122 名前、人、村、街、記録
翌朝、ホセはベルナード街の広場に元兵士たちを集めた。
昨日、水属性と土属性の正しい理解まで教導した者たちだった。
すでに水路の補修を始めた者もいれば、崩れた建屋を直していた者もいる。
「作業中に悪いな。名前を聞かせてくれ」
元兵士たちが顔を見合わせた。
「名前?」
「ああ。昨日は教導と仕事の話ばかりで聞いてなかった。それと、この街の名前も記録する」
一人の男が前へ出た。
昨日、水路を直したいと言っていた男だった。
「ダリオだ。この街はベルナード街という」
ホセは記録用の魔道具へ入力する。
ダリオ。ベルナード街。元帝国兵。水属性、土属性覚醒。両属性の正しい理解を教導済み。水路補修。
「次」
「ニコラスだ。今は建屋を直してる」
「マルコ。軍では街道や橋も直していた」
「エドガー。馬と荷車を扱える」
一人ずつ名前を聞く。
同じ元帝国兵でも、できることは違った。
昨日までなら、まとめて兵士何人と数えていたかもしれない。
だが、今は違う。
ダリオがいる。
ニコラスがいる。
マルコがいる。
エドガーがいる。
名前と街、覚醒した属性、現在行っている仕事まで記録していった。
「これ、何に使うんだ?」
ダリオが尋ねた。
「俺たちが帰った後も、誰が何を覚えたのか分かるようにする。それに――」
ホセは補修された水路を見る。
「何を教えたら、どう生活が変わったのかも残しておいた方がいいだろ」
「なるほどな」
ダリオは納得すると、水路の補修へ戻っていった。
同じ頃、ハルベ村ではシメオンが農婦たちへの教導を続けていた。
「今日は水属性だ」
魔力操作と魔力循環を続けながら、農婦たちが掌へ意識を集中する。
やがて小さな水球が生まれた。
「出たわ!」
最初に成功した農婦が声を上げる。
次々と水属性が覚醒していく。
だがシメオンは、そこで次の属性へ進ませなかった。
「水を出せたのは入口だ。ここから水属性の正しい理解を教える」
水を動かす。
形を変える。
魔力膜で包み、寝具にする。
氷へ変え、器、食器、鍋、机、椅子、寝台を作る。
身体強化、筋肉強化、癒。
索敵と探索。
さらに攻撃や捕縛、拘束への応用も教える。
続いて土属性。
土や石を操り、壁、建屋、板、器、牢や檻まで作れることを実演した。
農婦たちは戦闘魔法より、生活や農業への応用に強く反応した。
「水路を伸ばせるわ」
「畑の横に貯蔵用の建屋も作れるんじゃない?」
「道も直せそうね」
「そういう使い方を自分たちで考えてくれ」
シメオンは笑った。
教導を終えると、記録用の魔道具を取り出した。
「今度は名前を教えてくれ。それから村の名前も」
先ほど最初に水を出した農婦が答える。
「ミレーヌよ。ここはハルベ村」
シメオンが記録する。
ミレーヌ。ハルベ村。水属性、土属性覚醒。両属性の正しい理解を教導済み。
「私はテレサ」
「エマよ」
「ロザリー」
名前が一つずつ記録されていった。
四十人という数字ではない。
ハルベ村に暮らす、一人一人の人間だった。
同じ作業は他の班でも始まっていた。
ジェークが担当するローデン村。
「オスカーだ」
「ハンナよ」
「トーマス」
「リディアです」
覚醒した属性と教導内容が、それぞれの名前とともに記録される。
リッキーが担当するメルカ村では、
ユリウス。
クララ。
デニス。
マリア。
チャドが担当するファーレ村では、
ロベルト。
ソフィア。
ヘンリー。
アデル。
昨日まで名も知らなかった人々が、記録の中で一人ずつ名前を持っていく。
誰を教導したのか。
どの村で暮らしているのか。
何を覚醒させたのか。
そして、その力を何に使い始めたのか。
各班が持つ魔道具には、それらの情報が次々と蓄積されていった。
ただ人数を数えるためではない。
帝国のどこで、誰が、自分の力で生活を立て直し始めたのか。
その変化を残すための記録だった。
少し大きな街を担当しているパトリックたちも、朝から昨日教導した人々を集めていた。
パトリックが担当するグレイム街では、昨日は食事の確保と魔力操作、魔力循環の教導を優先している。
今日はその続きだった。
