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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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108 水属性

その日。


千人の村人は全員、水属性と水属性の正しい理解を習得していた。


魔力循環と魔力操作も続けている。


次に始めたのは食事の準備だった。


今日は救援隊が料理を作るのではない。


千人の村人たち自身が、食べるものを自分たちで作る。


アンドリューがアイテムボックスから、解体前のフォレストボアを四体取り出した。


一体十トンほどもある巨体が広場に並ぶ。


「まず俺たちがやる。見ててくれ」


アンドリュー、レイラたち同行してきた十人が一体目を囲んだ。


ウォーターカッターを使う。


皮を切る。


腹を開く。


内臓を取り出す。


肺。


心臓。


大腸。


レバー。


肉も部位ごとに切り分ける。


千人は、その手順を真剣に見ていた。


今朝まで、ウォーターカッターは教導で覚えた魔法の一つに過ぎなかった。


だが、目の前では実際にフォレストボアを解体するために使われている。


一体目の解体が終わった。


アンドリューが言う。


「交代だ。今度はお前たちがやれ」


残る三体を使い、千人が交代で解体を始めた。


ウォーターカッターを出す。


先ほど見た場所へ刃を入れる。


切る。


分ける。


内臓を取り出す。


最初は恐る恐るだった。


だが、分からなくなれば同行してきた十人が教導する。


覚えた村人も、次の者へ教える。


一人が終われば交代する。


十人。


百人。


さらに交代する。


千人が実際に解体を経験していった。


四時間後。


千人の身体が次々と光った。


解体スキル。


全員が習得した。


アンドリューは鑑定して確認すると、そのまま次へ進んだ。


「今度は料理だ」


前日に広場へ設置した百個の巨大な寸胴鍋と、百基の石焼き台が残っている。


そのうち十個の寸胴鍋を使う。


解体した骨、肺、心臓、大腸を小さく切っていく。


ピュリフィケーションで浄化する。


切ったものを十個の寸胴鍋へ分けて入れた。


水を張る。


今度も作業するのは千人だった。


村人たちが寸胴鍋を囲む。


鍋へ魔力を注ぎ込む。


魔力で煮る。


交代しながら魔力を注ぎ続ける。


骨。


肺。


心臓。


大腸。


大量の具材が、魔力によってじっくりと煮込まれていった。


レイラが精製した岩塩を加えて味を整える。


十個の巨大な寸胴鍋から湯気が立ち上った。


スープが完成した。


次は石焼き台だった。


レバーをウォーターカッターで切る。


ピュリフィケーションで浄化する。


熱した石板へ並べる。


肉の焼ける音が広場に響いた。


焼く。


裏返す。


岩塩を振る。


焼き上がったレバーを皿へ盛る。


ロース肉も次々と切り分け、石板へ乗せていった。


千人が交代しながら料理する。


見ているだけの者はいない。


自分で切る。


自分で焼く。


自分で味をつける。


二時間後。


千人の身体が次々と光った。


調理スキル。


千人全員が習得した。


昨日まで食事を作ってもらっていた者たちが、一日で解体と調理を身につけた。


目の前には、自分たちで作った料理が並んでいる。


十個の寸胴鍋には、骨と肺、心臓、大腸を煮込んだスープ。


石板ではレバーとロースが焼き上がっている。


四体分。


四十トンものフォレストボアだった。


アンドリューが千人を見渡した。


「食おう」


千人が席につく。


昨日とは違う。


救援隊から与えられる食事ではなかった。


自分たちで解体した。


自分たちで料理した。


千人は、自分たちが初めて作った食事へ手を伸ばした。




最初に手が伸びたのはスープだった。


骨、肺、心臓、大腸を煮込んだ熱いスープを、千人が次々と口へ運ぶ。


昨日まで飢えていた者たちだった。


しかも今日は、自分たちで解体し、自分たちで料理した食事である。


「旨い」


誰かが呟いた。


