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婚約指輪を返した迷い便係は、無口な夜便隊長と王国を巡る黒返り便を届けなおす  作者: 銀細工ナギ


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8/20

旅する人にも手紙は届く

 黒返り便は、火の輪の外に置かれた平たい石の上で、朝日を吸い込んでいた。


 リネットたちはそのさらに十歩下がる。弓を下ろした女性は、自分を輪番の火守マレナだと名乗った。


「郵便院は、私たちに土地を一つ選べと言った」


 中央の焚き火を囲む人々から、低い同意の声が上がる。


「定住すれば守護便の対象にする。できなければ王都で預かる、と。どちらも断った。それが、すべての便を拒んだことにされた」


「では、断ったのは配達ではなく、定住と王都への委託ですね」


「そうだ」


 リネットは記録紙へ言葉どおりに書き、読み上げた。マレナがうなずくのを待ってから、署名欄を空欄のまま差し出す。


「印は、今はまだいらないのか」


「証言を残すかも、あなた方が決めることです」


 背後で紙の擦れる音がした。カイが手帳を開いている。


〈使者は待つ。受取人の会議を急かせる権限はない〉


 マレナはその文字を読み、ようやく弓を離れた手を下ろした。


 十九の天幕から一人ずつが集まった。その間、リネットとカイは風下の岩陰で水を分け、誰の言葉にも耳をそばだてなかった。


 やがて呼ばれると、年若い男性が尋ねた。


「私たちは明日にはここにいない。それでも、ここが宛先になるのか」


「いいえ。ここはお渡しする場所にすぎません」


 リネットは、石の上の便を示した。


「宛先は土地の名だけではありません。差出人が誰に届けたいと望んだか。その人たちが受け取ると決めたか。そして、配達人がそれを証言できるか。あなた方が旅をするなら、郵便が探すべきなのは、あなた方を止める杭ではなく、あなた方の道です」


 焚き火が、風に大きくしなった。


 マレナは皆の顔を見回し、十九回のうなずきを確かめた。そして灰銀色の封蝋を火で温め、記録紙へ輪と十九の点を押す。


「風渡りは、この便を受け取る」


 リネットが配達印を、カイが証言印を並べた。


 三つの意思が揃った瞬間、黒返り便から乾いた音がした。黒い外装が薄片となってほどけ、下から青灰色の封筒が現れる。表に記されていたのは、土地でも天幕でもなかった。


 ――十九の火を運ぶ、風渡りの人々へ。


 誰かが、ため息のように笑った。


 マレナが開封すると、封筒から青い光が流れ出した。光は十九の天幕を一度ずつ巡り、北と南へ伸びる塩の道を描いて消えた。


「南井戸の水守たちからだ」


 手紙に目を落としたマレナの声がかすれる。


「『道が移っても、共に守る井の約束は移らない』。この三年、他の道へ回っていたのは、私たちが約束から外されたと思っていたからだ」


 リネットは本文を覗き込まず、足元の黒い薄片を拾った。内側に、上書き前の経路欄が浮かんでいる。


〈移動先不定、王都第七中継庫へ集約〉


 その下に、受取人の同意印はない。かわりに小さな丸い圧痕だけがあった。職務印にしては形が単純すぎる。


 カイは圧痕を尺度紐で測り、記録板へ焼きつけた。それから、リネットにだけ見える角度で手帳を立てる。


〈また一つ、言い逃れできない〉


「はい。能力ではなく、みんなの印と記録で」


 そう答えると、カイはしっかりうなずいた。


 マレナは新しい青布を一本、リネットへ差し出した。


「次の道標に結ぶ。今度は、自分たちで残す印だ」


 リネットが受け取ったとき、郵便鞄の奥で、次の黒返り便が震えた。


 封蝋に走る銀の筋が一瞬だけつながり、潮風の匂いと、暗い岬に灯る一つの灯を映し出した。


 カイが手帳に短く書いた。


〈次は、海だ〉

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