「水属性を覚醒した人は前へ出てくれ」
人々が集まる。
パトリックは水球を浮かべた。
「昨日、水を出せるようになった。でも、それだけじゃ水属性を理解したことにはならない。今日は使い方を教える」
水球を飛ばし、弾にする。
細く伸ばして穿つ。
刃へ変え、鞭として振るう。
さらに人の身体へ巻きつかせ、捕縛と拘束を実演する。
「殺さなくても相手を止められる。使い方は覚えておいてくれ」
次に水を魔力膜で包んだ。
大きな寝具が生まれる。
一人を寝かせると、身体の形に合わせて水が動いた。
「冬は温められる。夏は冷やせる。魔力膜があるから破れない」
続いて氷。
盾、鎧、壁。
建屋、寝台、机、椅子。
器、食器、鍋。
牢と檻。
パトリックが次々と作っていくたび、見ていた者たちから声が上がる。
「鍋まで作れるのか」
「作れる。魔力膜で断熱して魔力を使えば、そのまま煮込み料理もできる」
さらに熱湯、蒸気への変化。
身体強化、筋肉強化、癒。
ウォーターサーチによる索敵と探索。
一通り見せてから、実際に一人ずつ使わせていく。
続いて土属性だった。
土を動かす。
固める。
石へ変える。
弾、穿、刃、斬。
盾、鎧、壁。
圧力と重量。
建屋、寝台、机、椅子、器、食器、鍋、板。
牢や檻も作れる。
昨日まで土属性を穴掘り程度に考えていた者たちも、実際の使い方を見れば反応が変わった。
「南側の道を直せそうだ」
「倉庫の壁も作り直せるぞ」
「だったら市場の壊れた屋根も何とかできないか?」
パトリックは頷いた。
「試してみればいい。俺たちより、この街で暮らしている皆の方が直すべき場所を知ってるだろ」
教導が終わると、記録用の魔道具を取り出した。
「もう一つある。名前を聞かせてくれ。それと街の名前も確認したい」
最初の男が答える。
「バーナードだ。ここはグレイム街」
「今まで何をしてた?」
「荷運びだ」
パトリックが記録する。
バーナード。グレイム街。水属性、土属性覚醒。両属性の正しい理解を教導済み。荷運び経験あり。
「次」
「ルーシー。縫い物をしてたわ」
「ゲイル。大工だ」
「ノーラ。食堂で働いてた」
名前、街、覚醒した属性、教導した内容。
仕事について聞けた者は、それも記録する。
同じ頃、シェーンが担当するボルド街でも記録が進んでいた。
アーロン。
セシリア。
ロイス。
ヘレン。
ラザロが担当するエルム街では、
ヴィクトル。
イネス。
ダニエル。
ローザ。
ブレイドンが担当するカルナ街では、
ヨハン。
マルタ。
セドリック。
エレナ。
コデイが担当するリベル街では、
ルイス。
アンナ。
ハロルド。
カレン。
それぞれの名前に街の名前、覚醒した属性、教導内容が加えられていく。
覚えた魔法を使って何を始めたのかも、確認できたものから追記された。
各班の記録用魔道具は独立しているわけではない。
ホセ。
シメオン。
ジェーク。
リッキー。
チャド。
パトリック。
シェーン。
ラザロ。
ブレイドン。
コデイ。
各地で入力された情報が、第二村にいるアレクサンドの魔道具へ送られていた。
アレクサンドの前では、朝から記録が増え続けている。
ベルナード街――ダリオ。
ハルベ村――ミレーヌ。
ローデン村――オスカー。
メルカ村――ユリウス。
ファーレ村――ロベルト。
グレイム街――バーナード。
名前を選べば、覚醒した属性や教導内容まで確認できた。
アレクサンドはダリオの名前を選ぶ。
昨日まで帝国兵だった男。
水属性と土属性を覚醒し、今朝は水路の補修を始めている。
「記録だけでは本国への報告には足りないわね」
アレクサンドは目を閉じた。
知りたい時間と場所を定める。
ポストコグニション。
過去の光景がアレクサンドの意識に浮かび上がった。
水属性を覚醒させたダリオが、自分の掌に浮かぶ水を見て驚いている。
土魔法を使って水路を直している。
仲間と相談しながら、流した水で傾斜を確かめている。
アレクサンドはその光景をソートグラフィーで映像として記録した。
「次はミレーヌね」
一つの名前から、一つの仕事の記録へ。
帝国各地で起き始めた変化が、映像としても集まり始めていた。
