105 収穫
救援隊が村へ来てから、二週間が経った。
最初にこの村へ到着した時、五百人の村人たちは食料にも困っていた。
病人が三十人。
怪我人が六十人。
自分たちだけで魔物を狩ることもできなかった。
だが、二週間で状況は大きく変わった。
五百人全員が六属性へ覚醒している。
水。
風。
土。
光。
火。
闇。
飛行。
索敵。
農業。
建築。
土木。
薬師。
紡織。
鑑定。
教導。
アイテムボックス。
木工。
ポーション作成。
解体。
調理。
テレキネシス。
レビテーション。
テレパシー。
さらに識字と計算。
当初は百人単位で別々に覚醒していたスキルも、教導を覚醒した者たちを中心に教え合うことで、五百人へ広がっていた。
自立するために必要な技術を、今では五百人全員が使える。
救援隊がすべてを教え続けたわけではない。
村人が村人へ教えた。
覚えた者が次の者へ伝えた。
二週間の間、それを繰り返した結果だった。
その日。
ガイル班と随行する二十班百人は農地へ向かった。
百万平方メートル。
十メートル四方、一万面に区切られた農地。
二週間前には雑草に覆われ、魔物に荒らされていた土地だった。
今は違う。
作付けされた畑には作物が育っている。
アンジェラも畑を見渡した。
「順調ね」
毎日欠かさず、村人たちはヒールバレットとピュリフィケーションバレットを畑へばらまいていた。
その影響もあり、作物の生育は普通より良い。
大豆。
小麦。
綿花。
砂糖黍。
玉ねぎ。
それぞれが成長している。
だが、まだ収穫には早かった。
アンジェラは芋畑へ向かった。
土の中を確認する。
「芋は頃合いね」
村人たちも集まる。
収穫するのは十面。
土属性の魔力を流した。
土がゆっくりと動く。
力任せに掘るのではない。
芋を傷つけないよう、畑の土を掘り返していく。
一面。
二面。
次々と土の中から芋が姿を現した。
「でかいな」
一人の村人が声を上げる。
大きな芋が大量に実っていた。
別の場所でも土を返す。
そこにも芋。
さらに次。
十面の畑から、次々と収穫されていく。
村人たちは土から取り出した芋を確認し、アイテムボックスへ収納していった。
運搬のために荷車を用意する必要はない。
収穫したその場で収納する。
百人で作業したため、十面の収穫は順調に進んだ。
二週間前。
アンジェラたちが持ってきた種芋を植えた。
村人たちは毎日、自分たちで畑を管理した。
ヒールバレット。
ピュリフィケーションバレット。
農業スキルも使い続けた。
そして今日。
初めて自分たちの農地から食料を収穫した。
狩りとは違う。
森へ入って魔物を探さなくても、村の土地から食べ物が得られる。
ライラは収穫された芋を手に取った。
土を払う。
大きく育った芋だった。
「ちゃんと育った……」
アンジェラは何も言わず、笑っていた。
まだ大豆も小麦も綿花も砂糖黍も玉ねぎも残っている。
それらは、それぞれの頃合いで収穫すればいい。
今日収穫するのは芋。
十面分。
それだけでも五百人が食べるには十分な量があった。
ガイルが村人たちへ声をかける。
「持って帰るぞ」
百人が頷いた。
大量の芋は、すでにアイテムボックスの中にある。
一行は農地から村へ戻った。
その日の夕食には、村で初めて収穫した作物が並ぶことになった。
夕方。
村の広場では、いつものように村人たちが食事を作っていた。
今日の主役は、収穫したばかりの芋だった。
アイテムボックスから大量の芋が取り出される。
土を落とし、ピュリフィケーションで浄化する。
村人たちは手分けして調理を始めた。
一つは、魔物から取った脂を使う。
鍋で脂を熱し、食べやすい大きさに切った芋を入れる。
