112 救済記録
司法の方針が決まった後も、アレクサンドは記録を続けていた。
千人が話し合う姿。
第一村の司法制度をアンドリューが説明する様子。
捕縛。
拘束。
鑑定。
証拠収集。
裁判。
執行。
盗賊であろうと、帝国兵であろうと、領主の私兵であろうと手順を変えない。
捕縛時には殺さない。
罪を確認し、証拠を集め、裁判を経てから処罰する。
第二村の千人が自分たちで方針を決め、司法スキルへ覚醒するところまでを、アレクサンドは魔道具へ映像として記録した。
これで第二村の救済記録も一区切りついた。
アレクサンドは二つの魔道具を並べる。
第一村の救済記録。
第二村の救済記録。
それぞれコピーを作り、アイテムボックスへ収納した。
これは単なる活動報告ではない。
最初の村では、ガイルたちが直接教えるところから始まった。
第二村では違う。
第一村で教えられた十人が同行し、今度は彼らが千人を教えた。
食事。
治療。
魔力循環。
魔力操作。
属性。
狩り。
解体。
調理。
農業。
建築。
生産。
そして司法。
救済された側が、次の村を救済する側へ回った記録だった。
アレクサンドはガイルのところへ向かった。
「これからマーガレット殿下に第一村の救済記録と第二村の救済記録を届けてくる。すぐ戻る」
ガイルは頷いた。
「ああ。頼む」
アレクサンドが転移する。
次の瞬間には、アルデバラン王国のアーク邸へ戻っていた。
そのままマーガレットを訪ねる。
「殿下。第一村と第二村の救済記録です」
アレクサンドが二つの魔道具を差し出した。
マーガレットは静かに受け取った。
「見せてもらうわ」
映像が再生される。
最初に映ったのは第一村だった。
飢えた村人たち。
食事を与える。
治療する。
魔力循環と魔力操作を教える。
水属性を覚醒させる。
狩りへ出る。
自分たちで魔物を仕留める。
解体する。
料理する。
農地を作る。
防壁を作る。
住居を建てる。
下水処理システムを整える。
紡織工房や木工工房、薬房を作る。
そして村人たち自身が教え合い、自立していく。
映像が第二村へ移った。
そこには第一村から同行した十人がいた。
アンドリュー。
レイラ。
そして八人の村人たち。
彼らが今度は教師になっている。
千人へ食事を作る。
怪我人と病人を治療する。
魔力循環と魔力操作を教導する。
さらに水属性。
六属性。
狩り。
農業。
建築。
生産。
第二村の千人も、やがて教導を覚醒した。
そこから変化が加速する。
教わった者が教える。
覚えた者が別の者へ伝える。
救援隊だけが教師ではなくなっていった。
最後に映ったのは司法だった。
千人が自分たちで話し合う。
犯罪者をその場で殺さない。
捕縛する。
拘束する。
鑑定する。
証拠を集める。
裁判する。
そして執行する。
司法スキルへの覚醒。
そこで映像が終わった。
マーガレットはしばらく何も言わなかった。
第一村を救済した。
それだけなら、一つの成功例だった。
だが第二村では、第一村の住民が教師になった。
同じ方法を次へ渡している。
マーガレットは二つの魔道具を見つめた。
「これなら使えるわね」
王国が帝国の村を一つずつ救済する必要はない。
救済された村が、次の村を救済する。
その方法そのものが、映像として残されていた。
マーガレットは三つのコピーを作った。
王宮。
冒険者ギルド。
そしてアルフレッド侯爵。
コピーを終えると、アレクサンドへ視線を戻した。
「引き続き頼んだわよ」
「承知しました」
アレクサンドは一礼する。
そして再び転移した。
第二村へ。
救済はまだ続いている。
だが、その記録はすでに次の教師を育てるための教材へ変わり始めていた。
アレクサンドを送り出したマーガレットは、冒険者ギルド用に作った魔道具を手に取った。
第一村。
第二村。
二つの救済記録が収められている。
マーガレットはそのままアーク邸を出た。
