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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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118/311

118 王国の司法

第二村で領主と代官の裁判が終わった。


アレクサンドは一連の映像記録を確認し、三つのコピーを作った。


領主私兵二千人による第二村への進軍。


武器、防具、鎧の没収。


馬の保護。


破壊不能ゴーレムへの詠唱魔法による攻撃。


捕縛。


鑑定。


証拠収集。


私兵たちの裁判。


そして領主と代官の逮捕。


領主館にいた家令や使用人たちの確認。


書類や帳簿などの一括押収。


第二村へ持ち帰ってからの証拠精査。


領主と代官の裁判。


最初から最後まで記録されている。


アレクサンドはアーク邸へ転移した。


マーガレットを訪ね、魔道具を差し出す。


「殿下。領主の犯罪です。確認してください」


マーガレットは静かに受け取った。


映像が始まる。


最初に映ったのは第二村へ向かう二千人の私兵だった。


戦闘にはならなかった。


武装解除。


馬の保護。


破壊不能ゴーレムを壁として展開する。


私兵たちは詠唱魔法を撃ち続け、自ら魔力を使い果たした。


その後に捕縛する。


マーガレットの表情が変わったのは、そこからだった。


私兵を一括して犯罪者とは判断していない。


一人ずつ調べる。


命令された者。


自ら進んで犯罪を行った者。


過去の犯罪まで確認する。


そして、その背後から領主と代官による殺人教唆が浮かび上がった。


領主館への逮捕作戦でも同じだった。


使用人だから無罪とは決めない。


領主に仕えていたから有罪とも決めない。


一人ずつ確認する。


書類についても現場で証拠価値を判断せず、すべて押収した。


第二村へ持ち帰り、複数の能力を使って精査する。


最後に領主と代官を裁く。


映像が終わった。


マーガレットはしばらく黙っていた。


「……これも残さなければならないわね」


映像を複製した。


一つを持って冒険者ギルドへ向かう。


ギルドマスターのバルドが迎えた。


「ようこそ、殿下」


「これを確認して」


バルドは魔道具を受け取り、映像を見る。


私兵の武装解除。


非殺傷での制圧。


捕縛後の鑑定。


証拠の映像化。


領主館への進入。


関係者の確認。


押収。


裁判。


最後まで見ると、バルドが大きく息を吐いた。


「これはまた、良い教材ですな」


魔物討伐の記録ではない。


盗賊討伐とも違う。


権力者による犯罪へ対処するための記録だった。


「冒険者が外国で活動すれば、こういう場面も出てくるでしょう」


マーガレットが言う。


「ええ。何かあったら連絡して」


「承知しました」


マーガレットはギルドを出て王宮へ向かった。


国王オーキス。


王妃バイオレット。


宰相クレイン。


魔導騎士団長アッシュ。


騎士団長アイク。


近衛騎士団長ロックウェル。


さらに大臣や貴族たちが集まった。


映像が始まる。


最初は誰も口を挟まなかった。


だが、私兵たちの過去が確認され始めると、空気が変わった。


領民の殺害。


暴行。


婦女暴行。


略奪。


そして、それらを命令していた領主と代官。


全員の顔が険しくなった。


宰相クレインが呟く。


「帝国は、ここまで腐敗しているのですか」


兵器で民を苦しめる為政者。


領民を自分の所有物のように扱う領主。


命令されれば罪を感じることなく実行する私兵。


だが三人の騎士団長が注目したのは、それだけではなかった。


アイクが映像へ身を乗り出す。


「待ってください。ここです」


領主館の捜索だった。


「現場で証拠を選んでおらん」


アッシュも気づく。


「書類をすべて押収している。その後、第二村で精査していますね」


ロックウェルが続ける。


「使用人まで一人ずつ確認している。領主館にいたという理由だけで拘束していない」


武装解除。


非殺傷制圧。


捕縛。


現場保全。


関係者確認。


一括押収。


証拠精査。


裁判。


三人の団長は黙って映像を見続けた。


国王オーキスが腕を組んだ。


やがて苦笑する。


「第二村……恐ろしいな」


強さだけを言っているのではなかった。


千人の村人が、自分たちで司法手続きを運用している。


王妃バイオレットも静かに頷いた。


国王は映像の中にいるガイルを見る。


「ガイルも帰国したら、貴族位を与えないといかんな」


アイクが国王を見る。


だが、その前に言いたいことがあるようだった。


映像の中では、第二村の村人たちが裁判を続けている。


アイクの視線は、そこから離れなかった。




映像が終わっても、アイクはしばらく黙っていた。


やがてマーガレットへ向き直る。


「殿下。お願いがあります」


「何かしら?」


「我が騎士団の団員全員に、司法スキルを覚醒させたいのです」


アッシュがすぐに続いた。


「魔導騎士団も同じです」


ロックウェルも頷く。


「近衛騎士団もお願いします」


マーガレットは三人を見る。


アイクが映像を指した。


「我々は戦うことを教えてきました。敵を発見し、制圧し、王国と民を守る。それについては訓練を重ねています」


だが、それだけでは足りない。


今回の映像が示していた。


二千人の私兵を制圧する力があっても、その後に何をするのか。


誰を拘束するのか。


何を証拠として扱うのか。


どこまで押収するのか。


誰が犯罪へ関与したのか。


捕らえた者をどう扱うのか。


戦闘能力だけでは判断できない。


「第二村の者たちは、領主の私兵だからという理由で殺しておりません」


アイクの声が低くなる。


「領主館の使用人も同じです。所属ではなく、一人ずつ何をしたのか確認している」


アッシュが腕を組んだ。


「我々にも鑑定は使えます。サイコメトリー、ポストコグニション、ソートグラフィーも教導を受ければ使えるようになるでしょう。しかし能力だけ覚えても、扱い方を知らなければ危険です」


