第58話 家がなくなったので、お隣さんの家に居候を頼んでみた
私、瑠花の朝は、最悪の形で終わろうとしていた
配信を見ていた
ずっと、見ていた
蓮くんの左腕が斬られた瞬間も
血が流れた瞬間も
あの黒い大技が、蓮くんに向けられた瞬間も
全部、見ていた
……気づいたら、コメントを打っていた
……何度も、何度も
……「蓮くん」って、本名で
だめだって、わかってたのに
指が、止まらなかった
それから、ノアちゃんの金色の盾
蓮くんの、見たことのない速さ
ヴェガっていう人が、吹っ飛ばされて
配信が、ぷつり、と切れた
私は、スマホを握ったまま、家を飛び出していた
エプロンのまま
靴も、つっかけのまま
……蓮くん
……蓮くん、蓮くん、蓮くん
頭の中はそれしかなかった
◆ ◆ ◆
門を出ると、蓮くんのアパートがなかった。
……え。
いつも、お弁当を届けていた、あのドアが
あの二階の窓が
瓦礫の山になっていた
足が震えた。
でも、その瓦礫の前に
蓮くんが、立っていた
白波さんと、霧島さんと、ステラちゃんと、皆一緒に
左腕に、包帯を巻かれながら
ちゃんと生きてた
よかった
……蓮くん
私は走った。
「蓮くんっ……!!」
蓮くんが、こっちを見た
いつもの、ぼんやりした顔で
「あ、瑠花さん」
「蓮くん、蓮くんっ……」
私は蓮くんの前まで来て、止まった
左腕の包帯に血がにじんでいた
それを見たら
もう、だめだった
涙が、ぼろぼろ、出てきた
「……っ、よかった……生きてて、よかったよぉ……っ」
「うん。生きてる」
「腕……腕、痛いよね……っ、血、こんなに……」
「あー、うん。ちょっと痛い」
「ちょっとじゃないよぉ……っ」
私は、子供みたいに泣いた
恥ずかしいとか、考える余裕も、なかった
白波さんも、霧島さんも、いるのに
ぼろぼろとずっと泣いていた
◆ ◆ ◆
瑠花さんが、俺の前でずっと泣いていた。
……あれ?
……瑠花さん、エプロンのままだ
……急いで、来てくれたんだな
俺は、ぼんやり思った
「瑠花さん、大丈夫だよ。ノアが、あとで治してくれるって」
「……っ、ほんとに……?」
「うん。ほんと」
「……よかったぁ……」
瑠花さんが、ぐすぐす、泣きながら、頷いた
……みんな、心配してくれたな
……ありがたいな
……それはそれとして
……お腹、すいた
……あと、今日から、どこに住もうかな?
俺の頭の中は、正直、その二つだった
『……マスター』
ノアが、ステラの腕の中から、小さく言った。
『今、絶対、お腹のことと、家のことしか、考えてないですよね?』
「うん」
『……この状況で、それ、考えられるの、マスターだけですよ』
「そう?」
瑠花さんが、涙を拭いて、俺を見た。
「蓮くん、あの家……」
「うん。なくなった」
「……今日から、どうするの?」
「うーん」
俺は考えた。
……ホテル? でも、ステラとノアもいるしな
……ダンジョンで寝る? でも、それは、たぶん、霧島さんに怒られる
「……うーん、どうしようかな?」
その時
瑠花さんが、ぎゅっ、と手を握った
何かを、決めたみたいに
「あ、あのっ」
「うん?」
「う、うち、来ますか……?」
「……え?」
「うち、部屋、余ってるので。仮住まいって、いうか。家が見つかるまで、でいいので」
瑠花さんの顔が、真っ赤だった
……お。
……瑠花さんの家か
……近いし、いいかも
「いいの?」
「は、はいっ。ステラちゃんも、ノアちゃんも、一緒で」
「お、助かる。ありがと、瑠花さん」
「……っ、はい!」
瑠花さんが、ぱあっ、と笑った
さっきまで泣いてたのに
……忙しいな、瑠花さん
◆ ◆ ◆
「……ちょっと、待ってください」
低い声がした
白波さんだった
「蓮さんが……瑠花さんの家に、住む……?」
「うん。仮住まい」
「か、仮住まいでも、同じ屋根の下ですよね……?」
「うん。そうなるね」
「…………」
白波さんが、何かを、ぐっとこらえる顔をした
その横で、霧島さんも、固まっていた
「……AEGISとしては、保護施設を、用意することも……」
「あー、でも、瑠花さんちの方が、近いし。お弁当もあるし」
「……お弁当」
「うん。瑠花さんの卵焼き、毎日食べられるし」
「…………」
二人が、ぐぬぬ、という顔をしていた
……あれ
……二人とも、なんか、悔しそう?