向かった先は王都の冒険者ギルドだった。
建物へ入ると、受付を通してギルドマスターのバルドを呼ぶ。
ほどなくしてバルドが姿を見せた。
「マーガレット殿下」
「バルド。これを確認してください」
マーガレットは二つの魔道具を差し出した。
「第一村と第二村の救済記録です。これからの冒険者ギルドの教育資料になります」
バルドは恭しく受け取った。
「承知いたしました。殿下」
すぐに映像を確認する。
最初に映ったのは第一村だった。
ガイルたちが村人へ食事を与える。
病人や怪我人を治療する。
魔力循環。
魔力操作。
水属性。
六属性。
狩り。
解体。
調理。
農業。
建築。
生産。
教導。
一つずつ村人へ渡していく。
バルドは黙って見続けた。
そして第二村の映像へ移る。
そこで前に立っていたのは、ガイルたちではなかった。
第一村から同行した十人だった。
彼らが第二村の千人を教えている。
食事を作る。
治療する。
魔力循環と魔力操作を教える。
狩りへ連れていく。
農地を作る。
工房を作る。
技術を教える。
第二村の千人も教導へ覚醒し、今度は互いに教え合い始めた。
バルドの目が細くなる。
第一村の映像だけなら、強力な救援隊による救済活動と見ることもできる。
第二村は違う。
教えられた者が教師になっていた。
さらに司法決定の映像が続く。
捕縛。
拘束。
鑑定。
証拠収集。
裁判。
執行。
犯罪者をその場で殺さず、手続きを経て裁く。
バルドは映像が終わるまで口を挟まなかった。
最後まで確認してから、魔道具を机の上へ置いた。
「これは確かに教育資料になりますな」
マーガレットが頷く。
冒険者ギルドは一つの国だけに存在する組織ではない。
各地に支部がある。
冒険者もまた、国境を越えて活動する。
救済の方法を一部の者だけが知っている必要はなかった。
記録を見せる。
実際に教導する。
習得した冒険者が現地へ行く。
そして現地の住民へ教える。
第一村から第二村へ起きたことを、別の場所でも再現できる。
「保管をお願いします」
「お任せください」
マーガレットは冒険者ギルドを後にした。
次に向かったのは王宮だった。
すでに連絡は入っている。
会議室には国王オーキスと王妃バイオレットがいた。
宰相クレイン・レッドバルト。
魔導騎士団長アッシュ。
騎士団長アイク。
近衛騎士団長ロックウェル。
さらに大臣や貴族たちも集まっている。
マーガレットは用意した魔道具を置いた。
「帝国へ派遣した救援隊から、第一村と第二村の救済記録が届きました」
映像を再生する。
会議室が静かになった。
第一村の救済。
続いて第二村。
出席者たちは途中で口を挟まなかった。
特に第二村へ入ってから、映像を見る目が変わっていく。
第一村から来た十人が千人を教えている。
ガイルたちが前に出続けていない。
救済された住民が、次の住民を救済している。
第二村の千人が教導を習得すると、今度は千人の中で技術が広がっていく。
そして司法。
捕縛。
拘束。
鑑定。
証拠収集。
裁判。
執行。
そこまで確認したところで映像が終了した。
しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは国王だった。
「この度の派遣は、うまくいったようだな」
宰相クレインが頷く。
だが、三人の騎士団長が見ていたのは別の部分だった。
アッシュが言った。
「陛下。我が騎士団にも、これを教導しましょうぞ」
アイクが頷く。
ロックウェルも異論はなかった。
単なる戦闘技術ではない。
捕縛。
拘束。
鑑定。
証拠収集。
裁判へ引き渡すまでの手順。
さらに救援、治療、建築、食料確保まで含まれている。
宰相も大臣たちも頷いた。
マーガレットはもう一つのコピーを宰相へ差し出した。
「アルフレッド侯爵にもコピーを渡しておいてください」
