225話 ヴィカという名の少女
「レオン様、私は侯爵ですわ! 何故伯爵の娘を優先するのですか!」
「ずっと言っているだろ? 婚約者候補を優先するのは当然だって」
レオンの声は明らかに嫌悪感を帯びているが、それ以上にヴィカという名の人の声が悲痛だ。
まるで騒ぎ立てるのを前提としたような、野次馬に聞かせるのを前提とした、そんな声だ。
そして当然これだけ大きな声を出せば、他クラスから覗きに来る人、足を止める他学年の人、見事に予想通りの野次馬が群がる。
「あいつやばいな……」
「怖い……」
リョウさんが露骨にドン引きしている。僕が今現れると更に厄介だから直接見ることは出来ないが、もしかしたら本当に騒ぎを起こすことが目的かも。
なんでそんなことするのかわからないけど、というか一生知りたくない。
「ヒカリちゃん大丈夫よ」
「シャイナちゃん……」
身を隠すように座っていた僕の隣に、気付けばシャイナちゃんがも一緒に座ってくれていた。
「ったく……」
心底嫌そうに声を漏らした後、リョウさんは何食わぬ顔で教室を出ていく。
「おいヴィカ、ギャーギャー五月蝿いぞ」
「誰よ! 今レオン様と話してーー」
「五月蝿い」
「…………誰かと思えばリョウ・ミドロじゃない。半端者が私に何のようかしら?」
悲劇のヒロインから一気に戦闘モードに入り、さっきの可哀想に見えたヴィカの声が一切なくなった。
「あれだけ五月蝿くしてれば誰だってお前に用事が出来るだろ騒音機」
「なんですって……!」
「子供じゃないんだから、騒げば構って貰えると思ってんのか?」
まるで鬱憤ばらしみたいに愚痴が溢れ出てきている。
「その点『ヒカリ・ウィンガート』は優秀だよ。お前みたいに騒がないし、お前より頭良いし、お前より礼儀正しいし、お前よりーー」
「っ!?」
不意に『パァン』と音が聞こえ、思わずビクリと肩が跳ねる。
「いってぇ……」
「安易に淑女を比べるのは失礼よ」
「お前が淑女? なんの冗談だ?」
「っ!?」
そして再び『パァン』という音が響き渡る。
ヴィカさん、二発もビンタしやがった……。
「ヴィカさん大丈夫ですか?」
「淑女にそのようなことをいうのは、紳士としてどうかと思いますわよ!」
そしてどうやらヴィカさんの取り巻きらしき人が、見事にヴィカさんの心配をして駆け寄ってきた。
マジでタチが悪い。
「……今日は傷ついたので帰りますわ」
「おう、二度と来なくて良いぞ?」
「誰があなたのもとになんか……!」
簡単な捨て台詞を吐き、幾つかの足音とヴィカさんの声が遠ざかっていく。
どうやら波乱自体は去ったようだ。
「すまないねリョウさん」
「良いんですよこれくらい。執拗に絡まれる王子様に比べたらビンタなんてーー」
「その言い方は好ましくないね。君には君の苦労があるから、心配くらいはさせてほしい」
「…………そうですね? じゃあ、許します? で良いのか?」
「ははっ、なんだそれは?」
なんかしれっと男同士の友情に火が付きそう。
「ちょっとレオン、婚約者候補が怯えているのに、殿方との会話に花を咲かせて良いのですか?」
「うぉ、シャイナ!」
かなりビックリした声をあげ、急いだ様子で教室の中に入ってきた。
「ヒカリ、大丈夫?」
「ちょっと怖かったけど大丈夫」
フィアナさんの顔は知らないから、いずれよく知らない人に何かされる恐怖はあるけど、それは今考えても仕方ない。
「それより、リョウさんは大丈夫なの?」
シャイナちゃんとレオンの力を借り、強張った身体をゆっくり動かし、リョウさんの前まで移動。
頬は赤くなっており、若干涙目にもなっている。
「俺はなんともないよ。正直ヒカリちゃんが同じクラスかバレてないか心配」
「そんなのどっちでも良い…………ことはないね、うん」
あんなヒステリックに叫ぶ人からも恨みをかってるとは。
王族の婚約者候補の価値が恐ろしい。