その声をきっかけに、食べる速度が上がった。


レバーステーキへ手を伸ばす。


ロースステーキを食べる。


またスープを飲む。


千人の食事が一気に進み始めた。


広場では同行してきた十人が、その様子を見ていた。


アンドリューたちも一か月前は同じだった。


腹を空かせていた。


救援隊が料理を作り、目の前へ並べた。


そしてガイルが一言だけ言った。


食え。


あの日から自分たちの村は変わった。


今、目の前では隣村の千人が同じように食べている。


ただし一つ違う。


今日の食事は、この村の千人が自分たちで作ったものだった。


十個の巨大な寸胴鍋から、スープが次々と消えていく。


石焼き台で焼いた肉もなくなっていった。


十トン。


二十トン。


三十トン。


それでも食事は止まらない。


そして四体分。


四十トンの肉が消えた。


十個の寸胴鍋も空になっていた。


アンドリューが空になった鍋を見た。


続いて千人を見る。


まだ食べられそうな顔をしている。


「まだ食うか?」


その一言に、村人たちが互いの顔を見た。


すぐには返事をしない。


昨日から大量の食事を与えられている。


さらに今日だけで四十トンもの肉を食べた。


それでも、長く飢えていた身体は食べ物を求めていた。


やがて一人の男が遠慮がちに手を上げる。


「……できれば、もう少し」


周囲から小さな笑い声が起きた。


別の女性も手を上げた。


「私も、まだ食べられます」


「俺も」


「私も」


少しずつ声が増えていく。


アンドリューが笑った。


「分かった」


その横では、すでにレイラが動いていた。


アイテムボックスから解体前のフォレストボアをもう一体取り出す。


五体目。


「待ってて。すぐ作るわ」


ウォーターカッター。


レイラは迷うことなく解体を始めた。


一か月の間に何度も魔物を解体している。


皮を切る。


腹を開く。


内臓を取り出す。


肉を部位ごとに分ける。


その動きに無駄はない。


千人の村人たちも見ていた。


先ほど自分たちが四時間かけて交代しながら覚えた作業を、レイラは一人で次々と進めていく。


骨。


肺。


心臓。


大腸。


ピュリフィケーションで浄化する。


小さく切る。


空になった寸胴鍋へ入れる。


水を張る。


魔力を注ぎ込む。


魔力で煮る。


その間にも肉を切り分ける。


レバー。


ロース。


石焼き台へ並べる。


焼く。


裏返す。


岩塩で味を整える。


焼き上がったものから皿へ盛っていく。


アンドリューたちも手伝った。


料理ができたところから、千人へ配っていく。


再び食事が始まった。


スープを飲む。


ステーキを食べる。


さっきまで遠慮していた者たちも、今度は素直に手を伸ばした。


やがて五体目のフォレストボアも消えた。


合計五十トン。


アンドリューが千人を見る。


腹をさすっている者がいる。


満足そうに椅子へ身体を預けている者もいた。


今度こそ、もう欲しいという声は上がらなかった。


レイラが笑う。


「やっと満腹みたいね」


ガイルたちは少し離れた場所から見ていた。


五十トン。


数字だけを見れば、とんでもない量だった。


だが、誰も食べすぎだとは言わない。


昨日まで、この千人は飢えていた。


身体を作り直すには食べる必要がある。


動くためにも食べる。


魔力を使うためにも食べる。


これから狩りもする。


農地も作る。


家も直す。


覚えることも山ほどある。


そのための身体を作るのが先だった。


食べることは、いいことだ。


千人の村人たちは、ようやく満腹になった。




食事が終わっても、千人の村人たちはすぐには席を立たなかった。


腹を満たした満足感に浸っている。


昨日までの飢えが嘘のようだった。


アンドリューは空になった寸胴鍋と石焼き台を見てから、千人へ向き直った。


「今日はここまでじゃないぞ」


何人かが顔を上げた。


「今度は、覚えた水属性を使ってみる」


千人はすでに水属性と、その正しい理解を教導されている。


ウォーターバレット。


ウォーターウィップ。


ウォーターバインド。


ウォーターマスク。