……なんで?
『……マスター。お二人とも、嫉妬してますよ』
「しっと? なんで?」
『……もう、いいです。はい』
白波さんが、深呼吸して、言った
「……わかりました。瑠花さんの家なら、安心、ですし。……今は、それが一番ですし」
「……AEGISとしても、所在が明確なら、警護しやすい、ですし」
二人とも、自分に言い聞かせるみたいに、言った
「……でも、蓮さん」
「うん?」
「魔石の埋め込み、終わったら、毎日稽古に付き合ってもらいますからね」
「わたしも、定期報告で、毎日伺いますから」
「うん。いいよ」
二人が、ちょっとだけ、満足そうな顔をした
……毎日、来るのか
……賑やかでいいかも
◆ ◆ ◆
夕方
俺とステラとノアは、瑠花さんの家に向かった
荷物は、ほぼない。
全部、アパートと一緒に、消えたから
虚空断ちと、ノアと、ステラ、ステラの鎌
それだけ
身軽だった
「瑠花さんちは目の前だよね」
「はい。すぐそこです」
大きな門の前に立った
門を開けると
石の塀が、ずっと続いていて。
その向こうに。
大きな、大きな、お屋敷が建っていた。
庭に、木と花が、いっぱい生えてる。
車が、何十台も停まれそうなガレージ。
以前来た時は、門の目の前だけだったけど、よく見ると凄いな
「…………」
「…………で、あります」
俺とステラは、固まった
……こんなに大きかったんだ
……瑠花さんち、凄い豪邸だ
『……マスター(笑)。凄いですね』
「うん。そういえば瑠花さんち、入るの初めてだ」
『……毎朝、お弁当もらってたのに』
「うん。いつも、瑠花さんが、来てくれてたから」
瑠花さんが、ちょっと、恥ずかしそうに言った
「あの、お父さんとお母さん、仕事でいつもいないんです。だから、家にはわたし一人で住んでます。部屋はいっぱい余ってて」
「ふうん」
「広すぎて、ちょっと、さみしかったから……みんなが来てくれて、その、うれしいです」
瑠花さんが、えへへ、と笑った
……そっか
……瑠花さん、一人だったのか
……この広い家に
「じゃあ、賑やかにするね」
「……っ、はい!」
◆ ◆ ◆
家の中も広かった
廊下が長い
部屋がいっぱいある
俺とステラに、一部屋ずつ、用意してくれた
ベッドもふかふかだった
ステラが、部屋を見て、ぽつり、と言った
「……REN殿。私、人生で、初めて自分の部屋というものを持ちました」
「お、よかったね」
「組織では、共同の鉄の部屋でしたので」
「……うん。ここで、ゆっくりして」
「……はい」
ステラが、嬉しそうに、頷いた
それから、リビングで
ノアが、俺の左腕を、治してくれた
ミニ擬人化のノアが、小さな手を傷にかざす
あったかい光が、じわっ、と広がって
傷が、ゆっくり、塞がっていった
「……お。痛くなくなった」
『……はい。深かったので、痕は、少し残るかもしれませんが』
「うん。十分。ありがと、ノア」
『いえ』
瑠花さんが、横で、それを見て、ほっとした顔をした
「よかった……。あ、蓮くん、晩ごはん、作りますね。卵焼きも、いっぱい焼くので」
「お、やった」
……卵焼き
……今日、いちばんのいい言葉だ
◆ ◆ ◆
晩ごはんは、すごかった
大きなテーブルに、料理がいっぱい並んだ
卵焼きが山盛り
お味噌汁と、唐揚げと、サラダと、炊き込みご飯
俺と、ステラと、ミニ擬人化ノアと、瑠花さん
四人で囲んだ
「いただきます」
「いただきます、で、あります」
『いただきます』