宰相クレインが頷いた。


「事実を知る能力と、事実をどう扱うかは別ということですね」


「はい」


アッシュは即答した。


アイクが続ける。


「力を持つ者ほど必要です。捕縛できる。拘束できる。過去まで調べられる。だからこそ、どこまでやってよいのかを知らねばなりません」


国王オーキスの表情から笑みが消えた。


騎士団は王国でも最大級の実力組織だ。


その騎士たちが、犯罪者だと自分で判断した者を好き勝手に裁き始めればどうなるか。


司法スキルは騎士へ権力を与えるためのものではない。


むしろ持っている力を、正しい手順で使わせるために必要になる。


ロックウェルが映像の一場面を指した。


「私は領主館での押収手順を近衛へ教えたい」


領主館にあった書類を、その場で選別しなかった場面だった。


「必要と思った物だけを持ち帰れば、担当者の判断で証拠が失われる可能性があります。第二村はすべて押収し、別の場所で精査した」


クレインが答える。


「誰がどこから何を押収したか、その作業まで記録しています」


「そこです」


ロックウェルが頷く。


王宮で犯罪が起きない保証はない。


貴族だから犯罪をしないわけでもない。


高官だから疑われないわけでもない。


近衛騎士団にとっても無関係な技術ではなかった。


大臣や貴族たちも映像を見直していた。


一人の大臣が言う。


「しかし、司法スキルを持てば正しい判決を出せるのでしょうか?」


部屋が静かになった。


マーガレットはすぐには答えなかった。


映像の中では、第二村の者たちが一人の私兵について証拠を確認している。


犯罪を行った。


その事実は分かる。


命令されたことも分かる。


だが、その者にどれほどの罰を与えるべきなのか。


それは別の問題だった。


クレインが口を開く。


「司法スキルが、罰まで決めてくれるとは思わない方がよいでしょう」


アイクも頷いた。


「罪を調べることと、罰を決めることは同じではありませんな」


国王が三人の団長を見る。


「それでも欲しいか?」


アイクは迷わなかった。


「だからこそ必要です」


アッシュとロックウェルも同じだった。


アイクが言葉を続ける。


「正しい答えを与えるためではありません。自分たちが人を裁くということが、どれほど重いことなのか理解するためです」


国王はしばらく考えた。


そしてマーガレットを見る。


「どう思う?」


「教導する価値はあると思います」


マーガレットは答えた。


「ただし、司法スキルだけでは足りません」


三人の団長が彼女を見る。


「第二村の映像も教材にしましょう。何をしたかだけではなく、なぜその手順を取ったのかまで考えてもらいます」


アイクが笑った。


「望むところですぞ」


三騎士団。


戦闘。


救助。


土木。


ゴーレム。


そして司法。


王国の騎士が学ぶものは、また一つ増えようとしていた。




三騎士団への司法教導について、王宮内で異論は出なかった。


司法スキルだけを覚醒させるのではない。


第二村で記録された映像を教材として使う。


武装解除。


非殺傷での制圧。


捕縛。


拘束。


鑑定。


証拠収集。


関係者の確認。


押収。


証拠の精査。


裁判。


一連の手順を理解した上で、司法スキルの覚醒を目指す。


宰相クレインはすでに次のことを考えていた。


「騎士団だけで終わらせるべきではありませんね」


国王オーキスが尋ねる。


「文官にもか?」


「少なくとも司法に関わる者には必要でしょう。ただし、まず三騎士団で実施し、結果を確認してから広げるべきかと」


一度に王国全体へ広げる必要はない。


教導して結果を確認する。


問題があれば修正する。


それから次へ進めばいい。


マーガレットも頷いた。


「第二村の記録も増えるでしょう。実際の事例を教材として蓄積できます」


アイクは嬉しそうだった。


戦闘訓練だけではない。


救助。


災害支援。


土木。


ゴーレム。


そして司法。


騎士団が民を守るために必要な技能が、次々と増えている。