### 122 名前、人、村、街、記録 後編①
アレクサンドは次に、ハルベ村のミレーヌを選んだ。
ポストコグニション。
時間を遡る。
映し出されたのは、シメオンの前で両手を差し出すミレーヌの姿だった。
掌の上に小さな水球が生まれる。
本人が驚き、隣にいたテレサが笑っている。
その後、水属性の正しい理解を教導され、ミレーヌはウォーターサーチを覚えた。
身体強化。
筋肉強化。
癒。
土属性の教導まで終えると、今度は畑へ向かっている。
アレクサンドは時間を進めた。
「そこね」
ミレーヌが土魔法で畑の横へ細い溝を作っている。
テレサが水を流した。
「こっちが高いわ」
「少し削りましょう」
二人で土を動かす。
水を流す。
傾斜を確認する。
また土を動かす。
シメオンは少し離れたところにいた。
手を出していない。
農業については、自分より彼女たちの方が詳しいと理解しているからだった。
やがて水が畑の端まで流れた。
ミレーヌたちが笑う。
アレクサンドはその一連の光景をソートグラフィーで記録した。
次はローデン村のオスカー。
水属性を覚醒した瞬間。
土属性で壊れた壁を補修する様子。
さらに石へ変化させて強度を上げる様子。
メルカ村のクララは、氷で器を作っていた。
最初は形が歪んでいる。
一度消して、もう一度。
二度目は少し整った。
三度目には、普通に使える器になった。
ファーレ村のロベルトは身体強化と筋肉強化を使い、崩れた建屋から大きな木材を運び出していた。
一人では持ち上げられなかった木材だった。
今は二人で軽々と運んでいる。
「これも使えるわね」
アレクサンドは映像として保存する。
次々と名前を選んでいった。
グレイム街のバーナード。
元々、荷運びを仕事にしていた男だった。
身体強化と筋肉強化を覚えたことで、一度に運べる荷物が増えている。
だが、アレクサンドが記録したのはそれだけではなかった。
バーナードは荷物を運び終えると、土属性を使って倉庫前の段差を直していた。
誰かに指示されたわけではない。
荷車が引っ掛かるから直した。
それだけだった。
ボルド街のセシリア。
覚えた水属性で大量の水を出し、衣類を洗っている。
エルム街のヴィクトル。
土と石を使って壊れた道を補修している。
カルナ街のマルタ。
氷の鍋を作り、魔力膜で断熱する。
水と食材を入れ、魔力を通して煮込み始めた。
その周囲に子供たちが集まっている。
リベル街のハロルド。
ウォーターサーチを広げながら街の外を歩いていた。
魔物の反応を見つけると、近くで作業している者たちへ知らせている。
戦ってはいない。
危険な場所へ近づかないために索敵を使っていた。
アレクサンドは記録を止めた。
机の上には、各班から送られてきた名前がまだ大量に残っている。
一人ずつ全てを見るには時間がかかる。
だから報告に必要な映像を選ぶことにした。
水属性の覚醒。
土属性の覚醒。
農業への利用。
土木。
建築。
洗濯。
調理。
身体強化。
索敵。
そして、自分たちで仕事を見つけて動き始めた様子。
それぞれ違う映像を選び、ソートグラフィーで一つにまとめていく。
最初に場所と名前を表示する。
**ハルベ村 ミレーヌ。**
水属性覚醒。
続いて畑へ水路を作る映像。
**ベルナード街 ダリオ。**
土属性を使った水路補修。
**カルナ街 マルタ。**
氷の鍋による調理。
**リベル街 ハロルド。**
ウォーターサーチによる索敵。
アレクサンドは出来上がった映像を最初から確認した。
数字だけの報告ではない。
誰が、どこで、何を覚え、何に使ったのか。
それが分かる。
「これならマーガレット様にも伝わるわね」
報告映像の記録を終える。
だが、仕事はまだ残っていた。
アレクサンドは別の記録を開いた。
第二村。
そこではフェリクス、ロイド、ブラッド、レオンたちによる八百八十人への教導が、さらに先へ進んでいた。
第二村の訓練場では、八百八十人への教導が続いていた。
フェリクス、ロイド、ブラッド、レオンたち二十人が担当している。
最初に覚醒したのは水属性だった。
