第56話 久しぶりに本気を出せそうだ
三方向から、同時に斬撃が来た。
左肩。右脇。首。
ヴェガの刃が迫る。
……っ。
でも、俺の目はもう、ぼんやりしていなかった。
三つの軌道が、ちゃんと見えていた。
一つ目を、半身をずらして避けた。
二つ目を、虚空断ちで受け流す。
三つ目を。
……間に合う。
俺は初めて、ほんの少しだけ速く動いた。
首に迫る刃を、虚空断ちの腹で、ぱしっ、と押し返す。
三つの斬撃が、全部逸れた。
ヴェガが、ふわり、と後ろに跳んだ。
距離を取って、仮面の奥の目で、俺をじっと見つめていた。
◆ ◆ ◆
黒い空間。黒鞘の間。
俺とヴェガは、向かい合っていた。
ステラとノアは、ずっと後ろで待機している。
ノアが、配信を繋いでくれていた。
「REN」
ヴェガが、剣を構え直した。
「お前のその目。さっき、変わったな」
「うん? そう?」
「ようやく、こちらを、敵として、見た目だ」
「あー」
「いい。その方が張り合いが、ある」
ヴェガが、すっ、と片手を上げた。
……あれ。
……何する気だ?
その瞬間、黒い空間に、無数の光が灯った。
……え。
俺の周り。上も、横も、後ろも。
黒い闇の中に、剣が、何十、何百と現れた。
その切っ先が、全部、俺に向けられて、浮かんでいる。
……うわ。
……いっぱい。
「これが、私の、黒鞘斉射(くろさやせいしゃ)」
ヴェガの声が響いた。
「この空間は私の鞘だ。無限に、刃を生み出し、自由にできる」
「ふうん」
「避けきれるか? REN」
ヴェガが、手を振り下ろした。
その瞬間、無数の剣が、一斉に、俺に向かって撃ち出された。
◆ ◆ ◆
剣の雨。
いや、剣の嵐だった。
全方向から、同時に降ってくる。
俺は、虚空断ちを振るった。
来る剣を、弾く。払う。逸らす。
ガキン、ガキン、ガキン!
金属のぶつかる音が、黒い空間に、絶え間なく響いた。
でも、剣は止まらない。
弾いても、弾いても、また新しい剣が空間から生まれて、撃ち出される。
……きりが、ない。
俺は焦って、剣を一本見逃した。
肩を掠めて、ぴっ、と服が裂ける。
……っ。
……あぶな。
俺は、少しだけ集中した。
……ちゃんと見よう。
すると、剣の軌道が、ゆっくりに見えた。
……あ。
……来る順番、なんとなく、わかる。
俺は最小限の動きで、剣を捌き始めた。
半身をずらし、虚空断ちで軌道を変える。
一本、また一本。全部、紙一重でいなしていく。
……いける。
……たぶん。
◆ ◆ ◆
ヴェガが、目を細めた。
「……あの剣の量を。捌くか」
「うん。まあ、なんとか」
「やはり、お前は、規格外だな」
「そう?」
「ステラの報告通り。いや、それ以上、だ」
ヴェガが、もう一度、手を上げた。
剣の数が、増えた。
さっきの倍は。いや、それ以上だった。
黒い空間が、銀色の切っ先で埋め尽くされる。
……うわ。
……増えた。
「次は三倍だ」
ヴェガが手を振った。
剣の嵐が、また来た。
さっきより、密度が濃い。逃げ場がない。
俺は、ぐっ、と足を踏ん張って、虚空断ちを振るい続けた。
ガキガキガキガキ!
