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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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106 対処

救援隊が村へ来て、一か月が経った。


百万平方メートルの農地では、作物が次々と収穫の時期を迎えていた。


大豆。


綿花。


砂糖黍。


村人たちは朝から百班に分かれ、収穫を始めた。


一か月前まで雑草に覆われていた土地とは思えない光景だった。


毎日欠かさずヒールバレットとピュリフィケーションバレットをばらまき、農業スキルを使って育ててきた。


収穫したものは、その場でアイテムボックスへ収納していく。


綿花は紡織工房へ運ばれた。


すでに五百人全員が紡織スキルを持っている。


綿花から繊維を取り、四十台の糸紡ぎ機を使う。


糸を紡ぐ。


紡いだ糸は四十台の機織り機へ。


機織り機が規則正しく動き、次々と新しい布が織られていった。


救援隊が持ってきた綿花ではない。


自分たちの畑で育て、自分たちで収穫した綿花だった。


別の場所では砂糖黍の処理が始まっていた。


村人たちは収穫した砂糖黍を絞る。


汁と搾りかすに分ける。


汁はさらに加工していく。


鑑定。


薬師。


ポーション作成。


一か月の間に何度も使ってきたスキルを組み合わせ、状態を確認しながら作業する。


砂糖が完成した。


「甘い!」


味見した一人が声を上げる。


周囲の者たちも少量ずつ口にした。


「本当に甘いな」


「料理にも使えるぞ」


一方、残った砂糖黍の搾りかすは捨てない。


酒房へ運ぶ。


畑から出た植物の茎や葉も同じだった。


酒房。


薬房。


使えるものは運び込み、何に利用できるのかを鑑定する。


酒房では新しい酒の仕込みが始まった。


すでに村人たちは醸造スキルと酒造スキルを発現させている。


材料が変われば、また試せばいい。


以前のように何も分からない状態ではなかった。


大豆も次々と運ばれてくる。


こちらは食べる分と保存する分に分けた。


保存用の大豆は魔法で乾燥させる。


水分を抜き、長く保存できる状態にして倉庫へ運ぶ。


一部は味噌の仕込みへ回した。


残りは大きな鍋で茹でる。


湯気の中から、茹で上がった大豆が姿を現した。


枝豆だった。


村人たちは一粒食べる。


「これも旨い」


新しく収穫したものが、次々と生活の中へ入っていく。


畑で育てる。


収穫する。


加工する。


食べる。


保存する。


余った部分まで酒房や薬房で利用する。


一つの作物が、いくつもの用途へ分かれていった。


夕方。


新しく織られた布が紡織工房に並んでいた。


砂糖も完成している。


保存用の大豆は乾燥を終えた。


酒と味噌も仕込まれた。


そして食事の時間になる。


五百人が集まった。


焼肉。


ホルモンのスープ。


芋料理。


そこへ今日収穫した枝豆が加わった。


器には焼酎も注がれる。


「旨いな」


枝豆を食べる。


焼酎を飲む。


また枝豆へ手を伸ばす。


誰かが笑った。


周囲も笑う。


ガイルたち救援隊も同じ食事を口にしていた。


ライアンが枝豆を食べ、焼酎を少し飲む。


アレックスも料理を味わう。


一か月前。


この村では五百人を食わせるため、救援隊がフォレストボアを狩ってきた。


今は違う。


目の前に並んでいるものの多くを、村人たち自身が狩り、育て、収穫し、加工している。


ガイルたちも、その完成度には驚いていた。


だが、野暮なことは言わない。


村人たちはもう、教官に褒めてもらうために作っているのではない。


自分たちが食べるため。


自分たちが暮らすため。


そして自分たちの生活を、もっと良くするために作っている。


ガイルは黙って枝豆をつまみ、焼酎を飲んだ。


食事が終われば、一つだけ話すことがあった。


この村を離れる時が来ていた。




食事が終わった。


村人たちは食器を片づけ始めたが、ガイルが立ち上がった。


「ちょっと聞いてくれ」


五百人が手を止める。