「めしあがれ」
卵焼きを食べた
……うまい
……今日、家なくなったけど
……腕、斬られたけど
……卵焼きはうまい
……だから、いい一日だ
ステラも、もりもり、食べていた
ノアも、ちょこちょこ、食べていた
瑠花さんは、それを見て、ずっと、にこにこしていた
「瑠花さん」
「はい?」
「ありがと。家のことも、ごはんも」
「……っ。いえ、その」
瑠花さんが、ちょっと、うつむいた
「……わたしが、そうしたかった、だけなので」
「うん。でも、ありがと。助かったよ」
「……はい」
瑠花さんの顔が、また、ちょっと赤かった
……部屋が熱かったのかな?
……俺はちょうどいいけど
◆ ◆ ◆
夜
新しい部屋の、ふかふかのベッドの上で、俺は、ごろん、と転がった
ノアが、枕元で、フクロウ姿で丸くなった
「ノア」
『はい』
「今日、いろいろあったな」
『……いろいろ、どころじゃ、なかったですけどね』
「家なくなって。腕斬られて。ノアが、守ってくれて。瑠花さんちが、豪邸で」
『……並べると、すごい一日ですね』
「うん。でも、卵焼き、うまかったから、いい一日」
『……マスターらしいです』
「ノア」
『はい』
「今日は、ありがとね。盾」
『……いえ』
ノアが、ちょっとだけ、黙った。
『……マスター。わたし、実は自分の力のこと、よく、わかってないんです』
「うん」
『あの盾も、なんで出せたのか、わからなくて。……ちょっとだけ、こわいです』
「ふうん」
俺は、ノアの頭を指で、ぽんぽん、とした
「わかんなくて、いいんじゃない」
『……え』
「ノアは、ノアでしょ。盾、出せても、出せなくても」
『…………』
「俺を守ろうとしてくれた。それだけで十分」
『……マスター』
ノアの声が、ちょっとだけ、震えた
『……おやすみなさい』
「うん。おやすみ」
俺は、目を閉じた
新しい住まい
でも、隣の部屋には、ステラがいて
下の階には、瑠花さんがいて
枕元にはノアがいる
……賑やかで、いいや
俺は、眠りに落ちた
◆ ◆ ◆
その頃
Nullの本拠地
長い廊下を、ヴェガが歩いていた
マントが、ところどころ、破れている
その足取りは、重かった
円卓の間の、扉の前で、止まった
ヴェガは、一度、深く息を吐いた
……報告しなければ、ならない
敗北のことを
そして
あの、使い魔のことを
ヴェガは、扉を開けた
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配信アーカイブ・コメント(その後)
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>【攻略ガチ勢】RENの配信、あれからなしか。腕は大丈夫なのか
>【ノア推し】ノアちゃんの盾、何回見ても、すごい。あれ、何だったんだ
>【陰謀論者】Nullは沈黙してるが、絶対に次が来るぞ
>【海外視聴者】REN survived VEGA. The world is not ready for this man
>【holodive_master】てか、RENのアパート、全壊だろ。どこに住んでるんだ?
>【草の民】↑たしかに。誰か保護してやれw
>【草の民】そういえば、ルカたんも、あれから見ないな
>【ノア推し】↑心配しすぎて、寝込んでたりして(笑)
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