第4話 迷子を助けた配信が100万再生されたけど理由がわからない
今日はS級ダンジョンに行く予定だった。
昨日のA級がちょっと物足りなかったので、今日はしっかり潜ろうと思っていた。配信も回す。昨日の登録者10万人記念で視聴者が増えているうちに、もう一度いい配信をしたい。
『マスター(笑)、S級の準備は完了してます。いつでも出られますよ』
「うん。じゃあ行こうか」
アパートを出た。
向かいの豪邸の門は閉まっている。朝だからか、人の気配はない。あの三階の窓も、今はカーテンが閉じている。
いつもの道を歩く。コンビニの前を通り過ぎ、商店街を抜けて、S級ダンジョンの入口がある雑木林へ。
その途中に、E級ダンジョンの観光ゲートがある。
日本で最初に観光地化されたゲートのひとつで、週末には修学旅行生やカップルが列を作っている。入口に大きな看板にはこう書かれていた。
「E級ダンジョン体験ツアー! スライムと記念撮影しよう! 大人1,500円・小人800円」
今日は平日だけど、小さな子供連れの家族が何組か並んでいた。
俺はその横を通り過ぎようとしたが、
足を止めた。
ゲートの脇。植え込みの陰に、女の子がしゃがみ込んでいた。
五歳くらいだろうか。ピンクのワンピースに、小さなリュックを背負っている。リュックにはスライムのキーホルダーがついている。
泣いていた。
声は出していない。唇を噛んで、膝を抱えて、ぎゅっと目を閉じている。周囲を見回す余裕もないくらい、怖がっている。
「……ノア」
『見えてます。保護者が見当たりませんね。おそらく迷子でしょうね』
俺は少し考えた。
S級ダンジョンに行かなければいけない。配信の準備もしている。今日のスケジュールは――
『マスター?』
「……配信、切っていい?」
『え? まだ始めてもいませんけど』
「じゃあ、始めないでいい」
◆ ◆ ◆
女の子の前にしゃがんだ。
目線を合わせる。俺は背が高い方だから、立ったままだと怖いかもしれない。
「こんにちは」
女の子がびくっとした。顔を上げる。涙で濡れた大きな目が、俺を見た。
「……だ、だれ?」
「えっと……通りすがりの人です。君今一人?」
「……おかあさんが、いない」
「そっか。どこで最後に会った?」
「あっちの……きっぷ売ってるところ……」
チケット売り場か。ゲートの入口付近だ。
「お母さんと一緒にダンジョン見に来たの?」
「うん……。スライムさんに会いに来たの。でも、おかあさんがトイレ行くって言って、ここで待っててって言われたけど……おかあさんが……もどってこなくて……」
声が震えている。泣くのを我慢している。
『迷子の保護は施設の管理事務所に連絡するのが正規手順です。あそこに受付がありますよ』
「うん。わかってる。でも、この子をここに置いていくのは嫌だ」
『……ですよね。そう言うと思いました』
俺は女の子に手を差し出した。
「お兄さんと一緒にお母さん探そうか」
「……いいの?」
「うん。俺も昔、迷子になったことがあるから」
『「迷子になったことがある」のレベルが一般人と桁違いですけどね』とノアが小声で言ったけど、聞こえないふりをした。
女の子が、おずおずと俺の手を取った。小さくて、温かい手だった。
◆ ◆ ◆
チケット売り場まで歩いた。距離にして二百メートルくらいだけど、女の子の足に合わせるとけっこう時間がかかった。
「おにいちゃん、迷子になったの? いつ?」
「中学生のとき」
「中学生って大きいのに迷子になるの?」
「なるよ。俺は三年間迷子だった」
「……さんねんかん?」
「うん。暗いところで、一人で、三年間」
女の子が俺の手をぎゅっと握った。
「こわかった?」
「……うん。怖かった」
怖かった。
本当に、怖かった。
暗い洞窟の中で、何もわからなくて、誰もいなくて、毎日死にかけて。怖くないはずがなかった。でもその怖さは、いつからか「当たり前」になって、感じなくなった。
感じなくなったことが、一番怖かったのかもしれない。
「でも、帰ってこれた?」
「帰ってこれたよ」
「よかった」
女の子が笑った。泣いた顔のまま、笑った。
ああ。
