167話 監禁事件
「ラジア、ありがとね連れてきてくれて?」
「まぁこれくらいなら別に全然です!」
ラジアと言われた女性はセイナの忠犬のようで、ふんすと息を荒げて笑みを作る。
「さて、正直、王妃教育が始まる前に、あなたには婚約者候補から離脱してほしかったのだけどーー」
「ねぇセイナさん」
「「私の話を遮るな伯爵風情が!?」」
「っ!?」
まるで学園中に響きそうな声が体育倉庫を反響し、僕は思わず肩をびくつかせて一歩後退る。
「本当に気に食わないわ? 何故私やルージーではなくあなたなの? 人の話も聞かない、公爵に取り入る汚さ、学力テストはどうやって不正したのかしら」
「っ!?」
ゆっくり僕に近づき、胸ぐらを掴んでそのまま放り投げられる。超痛い……。
「まぁそんなの今更どうでもいいのだけど、少し痛い目は見てくれないと、私もスッキリしないのよね?」
「……ねぇセイナさん」
「何かしら?」
「あなたって、何でそんなに……レオンに執着するの?」
「執着してるのはあなたでしょ? 今でも無様に婚約者候補にひっついて、みっともなくないのかしら?」
手を組んで倒れる僕を見下ろし、本気で嫌悪感を露わにした低い声で言葉を刺す。
でも、その理屈を語るには、少しおざなり過ぎる。
「それなら……セイナさんは切られたくせに……まだ足掻くなんて、恥ずかしくないの?」
「っ! このメスガキっ!」
「痛いっ!」
引き攣った声で煽ってしまったが、どう考えてもこの状況で煽ってしまったのがダメだった。
床に倒れてる僕の髪を引っ張り、セイナはまた放り投げらる。
本当に痛い、このまま泣き出したいし逃げ出したい。
そんな気力が残ってたらとっくにやってるんだけどね……。
怖くて身体が動かない。
「ねぇラジア、そういえば、体育倉庫の外に蛇口があってね、丁度ここにバケツもあるのよ」
「え……ちょっとそれは不味くない?」
「何? 私に逆らうの『ラジア・リコリス子爵』さん?」
「…………わかり、ました」
ラジアと呼ばれた女性は、バケツを持って倉庫を出ていく。
同時に水が流れる音がかすかに聞こえだす。
「そうだ、少し機嫌が良いからあなたの質問にも答えてあげるわ?」
「?」
僕がぐったりと床に倒れた状態で耳を澄ます。
「簡単なことよ? 王族の隣に『伯爵』が立つなんて相応しくないもの!」
逆光で少し見にくいが、セイナは見下すように僕を睨みつける。
「王族は高潔で、正しくて、美しい存在。それなのに、不潔で、汚くて、手段を選ばないあなた如きが隣にいて良いわけないもの!」
「…………」
なるほど。この人は『伯爵が気に入らない』のではなく『僕が気に入らない』んだ。
そりゃ初めて婚約者候補に残った伯爵だもんね。
どんな不正をしたのかって想像に行くのもわかるし、公爵と仲良くなる理由も、六歳の頃の記憶が残ってなければ媚を売ったって思われてもしょうがない。
でも、だからこそ言い切れることが一つある。
「セイナ様、持っていました」
「あら、何で私がこんな重いもの持たないといけないの?」
「へ!? 私がやるんですか!?」
「当たり前じゃない! やりなさいラジア」
「まぁ……しょうがないか……」
ラジアと呼ばれた女性はバケツを持ってゆっくり近づく。
「ねぇ、セイナさん」
「何かしらヒカリ・ウィンガート」
傲慢にも汚い手段を取り巻きに任せ、半ば強引に人を使い、自分はただ高みの見物。
僕は寝込んだままセイナを睨みつけーー
「あなたは、スーちゃんとシャイナちゃん、ましてやレオンのことも、何一つわかってない!」
そう一言吐き『バシャン』という音と共に、僕はずぶ濡れになった。
「意味がわからないわ? 何もわかってないのはあなたのほうよ?」
セイナと取り巻きは満足そうに体育倉庫を去り、鍵が掛かる音が聞こえた。
「……寒い」
やけに冷えた水がまとわりつく。
大声で助けを呼ぶ元気なんて残っておらず、床に倒れ込んだまま、徐々に意識が薄れていく……。