アッシュが映像の中のアレクサンドを見た。


領主館でソートグラフィーを使い、押収作業を記録している。


しばらく眺めてから、口元を緩めた。


「しかし、アレクサンドの小娘。我ら三人を簡単に抜き去って、更に高みに行っておるな」


アイクが大きく笑った。


「全くですな!」


ロックウェルも堪えきれず笑い出した。


三人の団長の笑い声が広間に響く。


そこに悔しさはなかった。


アレクサンドは、かつて三騎士団長から見れば若い騎士の一人に過ぎなかった。


それが今では十属性を使う。


飛行する。


索敵する。


テレキネシス。


テレパシー。


ゴーレム。


教導。


鑑定。


サイコメトリー。


ポストコグニション。


ソートグラフィー。


そして外国の村で、救済活動から司法手続きまで経験している。


アイクが笑いながら言った。


「追いついたと思えば、また先へ行く。困ったものですな」


「追いついてすらおらんでしょう」


アッシュが返す。


また三人が笑った。


王妃バイオレットも楽しそうに微笑んでいる。


国王オーキスは三人を見て苦笑した。


「お前たちは部下に抜かれて嬉しそうだな」


アイクが即答する。


「陛下。それは嬉しいでしょう」


「なぜだ?」


「我らを超える者が育っているのですぞ」


アッシュも頷く。


「部下が上官を超えない組織など、いずれ衰えます」


ロックウェルが続けた。


「抜かれたなら、我々も学べばよいだけです」


クレインが小さく笑った。


「三人とも、随分と変わりましたね」


アイクが首を傾げる。


「そうですかな?」


「以前なら、騎士団長が司法スキルを欲しがるとは思いませんでした」


三人が顔を見合わせる。


否定できなかった。


以前の騎士団にとって重要だったのは、強さだった。


剣。


槍。


魔法。


部隊運用。


王国を守るため、それらを磨いてきた。


間違ってはいない。


だが今は、それだけでは足りないと知っている。


強ければ救助できるわけではない。


強ければ街道を直せるわけでもない。


強ければ犯罪者を正しく扱えるわけでもない。


アイクが腕を組んだ。


「アレクサンドに教わることになるかもしれませんな」


アッシュが笑う。


「今さら何を気にする」


ロックウェルも頷いた。


「教えられる者がいるなら教わればいい」


階級と能力は別だった。


団長だから最も優れていなければならない理由はない。


国王オーキスは満足そうに三人を見る。


「なら決まりだな」


三騎士団への司法教導。


第二村の映像を教材として使う。


さらに結果を記録し、王国の司法教育へつなげる。


クレインが予定を書き留めた。


その横でマーガレットは、もう一度映像へ目を向けていた。


第二村で始まった司法。


それはもう、一つの村だけの試みではなくなろうとしていた。




三騎士団への司法教導について話がまとまっても、アイクは席を立とうとしなかった。


もう一度、アレクサンドが残した映像を最初から確認している。


アッシュが尋ねた。


「まだ何か気になるのですかな?」


「ええ。今回だけではありません」


アイクは映像を進めた。


第二村へ接近する領主私兵。


広域索敵。


武器、防具、鎧の没収。


馬の保護。


破壊不能ゴーレムの展開。


詠唱魔法を撃ち続けて魔力を失っていく私兵。


捕縛。


鑑定。


証拠収集。


裁判。


さらに領主館への移動。


使用人たちの確認。


書類や帳簿の一括押収。


第二村へ戻ってからの証拠精査。


領主と代官の裁判。


一連の流れが途切れることなく残されている。


アイクが腕を組んだ。


「特にこれまでの記録の残し方、才能を感じますぞ」


アッシュが大きく頷く。


「もっともですな」


ロックウェルも同意した。


今回だけではない。


第一村の救済。


第二村の救済。


盗賊討伐。


街道補修。


橋梁復旧。


領主私兵の襲撃。


アレクサンドは、そのすべてを記録してきた。


ただ映像を残しているわけではなかった。


何が問題だったのか。