こういう笑い方ができるのは、この子がまだ「怖い」をちゃんと感じているからだ。怖いと思えるのは、安全な場所を知っているからだ。帰る場所がある人の表情だ。
俺は、こういう笑い方を、いつからできなくなっていたんだろう。
「おにいちゃん、大丈夫?」
「え?」
「なんか、かなしそうだよ」
「……大丈夫だよ。あ、チケット売り場ついたよ」
◆ ◆ ◆
チケット売り場のスタッフに事情を説明した。
「迷子のお子さんですね。お預かりします。ちなみにお客様は保護者の方ですか?」
「いえ、通りすがりの者です」
「通りすがりで……迷子のお子さんを?」
「はい。泣いてたので」
スタッフが少し驚いた顔をした。
五分後、お母さんが走ってきた。
「ミクちゃん!! ごめんね、ごめんね……トイレが混んでて……!」
「おかあさん!」
迷子の女の子、いや、ミクちゃんはお母さんに飛びついた。お母さんが泣きながら抱きしめている。
俺はそれを少し離れたところから見ていた。
「……よかった」
『見つかりましたね。S級に行きますか、マスター(笑)?』
「うん。行こう」
歩き出そうとしたら、背後から声がした。
「おにいちゃん!」
振り返ると、ミクちゃんがお母さんの腕の中からこっちに手を振っていた。
「ありがとう! おにいちゃんも迷子にならないでね!」
「……うん。気をつける」
俺は手を振り返して、その場を離れた。
『いい顔してますよ。珍しく』
「そう? 普通だけど」
『全然普通じゃないですよ。あなたがあんなに柔らかい顔をするの、配信中のコメント読んでるとき以外で見たことないです』
「……そうかな」
『配信、回しておけばよかったですね。今の映像、視聴者にも見せたかった』
ノアの声が、いつもの毒舌と少し違った。
「いいよ。配信のためにやったんじゃないし」
『……はい。そうですね』
◆ ◆ ◆
S級ダンジョンに入った。
いつもの通りだ。暗い通路、魔力を帯びた空気、遠くから響くモンスターの鳴き声。
『配信、始めますか?』
「うん。お願い」
『三、二、一――』
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ LIVE ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
>【草の民】キタ!!今日はS級か!
>【攻略ガチ勢】待ってた。今日はどの層から?
>【ルカたん】¥10,000「今日も来ました!がんばれー!」
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
「こんにちは。今日はS級の中層あたりを攻略していきます。――ルカたんさん、いつもありがとうございます」
いつもの配信だ。
第四十層から第五十五層まで、二時間ほどかけて踏破した。中層のモンスターは俺にとって危険というほどではないけど、数が多いので時間がかかる。
途中、それなりに見応えのあるバトルもあった。石のゴーレムの群れを一人で捌いたとき、コメント欄がいつも以上に盛り上がった。
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
>【草の民】ゴーレム20体を3分で殲滅する男www
>【攻略ガチ勢】石のゴーレムって物理攻撃耐性99%じゃなかったか? 物理で殴って壊してるんだが……
>【ルカたん】¥5,000「つよすぎ!今日もかっこいい!」
>【ノア推し】ノアちゃんの誘導が神すぎる。「三体目の左後ろ」って指示、何をどう計算したらそうなるの
>【陰謀論者】物理耐性99%を物理で破壊できるってさ、ゲームの仕様じゃありえないんだよな
>【攻略ガチ勢】……まあ、ダメージ計算式が通常と違うMODなんだろう。たぶん
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
配信を終えた。
「おつかれさまでした。今日もありがとうございます」
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
>【草の民】おつ!
>【攻略ガチ勢】おつ。中層だけで二時間は贅沢な配信だったな
>【ルカたん】おつかれ!今日も最高でした!