この一か月、ガイルたちは村人たちへ多くのことを教えてきた。


だが、今ではガイルが指示を出す機会そのものが減っている。


畑へ行けと言わなくても、必要な者が農地へ向かう。


食料が必要なら狩りに行く。


収穫したものは加工する。


必要なものがあれば工房で作る。


怪我人が出れば治癒院へ運ぶ。


一人では分からないことがあれば、教導とテレパシーを使って知識を共有する。


ガイルは五百人を見渡した。


「お前たちは十分に自立できる」


村人たちは静かに聞いている。


「だから、そろそろ俺たちは次へ行く」


何人かが顔を上げた。


驚きはあった。


だが、一か月前のような不安はない。


救援隊がいなくなれば食べられなくなる。


そんな状態ではなかった。


「その前に一つ決めることがある」


ガイルは続けた。


「お前たちの中から十人ほど、俺たちに同行しろ」


今度は村人たちが顔を見合わせた。


「次の村も助ける」


ガイルはそこで一度言葉を切った。


「今度は俺たちだけじゃねえ。お前たちが帝国を救済するんだ」


ざわめきが起きた。


一か月前まで、自分たちが救済される側だった。


食料がない。


病人がいる。


怪我人がいる。


農地は荒らされている。


魔物を狩ることもできない。


その村の住民が、今度は別の場所へ行く。


食わせる。


癒やす。


守る。


教える。


そして自立できるところまで手伝う。


ガイルはざわめきが収まるのを待った。


「もう一つ」


五百人の視線が戻る。


「俺たちがいなくなった後、盗賊が来るかもしれねえ」


表情が変わった。


「帝国軍が来るかもしれねえ。領主が兵を連れて来ることもある」


村の外には高さ十メートル、幅五メートルの防壁がある。


堀もある。


四方には櫓がある。


だが、防壁だけで問題がなくなるわけではない。


ガイルは淡々と続けた。


「その時どうするか、今のうちに決めておけ」


一人の男が尋ねる。


「戦うんですか?」


「それを決めるのは俺じゃねえ」


ガイルは即答した。


「俺たちは殺さない。戦わない」


救援隊に課された原則だった。


帝国を征服するために来たのではない。


敵を倒すためでもない。


民を食わせ、守り、癒やし、教育し、自立させるために来た。


「俺たちの国じゃないからな」


ガイルは五百人を見る。


「だが、お前たちは違う」


ここは彼らが暮らす国だった。


「盗賊をどうする。人を殺した奴をどうする。帝国軍が来たらどうする。領主が何かしてきたらどうする」


捕縛できる。


拘束できる。


鑑定できる。


牢も作れる。


五百人全員が、そのために必要な力を持っている。


だが、力があることと、それをどう使うかは別だった。


「殺してもいい。処罰してもいい」


村人たちがガイルを見る。


「俺たちが決めることじゃねえ」


ガイルはそこで言葉を区切った。


「お前たちの国だ。お前たちで決めろ」


広場がざわつき始めた。


五人一班で話す者たち。


隣の班と相談する者たち。


テレパシーで離れた相手と意見を交わす者たち。


救援隊は口を挟まなかった。


ガイルも座った。


フェリクスたちも黙っている。


アレクサンドもアンジェラも何も言わない。


これは教導ではない。


正解を教える場でもない。


五百人が、自分たちの村で何を許し、何を許さないのかを決める。


そのための話し合いだった。


やがて、ライラが立ち上がった。


百班の話をまとめながら、彼女はガイルのところへ歩いてきた。


村としての答えが、まとまり始めていた。




ライラがガイルの前に立った。


後ろでは五百人の村人たちが話し合いを終えている。


「決まりました」


ガイルがライラを見る。


「聞こう」


ライラは一度、村人たちを振り返ってから答えた。


「殺しや罪を犯した者は処刑します」


救援隊の誰も口を挟まなかった。


ライラは続ける。


「ただし、捕まえた者をすぐに処刑するわけではありません。鑑定して罪の度合いを確認してから処分します」


五百人全員が鑑定を使える。


相手が何をしたのか。


どの程度の罪を犯したのか。


確認してから判断する。


ガイルは短く答えた。


「それでいい」