ウォーターカッター。


ウォーターサーチ。


身体強化。


筋肉強化。


ウォーターヒール。


だが、覚えただけでは生活は変わらない。


実際に使う必要がある。


アンドリューが立ち上がった。


「まずウォーターサーチだ」


千人が広場から村の外へ移動した。


ガイルたち救援隊も同行する。


村を出たところで、アンドリューが止まった。


「自分を中心に魔力を広げろ。周りに何がいるか探してみろ」


千人が一斉にウォーターサーチを使う。


索敵範囲が周囲へ広がった。


森。


草原。


農地だった場所。


その中にいる生き物。


最初は情報の多さに戸惑う者もいた。


「全部を一度に見ようとするな」


レイラが教導する。


「近いところから確認して。慣れたら少しずつ広げればいいわ」


千人が繰り返す。


一度止める。


もう一度使う。


魔力操作で範囲を調整する。


やがて声が上がった。


「いた!」


一人の女性が森を指した。


「何がいる?」


アンドリューが尋ねる。


女性はウォーターサーチへ意識を集中する。


「小さいのが……何匹かいます」


別の男も声を上げた。


「俺も分かる」


さらに別の場所から声が出る。


同じ対象を複数人が捉えていた。


アンドリューが鑑定する。


ホーンラビット。


数体。


「合ってる」


村人たちの表情が変わった。


魔物がいる。


それを、襲われる前に自分たちで見つけることができた。


アンドリューは続ける。


「次は身体強化と筋肉強化だ」


千人が自分の身体へ水属性の魔力を巡らせる。


身体強化。


続いて筋肉強化。


「動いてみろ」


歩く。


走る。


跳ぶ。


昨日まで栄養失調で身体を動かすことさえ辛かった者たちが、地面を蹴って走り始めた。


自分の速度に驚いて止まる者もいる。


「力を入れすぎるな」


アンドリューが言った。


「魔力操作で調整しろ。歩くのに全力はいらない」


千人は何度も試した。


強くする。


弱くする。


自分が扱いやすいところまで調整する。


次はウォーターヒールだった。


「二人一組になれ」


千人が五百組に分かれた。


「怪我をする必要はない。相手の身体へ使って感覚を覚えろ」


掌を向ける。


水属性の魔力を相手へ流す。


ウォーターヒール。


昨日まで治療される側だった千人が、今度は自分たちで癒やしの魔法を使っている。


ガイルは少し離れたところから、その光景を見ていた。


手を出す必要はない。


アンドリューたち十人だけで教導が進んでいる。


さらに、その十人だけでもなくなり始めていた。


「そこ、魔力が強すぎるぞ」


一人の村人が隣の者へ声をかける。


「こうやってみろ」


自分ができた方法を教える。


教えられた者が試す。


成功する。


今度は、その者が別の者へ教える。


千人の中で知識が回り始めていた。


レイラがそれを見て笑った。


「私たちの村と同じね」


アンドリューも頷く。


教官一人が千人を教え続ける必要はない。


一人が理解する。


隣へ教える。


また次へ渡す。


千人が互いに教え合えば、習得は加速する。


救援隊が次の村へ去った後にも、それは残る。


アンドリューが千人へ声を上げた。


「明日は森へ行く」


村人たちが彼を見る。


「自分たちで食う肉は、自分たちで狩る」


昨日まで魔物を恐れていた千人だった。


だが、今は違う。


探す方法を知った。


捕らえる方法も知っている。


拘束する方法もある。


そして仕留める方法も教わっている。


明日は、それを実際に使う。


千人にとって初めての狩りが始まろうとしていた。




食事が終わると、千人の村人たちは片づけを始めた。


広場では、食事に使った食器や調理器具が次々と集められていく。


今度はアンドリューたちが指示を出す前に、村人たち自身が動いていた。


スープ皿。


肉皿。


コップ。


カトラリー。


寸胴鍋を洗う。


石焼き台もきれいにする。


覚えたばかりの水属性を使えば、こうした作業にも困らない。


水を出す。


流す。


汚れを洗い落とす。


必要な量だけ使う。