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
『おつかれさまです、マスター(笑)。同時接続十七万。昨日よりまた増えてますね。――あ、それと』
「なに?」
『今日の配信、始まる前のことなんですけど。迷子のお子さんを助けてるところ、実は通行人の方が何人かスマホで撮っていたみたいです』
「え?」
『「VStreamのRENが迷子の子供を助けていた」という投稿がSNSで出回ってます。動画もありますね。再生数が、えっと、もう八十万です。すごい勢いで伸びてます』
「……なんで?」
『「ゲーム配信者がリアルでも神対応」という文脈でバズってます。コメント欄を読み上げますか?』
「うん」
『「RENってゲームだけじゃなくてリアルでも神なのかよ」「迷子助ける神対応」「三年間迷子だったって何? バックストーリー重すぎ」「ゲームのキャラ設定じゃなくて?」「泣いた」……。あと一番いいねがついてるのは「この人、画面の中でも外でも同じ人なんだな」です』
「……そうなんだ」
よくわからないけど、喜んでくれる人がいるなら、いいことをしたんだと思う。
でも、特別なことをした感覚はない。
泣いている子がいた。迷子だった。自分も昔迷子だった。だから一緒に探した。
それだけのことだ。
◆ ◆ ◆
帰り道。
コンビニに寄ろうと思ったけど、今日は真っ直ぐアパートに帰った。なんだか少し疲れた。体力的にではなくて、頭の中が静かに疲れている。
あの子の手の温かさを、まだ覚えている。
三年間、誰の手にも触れなかった。
ダンジョンの中では、温かいものは自分の血だけだった。モンスターの体液は冷たいし、岩も水も冷たかった。ノアと出会ってからは声はあったけど、ノアには体がない。触れることはできない。
地上に帰ってきてからも、人の手に触れることはほとんどなかった。コンビニの店員さんからお釣りを受け取るとき、たまに指先が触れるくらいだ。
あの子がぎゅっと握ってくれた手は、五年ぶりくらいに感じた「人の温度」だった。
「……ノア」
『はい?』
「配信って、こういうこともあるんだな」
『こういうこと、とは?』
「配信のおかげで、ちょっとだけ有名になって。有名になったから、誰かが動画を撮って。動画のおかげで、俺があの子を助けたことを誰かが見てくれて。……見てくれる人がいると、なんか、やったことに意味が出る気がする」
『……』
「変なこと言ったかな」
『いいえ。変じゃないですよ。あなたがそういうことを言えるようになったのは、良いことだと思います。マスター』
ノアが「マスター(笑)」ではなく「マスター」と呼んだ。珍しいな。
アパートに着いた。部屋に入って、窓を開ける。
向かいの豪邸の三階。カーテンの隙間から、画面の光がちらちら見えた。
あの家の人も、動画を見てくれたりしてるのかな。
まあ、関係ないか。
今日は早めに寝よう。明日も配信がある。
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┃ アーカイブコメント欄 ┃
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>【攻略ガチ勢】今日の配信前にRENが迷子を助けてた動画、もう100万再生超えてる。ゲーム配信者がリアルで子供助けたって話題だけど、俺はちょっと気になることがある。あの動画のREN、右手に傷跡があるんだよな。配信中にも同じ位置に同じ傷跡がある。ゲーム内のキャラモデルにプレイヤーの生傷が反映されるシステムなんてあるか?
>【草の民】攻略ガチ勢の観察力ストーカーすぎて草
>【陰謀論者】傷跡が一致してる。骨折が一晩で治る。ニュースの場所と配信の場所が一致する。物理演算がどのゲームエンジンとも合わない。あとどれだけ積み上がったら、お前ら信じるんだ?
>【攻略ガチ勢】状況証拠だけじゃ結論は出せない。だが……正直、揺らいではいる
>【ルカたん】¥30,000「迷子の動画見ました。RENくん、やっぱり優しい人なんだね。……ゲームでも、ゲームじゃなくても」
>【草の民】ルカたん今日なんか雰囲気違くない?
>【ノア推し】ルカたんのコメント、いつものテンションじゃなくて怖い
>【ルカたん】大丈夫です!いつも通りです!次の配信も楽しみにしてます!
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