67話 近づく距離感
「レオン……様……」
ドキドキする、なんて、前世では文字でしか見たことないし感じたことなんてなかった。
鼓動は速いのにやけに落ち着いていて、不思議と心地良い。
「レオン様、髪の色が」
「戻っちゃった?」
「はい。金色に戻ってます」
「だよ……ね」
レオン様はどんな気持ちで髪に魔法をかけたのだろう。
僕みたいに不純な気持ちじゃないだろうし。それともただ慣れてないから直ぐ魔法が解けただけ?
「……」
なんでこんな些細なことが気になるんだろう。
「あの……」
「どうした?」
「スーちゃんと……シャイナちゃんにも……その……」
「してないよ」
「え?」
「二人とは、まだハグしてない」
「……」
「……」
二人にも同じことしてあげなよっていうべきなんだろう。同じ婚約者候補だし、二人とも大切な友達だし。
「じゃあ……」
「ん?」
婚約者候補には平等であるべきだと思うし、実際僕もそう思う。
「今日のは……内緒、だね?」
「……うん」
なのに僕は、自分の気持ちに負けてしまった。
「下のお兄様、ユアン兄様は僕と同じ歳でアリア様にキスしたんだって」
「そうなん…………え?」
少し緩くなり始めた気持ちが突然引き締まる。
何も聞こえなかった雑音が、足音や雑談の声が全部聞こえるようになる。
(する……の?)
「っ……!」
待って、なんで期待してるの!?
え、期待してるの? 拒絶じゃなくて期待!?
「レオ……ン、様……」
荒ぶってた鼓動が更に加速する。
聞こえ出した雑音も、自分の心音で全部聞こえなくなった。
「ヒカリ、何度も言うけど、嫌なら嫌って言ってね?」
「……っ」
鋭くも柔らかい目で僕を見つめる。
(意外と……まつ毛長い)
目を閉じると思ったより長いまつ毛が目に入る。肌も綺麗だし、金色の髪も艶やかで、身長は僕より少し高いはずなのに、全然圧を感じない。
僕の手より大きな手が頬に触れているのに、嫌な緊張を感じない。
前世ではこんなこと考えもしなかったな……。
そんな風に思っていたら唇が触れ合い、自然と重くなる瞼に任せて目を閉じる。
前世含めて、初めてキスをした。
*
「おかえり! 魔法はどれくらい保ったかしら?」
「お母様、ただいま戻りました。三十分も保たなかったです」
「最初なんてそんなものよ? ヒカリちゃんは……あら、ヒカリちゃん?」
「…………へ?」
どうやら僕は家に戻ってきたらしく、目の前にはトワ様とお母様、隣に手を繋いだレオン様がいた。
「えっと、十五分くらい……ですかね?」
「レオンにも言ったけど、最初はそんなものよ? 自分の心って、思っている以上に複雑ないものだから!」
「はい」
「取り敢えず今日は最初だしこんなものかしらね? 次はいつにする?」
「そうねぇ?」
お母様とトワ様が次回の相談をしている中で、僕は家に戻る前の、飛んだ記憶を思い出していた。
「「……」」
前世含めて初めてキスをして放心していた僕は、唇から離れた同時に意識も戻ってきた。
そしてレオン様は物凄い顔を赤くして照れていた。
「「…………」」
お互い言葉を出せずに見つめ合う。
「ぷっ!」
「え?」
「あはははは!」
だけど僕は我慢できずに笑ってしまった。
さっきまであんなに格好良かったレオン様がキス一つでウブな少年のに戻ってるんだもん。
どれだけ好青年に見えても、やっぱり十一歳なんだな。
こう言うのが女子の言う『ギャップ萌え』ってやつなのかな?
「そ、そんなに笑わなくても!」
「あはは、ごめんなさい!」
ワナワナしているレオン様は十一歳そのものの少年の姿で、とても可愛くて格好いい。
「はぁ、ちょっと元気になった!」
「それ、絶対僕を笑ったからでしょ?」
「どうだろうね?」
多分笑ったことなんて元気になった理由の一割にも満たない。
「さっ、私もレオン様も魔法切れちゃったし、一回戻ろっか」
「だね?」
僕が細い路地から出ようと歩き出した時、レオンが優しく腕を掴む。
「どうしましっーー!」
そして、唐突に二回目のキスをする。
一回目より直ぐに唇は離れたけど、心臓が一気に跳ねるほどの衝撃をもらった。
「……うん、ヒカリちゃんのびっくりした顔見れて満足」
「…………なっ、なっ!?」
この……人たらし王子様!!
「それじゃあ次は来週ね?…………ヒカリちゃん?」
「あ……はい、来週ですね!」
記憶から意識が現在に戻り、無礼にならないよう大急ぎで返事をする。
「それじゃあ私たちはこれで! フィリアまたね!」
「気をつけて帰るのよトワ? レオン様もね?」
「はい、場所を貸してくださりありがとうございます」
「……」
「ヒカリ?」
次は来週か……。幼い頃の一週間ってやけに長くかんじるんだよな……。
「ほらヒカリ、王妃様とレオン様がお帰りよ!」
「あ、えっと、トワ様、ありがとうございました!」
淑女教育で習った一礼をして見送る。
そしてもう一人ーー
「またね……えっと…………レオン」
「っ……!?」
レオンを見ることは出来なかったし、頑張った自分に疲れて返された言葉は何も聞こえなかったけど、多分、喜んでた……気がする。
こうして魔法の教育一日目は幕を閉じた。




