83話 心の痼り
「カルラ様」
「どうしたハンナ、ようやく執事と交代する気になったか?」
「いえ、そうではなく……」
今日のヒカリ様の姿見を思い出して、カルラ様をおちょくり始める。
「今日のヒカリ様のお召し物、非常に可愛らしかったですね」
「そ、そうだね……」
ヒカリ様のこと、正確にはヒカリ様の着ていた服を思い出させる。
「メイ様がお作りになった平民の服と聞いております」
「うん、あれはお母様が作ったもので、色違いで僕とお姉ちゃんも持ってるんだ!」
自慢げに話すカルラ様に、少し刺激を与えてみる。
「今の入浴着の私より、ずっと危ない服装でしたね?」
「……は? はあああぁぁ!?」
浴室にカルラ様の叫び声が反響する。
浴槽では既に他のメイドがコウ様を洗っているが、思わず二人で観にくるレベルだった。
「あの華奢な体躯に分け隔てない優しい性格。スカートがよく似合う白い肌でしたね」
「なっ……ハンナ!!」
「私の入浴着は裸じゃないですよね?」
「裸じゃない! 全然裸じゃない!」
よし、これで入ってくれる。
ヒカリ様を大いに利用してしまったが、あのお方は「あはは……」で済ませてくれる優しいお方だ。
でも、本当に申し訳ございません。
そんなわけでようやく浴場に入り、冷えた身体を洗い流す。
カルラ様が非常に不機嫌なことを除けば、概ねいつも通りに進んでいる。
「カルラ様、ヒカリ様を使うような真似をして申し訳ございません」
「……」
返事がない。これは本気でやり過ぎただろうか。
しかしーー
「その事じゃない」
「その事じゃない……とは」
カルラ様が不機嫌な理由が私では見つからない。
「今日、雨の中迷子になってた子を見つけたんだ」
「それは……危ないですわね」
迷子の子と言うだけで背筋が凍る。
一度逸れてしまえば誘拐のリスクも跳ね上がるし、子供は泣きながら探し回るから、時間が経つにつれて見つけるのも困難になる。
「ヒカリちゃんは、自分が雨で濡れるのに迷わないで駆け寄ったんだ」
「それは……」
貴族に限らず、人間は雨に濡れるのを嫌う。子供が迷子であれ、自分の身の方が可愛いのが誰であろうと当たり前。
なのに……。
「お強い方ですね」
「うん。僕じゃ絶対にそんな事しなかった……。出来なかったんだ……」
「……」
きっと私でもそんな事しない。自分の身の方が可愛いから。
「カルラ様は、何もしなかったのですか?」
「うん。ヒカリちゃんのお金で傘買って、後からついていったけど、それだけ」
「それで良いじゃないですか?」
「どういう……?」
洗っていた頭を撫で、自分の頭を整理する。
「ヒカリ様、心強かったと思いますよ? 一人で探すより、カルラ様が傘を差して一緒に探してくれたこと」
「そう……なの?」
「はい。私だったら、異性として意識してしまうほど」
「っ……!」
ヒカリ様がどれだけカルラ様に好意を抱いているかわからない。
しかし、カルラ様は本気でヒカリ様が好きで、セルライト公爵家のメイドとして、カルラ様の恋が実って欲しいと本気で思う。
「だから自信をお持ちになってください。貴方様はとても立派な方です」
「……ありがとうハンナ!」
少し元気が戻ったのか、いつもの元気で可愛らしい笑みが見られた。
「しかし、ヒカリ様のあのお姿は非常に庇護欲がくすぐられますね」
「ハンナ!?」
「私がコウ様くらいの歳の頃は『女性が脚を出すなんてはしたない』って言われてました。ヒカリ様のあのお姿、誘拐案件ですよ……」
「ハンナァァァ!!」
「かるらくんげんき!」
浴場に響く大声に、コウ様が面白そうに笑う。
「そうですよ? カルラ様はいつも元気なのが取り柄なんです!」
「とりえってなに?」
「カルラ様の良いところです!」
「っ!」
コウ様に付き添っていたメイドとのやり取りがあまりに柔らかく、思わずにやけてしまう。
「かるらさま、僕もげんきなかるらさますき!」
「コウくん!」
「はい洗い終わりました、いってらっしゃい」
「ありがとうハンナ!」
瞬間、浴槽に駆け込んでコウ様を抱える。
「コウくんは良い子だ! どこかのメイドと違って」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない!」
「ほめてないの?」
「いや……凄く褒めてるよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「ぐぬぬ……」
元気になったカルラ様は、コウ様のことが余程気に入ったのか、ずっと楽しそうに話していた。
「さて、お二人が出た時の準備始めますよ」
「はい!」
全く、やり甲斐のある仕事につけたものだ。