ジュワッと音が響いた。
脂で揚げた芋。
別の場所では、大きな鍋を使って芋を蒸していた。
余計な味付けをせず、そのまま食べる。
さらに芋を切り、肉や内臓を煮込んでいる鍋へ加えていく。
狩りで得た肉。
畑で採れた芋。
二つが初めて同じ食事の中で組み合わされた。
料理が完成すると、五百人が席についた。
焼肉。
揚げた芋。
蒸した芋。
骨とホルモンのスープにも芋が入っている。
村人たちは次々と料理へ手を伸ばした。
「うまい」
声が上がる。
揚げた芋を食べる。
肉を食べる。
今度は一緒に口へ運ぶ。
「肉と合うな」
「こっちの芋も食ってみろ」
笑い声が広がった。
二週間前の食事とは違った。
あの日、ガイルは五百人を席につかせて言った。
食え。
救援隊が狩り、救援隊が作った食事だった。
今日は違う。
魔物を狩ったのは村人たち。
解体したのも村人たち。
料理しているのも村人たち。
そして芋は、自分たちで耕した農地から収穫したものだった。
ガイルは食事をする五百人を見ていた。
十分だった。
食事が一段落したところで、ガイルが立ち上がった。
「ちょっと聞け」
五百人がガイルを見る。
「お前たちは、もう自立できる」
誰も騒がなかった。
二週間、自分たちが何をしてきたのか分かっている。
狩り。
農業。
解体。
調理。
建築。
土木。
紡織。
木工。
薬師。
ポーション作成。
さらに六属性。
鑑定。
教導。
アイテムボックス。
テレキネシス。
レビテーション。
テレパシー。
識字と計算。
自分たちで生きるための技術は揃った。
ガイルは料理へ視線を向けた。
「だが、肉と野菜だけじゃ少し寂しい」
村人たちが顔を見合わせる。
「全員、鑑定と薬師、それにポーション作成を覚えたな」
頷く。
「だったら、芋の茎や葉で酒を作ってみろ」
今度は村人たちの表情が変わった。
「酒?」
「そうだ」
ガイルは続けた。
「鑑定と薬師、ポーション作成のスキルがあれば作れるはずだ。どうすれば酒になるか、自分たちで試せ」
一人の村人が聞いた。
「作り方は?」
「教えねえ」
即答だった。
何人かが目を丸くする。
ガイルは構わず続けた。
「工夫を繰り返せ。失敗したら鑑定しろ。何が悪かったのか考えろ。それでまた作れ」
完成品を与える段階は、もう終わっている。
作り方を一から十まで教える段階も終わっていた。
「酵母と麹は分けてやる」
そこまでは用意する。
だが、その先は村人たち自身で考える。
「パンも焼いてみろ。調味料も作ってみろ」
食卓に必要なものは、まだいくらでもある。
「俺たちは教えん」
ガイルは五百人を見渡した。
「自分たちで作れ」
村人たちはしばらく黙っていた。
やがて、一人が笑った。
「酒は欲しいな」
別の男も笑う。
「それは作らないとな」
「パンも食ってみたい」
「調味料って何が作れるんだ?」
声が次々と上がり始めた。
ガイルは口を挟まなかった。
考えるのも村人たち。
試すのも村人たち。
失敗するのも村人たち。
そして完成させるのも村人たちだった。
翌日から。
五百人の新しい試行錯誤が始まった。
翌朝。
村人たちは早速動き始めた。
ガイルたちに作り方を聞く者はいない。
聞いても教えないと言われている。
ならば、自分たちで試すしかなかった。
最初に使うのは、収穫した芋の茎や葉だった。
捨てればそれまでのもの。
だが、ガイルはこれで酒を作ってみろと言った。
村人たちは薬房へ集まった。
「まず鑑定しよう」
誰かが言う。
五百人全員が鑑定を使える。
芋の茎。
葉。
ガイルたちから分けてもらった酵母。
麹。
一つずつ鑑定し、性質を確認していく。
薬師スキルとポーション作成スキルも全員が持っている。