クレインが受け取る。
「承知いたしました」
帝国の二つの村で始まった救済は、映像として王国へ戻った。
そしてその記録は、次の救済を行う者たちを育てる教材になろうとしていた。
映像の確認が終わっても、会議室から退出する者はいなかった。
国王オーキスは、もう一度魔道具へ目を向けた。
「第一村と第二村では、救済の形が変わっているな」
宰相クレインが頷く。
「はい。第一村ではガイル殿たちが直接教導しております。しかし第二村では、第一村から同行した十人が中心となっています」
その違いは大きかった。
王国から派遣できる人数には限りがある。
帝国全土の村へ、王国の教師を送り続けることはできない。
だが、第一村で育った十人が第二村を救済できるなら話は変わる。
第二村には、すでに千人の教導持ちがいる。
アッシュが腕を組んだ。
「次は、その千人の中から教師が出るわけですな」
「そのための教導でしょう」
マーガレットが答えた。
一人が千人を救う必要はない。
教えられた者が、次の者へ教える。
第二村の映像では、それが実際に起きていた。
アイクが魔道具を見ながら言った。
「戦闘もほとんどありませんな」
森で魔物を狩った。
だが、それも剣を振るって戦ったわけではない。
索敵。
捕縛。
拘束。
窒息。
鑑定による死亡確認。
手順を決め、それを千人で実行した。
盗賊への対応も同じだった。
戦って倒すことを前提にしていない。
ロックウェルが言った。
「司法の手順は近衛でも使えます」
捕縛。
拘束。
鑑定。
証拠収集。
裁判。
執行。
「特に鑑定だけで終わらせていないところがよい」
宰相クレインがそう言うと、大臣たちも頷いた。
鑑定で罪を確認できる。
それでも証拠を集める。
サイコメトリー。
ポストコグニション。
ソートグラフィー。
過去を確認し、それを映像として残す。
その上で裁判を行う。
一人の能力だけに司法を依存させない。
記録を残せば、後から別の者も確認できる。
「騎士団だけではありませんな」
一人の大臣が口を開いた。
「領都や町の衛兵にも教導できます」
別の大臣が続ける。
「代官所にも必要でしょう」
司法を扱う場所は王都だけではない。
町。
村。
領地。
犯罪が起きる場所には、それを処理する者がいる。
王国ではすでに多くの者が六属性を使える。
魔力循環と魔力操作も広く普及している。
ならば新しい手順を教導する土台はある。
オーキスが三人の騎士団長を見た。
「やるか」
アッシュが即座に答えた。
「はい」
アイクも続く。
「騎士団で教導を開始します」
ロックウェルも頷いた。
「近衛でも行います」
マーガレットは黙って三人を見ていた。
帝国を救済するために作られた記録が、そのまま王国側の制度を見直す材料にもなっている。
救う側だけが完成しているわけではない。
他国で生まれた方法であっても、良いものなら取り入れる。
クレインが言った。
「司法だけに限る必要もありません」
映像には、村を立て直す順序まで残っている。
最初に食べさせる。
治療する。
魔力循環と魔力操作。
属性。
狩り。
解体。
調理。
倉庫。
農業。
防壁。
住居。
下水。
浴場。
工房。
そして司法。
災害やスタンピードで町や村が被害を受けた時にも使える。
騎士団が討伐だけして帰るのではない。
食料を確保する。
怪我人を治療する。
仮設の住居を作る。
水と衛生を確保する。
住民へ方法を教える。
自立できるところまでつなぐ。
王妃バイオレットが映像の止まった魔道具を見つめた。
「救済の記録なのに、王国の方が教えられているのね」
オーキスが小さく頷いた。
帝国の二つの村で積み重ねられた経験は、すでに一つの村だけのものではなくなっていた。
記録する。
持ち帰る。
検証する。
使えるものを取り入れる。
そして教導する。
救済の経験そのものが、次の救済を支える知識へ変わり始めていた。