火花が、黒い空間に、線香花火みたいに散る。
……っ。
……これは。
……さすがに、多い。
でも、なんとか捌ききった。
最後の一本を弾いて、ふう、と息を吐く。
「……全部、捌いたか」
ヴェガの声が、ちょっと低くなった。
「面白い。本当に、面白い男だ」
「ありがと」
「だが」
ヴェガが、剣を両手で握り直した。
いつもの、細い剣。
その刃に、黒い光が集まり始める。
……あれ。
……なんか。
……やばい気がする。
◆ ◆ ◆
ステラが後ろで、息を呑んだ。
「……っ、REN殿!」
「うん?」
「あれは、ヴェガ様の最大の技です!」
「最大?」
「黒鞘・終ノ太刀!」
ステラの声が、切羽詰まっていた。
「……へえ」
「あれを、まともに受けたら」
ステラが、ぎゅっ、とノアを抱きしめた。
「……REN殿でも、ただではすみません!」
「ふうん」
俺は、ヴェガを見た。
ヴェガの剣に、黒い光がどんどん集まって、渦を巻いている。
空間全体が、びりびり、と震え始めた。
……これは。
……確かに。
……やばそう。
俺は、ちょっと考えた。
……貯めてる間は隙がある。近づいて止めれば、いいんじゃないかな。
単純な考えだった。
でも、それが一番早い気がした。
「ヴェガ」
「……何だ」
「それ、貯めてる間は、無防備じゃない?」
「……っ」
「近づくね」
俺は、地面を蹴った。
今までで、一番速く。
◆ ◆ ◆
俺は、ヴェガに向かって、まっすぐ走った。
虚空断ちを構えて。
……チャージ止める。それで、終わり。
でも、ヴェガが、ふっ、と笑った気がした。
「甘い」
その瞬間、俺の周りに、また剣が生まれた。
……っ。
……まだ撃てるのか。
黒鞘斉射。
大技を貯めながら、同時に、剣の雨を降らせてきた。
俺は、走りながら、剣を捌いた。
でも、走りながらは、さすがに、全部は。
……っ。
一本、左から来た。
俺は、虚空断ちで受けようとした。
でも、もう一本、その影に隠れて来ていた。
二本目。
……速い。
その刃が、俺の左腕に、すうっ、と吸い込まれるように突き刺さって、通り抜けた。
◆ ◆ ◆
ぱっ、と、赤いしぶきが、黒い空間に舞った。
……あ。
俺は、走るのを止めて、左腕を見た。
……斬れてる。
二の腕のあたりから深く、血がぼたぼた、と地面に落ちる。
……俺、怪我したのか。
……久しぶりだな。
というか、いつ以来だろう。
思い出せなかった。
それくらい、久しぶりだった。
左腕に、じわっ、と熱い痛みが、遅れてやってきた。
……痛っ。
「……っ、REN殿ーーーっ!!」
ステラの悲鳴が、この空間に響いた。
◆ ◆ ◆
ヴェガが、剣を高く掲げた。
黒い光が、その刃に、完全に集まりきっている。
渦が、止まった。
……チャージが。
……終わった。
空間が、しん、と静まり返る。
嵐の前の、静けさみたいに。
「黒鞘・終ノ太刀」
ヴェガの声が、冷たく響いた。
「これで、終わりだ、REN」
ヴェガの剣先が、俺に向けられた。
黒い光の塊が、今にも放たれようとしている。
俺は、左腕から血を流しながら、その光を見ていた。
……これ。
……来たら、まずいな。
……たぶん。
久しぶりに。本当に、久しぶりに。
俺の頭の中で、眠っていた何かが、ぐらり、と目を覚ましかけた。
◆ ◆ ◆
>【攻略ガチ勢】
>【攻略ガチ勢】おい、今、RENが、斬られたぞ!? 左腕が……
>【海外視聴者】REN'S ARM. HIS ARM IS BLEEDING
>【holodive_master】嘘だろ。RENが傷を負った。初めて見た
>【ノア推し】REN、左腕……っ、血が
>【陰謀論者】そして、ヴェガが大技を構えてる。あれ、都市を壊滅させたやつだ
>【草の民】まずい。これ、本当に、まずいぞ
>【ルカたん】蓮くん!!!
>【ルカたん】蓮くん、逃げて!! おねがい、逃げて!!
>【ルカたん】蓮くんっ、蓮くんっ
>【攻略ガチ勢】↑ルカたん、めっちゃ、取り乱してる
>【攻略ガチ勢】↑てか、さっきから、「蓮くん」って、RENのこと?
>【ノア推し】↑そういえば。知られてないけど、RENの本名か?
◆ ◆ ◆
AEGIS本部。対策室。
霧島澪は、モニターの前で、立ち上がっていた。
「蓮さん……っ」
モニターの中。蓮さんの左腕から、大量の血が流れている。
そして、その正面。ヴェガが、都市を壊滅させた大技を構えている。
「司令官! 介入、できないんですか!?」
「……無理だ」
影山の声が、苦かった。
「あの固有空間は、我々は手も足も出せん」
「でも!」
「霧島」
「……っ」
「信じろ。あの男を」
影山は、拳を握っていた。
その拳が、血が滲むほど強く握られている。
澪は、モニターをじっと見つめた。
……蓮さん。
……お願い。
……死なないで。
画面の隅で、『ルカたん』のコメントが、何度も、何度も流れていた。
『蓮くん、蓮くん、蓮くん』
澪は、ふと、そのコメントを見た。
……蓮くん?
……RENさんのこと?
……本名知ってる人?
でも、今は、考えている場合じゃなかった。
澪はただ、モニターの中の蓮さんが無事であることを祈った。




