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92話 元婚約者候補


 あれからおおよそ三ヶ月。


 レオンは学園生活や勉強やらで忙しく、スーちゃんもシャイナちゃんも会えていないらしい。


 アリアちゃんやナツとルカも同様だったし、しょうがないことではある。


 コウも六歳になって勉強の範囲が広がり、ユース曰く『ヒカリ様ほどの才は感じませんが、非常に向上心のある子です』とのこと。


 最近はお姉ちゃんに勉強教えてって言いにくることも減って悲しい。


 そんなわけで十一歳のヒカリちゃん、一人で下町に来ています。



 何故かって?


「こんにちは!」

「いらっしゃい! あら、あなたは……確かヒイカちゃんだったわね?」

「はい! お久しぶりです!」

「久しぶりね? 来てくれて嬉しいわ!」

「今日はお客さんとしてきました!」


 臨時でバイトしたカフェに行くためなのです!


「いらっしゃい。ってぇぇぇ! ハネット、この子!」


 店の奥から出てきた若い男性が僕の姿を見て絶句。


「ロア、丁度良かったわ! この子が前話したバイトしてくれた子のヒイカちゃんよ?」

「ヒイカです! こんにちは!」


 僕がニコリと笑顔を作って挨拶をする。


「ハネット……この子ーー」

「ヒイカです!」

「しかしーー」

「ヒイカです!!」


 何言おうとしてるか知らんが『ヒカリ・ウィンガート伯爵』の名前を出すとややこしくなるからやらせん。


「……そうか、ヒイカちゃんか」

「よし」

「あれ、二人って知り合いだったの?」


 女性の人、ハネットさんは何もわかっていない様子だけど、身分がバレて変に敬語使われるより気が楽だ。


「今日は両親と弟にケーキ買って帰ろうかなって!」

「あら素敵じゃない! おすすめはタルトケーキだけどどうかしら!」

「タルト……! それ四つ!」

「かしこまりました! 少々お待ちくださいね?」


 少し前に三人でタルトケーキを作ったのを思い出し、思わず脳死で購入。


「……お一つサービスしましょうか?」

「四つって言いました……」


 マジでこの男性、ロアさんずっとビクついてんな……。


 貴族に悪い記憶でも植え付けられたのか?


 そんなわけでタルトを四つ箱に入れてくれているのを待っている。


 待っていたのだがーー



「失礼しますわ?」

「ん?」


 突如入り口が開き、スーちゃんとはまた違う高飛車な声が響き、反射的に振り返ると、執事に入り口を開けるのを任せて堂々と立っている少女がいた。


 ベタ塗りしたような、のっぺりとした赤い髪に、前世の十円玉を思わせる青銅の瞳。


 綺麗な黒いドレスを纏い、いかにも貴族であることを主張した姿。


 そして彼女は僕を突き刺すように見つめてくる。


(この人……どこかで……)


 そんなことを思っていたが、先に相手から答えを言ってくれた。


「お久しぶりですわね、ヒカリ・ウィンガート伯爵『さん』?」

「貴女は……えっと……」

「覚えてませんわよね? 何せ五年ぶりですもの。最も、私は一日たりとも忘れたことなどありませんが」


 きっと扇子を持っていたら既に割れていただろう。それくらいに握り拳が震えている。


「この程度の無礼は想定してましたので、改めて自己紹介させて頂きますわ?」


 目の前の少女は、僕に払う敬意などないかのように、まるで礼儀のなっていない雑な礼を一つ。


「私セッカ侯爵の娘『ルージー・セッカ』と申します」

「ルージー……あっ!」

「ようやく思い出しましたのね?」


 スーちゃんの家で当時の婚約者候補が集った日にいた人だ。


「私、貴女とお会いしたかったのですよ? ずーっと」

「っ!」


 気付かぬ間に僕は一歩後退りをしていた。


 目の前の、歳の近い少女が放つ『怒り』あるいは『恨み』を直に感じ取ってしまった。

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