魔力操作を続けながら水を扱うことで、自然に練度も上がっていく。


アンドリューはその様子を見ながらレイラへ言った。


「明日は狩りだな」


「ええ。食べる量も分かったしね」


二人は空になった寸胴鍋を見る。


フォレストボア五体。


五十トン。


千人で食べきった。


救援隊がアイテムボックスから肉を出し続ければ、明日も食わせることはできる。


だが、それを続けるために来たのではない。


自分たちで食料を確保する。


自分たちで解体する。


自分たちで料理する。


そして自分たちで食べる。


解体と調理は今日覚えた。


残るのは、自分たちで食料を手に入れることだった。


アンドリューが千人へ声をかける。


「少し聞いてくれ」


村人たちが集まった。


「明日は森へ行く」


その言葉に何人かの表情が変わった。


これまで森は、食料を得る場所であると同時に危険な場所でもあった。


魔物がいる。


武器を持って入った者が戻らなかったこともある。


だが、アンドリューは気にせず続けた。


「狩りをする。自分たちで食う肉は、自分たちで獲れるようになってもらう」


千人が静かに聞いている。


「今日覚えた水属性を使えばいい」


ウォーターサーチ。


ウォーターウィップ。


ウォーターバインド。


ウォーターマスク。


すでに教導された魔法だった。


「まずウォーターサーチで探す」


アンドリューは指を一本立てる。


「魔物を見つけても近づく必要はない。どこにいるか、何体いるかを確認する」


次に二本目。


「ウォーターウィップで捕縛する」


三本目。


「ウォーターバインドで拘束する」


そして四本目。


「ウォーターマスクで仕留める」


探す。


捕らえる。


拘束する。


窒息させる。


力比べをする必要はない。


剣で斬り合う必要もない。


千人が今日までに教わった水属性だけで狩りは成立する。


「それから、これが大事だ」


アンドリューが千人を見渡した。


「魔物が動かなくなっても拘束を解くな」


村人たちが頷く。


「必ず鑑定で死亡を確認する。確認するまではウォーターバインドを解くな。生きてたら反撃されるぞ」


レイラも続ける。


「焦らなくていいわ。明日は私たちも一緒に行くから、教えた通りにやってみて」


「はい」


千人から返事が返った。


説明を終えると、村人たちは再び片づけへ戻った。


その後も魔力循環と魔力操作は続いている。


食器を運びながら。


寸胴鍋を洗いながら。


家族と話しながら。


身体の中で魔力を回す。


自分の意思で動かす。


呼吸と同じにする。


アンドリューたちが一か月前から続けてきたことを、今度はこの村の千人が始めていた。


夜になった。


ガイルたち二十五人は広場の一角に集まっていた。


アレクサンド。


アンジェラ。


そして前の村から同行してきた十人もいる。


ガイルがアンドリューに尋ねる。


「どうだ?」


「順調だと思います」


アンドリューは千人が暮らす家々へ目を向けた。


「昨日は俺たちが飯を作りました。でも今日は、自分たちで解体して料理しました」


「食った量もすげえけどな」


ガイルが言う。


アンドリューが笑った。


「五十トンですからね」


「食えるなら食わせりゃいい」


ガイルにとって、それだけだった。


食べることは悪いことではない。


飢えていたなら、なおさらだった。


身体を作る。


魔力を使う。


働く。


狩る。


学ぶ。


何をするにも食事は必要になる。


レイラが言った。


「明日は千人で狩りに行きます」


ガイルが頷く。


「好きにやれ」


「手伝わないんですか?」


「お前たちがいるだろ」


アンドリューとレイラが顔を見合わせた。


そして二人とも笑った。


そうだった。


自分たちは救援隊についてきただけではない。


この村を救済するために来た。


食わせた。


治した。


教えた。


今度は狩りを教える。


明日、千人は初めて自分たちの力で食料を手に入れる。


救済されていた十人による救済は、確実に次の村へ受け継がれていた。





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