旅する人にも手紙は届く
黒返り便は、火の輪の外に置かれた平たい石の上で、朝日を吸い込んでいた。
リネットたちはそのさらに十歩下がる。弓を下ろした女性は、自分を輪番の火守マレナだと名乗った。
「郵便院は、私たちに土地を一つ選べと言った」
中央の焚き火を囲む人々から、低い同意の声が上がる。
「定住すれば守護便の対象にする。できなければ王都で預かる、と。どちらも断った。それが、すべての便を拒んだことにされた」
「では、断ったのは配達ではなく、定住と王都への委託ですね」
「そうだ」
リネットは記録紙へ言葉どおりに書き、読み上げた。マレナがうなずくのを待ってから、署名欄を空欄のまま差し出す。
「印は、今はまだいらないのか」
「証言を残すかも、あなた方が決めることです」
背後で紙の擦れる音がした。カイが手帳を開いている。
〈使者は待つ。受取人の会議を急かせる権限はない〉
マレナはその文字を読み、ようやく弓を離れた手を下ろした。
十九の天幕から一人ずつが集まった。その間、リネットとカイは風下の岩陰で水を分け、誰の言葉にも耳をそばだてなかった。
やがて呼ばれると、年若い男性が尋ねた。
「私たちは明日にはここにいない。それでも、ここが宛先になるのか」
「いいえ。ここはお渡しする場所にすぎません」
リネットは、石の上の便を示した。
「宛先は土地の名だけではありません。差出人が誰に届けたいと望んだか。その人たちが受け取ると決めたか。そして、配達人がそれを証言できるか。あなた方が旅をするなら、郵便が探すべきなのは、あなた方を止める杭ではなく、あなた方の道です」
焚き火が、風に大きくしなった。
マレナは皆の顔を見回し、十九回のうなずきを確かめた。そして灰銀色の封蝋を火で温め、記録紙へ輪と十九の点を押す。
「風渡りは、この便を受け取る」
リネットが配達印を、カイが証言印を並べた。
三つの意思が揃った瞬間、黒返り便から乾いた音がした。黒い外装が薄片となってほどけ、下から青灰色の封筒が現れる。表に記されていたのは、土地でも天幕でもなかった。
――十九の火を運ぶ、風渡りの人々へ。
誰かが、ため息のように笑った。
マレナが開封すると、封筒から青い光が流れ出した。光は十九の天幕を一度ずつ巡り、北と南へ伸びる塩の道を描いて消えた。
「南井戸の水守たちからだ」
手紙に目を落としたマレナの声がかすれる。
「『道が移っても、共に守る井の約束は移らない』。この三年、他の道へ回っていたのは、私たちが約束から外されたと思っていたからだ」
リネットは本文を覗き込まず、足元の黒い薄片を拾った。内側に、上書き前の経路欄が浮かんでいる。
〈移動先不定、王都第七中継庫へ集約〉
その下に、受取人の同意印はない。かわりに小さな丸い圧痕だけがあった。職務印にしては形が単純すぎる。
カイは圧痕を尺度紐で測り、記録板へ焼きつけた。それから、リネットにだけ見える角度で手帳を立てる。
〈また一つ、言い逃れできない〉
「はい。能力ではなく、みんなの印と記録で」
そう答えると、カイはしっかりうなずいた。
マレナは新しい青布を一本、リネットへ差し出した。
「次の道標に結ぶ。今度は、自分たちで残す印だ」
リネットが受け取ったとき、郵便鞄の奥で、次の黒返り便が震えた。
封蝋に走る銀の筋が一瞬だけつながり、潮風の匂いと、暗い岬に灯る一つの灯を映し出した。
カイが手帳に短く書いた。
〈次は、海だ〉




