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配信者ランキング1位の俺、 実はリアルダンジョンを VR配信だと思われている  作者: 八乙女モモ


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第61話 いつも通りの朝は、来なかった

 私、瑠花の朝は、いつも通りに始まった。


 エコバッグを肩にかけて、鼻歌まじりに、スーパーへの道を歩く。


 今日の晩ごはんはカレー


 それと、卵焼き。いっぱい焼くって、決めてた。


 ……ふふ


 ……ステラちゃん、カレー好きかな?


 ……蓮くんは、絶対、おかわりするよね


 昨日の水族館の余韻が、まだ、胸の奥にあった。


 ペンギンのストラップが、かばんの横で、ぷらぷら揺れている。


 ……このまま、ずっと、続けばいいのに


 そう思いながら、住宅街の角を、曲がった。


 その瞬間だった。


 影が、視界を覆った。


 何も見えなくなった。


 声を上げる間もなかった。


 急に眠くなり意識が遠のいた。


 ……れん、くん。


 その名前を、最後に


 私の意識は、ぷつりと、途切れた。



   ◆ ◆ ◆



 昼を過ぎても、瑠花さんが帰ってこなかった。


 買い物にしては、遅すぎる。


「ステラ。瑠花さん、連絡あった?」


「……いえ。スーパーに行くといって、その後はわからないであります」


 嫌な予感がした。


 ダンジョンの三年間で、嫌な予感だけは、外れたことがない。


 そのとき、ノアが言った。


『……マスター』


 ノアの声が緊張していた。


 それだけで、俺は状況を理解した。


 その瞬間、スマホが鳴った。


 スマホに1件のメールがきていて、動画ファイルがあった。


 暗い部屋


 ソファに、横たわっている瑠花さんが眠っていた。いや、眠らされていた。


 その隣に、黒いコートの男が立っていた。


 顔は、影でよく見えない。


『REN』


 男が、抑揚のない声で言った。


『天城瑠花は、預かった』


「…………」


『お前の大切なものだろう。壊されたくなければ来い。武器を一切持たずにな。千葉の、S級ダンジョン。場所は追って送る』


 男が、眠る瑠花さんの頬に、指先で触れた。


『一人でとは言わない。どうせ、その裏切り者の女もついてくるだろうからな』


 映像が切れた。


 部屋が、しん、と静まった。


 俺は、しばらく、動かなかった。


 ……不思議だった。


 頭の中は、いつもより、ずっと、静かだった。


 なのに、体の奥の方が、ぐつぐつと、煮えていた。


 ダンジョンの三年間でも、感じたことのない熱。


 窓の外の景色が、やけに、遠く見えた。


「……ノア」


「はい」


「瑠花さんを助けに行くよ」


『……はい。』


 俺は、立ち上がった。


 壁に立てかけられた虚空断ちを見た。


 いつも、肩から提げている相棒の剣


 その柄に、昨日、瑠花さんがくれたペンギンのストラップがぶら下がっている。


 俺は剣を置いた。


 武器を持たずに来い、と言うのなら、持っていかない。


 ただ


 ストラップだけ、外して、ポケットに入れた。


 ……これは、持っておく


 ……大切なものだから



   ◆ ◆ ◆



「REN殿。私も行くであります」


 ステラが、大鎌を担いだ。


「あの男はコルヴス。Nullの第二席であります」


「もしかしてNullの幹部なの?」


「……元上官、で、あります」


 ステラの声が、低かった。


「私が、第四席だった頃の。あの男は、組織でも、特に……人を道具としか、見ません。瑠花殿を傷つけることに、ためらいは、ないであります」


「そっか」


「……REN殿。怒って、いるのでありますか」


 ステラが、俺の顔を覗き込んだ。


 そして、少し、息を呑んだ。


「……いえ。愚問でした」


『マスター』


 ノアが、肩に止まった。


 その小さな体が、かすかに、震えていた。


 ……ノアが、怖がっている?