何を組み合わせるのか。
どのくらいの量を使うのか。
温度はどうするのか。
時間はどれだけ必要なのか。
五人一班、百班がそれぞれ条件を変えて試し始めた。
「こっちは細かくしてみる」
「俺たちは加熱してから試そう」
「酵母の量を変える」
「こっちは麹だ」
土魔法で容器を作る。
必要なら木工スキルで木製の容器も作る。
材料を入れ、条件を変えた。
何をしたのか分からなくならないよう、すべて記録する。
材料。
分量。
温度。
時間。
手順。
結果。
識字と計算も、五百人全員が習得している。
勘だけに頼る必要はない。
失敗すれば鑑定する。
何が起きたのかを調べる。
記録と照らし合わせる。
そして次の条件を決める。
「これは駄目だ」
一つの班が容器を覗いた。
「何を変えた?」
「温度を上げた」
「じゃあ、その結果を回そう」
全員が教導を使える。
分かったことを、自分たちの班だけで抱える必要はない。
さらに全員がテレパシーも使える。
離れた場所で作業している班へ、結果を伝えていった。
失敗した条件。
変化が起きた条件。
うまくいきそうな条件。
百班の結果が村全体で共有される。
同じ失敗を百回繰り返す必要はない。
一つの班が失敗すれば、その失敗が残る九十九班の知識になる。
別の班が一歩進めば、その結果も全員へ伝わる。
鑑定。
薬師。
ポーション作成。
教導。
テレパシー。
識字。
計算。
五百人全員が持つ力を使い、試行錯誤そのものが共有されていった。
酒だけではない。
別の場所ではパン作りも始まっていた。
まだ村の小麦は収穫できない。
ガイルたちから分けてもらった材料と酵母を使う。
混ぜる。
こねる。
発酵させる。
焼く。
最初に出来たパンを一人が手に取った。
硬い。
食べてみる。
「食えるけど、硬いな」
「水か?」
「発酵時間かもしれない」
「両方変えて試そう」
一つの班だけで答えを出そうとはしない。
条件を変えて別々に試す。
結果を鑑定する。
記録する。
共有する。
次のパンは少し膨らんだ。
だが、今度は焼きすぎた。
さらに条件を変える。
調味料作りも始まっていた。
鑑定し、薬師とポーション作成の知識を使う。
材料を混ぜる。
発酵させる。
結果を確認する。
すぐに答えが出なくても構わない。
村には食料がある。
冷蔵倉庫と冷凍倉庫にも肉がある。
農地では作物が育っている。
失敗しても、明日食べるものがなくなるわけではない。
だから何度でも試せた。
一日。
三日。
五日。
薬房や工房には記録が増えていった。
失敗した方法も捨てない。
それも次の試行錯誤に使う。
そして二週間後。
一つの容器を囲み、村人たちが鑑定した。
「できてる」
周囲の者が集まる。
さらに別の者も鑑定する。
結果は同じだった。
酒。
さらに蒸留する。
出来上がったものを鑑定する。
焼酎。
村人の一人が器へ少量注いだ。
口へ運ぶ。
ゆっくり飲み込んだ。
「旨い」
その一言で周囲から歓声が上がった。
誰かに作り方を教えてもらった酒ではない。
五百人が試し、失敗し、記録し、教え合い、結果を共有して完成させた。
教導は、もう救援隊から村人へ向かうだけのものではなかった。
村人から村人へ。
百班の間を知識が行き来する。
五百人自身が、次の技術を生み出し始めていた。
焼酎が完成すると、村人たちは早速それを食事の席へ持ち込んだ。
土魔法で作った小さな器へ注ぐ。
透明な酒を珍しそうに眺めてから、一人が口へ運んだ。
「旨い」
隣の男も飲む。
「おお、旨いな」
「強いぞ、これ」
笑い声が広がった。
自分たちで作った酒だった。
ガイルたちは作り方を教えていない。
酵母と麹を分けただけだ。
