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婚約指輪を返した迷い便係は、無口な夜便隊長と王国を巡る黒返り便を届けなおす  作者: 銀細工ナギ


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2/20

迷い便係、夜路へ出る

 四通の黒返り便は、夜明けを待てなかった。


 王立郵便院の時計が零時を打つと、封印から黒い細線がするすると伸びた。線は記録布の上を北東へ進み、銀の押さえ金に触れて消える。


「宛先の意思が、少しずつ削られているのね」


 エダは砂時計を返し、時刻を記録した。もう一度返すと、同じ現象が起きる間隔はさらに短くなった。


「このままでは更新式より前に、手紙が宛先を忘れる。緊急再配達を承認します」


 エダは三通を監査庫へ移し、鍵と封蝋と職務印で三重に封じた。最初の一通だけを、白い防魔布の鞄に入れる。


「指揮はレドナー隊長。宛先の判定はオーラン係官。どちらかが異議を出したら、便を封じて停止する。異論は?」


 リネットが口を開くより先に、カイがメモを差し出した。


『異論なし。彼女を補助員ではなく、共同配達人と記録してください』


 その文字にためらいはない。


「私も異論ありません」

「では、二人の証言が一致するまで、配達は成立しない。忘れないで」


 リネットは緊急任務書に職務印を押した。外した指輪の跡が残る左手で紙を支え、右手で自分の印を持つ。それだけのことが、今は小さな誓いのように思えた。


 聞き取った言葉は、もう増えない。


 ――鐘のない町。石楡の根元で、帰りを待つ人へ。


 リネットは現行の王国地図ではなく、迷い便室の棚から古い中継簿を取り出した。街道が直されるたび、使われなくなった印や泥の色まで書き残すのが、迷い便係のやり方だ。


 黒い宛名札の端に、針先ほどの白い土があった。封を開けないよう外側だけを刷毛でなぞり、簿に並ぶ色見本と比べる。


「北東の旧七番路。白陶土の産地を通る経路です」


 けれど、七番路の行き先があったはずの行だけが、不自然に削り取られていた。紙魚の食い跡ではない。刃物で、文字のある部分だけを薄く剥いてある。


 後ろから覗き込んだカイが、うなずいた。


『七番路の入口までなら、夜便車で二時間』


「その先に道が残っている保証はありません」


『だから、確かめに行く』


 まるでそれが、いちばん当然の答えであるかのように。


 出発口に横付けされた夜便車は、屋根も車輪も墨色だった。二頭の馬の首には、音の出ない青銅の鈴が下がっている。カイは鞄の封を確かめ、リネットに毛布と小さな石盤を渡した。


 石盤には、夜光墨で一文が浮いていた。


『夜路では、人や土地の名を声に出さないこと』


 理由を尋ねる間もなく、正門が開く。夜便車は寝静まった王都を抜け、星明かりの街道を北東へ駆けた。


 二時間後、最後の民家の灯が見えなくなったころ、黒返り便が鞄の中で大きく脈打った。


 道は、そこで尽きていた。


 草に埋もれた道標に「旧七番路」とある。その先は雑木林で、車輪の跡は一本もない。


 それでもリネットが鞄を抱えて降りると、黒い封蝋から一筋の光が漏れた。光は木々の間を縫い、地図から削られた暗闇の奥へ伸びている。


 カイが馬車の灯を掲げた。照らし出された苔の下から、古い石畳が現れた。


 道はなくなったのではない。

 なくされたことに、されていたのだ。

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