『ひとつ、だけ。約束してください』


「うん?」


『……向こうで、何が起きても。あなたは、あなたのまま、帰ってきてください』


 ノアが、何を言っているのか、よくわからなかった。


 でも、ノアが、本気で言っているのは、わかった。


「……わかった」


 俺は頷いた。


 ポケットの中の、ペンギンを握りしめて


 三人で、夜の電車に乗り千葉へ向かった。




   ◆ ◆ ◆



 千葉の外れ


 使われていないS級ダンジョン


 ゲートの中は、ひんやりと、湿っていた。


 最深部の広い空洞。


 その中央に、コルヴスは、立っていた。


 足元に、眠ったままの瑠花さんを、転がして


「来たか」


 コルヴスが、振り返った。


 痩せた、無表情な男だった。


 目だけが、やけに冷たい。


「武器は……ほう。本当に、持ってこなかったのか。律儀なことだ」


 コルヴスの視線が、ステラに移った。


「久しいな、ステラ。いや——元、か。組織を裏切って、人間ごっこか? 堕ちたものだ」


「……コルヴス」


 ステラが、大鎌を構えた。


「瑠花殿を、返してもらうであります」


「無理だな」


 コルヴスは、瑠花さんの首元に手を添えた。


「この女は、盾だ。お前たちが、妙な動きをすれば——首を折るぞ」


 俺は、一歩前に出た。


「瑠花さんに、触るな」


 自分でも、驚くくらい、冷徹な低い声だった。


「ほう」


 コルヴスが、わずかに、目を細めた。


「いい目だ。配信で見た、間の抜けた顔とは、別人だな。……だが、武器のないお前に、何ができる?」


 コルヴスが、空いた手を掲げた。


 その指先に、黒い魔力が、渦巻いた。


「俺は戦わない。手を汚すのは、こいつらの役目だ」


 空洞の闇が、二つ、ぐにゃりと歪んだ。


 地響きが起き、地面からモンスターが現れた。


 まず、現れたのは、巨大な蛇


 全身から、紫の瘴気(しょうき)を、垂れ流している。


 猛毒のS級ボス——デスサーペント。


 その隣に、もう一体。


 山のような、巨躯(きょく)の大猿。


 筋肉の塊。


 ギガントバーバリアン。


 二体のS級ボスが俺を見下ろしていた。


「武器も持たず、S級ボス二体を倒せるか?」


 コルヴスが、うっすらと、笑った。


「絶望的だろう? 安心しろ。お前が死ねば、女は解放してやる。……死体になってからな」


 俺は、二体のボスを見上げた。


 それから、眠っている瑠花さんを見た。


 昨日まで、水族館で楽しく笑っていた横顔


 「ずっと、続けばいいのに」と、言った声


 ——ああ


 俺は、ようやく自覚した。


 俺は、今、生まれて初めて


 本気で怒っている。


 その瞬間


 空洞の空気が変わった。


 温度が、ぐっと、下がった。


 俺の足元から、見たことのない色の、魔力が滲み出した。


 黒に、赤が、混じったような。


 猛毒の蛇が、びくりと後ずさった。


 山のような大猿が、一歩引いた。


 S級ボスが


 武器も持たない、人間一人を見て


 明らかに怯えていた。


「……なん、だ、これは」


 初めて、コルヴスの声が、揺れた。


『……ああ』


 ノアが、小さく呟いた。


 悲しそうにも、聞こえる声で


『始まって、しまいましたね。——マスター』


 俺は、ゆっくりと、足を踏み出した。


「瑠花さんを、返してもらう」


 声は、静かだった。


 なのに、空洞全体が、びりびりと震えた。


「返さないなら。全部、壊す」



   ◆ ◆ ◆



┏━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃ AEGIS・緊急通信(同時刻) ┃

┗━━━━━━━━━━━━━━━┛


>【千葉方面・観測】封鎖中のS級ダンジョンで、異常な魔力反応を検知。規模、測定不能


>【霧島】……この反応、RENさんの配信で何度か見たものと、同じ。でも、桁が違います


>【影山】RENの配信は?


>【霧島】切れています。一時間前から、完全にオフラインです


>【影山】……総員、千葉へ。あの男を、一人にするな


>【霧島】間に合いますか?


>【影山】わからん。だが——あの数値は、まずい。これは人間のものじゃない


┗━━━━━━━━━━━━━━━┛

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