鑑定し、試し、失敗し、記録し、条件を変えた。
五百人で結果を共有しながら、ようやく完成させた。
だが、出来上がったのは焼酎だけではなかった。
別の班が作っていたものも形になり始めている。
「こっちも見てくれ」
容器の中身を鑑定する。
醸造酒。
こちらも酒になっていた。
さらに別の場所では、大豆を使った試行錯誤が続いていた。
麹を使う。
混ぜる。
発酵させる。
鑑定する。
何度も条件を変えた結果、味噌が出来上がった。
醤油もできた。
村人たちは少量を取り、味を見る。
「これ、肉につけたら旨そうだな」
「焼肉に使おう」
早速試す。
焼いた肉へ醤油をつける。
これまで岩塩だけで食べていた肉とは味が変わった。
味噌はスープへ入れてみる。
骨とホルモンを煮込んだスープに溶かす。
一人が味を見る。
「こっちもいい」
周囲の者も続いて味見した。
だが、鑑定すると別のことも分かった。
醤油。
味噌。
醸造酒。
どれも完成している。
だが、まだ若い。
「熟成させたら変わるみたいだぞ」
「なら、置いておけばいいのか?」
「入れ物がいるな」
村人たちは木工工房へ向かった。
森から調達した材木はまだある。
乾燥させた材木を取り出し、加工を始めた。
板へ加工する。
寸法を揃える。
組み合わせる。
中身が漏れないように調整する。
最初の樽ができた。
鑑定する。
修正する。
また作る。
醤油を入れる樽。
味噌を入れる樽。
醸造酒を入れる樽。
必要な数だけ作っていく。
二週間前に木工スキルを覚醒した時より、村人たちの手は速くなっていた。
毎日使っている。
家具を作る。
道具を作る。
容器を作る。
必要なものが出るたびに、自分たちで考えて加工する。
木工スキルの練度が上がっていった。
出来上がった樽へ醤油を入れる。
味噌を仕込む。
醸造酒も移す。
後は熟成させる。
すぐに完成させる必要はない。
待つことも工程の一つだった。
そして、村人たちの身体に新たな変化が起きた。
酒を作っていた者たち。
発酵を繰り返していた者たち。
身体が光る。
醸造スキル。
酒造スキル。
試行錯誤を繰り返した結果、新しい技術として身についていた。
誰かから教導されたものではない。
鑑定した。
考えた。
試した。
失敗した。
記録した。
結果を共有した。
また試した。
その繰り返しから、自分たちで新しいスキルへ辿り着いた。
ガイルは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
村人たちはもう、救援隊の周囲へ集まって指示を待ってはいない。
自分たちで相談している。
必要なものを考える。
足りなければ作る。
分からなければ試す。
一人が分かれば教導する。
テレパシーで共有する。
失敗すら次の材料にする。
夕方になれば、自分たちで食事を作る。
焼肉。
揚げた芋。
蒸した芋。
骨とホルモンのスープ。
そこへ自分たちで作った醤油や味噌が加わった。
食後には焼酎を飲む者もいる。
仕事を終えれば公衆浴場へ向かう。
明日になれば畑へ行く者がいる。
森へ狩りに行く者もいる。
工房で働く者もいる。
薬房で試行錯誤を続ける者もいる。
教官が決めた役割ではない。
村人たちが自分たちで決めて動いていた。
ガイルはその光景をしばらく眺めた。
救援隊がこの村へ来た目的は、村を支配することではない。
いつまでも食料を配り続けることでもない。
食わせる。
守る。
癒やす。
教える。
そして、自分たちで生きられるようにする。
その段階は終わった。
ガイルが小さく呟いた。
「ぼちぼち次へ行く頃合いだな」
この村には、もう救援隊がいなくても生活を回していける五百人がいた。