会議が終わると、三人の騎士団長はすぐに動いた。
アッシュは魔導騎士団へ。
アイクは騎士団へ。
ロックウェルは近衛騎士団へ。
それぞれが救済記録の内容を持ち帰る。
翌日からではない。
今日から教導を始めるためだった。
宰相クレインも大臣たちへ指示を出していく。
司法。
災害救援。
衛生。
食料確保。
住居。
記録。
映像の中には、王国でも使えるものがいくつもあった。
マーガレットは会議室を出る前にクレインへ声をかけた。
「アルフレッド侯爵への記録をお願いします」
「すぐに届けさせます」
クレインは預かった魔道具を確認した。
アルフレッド侯爵領には、すでに大量のゴーレムがいる。
土。
木。
鉄。
さらに開発は続いている。
救済記録と組み合わせれば、使い道はさらに増える。
道を作る。
農地を作る。
瓦礫を撤去する。
物資を運ぶ。
住居を建てる。
人間が教導と治療を担当し、重量物を扱う仕事はゴーレムに任せることもできる。
記録はアルフレッド侯爵へ届けられることになった。
マーガレットは王宮を出た。
第一村と第二村の救済記録。
アレクサンドが持ち帰った二つの映像は、すでに複数の場所へ渡っている。
王宮。
冒険者ギルド。
アルフレッド侯爵。
同じ記録でも、見る者によって使い方は変わる。
王宮なら制度へ。
騎士団なら救援と司法へ。
冒険者ギルドなら冒険者の教育へ。
アルフレッド侯爵ならゴーレムを使った救済支援へ。
一つの成功例を、そのまま真似する必要はない。
必要な部分を取り出せばいい。
その頃。
冒険者ギルドでもバルドが再び映像を確認していた。
幹部職員たちも集められている。
第一村。
第二村。
二つの映像を続けて見る。
第一村では、ガイルたちが教師だった。
第二村では違う。
第一村から同行した十人が教師になっている。
バルドはそこで映像を止めた。
「ここだ」
幹部たちが画面を見る。
「冒険者ギルドが救済を続けるなら、必要なのは大量の救援隊じゃない」
教師を作る。
現地へ行く。
現地の住民へ教える。
住民の中から次の教師を作る。
その教師が次の場所へ行く。
冒険者ギルドは、その流れを支える。
必要なら冒険者を派遣する。
魔物がいれば索敵する。
危険があれば捕縛する。
食料が不足すれば狩る。
病人がいれば治療する。
建物が必要なら建てる。
だが、最後まで冒険者が面倒を見る必要はない。
現地の住民ができるようになれば離れる。
「これなら支部単位でも動ける」
一人の職員が言った。
バルドが頷いた。
冒険者ギルドは国際組織だ。
王国の軍隊を外国へ送り込むのとは意味が違う。
各地のギルド支部が、現地の事情を見ながら動ける。
さらに映像がある。
何をしたのか。
どの順番で教えたのか。
どこで村人が自立し始めたのか。
失敗すれば、その記録も残せばいい。
次の救援隊が同じ失敗を繰り返さずに済む。
「教材として保存する」
バルドが決めた。
「教導を持つ冒険者から順に見せろ」
「承知しました」
映像が再び動き始めた。
一方、第二村では。
転移して戻ったアレクサンドが、ガイルたちと合流していた。
「渡してきた」
ガイルが聞く。
「殿下は?」
「王宮と冒険者ギルド、それからアルフレッド侯爵へコピーを回すそうだ」
ガイルは短く頷いた。
「そうか」
それだけだった。
第二村では、千人がいつも通り自分たちで動いている。
農地を確認する者。
工房で作業する者。
倉庫を管理する者。
食事を作る者。
治癒院を確認する者。
誰も王国からの次の指示を待っていない。
アレクサンドは、その光景も魔道具へ記録した。
救済記録は完成した報告書ではない。
救済が進むたびに増えていく。
第一村から第二村へ。
第二村から、その次へ。
そして現地で得られた経験は王国へ戻り、別の者へ渡される。
教導だけではない。
記録もまた、次へ渡り始めていた。