厳しいとも、甘いとも言わなかった。


救援隊の考えを押しつけることもしない。


この村の者たちが相談し、自分たちで決めたことだった。


ガイルたち救援隊の原則は変わらない。


殺さない。


戦わない。


捕縛と拘束はする。


帝国を征服するために来たのではない。


帝国の法を作るためでもない。


民を食わせる。


守る。


癒やす。


教える。


そして自立させる。


それが救援隊の仕事だった。


ガイルが五百人へ向き直る。


「だったら、捕まえるところまではできるな」


村人たちが頷いた。


ウォーターバインド。


シャドウバインド。


ダークバインド。


バインドバレット。


バインド系の魔法で捕縛する。


拘束した後、鑑定で罪を確認する。


その後の処分は村人たち自身が決める。


牢も作れる。


檻も作れる。


防壁もある。


索敵もできる。


さらに五百人全員が飛行、テレキネシス、テレパシーを使える。


「櫓だけに頼る必要もねえ」


ガイルが言った。


「全員が索敵できる。何か来たら、まず確認しろ」


「はい」


ライラが答える。


「盗賊でも帝国軍でも領主の兵でも同じだ。来たってだけで殺す必要はねえ」


村人たちが聞いている。


「何をしに来たのか確認する。罪を犯したなら捕縛する。その後は鑑定して、お前たちで決めろ」


そこまで言えば十分だった。


救援隊が去った後の村を守るのは、村人たち自身である。


次に決めるのは同行者だった。


ガイルが五百人を見渡した。


「それと、次の村へ一緒に来る奴を十人ほど決めろ」


一か月前。


この五百人は救済される側だった。


食料がなかった。


病人と怪我人がいた。


農地は魔物に荒らされていた。


自分たちで魔物を狩ることもできなかった。


ガイルたちが来た。


まず食わせた。


治療した。


魔力循環と魔力操作を教えた。


六属性を覚醒させた。


狩り。


解体。


調理。


農業。


建築。


土木。


薬師。


紡織。


木工。


ポーション作成。


さらに鑑定、教導、アイテムボックス。


テレキネシス。


レビテーション。


テレパシー。


識字と計算。


一か月かけて五百人全員が身につけた。


今度は、その力を別の村へ持っていく。


「次は、お前たちが帝国を救済するんだ」


ガイルの言葉に、何人もの村人が手を上げた。


十人どころではなかった。


二十人。


三十人。


さらに増える。


ガイルが少し驚いた顔をした。


「多いな」


一人の男が笑った。


「俺たちも助けてもらったからな」


別の女性も手を上げたまま答える。


「やることは分かっています」


「そうだな」


ガイルも笑った。


やることは難しくない。


腹を空かせているなら食わせる。


怪我をしているなら癒やす。


病気なら治療する。


危険があるなら守る。


そして教える。


自分たちだけで生きていけるようになるまで教える。


この村で経験したことを、そのまま次の村へ持っていけばいい。


村人たちは相談を始めた。


誰が行くのか。


残る者は何を担当するのか。


テレパシーも使いながら意見をまとめていく。


やがて十人が決まった。


ライラがガイルへ報告する。


「この十人が同行します」


ガイルは十人を見た。


一か月前なら、救援隊に守られる側だった者たちである。


今は違う。


六属性を持つ。


飛べる。


索敵できる。


治療できる。


狩りもできる。


食事も作れる。


建物も作れる。


そして教導できる。


「明日出る。準備しておけ」


「はい」


十人が答えた。


ガイルは残る四百九十人へ視線を移した。


「俺たちは明日、次の村に行く」


静かに聞いている。


「うまくやれよ」


ライラが頷いた。


「はい。こっちは私たちでやります」


救援隊が去る。


だが、救援が途切れるわけではない。


救済された五百人の中から十人が、今度は救済する側として次の村へ向かう。


その流れが、ここから始まろうとしていた。



話し合いが終わると、同行する十人は翌日の準備を始めた。


大がかりな荷物は必要ない。


全員がアイテムボックスを使える。