最初に何を確認したのか。


誰が判断したのか。


どのような手順で作業したのか。


結果はどうなったのか。


後から映像を見る者が、一連の流れを理解できるように残されている。


アイクは街道補修の記録を思い出していた。


百キロに及ぶ街道。


崩落箇所の確認。


路盤の補修。


転圧。


水締め。


排水。


そして三本の橋梁復旧。


「完成した街道だけを見せられても、我々には作れませんからな」


アイクが言う。


「しかし、あの映像には工程が残されていた。どの段階で何をしたのかが分かる」


アッシュが今回の映像を指した。


「司法も同じですな。領主を捕らえました、裁きました。それだけなら結果報告に過ぎない」


「そうです」


アイクが頷く。


「なぜすぐ領主館へ向かわなかったのか。なぜ私兵を一人ずつ調べたのか。なぜ領主館の使用人まで確認したのか。なぜ書類を現場で選別せず、すべて押収したのか。そこまで残っている」


ロックウェルが口を開く。


「押収そのものを記録しているのも大きいですな」


どの部屋から。


誰が。


何を回収したのか。


その過程まで映像として残されていた。


後から確認できる。


証拠を扱う側が何をしたのかも検証できる。


宰相クレインが感心したように言った。


「記録される側だけではなく、調査する側まで記録しているわけですね」


「そこです」


ロックウェルが頷いた。


「犯罪者を調べるだけではない。我々の行動も後から確認できる」


国王オーキスが腕を組んだ。


「自分たちも記録の対象にするのか」


「必要でしょうな」


アイクが答えた。


「我々は力を持っておりますから」


三騎士団長が黙って映像を見る。


騎士が犯罪者を捕らえる。


その行為が正しかったのか。


必要以上の力を使わなかったか。


証拠を適切に扱ったか。


後から確認できる記録があれば、それを検証できる。


王妃バイオレットが映像を見ながら微笑んだ。


「アレクサンドは、記録を教材に変えるのが上手なのね」


「まさしく」


アイクが笑った。


「教導スキルはすでにレベル十。しかし、それだけでは説明できませんな」


アッシュも同意する。


「自分で教える能力と、自分がいない場所でも他者が学べる記録を作る能力は別でしょう」


今、アレクサンドはこの場にいない。


それでも三騎士団長は映像から学んでいる。


クレインが呟いた。


「第一村や第二村で得た経験が、王都へ持ち帰られている」


「それだけではありませんぞ」


アイクが言った。


「我々が学べば、騎士団員へ教えられる。騎士団員が覚えれば、さらに別の者へ教えられる」


一人の経験が、一人だけのものではなくなる。


映像として残す。


誰かが見る。


学ぶ。


実践する。


その者がまた記録する。


そして次の者が学ぶ。


マーガレットが静かに言った。


「記録まで拡散するのね」


クレインはすぐに記録用紙へ書き込んだ。


「映像記録の方法も教導課程へ加えましょう」


アイクが豪快に笑う。


「賛成ですな!」


アッシュとロックウェルも頷いた。


国王は再び映像の中のアレクサンドを見る。


「ガイルだけではないな」


「何がです?」


マーガレットが尋ねる。


「帰ってきた者たちを、出発前と同じようには扱えんということだ」


能力だけではない。


現場で経験したこと。


考えたこと。


失敗したこと。


成功したこと。


そして、それらを次の者へ残す方法。


アイクが楽しそうに笑った。


「アレクサンドが帰ってきたら、まず我ら三人が教導を受けることになりそうですな」


「それでよいでしょう」


アッシュが平然と答えた。


ロックウェルも笑った。


「抜かれたなら、学べばよいだけです」


三人の笑い声が再び広間に響いた。


第二村から届けられた映像は、単なる報告ではなくなっていた。


経験を王国へ持ち帰り、次へ渡す。


その方法まで、アレクサンドは残し始めていた。





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