152話 逃げた先に
「あぶねぇ……」
もしあのまま『新・ダンス部』に入ってたら、俺がセイナの兄だってバレるところだった。
別に『タロウ』の偽名がバレてもいいけど、俺が『フィル・スカラ』とはバレたくない。
彼女を虐めている女の兄なんて……立場が最悪過ぎる。
「……いつもの部屋行くか」
「あら、フィルさん?」
「ん? アリアさんか」
落ち込んだ気持ちを引き摺ったまま、いつもの地下室に向かっていると、アリア・セルライトと遭遇。
俺の学年で一番頭が良くて、一番気高くて、一番親しみやすい、そんな不思議な存在だ。
「今帰りか?」
「そうよ? フィルさんは……これから地下に引き篭もるつもり?」
「…………いや」
そうしようとしていた。けどーー
「帰ろうと……思う……」
「……」
今はなんか、アリアさんと話したい。
ヒカリさんの無二の親友で、気負いなく俺と接してくれる彼女と、少し話がしたい……。
「なら、少し付き合ってくれない?」
「はい、俺も少しアリアさんとお話があるので」
そんなわけで、俺は偶々遭遇したアリアさんと帰路を歩いている。
「それで、お話って何かしら?」
特に警戒することなく、いつも通りのアリアさん。
でも、俺は今からその彼女の機嫌を悪くする。
「社交界の日」
「?」
「俺の妹『セイナ』が、アリアさんの親友を監禁未遂したんだ」
「……」
「だから……申し訳なく……」
歩く足を止め、アリアさんの正面の向いて頭を下げる。
確実に怒っているだろう。親友が犯罪に巻き込まれそうになったんだから。
「なんでフィルさんが謝るの?」
「え?」
思わず顔を上げると、アリアさんは本気で不思議そうな顔をしていた。
「セイナがやったことでしょ? あなたも肩を持ったの?」
「いやそんなことしない、でも……」
「なら本当にあなたが謝る理由ないじゃない!」
「……」
「そう……なのか……」
確かに俺は何もやってないけど、監督不行届という言葉もあるし。
いや、これは前世の価値観なのか。
「フィルさんが助けてくれたの?」
「偶々だよ。俺がいた地下室に放り込まれたから、助けたなんて大層なことはしてない」
「そっか、ありがとう」
「話聞いてた?」
「結果的に助かったなら、感謝は必要よ?」
「…………そうだな」
少し感謝を受け取るのに躊躇いはあったが、しっかり受け取った方がアリアさんの気も晴れるだろう。
名目上、犯人はまだ見つかっていないし、これからもヒカリさんにはトラブルが付きまとう。
「全く、この世界不便だ……」
「フィルさん時々そんなこと呟くけど、どういう意味?」
「いや、意味なんてない、ただの独り言だ」
アリアさんの様子を見るに、ヒカリさんは転生のことを話していない。
いや、話せるわけないよな。前世では娯楽で定着してても、この世界でも同じとは限らない。
同郷の人間として、少しでもヒカリさんの拠り所になれればーー
「……っ」
「フィルさん?」
「いや、すまんなんでもない」
不意に地下で見たあの笑顔を思い出してしまった。
無邪気で明るくて、とても可愛くて。
あの日以降『自分が王子に転生していたら』と何度考えたか。
何度『妹がセイナじゃなければ』と考えてしまったか。
俺の足取りは重くなるばかりだ。




