185話 本末転倒の恋
翌日。
婚約者が決まったからと言っていきなり同棲なんて始めず、昨日はいわゆる顔合わせ。
それ以上でもそれ以下でもないので、いつも通りの日常が始まるのだが。
「レオン、あれ」
「うん」
護衛のレオンに学園まで馬車で送られ、現在昇降口。
一枚の貼り紙が貼り出されており、人だかりを作るには充分過ぎる内容が書かれていた。
『退学処分『ラジア・リコリス子爵』について』
そう見出しが書かれ、そこから先は監禁事件の詳細と『以下の理由により、退学処分と課す』と締めくくられていた。
流石に僕の名前は伏せられていたが、学生が拘束という事件は、あまりにも究極のゴシップのようで、一週間前の『監禁事件』の張り出しの倍以上の人数が溜まっている。
「行くよヒカリ」
「うん」
レオンが引く手に引かれ、人混みをかぎ分けて教室前まで到着。
あとは教室に入るだけなのだがーー
「ご機嫌ようレオン様!」
「お久しぶりですわ!」
「セイナ……ルージー……」
二つの甘ったるくて甲高い声が耳を刺す。
「あの貼り紙見ましたかレオン様!」
「あぁ、見たよ」
「私、あの貼り紙を見てから怖くて怖くて!」
「そうだね……あんなことするやつも、指示する奴も、怖くて仕方ない」
レオンから聞いたことない低い声が聞こえる。
凄いなセイナさん、こんなレオンが怒っているのに見えてないのか?
恋は盲目とは言うけど、いくらなんでも何も見えていない。
「ですから、私どもにもレオン様の護衛をーー」
「悪いけど、今は婚約者の護衛で手一杯なんだ」
「…………ヒカリ・ウィンガートの護衛で手一杯と?」
「そうだ。すまないね、僕は要領が悪いから、一人が限界なんだ」
そう言い捨て、レオンはセイナとルージーの隙間を抜け、何故か僕の教室も通り過ぎ、向かった先はーー
「二年一組?」
「僕のクラスだよ。まだスティアもシャイナも来てないし、鐘の鳴るギリギリまでここにいてくれないか?」
「それは全然良いけど」
まぁうちのクラスにレオンが入ってキャーキャー騒ぎ出すのも嫌だし、ずっとセイナとルージーが居座り出したらもってのほか。
そんなわけでレオンに引かれてクラスに入る。
「おはようレオン! あれ、ヒカリ・ウィンガートも一緒?」
「おはようエイラン。訳あって少し教室にいてもらうつもりだ」
「お、お邪魔します」
中々に値踏みの視線が痛い。レオンによって庇われているけど「あれが噂の」とか「本物?」とか、ヒソヒソ声がヒソヒソしてない音量で聞こえる。
「ごめんね、レオン目当てのお客さんは多いけど、レオン自ら連れてきたお客さんは初めてだから、皆んな気になるんだよ! しかも連れてきたのが噂の令嬢だから尚更ね?」
「エイラン、どうにかしてくれ」
「僕に全任せ?」
ドン引きのあまり目をギョッと開いている。
「えっと、オウ侯爵さんでしたっけ」
「お! 覚えててくれたなんて嬉しいね?」
「それは……はい」
『公平主義』の筆頭だし、何よりレオンが気さくに話しているから悪い人じゃない。
「まぁなんだ、ゆっくりしていってくれ」
「エイランの教室じゃないだろ!」
「あはは」
なんか、この気のおけない仲って凄く良いな。
「しかし、セイナもバカだよな?」
「バカ?」
あまりにストレートな評価に同意しつつも首を傾げる。
「だって、レオンに好かれたいのに、嫉妬に狂って婚約者候補のヒカリ・ウィンガートを虐めるだなんて、本末転倒だろ? 側から見ると何がしたいのかわかんない」
「それに気付けないからバカなんだろ?」
エイランさんの会話に混じってきた一人の男性が、呆れる様子でレオンの隣に並ぶ。
「君が噂の『ヒカリ・ウィンガート伯爵』さん?」
「はい、多分……?」
「多分?」
「いや噂が何かしらないので……」
「まぁ自分で自分の噂なんて調べないもんね?」
男性は苦笑いしつつ一番近い椅子にゆっくり座り、呆れた声で続ける。
「伯爵が婚約者候補に残った時点で、どれだけ浅くても政治絡みがあるって気付かないと! 一番公爵に近い侯爵のくせに、色々足りないんだよな?」
「おぉ……」
ボロクソ言ってやがる。
「そろそろスティアとシャイナも来る頃だろうし、ヒカリを送り届けて来るよ」
「あ、わかった! お邪魔しました!」
「あいあい! いつでも遊びにきてね?」
レオンはずっと握っていた手を引いて僕と共に教師を後にした。
「良い友達だね?」
「うん、本当に良い関係を築けているよ」
誇らしく笑うレオンは、僕が普段見るような無邪気な顔をしていた。