必要な食料。


ポーション。


着替え。


道具。


それぞれが収納していく。


残る四百九十人も普段通りに動いていた。


農地へ向かう者。


工房へ向かう者。


倉庫を確認する者。


夕食の片づけをする者。


救援隊が明日出発すると聞いても、村の仕事が止まることはなかった。


ガイルはその様子を眺めていた。


「大丈夫そうだな」


フェリクスが答える。


「ああ。俺たちがいなくても回る」


ロイドも村を見渡した。


防壁。


櫓。


集合住宅。


教室。


治癒院。


公衆浴場。


公衆トイレ。


下水処理施設。


普通倉庫。


冷蔵倉庫。


冷凍倉庫。


紡織工房。


木工工房。


薬房。


酒房。


そして村の外には百万平方メートルの農地がある。


だが、建物が揃っているから大丈夫なのではない。


使える者がいる。


直せる者がいる。


新しく作れる者がいる。


そして、その技術を全員が持っている。


ガイルたちが村に残り続ける理由は、もうなかった。


その頃。


アレクサンドは一人、村の中を歩いていた。


一か月の間に作られた施設を順番に見ていく。


最初に向かったのは広場だった。


救援隊が到着した日。


五百人を席につかせ、食事をさせた場所である。


アレクサンドは魔道具を取り出した。


ポストコグニション。


過去の出来事を読み取る。


救援隊が村へ到着する。


フェリクス班が病人と怪我人を治療する。


ロイド班がフォレストボアを狩る。


巨大な鍋で料理を作る。


五百人が食事をする。


次の光景へ進む。


魔力循環。


魔力操作。


水属性への覚醒。


狩り。


解体。


調理。


倉庫の建設。


六属性への覚醒。


レビテーション。


飛行。


アレクサンドは場所を移動した。


農地。


一か月前には雑草に覆われていた。


アンジェラたちと百人の村人が天地返しする。


十メートル四方。


縦百面。


横百面。


一万面。


作物を植える。


毎日散水する。


収穫する。


さらに防壁。


住居。


下水処理施設。


公衆浴場。


公衆トイレ。


治癒院。


紡織工房。


木工工房。


薬房。


酒房。


一か月の出来事を、ポストコグニションで順番に確認していった。


確認した過去を、ソートグラフィーで魔道具へ記録する。


誰かの記憶だけに残すのではない。


何をしたのか。


どのように村人たちが変わったのか。


救援隊が去った後にも残る記録にする。


最後にアレクサンドは、今日の広場へ戻った。


村人たちが自分たちの処遇を話し合っている。


盗賊。


帝国軍。


領主。


罪を犯した者をどうするのか。


救援隊は答えを与えなかった。


村人たち自身が相談し、決めた。


そして十人が、次の村へ同行することも決まった。


そこまで記録すると、アレクサンドは魔道具をしまった。


一か月分の救済の経過が残った。


翌朝。


五百人が広場へ集まった。


ガイルたち二十五人。


アレクサンド。


アンジェラ。


そしてゴーレム魔導師二百人。


そこへ、この村から選ばれた十人が加わる。


ライラは村に残る。


ガイルが彼女を見る。


「じゃあな」


「はい」


ライラは笑って答えた。


「次の村も助けてあげてください」


ガイルは首を振った。


「俺たちだけじゃねえよ」


同行する十人を見る。


「こいつらが助ける」


十人の表情が引き締まった。


一か月前。


彼らは助けられる側だった。


今日からは違う。


ガイルが声を上げる。


「行くぞ」


一行がレビテーションで浮かび上がった。


風属性で加速する。


村人たちが見送る中、救援隊は次の村へ向けて飛び始めた。


残された村では、そのまま一日の仕事が始まった。


救援隊がいなくなっても、畑は耕される。


食事は作られる。


工房は動く。


必要なものは自分たちで作る。


そして十人の村人が、救援隊とともに次の土地へ向かった。


帝国救済は、王国から来た者だけが行うものではなくなり始めていた。





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