各地から記録が第二村へ集約される。
シメオン。
ジェーク。
リッキー。
チャド。
ホセ。
パトリック。
シェーン。
ラザロ。
ブレイドン。
コデイ。
そしてフェリクス、ロイド、ブラッド、レオンたち。
アレクサンドは届いた情報を確認した。
教導レベル十。
一人ではない。
各地で人を教え続けた者たちが、同じ領域へ到達し始めている。
アレクサンドはその記録を保存した。
救援される人間が増えただけではなかった。
救援できる人間もまた、増えていた。




