62話 魔法の家庭教師
あれから少し下町を周り、あっという間に日が傾いてアリアちゃんの屋敷に戻った。
ナツとルカのこともあり、あまり長居せず家に帰る。
「ただいま戻りました! ミューゼ、二人は!?」
扉を開けて早々はしたなく廊下ダッシュを決めてミューゼのところまで直行。
「大丈夫ですよ、精神的疲れが出ただけです」
「よかった……」
事件の時からそれだけだってわかってても、心配なものは心配だ。
「ヒカリ様」
「何かしら?」
ミューゼは一歩下り、片膝をついてお辞儀をする。
「おおまかな事情はセルライト公爵様の遣いから聞きました。娘と息子を守っていただき、心から感謝いたします」
「ミューゼ……」
「正直、知らせを聞いた時は心臓が止まりましたが、貴女様のお陰で、また貴族に深い傷を負わされなくて済みました」
顔が見えなくても、瞳に涙を浮かべている事くらい想像に容易い。
自分の子供が貴族の抗争に巻き込まれたなんて、ずっと貴族と関わっているミューゼからしたら肝が冷えるどころじゃないだろう。
「ただいまミューゼ。二人の居場所は?」
「客室のベッドで眠っております」
「そう」
お父様は執事を一人呼んで、僕らに聞こえない声で伝達を一つ。
「ミューゼ、今日はもう上がりなさい。馬車を貸すから、それで二人を家まで送るといい」
「感謝いたします、オズワルド様!」
立ち上がって再びお辞儀を一つ。
ミューゼがいなくなり、お父様と二人きりになった部屋で一番手前の椅子に座り、僕も座るよう促される。
「ヒカリ、貴族に派閥があるのは知ってるかい?」
「今日アリアちゃんから少しだけ聞きました」
本当にザッとしか聞いてないけど、お父様の反応的に貴族として生きる上で大事なことだと察せる。
「なら色々と省略して話すけど、まず、ウィンガート家は『公平主義』だ」
「はい」
お父様からちゃんと聞く前から実感はしてた。
ナツとルカを屋敷に入れたり、二人が思わず声を荒げた時も頭ごなしに責めることをしなかったり。
「ヒカリはあと二年後に学園に入学するけど、残念ながら同い年に『公平主義』は少ない」
「え……え!? なんで!?」
それって、とっても困りますが!?
ただでさえ少ない『公平主義』なのに、なんで僕の代は更に少ないの?!
「それから、ヒカリの入学する歳には『ルージー・セッカ侯爵令嬢』も入学するんだけど……」
「もしかして……『貴族至上主義』なんですか?」
「そうなんだ。しかもセッカ侯爵とスカラ侯爵は繋がりが深くてね」
「うわぁ……」
「レオン第三王子の婚約者候補から外れたのを逆恨みしてる可能性がある」
「え……学園いきなくない……かも……」
もう無理なんじゃない? 始まる前から終わってるんだけど。
「幸い、オーラライト公爵家とミクロライト公爵家の令嬢が同い年でヒカリと仲良くしてくださってるけど、ずっと一緒にいられないのも確か」
「はい……」
そもそも同じクラスになる可能性があるのかも微妙だ。
王族の婚約者候補は、わだかまりを無くすために別々のクラスに、なんて考えがあってもおかしくない。
「だから先に聞きたい。ヒカリ」
「はい」
「学園に、行きたい?」
「それは……」
学園に行かなくても良い選択肢があるのは有り難い。
そうすれば怖い思いしなくて済むし、貴族の抗争にも足を突っ込まなくて済む。
男爵や子爵の事件のようなことにも殆ど遭遇しなくなる。
でもーー
「行きたい!」
スーちゃんやシャイナちゃんと学園生活を送りたい。
アリアちゃんをアリア先輩って呼んでみたり、レオン様がクラスに来て『キャーキャー』ともてはやされて困惑する姿もみたい。
前世ではロクに楽しめなかった『青春』というものを、おくってみたい!
「だって、学園生活は身分も何も関係ないんでしょ? なら、派閥なんて関係ないわ!」
「そうだね、流石ヒカリだ」
嬉しそうに笑うお父様は、一枚の資料を僕に渡す。
「これは?」
「魔法の家庭教師がみつかった」
「魔法!」
この世界にはきっと攻撃魔法とか、そんな物騒なもの存在しない。
所詮は生活に便利なものであり『なくてもいいけどあると嬉しい』程度の存在。
それでも、完全な未知に触れられる嬉しさはひとしおだ。
「って、お父様!? この講師のお方……!」
「あぁ、魔法の家庭教師って凄く少ないんだけど、どうやら自ら名乗り出たらしくてね?」
「そ……そなの……ですか……」
思わずカタコトな返事をしたが、講師は本当にいいのだろうか。
資料に書かれた人の年齢は三十二歳。
美しい顔立ちに金色の髪色と茶色い瞳。
彼女の名前は『トワ・オリスティナ』
ポーンロンド王国のーー
現王妃だ。