掌に水を生み出す。
動かす。
形を変える。
だが、水が出たところで次の属性へ進むことはなかった。
「ここから水属性の正しい理解を教える」
フェリクスが水球を浮かべた。
水の弾、穿、刃、斬。
鞭。
捕縛、拘束。
魔力膜で包んだ水の寝具。
さらに氷へ変える。
盾、鎧、壁。
建屋、寝台、机、椅子、器、食器、鍋。
牢と檻。
熱湯。
蒸気。
攻撃への応用は威力を確認させるだけに留めた。
「使えることと、使っていいことは別だ。威力を知らないまま使う方が危ない」
続いて身体への応用。
身体強化。
筋肉強化。
癒。
そしてウォーターサーチによる索敵と探索。
八百八十人が同じものを一度に習得できるわけではない。
できた者が隣へ教える。
理解した者が、まだ分からない者を補助する。
教導を覚醒した者たちも、早くも教える側へ回り始めていた。
水属性の次は風。
そして土、光、闇、火。
各属性を発現させるだけで終わらせず、それぞれの属性で何ができるのかを教える。
属性魔法が一段落すると、今度は別の能力へ進んだ。
アイテムボックス。
鑑定。
教導。
レビテーション。
テレパシー。
テレキネシス。
昨日まで使えなかった力が、八百八十人の中で次々と発現していく。
「浮けた!」
訓練場の一角から声が上がった。
一人の男が地面からわずかに身体を浮かせている。
「そこで止まれ!」
ロイドが声を飛ばした。
「いきなり高く上がるな。まず一メートルだ。姿勢を安定させろ」
周囲でも次々と身体が浮き始める。
最初は左右に揺れる。
前へ進もうとして後ろへ下がる者もいる。
着地に失敗して尻餅をつく者もいた。
笑い声が上がった。
だが、すぐに立ち上がる。
「もう一回だ」
レビテーションで浮く。
姿勢を保つ。
ゆっくり前進する。
停止。
旋回。
着地。
それを何度も繰り返した。
ある程度安定すると、ブラッドが次の指示を出す。
「ウォーターサーチを展開したまま飛べ」
「同時に?」
「飛ぶだけなら移動だ。周囲を把握しながら動けるようになれ」
八百八十人がウォーターサーチを広げる。
人。
建物。
訓練場の外を歩く者。
少し離れた場所にいる家畜。
索敵範囲の中に存在する反応を確認しながら、再び身体を浮かせる。
今度は難しかった。
飛行へ意識を向けると索敵が乱れる。
索敵へ集中すると姿勢が崩れる。
「落ち着け!」
レオンが声を上げた。
「速く飛ぶ必要はない。索敵を切るな!」
少しずつ安定する者が現れた。
その中の一人が突然顔を上げる。
「北側、二百メートルくらい。三人いる」
レオンもウォーターサーチを広げた。
確かに三人。
畑へ向かって歩いている第二村の住民だった。
「合ってる。そのまま追ってみろ」
「分かった」
飛びながら索敵する。
見つけた反応の位置を把握し続ける。
さらにテレパシーを使う。
『北側、三人。移動中』
別の場所を飛んでいた者から返事が来た。
『こっちでも確認した』
レオンが笑った。
索敵。
飛行。
念話。
一つずつ覚えた能力が、組み合わされ始めていた。
訓練場を見渡していたフェリクスが記録用の魔道具を手にする。
八百八十人の名前。
覚醒した六属性。
アイテムボックス。
鑑定。
教導。
レビテーション。
テレパシー。
テレキネシス。
各属性の正しい理解。
飛行訓練。
索敵訓練。
習得状況が一人ずつ記録されていく。
その情報もまた、アレクサンドの魔道具へ集約された。
アレクサンドは新しく届いた記録を見る。
八百八十人。
まだ訓練中。
だが、昨日までの八百八十人とは違う。
アレクサンドはポストコグニションを使った。
水属性を初めて発現させた瞬間。
空へ浮かんで歓声を上げる姿。
飛びながらウォーターサーチを維持しようと苦戦する姿。
初めてテレパシーで仲間へ索敵結果を伝えた瞬間。
それらをソートグラフィーで映像として残していく。
完成した報告映像には、村や街の名前と、人々の名前が並んでいた。
何人救ったかだけではない。
どこで。
誰が。
何を覚え。
何を始めたのか。
その記録が、帝国各地から第二村へ集まり続けていた。




